酒場
「お酒を一杯。それと果実水を一つください」
「あいよ」
ジーナさんが頼んだ品が目の前で注がれた。
木で作られた、小さな樽のようなコップにお酒とジュースが注がれる。
「どうぞ」
「うん」
ジーナさんが僕へジュースを渡す。
ジーナさんの背中にいるリズへは何もなし。
まあこんなところで引っ掛けられても困るし、持たせないほうがいいと思う。
リズはよく物をこぼすし。
「……すみません。一つお尋ねしたいのですが」
「何だい」
「この店にいるお客で、独り身の方はいますか?」
「独り身? 何かい。あんた男漁りに来たんかい。子供もいるのに」
酒場の女店主がジーナさんを見る。
ジーナさんの長い茶髪と深い赤色の瞳を一通り眺め、鼻を鳴らして目配せをした。
「あっちにいるのが大体そうだよ。あんたなら適当に声を掛けりゃすぐ引っかかるさ」
「どうも」
ジーナさんが立ち上がり、コップの酒をあおって歩き出した。
もう行くのジーナさん。
「すみません」
「あ?」
ジーナさんが酒を飲んでいる男達に声をかけた。
「この中で、子供二人と女一人を十分に養える稼ぎの方はいますか?」
「……いきなり何言ってんだねーちゃん」
「見て分かるだろ。俺たちゃ自分一人がせいぜいだよ」
「そうそう。昼間からこんなところにいる俺らに何期待してんだよ」
「……そうですか」
ジーナさんが残念そうな顔をする。
僕としてはあんなのが父親になるなんて嫌なのでありがたいけど。
「何だよねーちゃん。男探してんの? 俺で良ければ一日だけ付き合ってもいいけど?」
「ははは。なら俺は二日だけならいいぜ。それぐらいなら持ってる」
「じゃあ俺は三日」
哄笑が響き渡る。
男達が酒をあおりながらジーナさんをからかう。
見ていてあまり気分がいいものではない。
声をかけたジーナさんにも非はあるけど。
「よしなよ君達」
「あん?」
声のしたほうを見ると、少し背の低い男が立ち上がっていた。
そしてジーナさん達のほうへ近づいてくる。
「彼女はきっと、その背にいる子供のためにこうして君達に声をかけたんだ。だというのにその態度は良くない」
男達の前まで来て、諭すように声をかける。
荒くはないけどはっきりとした口調だった。
「何だよぼっちゃん。お前もこのねーちゃんに気があんのか?」
「……君達とは会話もしたくない。行きましょう」
「あ」
ジーナさんの手が取られ、僕のほうへと向かってくる。
後ろからは軽くヤジが飛んでいるけど、気にもせずに歩いてくる。
「……すみません。出すぎた真似でしたか?」
「……いえ」
僕の前で手を離すと、彼はジーナさんへと軽く頭を下げた。
ジーナさんはそれに対して曖昧な表情で応える。
「失礼がないのなら良かった。ではこれで」
「あ」
彼が背を向け立ち去ろうとした時、ジーナさんの手が伸びた。
「……何でしょうか」
「……いえ」
手を掴まれた彼が振り返るが、またもジーナさんは曖昧な返事をする。
下を向いたまま、どこともつかない場所を見つめている。
「……あの。手を離してくれますか?」
「……はい」
言われて手を離す。
顔は下を向いたまま。
「……ではこれで」
「あの」
「……何でしょうか?」
「私はジーナと言います。こちらは娘のリズです。……あなたのお名前は?」
「……シルです」
「シルさん。あの、失礼ですがお仕事は?」
「細工師をしていますけど、それが?」
「……細工師の方でしたら問題ないかと思いますが、子供二人女一人を養うことは可能でしょうか?」
「……まあ出来なくもないかと」
「…………」
ジーナさんが黙った。
しかし今度は目を前へと向けたまま、自分よりもやや背の低い男を見ながら口を閉ざした。
何を言いたいのかは僕にも分かるけど、シルは困ったような顔をして何て返答しようかと考えていた。
……正直いたたまれない。
「……友人というのはどうでしょう。たまに話をする程度の、友人になると言うのは」
シルがどうにかこうにか答えた。
かなり苦し紛れの台詞だけど、なるべくジーナさんを気遣ったのは分かった。
「たまにというと、どのぐらいの」
「そ、そうですね。あなたの気が向いたら、店まで訪ねてきてください。お茶ぐらいなら出せますので。鉄売りのそばです」
「……分かりました」
「ではこれで失礼します。さようなら」
シルが頭を下げて出て行った。
まるで逃げ出すようだったけど、逃げたというとジーナさんが可哀想なのでやめておいた。
ジーナさんは僕の隣に再び座り、また酒を頼んでいた。
リズはいつの間にか寝ていた。