ベッド
滞在二日目の夜は、まさかのカレタカさん失神という事態で幕を閉じた。三日目も四日目も、カレタカさんは時々蒸気機関車のように湯気を出し、時々溶けていた。幸福気絶はあの後はないと思う。
そんなこんなで家事の手伝いをしながら数日が過ぎていった。俺の方向性も、いまだ不透明。だけど、だいぶここでの暮らしに慣れてきたと思う。
つい昨日、あの腐女姫が遊びにきた。ここでの生活のことを色々聞いてきたので、「カレタカさんには良くしてもらっている」と言っておいた。まあ案の定、興奮されていましたけどね……。俺とカレタカさんがそれぞれ別室で寝ているいうのに大層お嘆きになっていた。いやいや、友人同士でも一緒に寝ないでしょうよ。その時かなり鋭い視線で部屋を見回していたのが、ちょっとだけ怖かった。
姫さまはあんな性格だけど、見た目はフランス人形みたいにキレイで眼福もの。今、この森の中で、ガチムチ牛魔族とふたりで暮らしてる俺としては、姫は立派な心の清涼剤だ。
姫様が、俺にグイッと近づいてきた時があった。金髪の女の子は、まつ毛も金髪なのか。わあ、緑色の目って綺麗だなあ。かわいい女子に上目遣いされて、ちょっとドキドキしてしまう。
「それで、お二人はどこまで仲を深められたのですの? はしたないと分かっていても、この姫、聞かずにはおれないのです」
うん。黙ってくれてたら、どんなにいいか。
◇
午後は、クルミのような硬い木の実の殻を割る、というお仕事だ。しかも俺ひとりでやっている。山のようにこんもりあるそれを、ひたすら割っていく。あとでカレタカさんがこれでオヤツを作ってくれるというから、気合が入るというものだ。
「むぐぐ、硬い……!」
ゴツゴツとした大きな種を、二個いっぺんに手にとり、力を入れて握りつぶす。するとゴリッという音とともに硬い外殻にヒビがはいる。そこから丁寧に中の実を取り出せば、クルミのような、ペカンナッツのような、不恰好なナッツが姿を表した。ひたすら、ただひたすら、硬い種をを割っては中の実を取り出す。
ああ、手が痛いし疲れてきた。しかしここで弱音を吐いてはいけない。カレタカさんにおいしいオヤツを作ってもらわねばならんのだ! 別に餌付けされたわけじゃないぞ! 生きる為には食べなきゃいけないんだ! そんでカレタカさんの作る料理がうまいだけなんだ!
そんな時だった。
「ワラ・エネーノ王国第三王女様の命によりお荷物をお届けに上がりました! ショータ・エノモト様、カレタカ・イシテ様はご在宅でしょうか!」
野太く、大きい声が、外から聞こえてくる。
今日は釣りに行ってくると言っていたのでカレタカさんはいない。あの姫様からの荷物なんてやな予感しかしないんだけど。俺が仕方なく出ると、玄関には毛むくじゃらのむさいオッサンがたくさん居た。みな体が大きくてたくましく、まるでカレタカさんのよう。だけど。
カレタカさんの方がカッコいいな。ふとそんなことを考えてしまった。
「ショータ様。荷物を運び入れたいのですが、お部屋を案内していただいいてもよろしいでしょうか」
そこからは目もくらむような速さで万事が進んだ。俺とカレタカさんの部屋から、それぞれのベッドが運び出された。え、なにゆえ? 代わりにきたのは大きな大きなベッド。え、一台だけ? その大きさ、カレタカさんのですよね。お、俺のは?
「それでは、我々これで失礼します!」
むさいオッサン達は去った。後に残されたのは、巨大なベッドと、訳が分からない俺。
まさか……まさか……!
あの姫様やりやがった! 俺とカレタカさんを一緒のベッドで寝かせる気だ! どうしよう、どうしよう。その時ちょうどカレタカさんが帰ってきた。ビクには魚が入っているようだ。塩焼きかな。いや、今はそれどころではない。
「カレタカさん! 大変なんです、あの姫さまがベッドを……!!」
俺の短い言葉で伝わったのか、パッと部屋を見渡すカレタカさん。俺の部屋からベッドが無くなっていることを確認し、自室のそれがひとまわりデカくなっているのをその目で見た。
「カレタカさん、どうしましょう。これ、一緒に寝る感じですかね」
「…………」
「カレタカさん?」
いくら待っても返答がないため、隣に立つ彼を見上げる。え、ちょっと待って。カレタカさんが立ったまま気絶している!! ウソだろオイ!! 我が人生に一片の悔いなしみたいな顔しないで!! お願い、帰ってきてぇぇえええ!!
