調査
「おはようございますサイト様」
「おはよーじーなさん」
「……大分、お口が達者になられましたね」
「うん」
ジーナさんと朝の挨拶を交わす。
まだまだ発音に幼さは残るけど、少なくともジーナさんに褒められる程度には上達したと思う。
これは僕にとって大きな進歩だと言える。
最近まで、何を言おうともそれがジーナさんに伝わることはほとんどなかったのだから。
挨拶をきちんと出来るというだけでも、赤子の僕にとっては大きな成果だった。
「……サイト様。ご自身のお名前を言っていただけますか?」
「うん。ぼくのなまえは、さいとです」
「私の名前は?」
「じーなさん」
「あなたのお母様の名前は?」
「しーりあさま」
「……ありがとうございます。もしよろしければ、お食事のあとにお時間を頂きたいのですが」
「いーよ」
「かしこまりました。では、失礼致します」
ジーナさんが僕に近づき、抱き上げる。
そして片方の胸をはだけて僕に近づけた。
いつもの食事の時間だ。
もう慣れてしまったけど、ジーナさんのような若くて綺麗な人にこういうことをさせるのはやはりどうかと思う。
彼女の胸に吸い付きながら、僕は子供ながらにそんなことを思った。
「それではサイト様。よろしいでしょうか」
「うん」
服を正しながら、ジーナさんが僕の前に座った。
「ではこれより、サイト様のお力、サイト様の持っていると思われる能力の調査をしたいと思います」
「……もう?」
「はい。なるべく早くと言われておりますし、サイト様がこうしてお話を十分に交わせるようになりましたから、頃合いかと」
以前から時折このような話は合ったけど、まさかこんなに早くとは思わなかった。
「……わかった」
「ありがとうございます。ではサイト様。こちらにある紙をご覧ください」
ジーナさんがテーブルの上に置いてあった、何枚かの紙を僕に見せる。
紙といっても生前の僕の世界のものほど上質ではなく、色も大分くすんでいて、これが王室で使っているものなのだからあまり文化水準は高くないのだろう。
そんなことを思いつつ、僕はジーナさんの手の紙を見た。
紙にはそれぞれ丸や四角、三角などのマークが書かれていた。
何となくトランプに似ている。
「サイト様。今からこの紙を混ぜ、裏向きにして見せます。サイト様はそれぞれの紙の印が何であるか、当ててください」
そう言ってジーナさんが紙をシャッフルする。
テーブルの上に置いてぐるぐると混ぜあわせ、もう一度僕に見せる。
「いかがでしょう」
いかがでしょうと言われても、僕にはただくすんだ色の紙が見えるだけだった。
「……わかんない」
「はい。それで正常です。あなたのお力は常に使えるものではありませんから。なので少々、ほんのわずかで構いませんので、この紙を見たいと思ってください。もし何らかの兆候が見られればそれで結構ですので」
「うん」
ジーナさんに言われた通り、紙を見たいと心で思う。
それでどうなる訳でもないと思いつつも、紙を見る。
「どうでしょう」
「……あ」
見えた。
なぜか分からないけど、見えてしまう。
ジーナさんの持つ紙が透けて、その裏に書かれたマークが見えてしまう。
「……まる、しかく、さんかく、ばつ、にじゅーまる」
左から順に読み上げる。
合っているかどうかは分からないけど、少なくとも僕にはそう見えた。
これで外れているなら、僕の見たただの幻覚ということになるんだけど。
「…………。確認のため、もう一度混ぜますね」
ジーナさんが再度シャッフルして、また手に持つ。
「さんかく、ばつ、しかく、まる、にじゅーまる」
もう一度左から読み上げる。
「……ありがとうございますサイト様。もう結構です。お疲れ様でした」
ジーナさんが紙をテーブルに置き、立ち上がった。
なぜか若干興奮しているように見える。
呼吸が荒い気がする。
「今すぐにこのことを報告して参ります。失礼致します」
ジーナさんが深く頭を下げて、部屋を出て行く。
いつも冷静なジーナさんにしては珍しく気が急いているようだった。
残された僕は、ゆりかごの中でおとなしく彼女の帰りを待つのだった。