ヤギ男現る
午前中の家仕事もひと段落し、ふたりでお茶を飲んでいた時だった。届いた手紙を読んでいたカレタカさんが、参ったなと言わんばかりにため息をついた。
「しょ、翔太殿。すまないが今日の午後に客が来る」
お客といえば、あの腐女子姫。いっつもキャーキャー騒いで、俺とカレタカさんの絡みを覗きにくる。城からはだいぶ遠いのに、いったいどうやって来ているんだろうと常々不思議に思っている。SF(少し不思議)ってやつか。
「姫さまではなく?」
「王女ではない。客といっても私の部下なんだ。翔太殿に会うために長期有給休暇を取っていたが、少し打ち合わせが必要なものがあるらしい」
ふむと困った顔でぽりぽりと頭をかくカレタカさん。身長はおそらく俺より十センチ以上高いから百八十センチより余裕で高い。しかも体が分厚い。腕も首も足も太い。フットボールの選手だったら相当重宝される体格だ。そんな体育会系も真っ青な彼の口から、聞きなれないような、むしろやたら聞いた事ある単語が聞こえてきた。
「有給休暇? ……仕事……部下?」
俺の聞き間違いなのか。
「ああ、私の勤め先のな」
勤め先! 意外、なんか魔界ってもっと原始的なイメージだった。狩りしたり、自給自足したり。そう、ここでの暮らしみたいな。
「どういうお仕事なんですか」
「メインは不動産だ」
さらに意外。え、ここの世界って中世ヨーロピアンな雰囲気だったよね。ああでもそうか、そんな時代でも土地の売買はあるか。でもまてよ、そしたらカレタカさんて、お金持ちの地主だったり……する?
「翔太殿と会うために休暇を取ってこちらに来たが、ここのスローライフもなかなかいいものだな」
やっぱりスローライフ扱いなんですねこの生活! そしてちょっと待てよ。休暇をもらってこちらに来たという事は……
「カレタカさんのご自宅ってここではない?」
「違うな。魔族領だ。ここは王女と話し合って、もともとあった空き家を仮住まいとして急きょあつらえたものなんだ。その……しょ、翔太殿が、私との暮らし慣れるまで」
「へっ?」
さらわれた姫君を助けるべく、いざ有志一同で出陣! ……それは姫様が仕組んだ陰謀だと聞いた。この救出劇はカレタカさんと俺の顔合わせ、かつ国の威厳を保つための茶番。だけどこの家までもがセットだったなんて。
「と、とにかく、部下が今日の午後来るからそのつもりでいてくれ」
「……わかりました」
いろいろ衝撃的だ。ここは仮住まいだったんだ。ということは、いずれは出て行くんだろうか。
そんなことを思っていると、カレタカさんの手が伸びてきた。カレタカさんから触れてくるのは珍しい。
「その黒髪と黒目、本当に綺麗だ。よく見るとまつ毛も黒いのだな。不思議だ」
カレタカさんの大きくて暖かい手が俺の髪を撫でた。そういえば、こっちの世界では俺みたいな一般的な黒目黒髪のモンゴロイドはすっげー貴重なんだった。出会った初日にはあんなにカチコチだったのに、だいぶ距離が縮んだと思う。……改めてそう考えるとすごく恥ずかしくなった。
◇
午後も二時になろうかとしている頃、ドアをノックする音が聞こえてきた。きっと例の客だ。
自分が席を立とうとしたら、カレタカさんがそれを制し自分で迎えに行った。なんか緊張してきた。ここに来て姫様以外の人に会うってあんまりないからなぁ。あれ、俺ってば自分の事なんて紹介すればいいんだろ。「どうも、勇者です」はおかしいだろ。相手はきっと魔族だろうから「こんにちは。俺、人間です」て言えばいいのか。いやいやいや、見りゃ分かるっつの。……もしかして俺とカレタカさんの事情知ってるとしたら! 「えっと、嫁(仮)です」とかになっちゃうわけ!? それはやだー!どうしよー!!
