呼称
「さい、とさま」
「……え?」
「さいと、さま」
「……リズ?」
「さいとさま」
「……喋ってる?」
「さいとさまー」
「……何で様付け」
「え? リズがもう喋ったんですか?」
「うん」
「それは、早いですね。まだ一年も経ってませんが」
「僕も驚いた」
「……まあサイト様に比べれば遅いですか」
「僕と比べるのは良くないよ」
僕なんてもう立って歩けるというのに。
「それはそうなんでしょうけど。私もさほど育児の経験がある訳でもありませんから、やはりある程度はサイト様が基準となってしまいます」
「そういうもんかな」
僕みたいなのを基準とするのはリズのためにもならないんだけど。
「しかしそうですか。喋りましたか。リズは何と?」
「……僕の名前を呼んだよ」
「サイト様を?」
「うん。様もきちんとつけて」
「……私の呼び方を真似たのですね。様を名前の一部として覚えないといいのですが」
「物心付いたらそれくらいは分かるようになるよ」
「それはそうなんでしょうけど」
むしろジーナさんが僕をまだ様呼びなのが問題なんだと思うけれども。
「……ジーナさんは僕のことをいつまで様呼びするの?」
「いつまで、とおっしゃいますと」
「だって僕、もう王子様じゃないし。普通にサイトって呼べばいいんじゃないの?」
「……確かにサイト様はもう王族とは呼べないかも知れません。ですがそれでも、私はあなたの乳母です。あなたに仕え、あなたにかしずく者です。それだけが私に残された最後の誇りであり、私の存在意義です。それはサイト様がいかなる立場になろうとも変わらないものです」
「……分かった」
いや分からないけれども、少なくともジーナさんにとって僕を様付けで呼ぶのは意味のあることらしい。
僕としても特に困っている訳でもないし、呼び方はこのままにしとこう。
「ありがとうございます。サイト様」
ジーナさんが一言お礼を言って、また家事へと戻った。