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埃っぽくて、(掃除はまめにしているにも関わらず)いつもどこかかび臭い屋根裏部屋。ここが、今の私のお城だ。お城といっても、日の光もあまり入らない、薄暗くてすごく狭いお城だけど・・。
そんな残念な部屋の主人である、私の名前はソラノ・イーストウッド。あと数秒経ったら、私は17歳になる。
・・・あっ、17歳になりました。おめでとう、私。一緒にお祝いをしてくれる人もいないから、自分で自分を祝うしかない。ああ、寂しい。
せめて、誕生日ケーキくらい食べたいな、と近所で(奮発して)購入したケーキは先ほど、奉公しているパン屋の卑しい一人娘に食べられてしまった。どうしてあんなに鼻が利くんだろう。
私は、このレッドベリーという国の片隅にある、ちっぽけな田舎町の生まれだ。家は貧乏農家だったから、私は都会にほど近い町へ奉公に出された。女子は、働き手としてあまり期待されないから、口減らしである。
地元は大変な田舎だったから娯楽もなく、村人にいつも無遠慮に扱われていたので居心地も悪く、そこから出られるというだけで奉公が決まったときは嬉しかった。だけど私の奉公先は厳しい上に大変意地悪な女主人が切り盛りする小さなパン屋だったから、朝から晩までこき使われている。
せっかく都会に近い町に住めるようになったのに、お給金は雀の涙ほどで、休みだって1年のうち数えるほどしかない。
一体、いつになったら幸せになれるのかな?って、考えるのも最近は意味のないことに思えてきた。
それに、奉公しているパン屋の人々は、私の田舎町にいた人たちに負けず劣らず、人でなしだった。
女主人のベケットさんはさっきも言ったように超がつくほどの意地悪である。更年期?なのかな・・・。何かにつけて、私のことが気に入らないみたいで、人の上げ足をとることが大好き。
今日も、私の仕事が遅いっていちゃもんをつけて、家中の窓ふきをさせられた。春になったけど、まだ風は冷たいから手が荒れてしまって、ヒリヒリと痛む。
次に、ベケットさんの旦那であるバーノンさんだけど、この人は要注意人物だ。何せ、ベケットさんの目を盗んでは、私にセクハラを仕掛けてくる。今までは子どもだからっていうので、少しお尻を触ってくる程度だったけど、なぜか今日が私の誕生日だと知っていた。
にやにやと気色の悪い笑みを浮かべているのはいつものことだけど、今日は舐めまわす様に私を見てきた。17歳っていうのは、この国だと成人の仲間入りになるから、これからはもっと恐ろしいことをしようと企んでいるのかもしれない・・・。部屋の鍵、もっと頑丈なものを買わないと・・・。
最後に、私のケーキを盗んだこの家の一人娘、グレンダだ。グレンダはベケットさんに大変可愛がられ、甘やかされてきた箱入り娘だ。いつもお店の商品のパンを、私が店番のときに限って盗み食いをする厄介な娘だ。
年齢は私と同じだけど、蝶よ花よと育てられてきた弊害か、社会常識を一切持ち合わせていない別の意味で恐ろしい娘だ。ベケットさんに顔が似ていて、とても意地悪そうな目つきなんかはそっくりだ。母親と違うところは、とても太っているところかな。ベケットさんはガリガリで手足が枝の様な魔女のような見た目をしているけど、グレンダはお菓子やパンの食べ過ぎで、パンパンに膨れ上がっているから、身にまとっているワンピースのボタンがいつもはじけ飛びそうになっている。実際、たまに弾けることがある。そのボタンを縫い留めなおすのも、私の仕事になるから至極迷惑な話だ。
でも、グレンダの着ている服は、今時の若い女の子に流行している服だから、そこだけはすごく羨ましい。こんな可愛い服、私は両親に買ってもらったことなんて、なかったから。
そしてグレンダの特技は、お菓子をどこに隠しても見つけだしてしまうこと。たまの楽しみにとっておいた私のお菓子は全て、私の居ぬ間にグレンダに見つかって食べられるのだ。誕生日ケーキも、例に漏れずグレンダの胃中に収まってしまった。
・・・はあ、パン屋の不愉快な住人たちの紹介はここまでにしておこう。鬱になるから。
今日は私の誕生日。ということは、私の双子の妹も、めでたく17歳になったということだ。今頃、何をしているんだろう。
王宮にその美貌と才能を認められ、風のように去っていった、カリン。国の中心で、一番栄えている王都にいるはずの妹は、きっとめきめきと頭角を現し、王都の人達をからも羨望の的となっているに違いない。
出来そこないの私と違って。
私は、部屋の壁に掛けてある鏡に目をやった。
薄汚れた木の枠に縁どられた鏡は、ひび割れていて、その中に写る人物にお似合いの朽ち様だ。
くすんだ茶色の髪の毛は癖が強く、ところどころはねている。顔の真ん中にちらばったそばかすは、日に焼けるたびに主張が激しくなるので、一生消えることはないだろう・・・。
そして、その上にある瞳を見つめる。春になって、暖かくなると芽吹く若葉を思い出させる、瞳の色。
この瞳だけが、ソラノは自分の身体で好きな部分だった。妹と唯一同じ、若葉色の瞳。この瞳を見ると、天と地ほども差のある自分と妹が、双子であること、片割れ同士であることを教えてくれるから。
―――――えっ?
自分の瞳をじっと見つめていると、刹那、瞳の奥で何か光がキラっと弾けた。
(何、今の?)
もう一度、よく見てみたけど、そこには普段と変わらない自分の眼があるだけだった。
(うーん、もう夜も遅いし寝ぼけてたのかも。明日も朝早くから仕込みがあるんだから、寝よう。)
私は頭を振り、ベッドに向かおうとした。すると、
ギイィィ・・・
と、しっかり戸締りしたはずの扉が、開く音がした。
―――――え、なに?
一気に全身に鳥肌が立ち、音のした方へ振り向くと、
そ こ に は、
に や つ い た 顔 を し た
バ ー ノ ン さ ん が 、 肉 切 包 丁 を 持 ち 、
私 の 部 屋 の 扉 を 開 け て
立 っ て い た ―――――――――――――