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恋と平和と結婚と

 俺は今、ヌワトリ小屋で、ヌワトリを抱っこして座り込んでいる。ちなみにヌワトリはこちらの世界のニワトリに似た飼鳥だよ。ちょっと汚れているけど、ふかふかの羽毛に顔を埋めた。少しだけ気分が落ち着いた気がする。


 ゴートが放ったひと言が耳を離れない。


『あんたにゃカレタカさんはあげられない』


 ちょいと待ってよゴート。カレタカさんをあげるあげないの段階じゃないから。俺らコミュニケーションすら怪しいですから。


 思わず強く抱きすぎて「コケー!」とヌワトリが抗議の声をあげた。ありゃ、ごめんごめん。


 ゴートは俺がカレタカさんの嫁になる前提で反対、そして勘違いでなければメラメラと対抗心を抱かれている気がする。ああ、やっぱり世間の認識ってそんなもんなのね。俺、やっぱりカレタカさんの嫁になるのかな。ううん、絶対イヤってわけじゃないけど、なんかふんぎりつかない。


 そりゃあカレタカさんは素敵さ。まずカッコいいし優しい。料理上手だし、マメだし、頼りになるし、良いモフモフをお持ちですし。好意は持ってますよ。しかし男性ですぞ。俺としては女の子がやっぱり好きなわけで。その一線は超えられないというか。——悶々と悩みだした俺に、ヌワトリは変わらずよい羽毛を提供してくれている。もしカレタカさんが女性だったら、なーんにも問題ない。きっと健康的でグラマーな女性だったに違いない。あるいは俺が女として生まれていればオールオッケーだ。問題は、お互いが男であるという点なんだ。どうしたらいいんだ。……悩んでしまうくらい、カレタカさんに好意を抱きはじめている。好きか嫌いなら好き。だけど……ううん、堂々巡りだ。


 ヌワトリ小屋を出て、家の裏手へ回った。以前、姫さまたちがこっそり覗いていた窓のある場所に行くつもりだ。こっそりこっそり、抜き足さし足しのび足。するとどうだろう。誰かいる。きらびやかな衣装を着た、可憐な女子たち。鼻血をすでに両鼻から垂らしている姫一行が窓にへばりついていた。


「姫さま……」

「お邪魔してますわ、翔太様」


 振り向いた彼女の鼻には、鮮血が二本。おい、鼻血拭け、鼻血。これが金髪のとびっきり可愛い女の子がやるもんだから、やるせなくてしょうがない。ちょっと泣いていいですか。


「翔太様はこちらから覗かれてくださいまし。ええ、姫はわかっておりますわ。翔太様、お辛うございますね」


 ……いったい俺のなにを分かってるんだいとツッコミたくなったが、黙っておく。それよりもカレタカさんとゴートの様子が気になるんでぃ。場所を譲られてのぞきをする。あまりよく見えない。


 テーブルを挟んで両側に座っている。そして書類を指差しながら話をしている。なんか楽しそうだ。くそう、横からキラキラした視線を感じるが気にしないからな! しばらく観察していたけど、特段なにもない。打ち合わせって感じ。カレタカさんが席を立った。台所に行くみたい。


ふとゴートに視線をやるとばっちり目があった。あんにゃろう、見てるって知ってたのかよ。しかもやたらニヤついた顔で手を振ってきやがった。小馬鹿にされてる感じがする。俺は腹が立ってきて、家に戻ることにした。後ろから「修羅場が始まりますわ」と聞こえてきた。うるせいやい。


 カレタカさんはまだ戻ってきてないようで、部屋にはゴートだけだった。


「なに、翔太ちゃん。ふて腐れて戻ってきたの?」


 うわ、こいつ翔太ちゃんとか呼びやがる! このやろ。まあ基本チキンな俺だから言い返さないけどね! 怖いもん!


「べつにふて腐れてないです」

「ふぅーん。ま、いいけどねぇ。」


 カレタカさんと一緒にいる時はあんなに丁寧な言葉遣いするのに、俺とふたりだとチャラい。完全になめられてる。また黄色い目と視線があった。凄みを感じる。


「俺はカレタカさんの片腕としてずっと側にいた。正直、翔太ちゃんみたいな人間が本当にいるのは驚きなんだけど、それと結婚は別だ。家柄だって素質だって……あの人にふさわしい人は他にいる」


 ゴートの言葉は怖いくらいに冷静で、それでいてもっともだ。怒ってそうな瞳が俺をまっすぐ見る。いやでも待って。結婚するとかしないとか、まだなんにも決まってないから!


