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6.助ける


 兵士が連れてきた二人の容姿について、もっと詳しく説明しよう。

 一人は、黒いローブ姿で、フードを被っていて顔がよく分からない。ただ、体つきから男性だと分かる。

 私を惹きつけてやまないもう一人の男性は、年の頃は二十ぐらいだろうか。簡素なシャツとズボンを身につけているけれど、服の上からも分かるほど鍛え上げられたしなやかな体つきをしている。

 何より気に入ったのは、野性味溢れる目つきだ。誰にも屈しないという表情が良い。


「陛下。魔物の色を持つ人間など、不気味でしょう。いかがいたしましょうか」


 兄の言葉に、ハッとなる。

 そうだ。この場で彼らへの決定権は、父にあるのだ。

 私は固唾を呑んで、父を見た。


「ふむ。魔の色を持つ人間と聞き、興味を持ったが……」


 父は生気のない顔で、彼らを見下ろした。


「目つきが、気に入らぬ」


 父が冷たく言い放った。

 ジャラと、鎖の音が鳴る。銀色の男性が、後ろにいるローブの男性を庇うように動いたのだ。


「勝手に動くな!」


 兵士が鎖を引く。すると、銀色の男性が苦痛に顔を歪めた。


「お止めなさい!」


 気が付けば、私はそう言っていた。

 銀色の男性が、誰かに害されるのが我慢ならなかったのだ。

 私に視線が集中する。でも、怯みたくない。


「フィリルよ。お前が声を荒らげるとは珍しいな」

「陛下……」


 父の言葉に、私は腰を折る。


「陛下の御前で、失礼しました」

「よい」


 父は、鷹揚に頷いた。

 そして、銀色の男性たちへと視線を向ける。


「さて……、レイオルフよ」

「はっ、陛下!」


 兄が胸に右腕を当てて、父を見る。

 父は、冷めた目のまま、口を開いた。


「その者ら、殺せ」


 父の無慈悲な言葉に、謁見の間がざわついた。

 兄は、探るような目で父を見つめる。


「しかし、陛下。せっかく捕らえた、稀なるものを……」

「殺せ。我に反抗するものなど、我には必要ない」


 謁見の間に、緊張が走る。

 姉が、「まあ、野蛮なこと」と、小さく呟いた。父は、母に似た姉には甘いので、姉の発言を咎めたりしなかった。

 銀色の男性が、警戒心を露わにしている。しきりに、ローブ姿の男性を気にしているようだ。

 雛鳥を守る親鳥のような姿に、銀色の男性の覚悟が見えた気がした。


「……シャガート」


 兄がしぶしぶ、従兄の名前を呼んだ。

 自分がせっかく捕らえた虜囚を害するのが、嫌なのだろう。


「剣を持て」

「はっ!」


 従兄が、銀色の男性たちに近づいていく。その右手には、抜き身の剣がある。

 銀色の男性が危ない。そう思ったら、体が勝手に動いていた。


「お待ちください、陛下!」


 玉座のある壇上から駆け下りると、私は銀色の男性たちを庇うように従兄の前に立ちはだかった。


「……フィリルさま」


 従兄が非難するように、私の名前を口にする。やっぱり、さま付けをする従兄には慣れない。昔は呼び捨てだったのに。

 私は父を見上げた。


「陛下! 彼らにも、心があります! 生きているのです!」

「何が言いたいのだ、フィリルよ」


 父は興がそがれたのか、つまらなさそうに問いかけてくる。

 私は、ぐっと手を握りしめた。

 正直、怖い。久しぶりに会った冷たい家族に、睨まれるのは嫌だ。重臣たちの視線に晒されるのも、本当は怖い。

 だけど、今背中に強い視線を感じる。この視線の持ち主を、失うのは嫌だと思ったのだ。


「お願いがあります、陛下! 彼らを、わたくしの下男としてお与えください!」


 下男という下に見た言い方に罪悪感を覚える。だけど、こうでもしなければ、兄が納得しない。

 私はぐっと、拳を握りしめた。


