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7.言葉を交わす


「実の妹君に、そのような仕打ちを……」

「この国は、そこまで腐ってんのか」


 二人の声は震えている。

 兄よ、元より底辺だった二人の感情値は、底を突き破ったようだよ。

 私は少し溜飲を下げた。幽閉生活は、ストレスが溜まるのだ。

 だけど、二人に心配を掛けてしまうのは忍びない。

 私は話題を変えることにした。


「あのっ、そうでした! お二人のお名前を伺ってもよろしいですか? わたくしの名前は、フィリルと申します。このレンブラント王国の第二王女です」


 私の言葉に、二人は目配せしたあと口を開いた。

 銀色の男性は、まだ警戒の色があるのが残念だったけれど。


「申し遅れました。私は、ガルドと申します」

「……ガッシュだ」


 露骨な話題転換だけど、二人は複雑そうな顔をしながらも話題に乗ってくれた。

 黒いローブ姿の男性が、ガルドさんで。銀色の男性が、ガッシュさん。

 私が二人の名前を口のなかで反芻していると、ガルドさんがフードに手を掛けるのが見えた。


「これからお世話になる方に、いつまでも顔を見せないのは失礼にあたりますから」


 そう言って、ガルドさんはフードを取り払った。

 フードの下から現れた顔に、私は息をするのも忘れてしまう。

 それほどの完璧な美が、そこにあったのだ。

 こぼれ落ちたのは、輝いてさえ見える金色の髪。

 深い深い海を思わせる、サファイアのような青い目は。

 すっと通った鼻筋に、何もかもが完璧に配置された顔立ち。

 まるで神を前にしているかのような、神々しさがガルドさんにはあった。

 ガルドさんを見つめ固まる私の耳に、ガッシュさんの忍び笑いが聞こえてきた。それが、私を現実に引き戻す。

 私は慌てて、視線をドレスのスカートに移す。


「あ、あのっ、不作法な真似をしてしまい、申し訳ありません」


 慌てて謝罪をすれば、ガルドさんが微かに笑う声がした。


「気にしていません。慣れていますので」

「ガルドを見た奴らは、男女関係なく皆そうなる。なかには、涙を流して拝む奴もいるぐらいだ。姫さんのは、まだ可愛い方だ」


 ガッシュさんが慣れた様子で、説明してくれる。だけど、声は気安いのに、警戒を解いた様子はない。


「そ、そうなんですか」


 残念に思いながら、私は頷いた。

 私と二人の関係性は、あくまでも不当に扱った者の家族と、不当に扱われた被害者だ。

 ガルドさんの優しさが例外なのだ。彼は、見た目と同じく心も美しいのだろう。私の境遇に同情してくれたのかもしれない。

 そう、ガルドさんは美しい。全ての人間の心を掴んで離さない美しさだ。

 危険だ。私は、そう判断した。

 私は先ほどの失態を再び犯さないように、心の準備をしてガルドさんを見た。


「ガルドさま。あの、不躾なお願いなのですが、西宮では極力フードを被っていただけないでしょうか」


 私がそう言うと、ガルドさんは少し寂しそうな表情を見せた。ガッシュさんに至っては、不快感を隠そうともしない。だから、私は間を置かずに言う。


「とても、言いにくいのですが。わたくしのお姉さまは、美しいものが好きなのです。ですから、ガルドさまの美しさが知れてしまったら、必ず自分の手元に置こうとすると思います」


 そう、姉は煌びやかで華やかなものが大好きだ。

 宝石はもちろんのこと、人間にも美しさを追求する。自分の取り巻きを、美形で固めているのがその証拠だ。

 そんな姉に、ガルドさんの美貌が伝わったら、確実に連れ去られてしまうだろう。

 ガッシュさんとガルドさんは、引き離されてしまうのだ。それはきっと、二人の本意ではないはずだ。


「姉君……、確かジュリアンヌと呼ばれていましたね」


 ガルドさんは考え込んでいる。


「姫さんの兄貴同様、いけ好かない感じだったな」


 ガッシュさんが、鼻にシワを寄せて言う。

 私の兄と姉は、相当嫌われてしまっているようだ。

 ここまで嫌われている様を見ると、なんとなく複雑な気分になってくる。

 おかしい。私と兄たちの関係は、私の幽閉で壊れてしまっているのに。今更感傷的になるなんて……。


「姫さま」


 ガルドさんが、私を呼んだ。


「あ、はい!」

「姫さまの言うとおり、私はフードを被ろうと思います。ガッシュと引き離されるのは、私としても避けねばならない事態ですので」

「ガルドは、俺が守ると約束したからな。約束は絶対だ」


 力強く頷くガッシュさんの目には、ガルドさんへの信頼が溢れていた。

 銀色を纏うガッシュさんにとって、きっとガルドさんは掛け替えのない人なんだろう。


「お二人は、とても仲がよろしいのですね」


 出来ることならば、ガルドさんへ向けるのと同等の信頼を寄せて欲しい。そんな心を隠しながら、私は微笑んだ。

 私の言葉に、二人は虚を突かれたような顔をした。

 そんなことを考えたこともないといった表情を、二人は浮かべている。

 おや、と思った。

 二人の関係性は、私が思っているのと違ったのだろうか。


「お二人は、ご友人なのですよね?」


 確認の為聞いてみれば、二人はぎこちなく頷く。


「ええ、そうですね。ガッシュとは友人、と言うのがしっくりきますね」

「ああ、そうだな」


 引っかかるものはあったけれど、私はまだ出会ったばかりということもあり、追求しないことにした。あまり深く入り込んで、ガッシュさんにこれ以上嫌われたくないという思いもある。