ひとりでアワアワしていたら、例の客人はもう部屋に通されていたようで、すぐ目の前にいた。
「わわっ」
——ヤギだ。カレタカさんは牛系だけど、目の前の客人は、ヤギ系魔族だ。白い体毛に大きな角。背は俺より少し高いくらい。これまた獣人なのに顔のパーツは人間らしくもあり、バランス良くてカッコいい。ズルいんですけど! 髪も白くて、ワイルドにモサモサしたものが肩くらいまである。黄色い瞳が印象的だ。しかも白いシャツをパリッと着こなして、アイロンの効いた黒いスラックスと艶々の革靴からはエリート臭がする。ううぅ、なんか悔しい……。そんなイケメンヤギ男は、不躾にも俺を上から下までジロっと見た。なに、初対面でやな感じ。
「ふーん……」
わ、こいつやな奴だ! 俺には分かるぞ、これは人を見下してる時の表情だ! たまに前一緒にいたハーレムちゃん達がしてたもんね! 言ってて自分で悲しいけど、男と女でやられたんじゃ全然違うんだからな! むしろ綺麗なお姉さまの蔑みはちょっとしたご褒美なんだからな!
「紹介する。翔太殿、これは私の部下で名をゴートという」
そういうと例のヤギ男、改めてゴートさんが俺にぺこりと一礼した。ゴートさんは放っておいて、ちょっとお仕事モードのカレタカさんはシャキリとしていて格好いい。できる男って感じがする。こういうのも慣れてんのかな。
「ゴート、こちらは……あの、その、なんだ……えーっと……」
あああ、せっかく格好いいって思ったのに台無しですよカレタカさんっ。顔赤らめなくて良いからっ! 大男がモジモジしないでぇっ!
「存じてますよ、カレタカさんの『麗しの君』ですね。お初にお目にかかります。わたくし、長いこと、カレタカさんの下で働かせて頂いております、ゴートと申します。以後お見知りおきを」
「……翔太です。こちらこそ、どうぞよろしくオネガイシマス」
こいつさっき「長いこと」って強調したぞ。なんか張り合ってる気がする。そんな事されても困るけど。
「ゴート。お茶をいれてくるから、そこのソファにかけていてくれ」
「お茶だったら俺がいれますよ」
「いいから。座ってろ」
そう言うとカレタカさんは台所に行ってしまった。どうしよう、なんか気まずい。ゴートがチラリとこちらを見た。(お前には『さん』はつけんぞ!)げ、こっちに来る。なんだなんだ。なんでこっち来るんだよ。つい後ずさると、すぐ後ろは壁だった。こっち来んなよヤギ! まさかと思うが壁ドンするつもりじゃないだろうな! やめーい! 俺は自分より身長が低い、眼鏡の奥手女子を壁ドンするっていう夢があるんだよ。なにが悲しゅうて男、しかもカレタカさん以外から壁ドンされにゃいかんのだ!
後ろは壁。追い込まれた。ゴートとの距離は近く、俺から何センチかしか離れていない。あの黄色い瞳で俺を見下ろしていた。おおう、間近で見たら毛がモッフモフだ。え、素敵。うっわダメだ、俺の浮気者! 何考えてるんだよ俺! するとゴートが、ごく小声で話しかけてきた。
「カレタカさんがあんたを嫌うには、どうしたらいいんだろうねぇ」
「……へっ?」
鼻と鼻が触れんばかりの近距離までグッと近寄られ、思わずひるむ。黄色いビー玉の様な目が、冷たく俺を見据えていた。この目は、敵意のそれだ。なぜ 。言葉が出ずに、無言が続く。するとさらに顔を寄せてきた。ぶつかると思ったが、するりと横を抜けて、真正面から耳打ちするような体制だ。なんか近くね? 香水みたいな香りが鼻をくすぐる。ゴートの長めの白い髪が柔らかく首筋に当たり、びっくりして変な声がでた。
「……ひぅっ」
ヤギ男が耳元でつぶやく。
「あんたにゃカレタカさんはあげられない」
耳にかかる吐息混じりのかすれた声。背中からぞわぞわしたものがせり上がってきた。今、なんて言ったの。
ゴートはパッと俺から離れてソファへ座った。ほどなくカレタカさんが、あのお花模様のティーセットを持ってきた。相変わらず美味しそうな匂いがしている。何もなかったかのように、ゴートはほくそ笑んでいる。
俺は動けずにいた。さっきまでのゴートの言葉が脳で木霊している。どういうこと。どうしてそんな事を俺に言うんだよ。
ヌワトリたちの様子見てくるとカレタカさんに声をかけ、俺は外に出た。少しひとりになりたかった。
次回、本編完結です。