「ほう、下男とな……。魔の色を持つ者を、我が国の第二王女であるそなたの所有にせよとな」


 聞いただけならば、国王が娘の身を案じているようにも思えるだろう。

 だが、実際には面白がっているだけだ。

 私は力のない王女なのだと、痛感させられる。

 だったら──力のある王女に頼るまでだ。


「それに、陛下。お姉さまの前で、血を流すのはあまりお勧めできません」


 私は真っ直ぐ父を見た。父の隣にいる姉は、自分を引き合いに出されて驚いているようだった。


「ジュリアンヌ、そうなのか?」


 父が溺愛する姉を見る。

 私は、固唾を呑んで二人を見た。

 これは、賭けだ。姉は、女性らしく煌びやかなものが好きだ。逆に、血なまぐさいものは嫌っている。騎士の訓練所など、寄り付きもしなかった記憶がある。

 だから、お願い。嫌だと言って。

 姉が嫌っている私に対抗して、否定する可能性も捨てきれない。私は、祈るような気持ちで、姉を見る。

 姉は、ゆったりと口を開いた。


「……ええ、そうですわね。陛下、わたくし。血が嫌いですわ」


 私の願いは、姉に届いたようだ。

 姉は更に、言葉を続ける。


「それに、良いのではないですか。魔の色を持つ者など、あの子にぴったりです」


 姉の私を蔑んだ言い方にはカチンとくるものがあるが、結果的に私の彼らを下男にするという願いを後押ししてくれたのだから、良しとしよう。


「……そうか。ジュリアンヌがそう言うのならば、そうしよう」

「陛下!」


 兄が非難するように声を上げたが、父は聞き入れなかった。


「フィリルよ。その二人の処遇、そなたに任せよう」

「あ、ありがとうございます! 陛下!」


 私は深く腰を折る。

 視線の隅で、小さく息をついた従兄が剣を鞘に収めるのが見えた。

 良かった。

 私は、自分の欲望も入っていたとはいえ、二人の人物の命を救えたのだ。


「……陛下が仰るならば、私は従いましょう。ただし、その二人には反抗させない為に、虜囚の腕輪を着けさせてもらいますよ」

「分かっておる」


 虜囚の腕輪とは、囚人に着けさせるもので、脱走や誰かを傷つけさせようとすると、激しい痛みを与えるものだ。

 私は、その決定に否やを言えない。

 兄が進言し、父が認めてしまったのだ。もう、覆らない。

 私の下男にするという無茶な要求が通ったのが、奇跡なのだ。

 それに。ここでもし、私が腕輪を嫌がれば、下男の話すら流れるかもしれない。そんな愚は犯したくない。私は、二人の命を背負ったのだから。


「フィリルよ、その者たちが他国の間者だと判明でもしたら、即座に処刑してやるかならな!」


 兄が声高に言う。

 私は、大人しく頷いた。今は逆らっても、良いことはない。


「さて、余興も終わった。皆の者、散会するがよい」

「は!」

「フィリル。久しぶりに会えて、嬉しかったぞ。お前も戻るがよい」

「……はい」


 父の言葉に、私の幽閉は続行なのだと分かった。

 嬉しいと言いながら、やはり何もしてくれないのだ。

 苦く込み上げてくるものを感じながら、私は恭しく頭を下げた。


 帰りも、私は従兄の率いる騎士団に囲まれることになった。

 行きと違うのは、同行者が増えたことだろう。

 馬車に私は、下男となった二人の人物と一緒に乗っていた。

 従兄は反対したが、私が我が儘を貫き通したのだ。従兄には苦い顔をされたけれど、希望が叶って私は満足だ。

 本当は、一国の王女としては軽率だったという思いはある。だけど、私は二人ときちんと話してみたかったのだ。

 カチャカチャと着けられた腕輪を弄る二人に、私はまず頭を下げた。


「家族の蛮行により、お二人を不遇な目に遭わせてしまいすみませんでした」


 腕輪を弄る音が止んだ。

 顔を上げれば、私の前に座る二人の視線が注がれているのが分かった。