 ふと、沈黙が落ちる。

 正直、気まずい。

 ガルドさんはフードを被って、表情が見えなくなってしまったし。

 ガッシュさんは、窓の外を黙って見ている。

 まだまだ、私たちには距離がある。

 そのことに気落ちしかけたけれど、二人は私の西宮で働くことになるのだ。これから、ゆっくり距離を縮めていけば良い。

 今は、私という存在を知ってもらえただけでいいのだ。


 気まずい空気のなか、馬車が止まった。森の入り口に、着いたのだろう。


「あの、お二人とも。ここからは徒歩で、西宮まで行きます。お体の方は大丈夫ですか?」


 二人は鎖に繋がれ、酷い扱いを受けていたのだ。体が変調をきたしていてもおかしくはない。


「ええ、疲労感はありますが、体に異常はありません」

「そんな柔な鍛え方していない」


 二人の言葉に、私はほっと息をはく。

 あの兄のことだ。どんな仕打ちをしているかと心配になっていたのだ。

 だけど、体を傷つけるようなことをされていないようで、良かった。


「お二人には、本当に申し訳ないことをしました。本当ならば、ゆっくりと体を癒やす環境を整えたかったのですが……」

「まあ、下男だからな。仕方ない」


 ガッシュさんのよそよそしい言葉に、胸がチクリと痛む。やはり信頼を得るには、まだまだ遠いようだ。


「ガッシュ、そんなことを言うものではありませんよ」

「……」


 見かねたガルドさんが諫めてくれたけれど、ガッシュさんは私から顔を背けたままだ。

 ガッシュさんの態度に傷つかないわけがなかったけれど、私はそれを笑顔で押し隠した。


「わたくしの出来うる限りで、お二人をお守りします」


 私は声に力を込めた。

 兄は、二人を間者だと考えているようだったけれど。私は違うと思っている。

 間者をするにはガルドさんは目立ち過ぎるし、ガッシュさんは性格からして間者に向いていない。

 間者は、平凡な容姿で人当たりが良く、人のなかに溶け込める者が適任なのだ。

 二人はその項目から完璧に外れている。


「姫さま、お気遣い感謝いたします」


 ガルドさんが、優しい声でそう言った。

 その時、馬車の扉が開かれた。

 従兄だ。不機嫌さを隠しもせず、佇んでいる。

 声をかけることすらせずに扉を開けるとは、力なき王族相手とはいえ、不敬過ぎる。そんなことをするとは、従兄は相当苛立っているようだ。

 十中八九、私が我が儘を言ったせいなのだろうけれど。

 彼らと馬車のなかで一緒に入ることを、従兄は最後の最後まで反対していた。それを押し通したのだから、従兄の怒りはもっともなことだろう。

 だけど、私は彼らと話したかった。私を知ってもらいたかった。後悔はない。


「……フィリルさま、お手を」


 従兄が淡々と、手を差し出した。どうやら帰りも、従兄がエスコートしてくれるようだ。だが、気まずい。

 しかし、そんなことを表情に出すわけにはいかない。私は、そっと微笑んだ。


「ありがとうございます、シャガートさま」

「いえ……」


 従兄は目を伏せ、私から視線を逸らす。

 いくら関係が冷え切っているとはいえ、その反応は止めてほしい。二人に、護衛の騎士にまで嫌われているのかと思われるじゃないか。

 従兄の態度は大いに不満だったが、私はそれを顔に出さず馬車から降りた。

 従兄からの、さっさと降りろという無言の圧力に屈したわけじゃない。円滑な行動を心がけただけだ。


「……そこの二人、お前たちも降りろ」


 従兄は、ガッシュさんたちに冷たい眼差しを向ける。

 まるで騎士らしからぬ態度に、私は怒りを覚える。従兄も兄と同じく、ガッシュさんたちを間者だと疑っているようだ。

 確かに、護衛の騎士としては正しいのかもしれない。騎士とは主を守るのが役目だから。

 だけど、私の心情としては、酷い目に遭わされた彼らにこれ以上嫌な思いをしてほしくない。


「シャガートさま、彼らに酷い態度を取るのはやめてください。彼らはもう、わたくしの庇護下にあります。わたくしは、彼らを信用しているのです」

「フィリルさま……!」


 従兄が非難の目を向けてくるが、怯まない。謁見の間にいた時と比べれば、怖くない。

 私は、二人を守ると決めたのだ。

 私は従兄から手を離し、馬車のなかを振り返った。


「さあ、ガッシュさま。ガルドさま。行きましょう」


 二人は顔を見合わせると、小さく頷いた。

 ガッシュさんたちが馬車から降りてくるのを待ってから、私は歩き出す。二人も私の後について来る。

 私たちは、従兄を含めた護衛の騎士に囲まれ、森のなかを歩いた。行きとは違い、先導するのは私だ。

 規則正しい騎士たちの足音が響くなか、西宮が見えてきた。そして、入り口に複数の人影を発見し、私は内心焦りを見せた。

 ずっと待っていたのか、それとも先触れがあったのか。

 彼女は本宮の侍女を従えて、悠然と立っている。

 そうだった。理想を体現したガッシュさんの存在に浮かれたり、色々あったからすっかり忘れていた。

 西宮には、彼女がいたのだ。

 私の唯一の味方であり、たまに恐怖の対象になる──ユリアネ。

 しまった、西宮の采配を一手に引き受ける彼女に相談なく、下男を決めてしまった。

 私は、ユリアネからの小言を覚悟しながら、歩を進めたのだった。



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