第二圏 肉欲の迷宮2 -詠唱-
明日も女性自衛官との触れ合いが無く、1人で受身の練習とは。
なんて可哀想な俺。
誰か俺に愛の手を!
「じゃぁタダ、行くか」
可哀想な俺をスルーして、トウがタダを誘う。
ん、どこか行くのか?
「研究棟だ。新たな巻物が発見されたらしい」
「コウも見学しに来ます?」
研究棟は、狭いプレハブ建てだった。
狭いはずだ。1階はエレベータしか無い。
でも地下が凄いんだコレが。
結構長い間乗ってたエレベータの扉が開くと、広いフロア内で、白衣を着た人たちがうろうろしたり、机に向かったりしてる。
パーティションで区切られた通路を歩いていくと、鉄の扉があり、両脇に自衛官が立っている。
これは、中には凄い秘密があるに違いない。きっと国家を揺るがしちゃうようなヤツだ。
その秘密を知ったら、もう後戻りはできない--ん?トウ、何だよ。
「これ書け」
入出記録に所属、氏名、入室時刻を書いただけで、自衛隊員は通してくれた。
ちょっと肩透かしである。
だが、中に入ると、警戒厳重な理由が判った。
中の科学者たちは皆、ローブや革鎧を白衣の上に着ていたのだ。
ここは迷宮なのか?
「迷宮じゃないが、迷宮と同じ状況だ」
どゆこと?
「装備や武器が軽くなって、魔法も使えるんですよ」
魔法!
そう言えば、トウは魔法使いだった。
あれ?
魔法使いになるには、30超えても清い体でいなきゃならないはずだ。
でもトウには、奥さんと娘さんがいるらしい。
そんな穢れた身で、なぜ魔法を使えるのか。
説明を求める!
外に出たら、全部説明するって言ってたじゃん。
「ま、百聞は一見にしかず、だ。見てれば判る」
奥の方に目を向けながら、トウが言う。
そちらには、いかにも厚そうなガラス越しに玄室が見える。
あ、ミズがいる。
やっほー。そんな感じでこちらに手を振っている。
彼女も他の学者同様、防具を着けていた。
俺たちも迷彩服の上から防具を着ける。
タダだけが再度入室記録を書き、奥の玄室に入る。
俺達は、ここで見学らしい。
「ハイ、トウ」若い女性の声が聞こえた。
振り向くと、ローブを纏った金髪碧眼の女性が立っていた。
あ、アイキャンノット、スピークイングリシュ…
「こちらが新しいメンバーね。私のことはナタリーって呼んで」
手が差し出され、思わず握手しながら気付く。
日本語しゃべってる!
「ああ、こいつはコウ。カツの代わりに入ったメンバーだ」
トウも日本語で応えてる!いや、それは当たり前か。
「やぁコウ、はじめまして。僕のことはマークと呼んでくれ」
また新たな外国人が現れた。彼は中東系の顔立ちだ。
彼も日本語を話している。しかも相当に流暢だ。
目を閉じたら外人とは思えないくらいだ。
「私はキャリーと呼んでー」
そう言いながら、急いで玄室に入る赤毛の白人も居る。彼女は革鎧を着ている。
この方々って…
「米軍側の探索メンバーだ」
トウが説明してくれた。
「Oh,始めるらしい。静かに」
マークがローブを羽織りながら言う。
しん、と静まり返った中、厚いガラスの向こうで、タダが巻物を広げる。
「ir-vrijheid」
詠唱が響いた。
あれ、何も起こらない。
「ir-vrijheid」
タダの声がする。
「ir-vrijheid」
もう1回。やはり、何も起こらない。
「僕にはまだ使えないようです」
「ir-vrijheid」
「あ、私は大丈夫な感じ」
とミズ。
なにも起きて無いが、本人には判るらしい。
「ir-vrijheid」
「Okay.私も大丈夫」
これは、えーとキャリーだ。
3人はその後も詠唱を繰り返した。
まるで、英会話の教室みたいだ。
先生が言った言葉を真似て繰り返す。
ん?
ひょっとして、その通り発音の練習なのか?
トウが俺の肩をつついて、出ようと促す。
ミズとタダを残し、俺達は外に出て喫茶室へ向かった。
「あらためて始めまして。ナタリーよ」
「よろしく。マークだ」
こ、コウです
なぜか外人2人もついてきた。
でも許す。ナタリーが美人だから許す。
マークはどうでもヨイ。
「今回は僧侶系だったわね」
「ああ、効果は使って見なきゃわからないが」
今回は?
「私たちが使う呪文は、ああいう巻物から聞いて覚えてるの」
「おい、ナタリー」
トウが止めようとする。
「いいじゃないか。コウだって興味あるだろ?」
有るある。有りますとも。
「なんでも機密にするのは、日本型システムの悪いところよ」
ふぅ、とトウがため息をつき、ひらひらと手を振る。
許可が下りたらしい。
尤も自衛隊幹部だって、米軍に命令はできないだろうけれど。
「迷宮に入ったヒトは、それぞれ特殊な能力を持つわ」
確かにミズ、トウ、タダは魔法を使える。
隊長とナツは、重い甲冑や剣を使える。
俺は--あれ、俺は?
「魔術師と僧侶、と仮に呼んでるけど、そういうヒトは魔法が使える」
「自然科学系研究者は魔術師に、社会科学系は僧侶になる率が高いな」
そういえばトウは数学者で、ミズは歴史学者、タダも日本史専攻だったっけ。
つまり、マークとナタリーは自然科学系、キャリーは社会科学系というわけか。
「それぞれ使える魔法は違うけど、迷宮内で正確な発音さえすれば魔法が発動する」
発音だけ?
精神集中や事前の準備は?
「不要だ。オウムやカラスが真似した場合に発動するかまでは、実験してないがな」
じゃ、俺も魔法使いになれるかも知れない。30超えてるし、清い体だし!
今度、呪文を覚えて試してみよう。
「それはお勧めできないわ」
ナタリーが俺を見て言う。
「複数の能力を兼ね備えた例が無いわけじゃない」
でも、と2人がトウを見る。
「--カツは戦士だが、俺が教えて練習した結果、簡単な魔法が使えるようになった」
視線に耐えかねてトウが言う。
「だがその代わり、戦士としては弱くなった。持てる防具が限定されるようになった」
もしそれが無ければ、死なずに済んだかも知れない。そんな思いが胸をよぎった。
話題を変えようと思い、先ほど気になったことを聞いてみた。
俺が使える特殊な能力って何かな?
なぜか目が泳ぐナタリー。
こらトウ、明らかに目を逸らしただろ!
マーク、なぜ立ち上がる。
「さて、そろそろ戻るとするか」
キミたち、どゆこと?
ちょっとー