説明
「まずどこから説明しましょうか。あなたとの意思疎通は一方通行でしか行えませんから、あなたがどこまで理解出来ているか、何を聞きたいのか、私には分かりません。それでもあなたにはいくつか説明をしておかなければならないことがあります。……お聞きになりますか?」
僕はとりあえず頷いておいた。
彼女が何を話そうとしているのかすら分からないけど、何かこの状況を説明して貰えるならありがたかった。
「では、まずは私のことから。私はジーナ。ロット王国の第七王女シーリア様の侍女、いえ、元侍女になります。これからはシーリア様のご子息であるあなたの乳母が正式な役職となります。あなたの身の回りの世話をさせて頂きます」
とりあえず頷く。
「あなたには前世の記憶があり、前世の立場があったかと思います。なのでいきなり王女の子供、と言われても混乱するかと思いますが、そこは慣れて頂くほかありません。私としても前世の記憶がある方の乳母となるのは不安なのですが、お互いこれが運命と思って受け入れるしかありません」
頷く。
「……一つ聞いておきたいのですが、あなたは私よりも歳下でしょうか? 歳上でしょうか? 答えて頂けるなら頷いてください」
頷いた。
「私は十九ですが、あなたはそれよりも下でしょうか?」
頷く。
「……頷かれてばかりなので不安なのですが、いいえと答えたい場合は首を横に振ってくださいね? もしお分かりでしたらあえて首を振ってください」
僕は首を横に動かした。
「ありがとうございます。では話を続けます。まずあなたに前世の記憶がある理由ですが、これはロット王家に伝わる魔法、ある素養を持つ人の魂を生まれ変わらせる魔法を用いて、シーリア様の子供にあなたの魂を与え、転生させたからです。この魔法によりあなたは前世の記憶を保ったまま生まれ変わることとなりました。この魔法はとても成功率が低く、また使用に際しても制限が多いため、あまり期待はされていませんでしたが、何とか成功しました」
頷く。
「……このまま話を続けますか? それともしばらく静かにしていましょうか。あなたにも考える時間が必要かと思いますが」
少し考えてから、首を縦に振った。
ジーナさんの言うとおり、僕には考える時間が必要だった。
まず彼女が説明してくれたことをいくつか整理してみよう。
一つ目。
僕はどうやら王女様の息子として転生したらしい。
ロット王国とやらの第七王女、おそらく王様の七番目の女児ということだろう、そういう身分の人の子供として生を受けたようだ。
まずロット王国がどこだか分からないし、規模も文化水準も分からない。
そんな国の王女の息子と言われてもいまいちよく分からないけど、とりあえず僕は王族となったらしい。
二つ目。
この世界には魔法がある。
魔法と一言で言っても、この言葉が指す意味の範囲はかなり広いので、魔法がどういったものか、どういう存在なのかは分からない。
だけどとりあえず漠然と、魔法と言われて思い浮かぶようなものをイメージしていいようだ。
僕はこの魔法とやらで、本来なら失うはずの記憶を失わずに済んでいる。
これが幸か不幸かはまだ分からないけど。
三つ目。
この世界はなぜか日本語が使える。
もしかしたら日本語が通じる訳ではないのかも知れないけど、少なくとも今現在言語の問題は発生していない。
ジーナさんの言葉はきちんと僕に通じるし、おそらく僕の言葉もきちんと彼女に通じるだろう。まだ言葉は話せないけど。
いきなりまったく別の世界に転生させられて、一から言語を覚え直す必要がなさそうというのは僕にとってありがたい。
しばらくは不自由するだろうけど、あまりにも不自由が過ぎるということはなさそうだと言える。
赤ん坊からの人生やり直しだけど、前向きに頑張ってみようと思える。
「うういおうお」
続きどうぞと言ってみたが、やはり上手く言葉にならない。
「……話を再開してもよろしいですか?」
頷いた。
「では話を続けます。と言ってもこれが最後ですが。……先程も話しましたが、あなたはロット王家の魔法で転生しました。この魔法の対象となる人には、ある素養があります。この素養とは、王家の血を引く体に宿ると特異な能力を発現することが出来る、というものです。この能力は人によって異なりますが、ほとんどの場合が大変有用で価値あるものとなります。いくつか例を挙げると、未来を予知したり、人の心を読むことが出来たりします。あなたにどんな能力があるかは分かりませんが、大変期待されています。簡単に言いますと、あなたはこれを目当てに転生させられました。いくら死んだ人間とは言え、勝手に本人の了解もなしにこのようなことをするのは気が引けるのですが、我々も悠長なことを言っていられる状況ではないのでこのような真似を致しました。このことをまず謝罪させてください」
ジーナさんが頭を下げた。
僕としては迷惑でも何でもなく、むしろ一度死んだのに二度目の生があるというのは大変助かるのでありがたいぐらいなんだけど、このことを伝えるのが僕には出来なかった。
ただ黙ってジーナさんの謝罪を受け入れるしか無かった。
「……以上で説明を終わらさせて頂きます。何かご質問があればお聞きしたいところですが、それも出来かねるので、今日はもうお休みください。お疲れ様でした」
ジーナさんが立ち上がって、壁の照明を一つ消した。
僕がいつ眠っても大丈夫なように部屋を暗くしたんだろう。
ジーナさんはそのまままた座り、軽く目を閉じた。
僕もジーナさんに合わせて目をつぶり、意識が遠ざかっていくのをじっと待った。
赤ん坊の体は大して時間を掛けず、僕の意識を闇の中へと誘うのだった。