◇
最初はソファで寝るだの、床で寝るだの、互いに言っていたんだが、両者譲らなかった。もう疲れたのもあって「もう一緒に寝ましょうか」と俺が言うと、カレタカさんもうなずいてくれた。
夕食後、俺が大量にむいたナッツでおやつを作ってくれた。軽く炒ったナッツに、ハチミツとちょっぴりの塩を加え、また加熱していく。するとナッツの周りに甘じょっぱいコーティングができた。それらを皿にとり冷やすと、ハニーナッツの出来上がりだ。甘くてコリコリほくほく、たまの塩気がたまらない。「食べすぎてはいけない」と注意されるまで、夢中になってつまんでしまった。そしてモグモグしながら考える。……一緒に寝るって言ったけど大丈夫だろうか……でもカレタカさん紳士だし、言い方悪いけどヘタレだし、俺にそんな魅力あるかははなはだ疑問だし。
ついに就寝時間を迎えた。これでもだいぶ遅くなったんだ。お互い意識してしまって、なかなか寝ようかと言い出せなかった。しかしそこは格好いいカレタカさん。
「もう遅いから寝よう。大丈夫だ、変なことは一切しない」
ああもう、なんて紳士。俺もだいぶ眠たかったので「はい」と返事だけして、寝室へ向かうカレタカさんの後について行った。
暗い部屋、きしむベッド。スペースは充分広いけど、それでも互いに触れずにいるというのは難しい。俺は少しばかり後悔してしまった。俺は大丈夫だけどカレタカさんがゆっくり寝れないじゃないかって。
「カレタカさん、俺やっぱり——」
大きな暖かい手で口を塞がれた。
「一緒に寝るんだろう? 何もしないよ、安心していい」
違う、そうじゃない。カレタカさんが俺に何かするからそう言ってるんじゃない。それを気にして眠れなくなってしまう方が心配なんだ。
「どうしても不安なら、私は別の部屋で寝るよ」
やめてよ、そんな悲しそうな顔で笑わないで。ここはあなたの家だし、ここはあなたのベッドなんだ。でも、じゃあ俺が、と言いかけてやめた。
「……ううん、大丈夫です。一緒に寝ましょう。でも、変なことは一切なしですよ」
にこりと笑いかけたら、少し不安気だったカレタカさんの雰囲気も和らいだ。
「ああ、大丈夫だ」
ふたりで横に並んだ。心臓はバクバクしているが、隣に人がいるという安心感もある。そういえば誰かと一緒に寝るって、子どもの頃以来じゃないのか。そう思うと、心地よい眠気が襲ってきた。
◇
朝、俺はモフモフを抱きしめていた。
なんだこの 圧 倒 的 柔 毛 感 。
ふわふわだ。モコモコだ。幸せだ。まどろみの中で抱いていたそれをカレタカさんだと知るのはもう少し後。例の幸福気絶で虫の息になっていたカレタカさんは、いつもより遅い起床になってしまった。
そして俺はものすごい発見をしてしまった。
カレタカさんは、朝、モフモフなんだ。寝起きはモコモコ毛だるまのようになっているんだ。それを丁寧に全身ブラッシングするといつものカレタカさんになる。けしからん、けしからん、けしからん! そのモフモフは反則だ!
もっとモフモフさせろー!!
朝、出待ちをしていたかのように、腐女姫が遊びにきた。絶対いたらん想像をしていたに違いなく、俺を見た瞬間から鼻血を吹き出していた。おい、それでも高貴な身分か! やめて、そんなギラつく視線をよこさないで! よだれを拭いて! ノートにがりがりメモしないでーーー!!
そんな感じで、俺とカレタカさんは姫の策略にまんまと乗り、同じベッドで寝起きするようになった。……カレタカさんが起きる前に、モフモフを堪能しているのは、内緒だ。