「あの、俺たち結婚しません。まだお互い、っていうか俺は、時間をかけて判断したいんです」


 え? とこぼしたゴートの声はどこか抜けていた。俺の話が意外だったのかな。まさか、相思相愛とか思われてたりして。一瞬ラブラブな俺とカレタカさんを想像してすぐ頭を横に振った。いやいやいや、なんで想像できんのよ。


「……国に戻ったらすぐ籍入れんのかと思ってた。なに、まだ検討段階なの?」

「ええっと、俺としましては、そうです」

「翔太ちゃん、もしカレタカさんと結婚しなかったらどうするつもりなの」

「その辺が俺も悩みのタネでして……」


 ゴートが目をまん丸くしている。そうですよね、そんな思っちゃいますよね。たぶん俺の個人的な見解ではカレタカさんはいわゆる超優良物件だ。ゴートもきっとそう思っている。そんな人にプロポーズされて断るやつは頭がイカれてるゼってことなんだろう。


「じゃあ、カレタカさんと翔太ちゃんの結婚は、まだ確実ではない。十分に変更の余地がある、のか」

「ま、まあ、俺的にはそういう事になります」

「ふぅーん、そう。そっかそっか。ふふ」


 なによ、なんか怖いんですけどその笑顔。急にご機嫌になっちゃって。俺とカレタカさんがすぐくっつかないんで嬉しいだろうけど、こればっかりはどうなるか分かんないんだからな! もしかしたら、気が変わって、俺めっちゃカレタカさんと結婚したくなるかもしれないんだからな! 精いっぱい心の中で強がりを言ってみたところで、相手には届かない。


 その後、ゴートは無事帰っていった。

 魔法陣みたいなのから消えていくのを俺とカレタカさんで見送ったんだけど、隣にいる牛男は始終デレデレしていた。



 ◇



 夕食の片付けも終わり、後は寝るのみとなった。カレタカさんの部屋の大きなベッドに、共に横たわる。暗い天井を仰ぎながら、俺は意を決して、カレタカさんに声をかける。うわ、めっちゃ緊張する。


「カレタカさん、俺、まだ結婚とかは考えられません。やっぱり女の子の方が好きだし。だけどカレタカさんのこと、もっと知りたいって思うんです。その、とっても素敵な人だなとは思ってるんで、なんていうか……えっと」


 言い終わる前に、ぐいっと身体を引っ張られた。ついでにものすごい圧迫感だ。頭の上にカレタカさんの息づかいを感じる。どうやら俺は抱き枕よろしく、抱きしめられてるらしい。


「今はその言葉だけで、充分だ」


 抱擁はすぐ解かれた。その時、ほんのちょっとだけ、ひたいに暖かく柔らかい何かが触れた気がした。俺はそれを女の子のおっぱいだと思って眠ることにした。それだったら別に嬉しく思っても問題ないだろう?


 こんなに好かれている事に、罪悪感を感じないといえばウソになる。もしかしたらカレタカさんの気持ちに応えられない可能性だってある。……だけどその夜は、とてもとても、満ち足りた気分だった。夢でカレタカさんとヌワトリが出てきたせいかもしれない。


 翌日、気になっていた事を聞いてみた。


「カレタカさん、休暇が終わったらどうするんですか?」

「自国に戻らねばならんな」


 穏やかな天気。穏やかな気候。鳥はさえずり、緑はさわさわと枝を揺らす。俺とカレタカさんのふたりだけの暮らし。ふたりだけの世界。ここでの生活も、そう遠くないうちに終わりを告げる。


 カレタカさんは真面目な顔をして俺と向かい合った。牛頭人身なのに端整な顔立ち。スッと通った鼻すじ、歪みのない口元。長いまつげから覗く、黒い潤んだ瞳が俺を見据える。


「私が自国に戻る時は、……しょ、しょしょ、しょた殿も、一緒だからな」


 またショタっていった。ていうかなにその誘拐宣言、困るんですけど。大事なとこでどもるのも全然変わんない。もう、おかしいな。するとカレタカさんがピシリと表情を引き締めて言った。


「……どうしても嫌なら言っていい。無理強いはしない」


「カレタカさん」


 そう、この人はこういう人だ。優しくて、紳士で、料理上手で、最高にカッコいい、牛男。


「この国がどうなるかは責任もてんがな」


 すげー黒い笑顔。しかも言ってることが理不尽きわまりねえ。前言撤回、やっぱこの人は悪の大魔王だな。その魔王の大きな手が、俺の顔に添えられた 。ごく柔らかに。自然と俺もカレタカさんも笑顔になる。


「勇者は、世界の平和を守るのだろう?」


これにて本編は完結となります。ありがとうございました。次回、おまけショートショートで本作は完結です。

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