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訪問

「……こんにちは」


「……どうも、こんにちは」


シルが実に微妙な表情でジーナさんの挨拶に応えた。

彼は頭にバンダナのようなものを巻いていて、エプロンのようなものを首から掛けて服に汚れがつかないようにしていた。

彼の手元には金属の、多分銅だと思うけど、笛のようなものが握られていて、それに彼が何かの細工を施しているようだった。


「……早速ですね」


「すみません」


昨日の今日でいきなりシルの仕事場に押しかけてきたジーナさんだったけど、一応自分が非常識なことをしているという認識はあるらしかった。


「……えっと、今手が離せませんので、そちらで座って待っていて頂けますか? この笛は今日中に仕上げないといけませんので」


「分かりました」


ジーナさんはシルの言うことに素直に従い、彼が指した椅子へと腰掛けた。

入り口の近くにある、恐らく品の出来上がりを待つ客用の椅子へと僕も腰掛けた。

リズはジーナさんの背にいる。


「……ジーナさん。あの人がいいの?」


「…………。そうですね。この工房の広さからみると、シルさんの稼ぎは十分私達を養えると思います。申し分ないかと」


「でも遠回しに断られてるよね」


「……はい。ですが彼の人柄は好感が持てますし、なかなかいない男性かと思います」


「うん。それは僕も思うけど、他の人を探したほうが早くない?」


「……かも知れませんね」


「率直に聞くけど、あの人のこと僕らのこととか関係なしに好きになっちゃったんでしょ?」


「いえ違います。私にそのような感情はありません」


「…………。まあ、しばらく付き合うよ」


「ありがとうございます」


ジーナさんが頭を下げた。

彼女の顔は若干赤くなっていて、言外に図星であることを物語っていた。



「すみません。お待たせしました」


シルが手にコップを持って僕らのところへやって来た。

頭からはバンダナが外されていたけど、エプロンはそのままだった。


「……頂きます」


「ありがとう」


ジーナさんと僕へコップが手渡される。

中身はごく普通のお茶だった。


「それで、今日はどういったご用件でしょうか?」


シルが問いかけてくる。

遠回しに、その用を済ませたら帰ってくれと言っているんだろうけど、ジーナさんにそれが通じるかどうかは分からない。


「……そうですね。用と言えるか分かりませんが、率直に言いますとあなたを口説きに来ました」


「……そう、ですか」


シルが何と返せば言いのか分からないという顔をした。

僕はお茶を吹き出さないように口を押さえる必要があった。


「失礼ですが、お幾つでしょうか」


「……十八です」


「というと、すでにいい仲の女性がいてもおかしくはない、ですね?」


「……今のところいないですね」


「そうですか。ではどなたか懸想している方がいらっしゃる、とか」


「それも今はいないですね」


「……となると、今シルさんはお相手をお探しじゃないでしょうか? これは、という女性がいたらお付き合いされたいのでは?」


「……そうですね。いい人がいたらお近づきになりたいですね」


「……私では、ダメでしょうか?」


「…………」


シルが気まずそうにジーナさんを眺める。

母親自慢というか乳母自慢で恐縮だけど、ジーナさんは恐らくこの町で一番美人だと思う。

あまり町の人の顔を知っている訳でもないけれど、少なくともジーナさんより美人の人には会ったことがないし、若い女性の顔の平均的な作りを見る限り、ジーナさんの顔の造形は逸脱している。

国一番ではないにしても、この町においてジーナさんに並ぶレベルの人は十人もいないだろうし、並べるにしても右には出られないと思う。

そんな彼女を前にして、シルは何とも言えない表情で顔を下に向けた。

悲しそうというか、つらそうというか、何かを諦めているような顔だった。


「お気持ちは大変嬉しいのですが、ご期待には応えられそうにありません。もし良ければ他の方をお探しください」


「……私に不満がお有りでしたら、何でも言ってください。直せるものなら直しますので」


「……どうしても諦められませんか?」


「はい」


ジーナさんが強い声で言った。

昨日会ったばかりだというのに、ジーナさんの入れ込みようは本物だった。


「……分かりました。では明日、また来てください。正式にお返事を致します。それで、構いませんか?」


「はいっ」


ジーナさんが力強く頷いた。

背中にいたリズが一瞬ビクッとした。


「……では、また明日。この時間に」


「はい。今日はごちそうありがとうございました」


ジーナさんがコップを置いて立ち上がった。

僕もそれに合わせて立ち上がり、軽く頭を下げてジーナさんに続いた。

リズは手を振ってさよならをしていた。

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