 探るような目に、私は苦笑を浮かべる。


「あのような目に遭い、わたくしを警戒するのは分かります。ですが、信じてください。わたくしに、貴方たちを害する気持ちはありません」

「……」


 二人は無言だ。

 謁見の間に連れてこられるまで、彼らがどんな扱いを受けていたかは分からない。

 ただ二人を連れてきた兵士の様子は、まるで獣を相手にしているかのようだった。

 二人が不当な扱いを受けていたのは、察せられる。私を不審に思うのは仕方ないのかもしれない。

 そう思い、そっと息を吐くと、黒いローブ姿の男性が口を開くのが見えた。


「……貴女は、他の方たちとは違うようですね」

「ガルド……!」


 銀色の男性が、警戒するように私を見ながら、おそらく黒いローブ姿の男性のものと思しき名前を口にする。


「ガッシュ、貴方も分かっているでしょう? この方は、我らに向けられた剣の前に立ち、我らを守ってくださったと……」

「それは……、そうだが」


 銀色の男性は言いよどむ。よほど、嫌な目に遭ったのだろう。我が国のことながら、非道な行いに情けなくなる。


「……お兄さまが貴方たちに行ったことは、恥ずべきことです。本当に、申し訳ありません」


 私はもう一度頭を下げ、謝罪した。

 おそらくは二人が乗った船を襲い、あまつさえ人を鎖で繋ぐなど、何度謝っても足りない。


「……もう、いい」


 銀色の男性が、ぶっきらぼうにそう言った。


「悪いのは、姫さんの兄貴だというのは、俺だって分かっている」

「ガッシュの言うとおりです。姫さま、どうか顔を上げてください」


 ぶっきらぼうだけど私を悪くないと言う銀色の男性と、黒いローブ姿の男性の優しい言葉に、私は涙腺が緩みそうになる。

 本宮に呼ばれてから、緊張ばかりしていた。だから、思いやりの気持ちが染み渡る。


「お許しいただき、感謝します」


 声は震えていないだろうか。私は、毅然としているだろうか。


「いいえ、我らこそ助けていただき、ありがとうございます」


 黒いローブ姿の男性は、優しさの含んだ声でそう言った。

 彼は、なんて労りに満ちた声をしているのだろう。

 私は銀色の男性しか目に入っていなかった自分を恥じた。


「……至らない身には、もったいない言葉です」

「いいえ。貴女の優しさに救われたのですから」

「……あのままだと、俺たちは殺されていただろう。そのことについては感謝する」


 銀色の男性までもが、そんなことを言うものだから、私は頬が赤くなるのを感じた。

 私は、そんなにできた人間ではないし、彼らには話さなくてはならないこともある。


「……あの、わたくしは確かに貴方たちを助けました。でも、わたくしは伝えねばならないことがあるのです」

「伝えねばならないこと、ですか」

「はい。窓の外を見てください」


 私は、馬車の窓を示した。そこには鬱蒼と茂る薄暗い森と、そびえ立つ古びた円塔が見える。

 異様な雰囲気を纏う西宮の姿に、彼らは怪訝な顔をしている。


「あれは……?」

「西宮と呼ばれる、王宮の一部です」

「あんな不気味な塔がか……?」


 銀色の男性の率直な感想には、苦笑を浮かべるしかない。


「あの西宮が、今のわたくしたちが向かっている場所なのです」


 そう言うと、二人は驚いたように私を見た。


「出来ることならば、王宮の要である本宮に部屋をご用意出来たら良かったのですが……。あの西宮がわたくしに与えられた場所ですので」

「何故、王女である貴女があのような場所に……」


 黒いローブ姿の男性のもっともな疑問に、私は出来るだけ自然に見えるように笑う。


「お恥ずかしながら、わたくしは二年ほど前から、お兄さまによりあの西宮にて幽閉されている身なのです……」


 酷い扱いをした者たちの身内である私にも、優しく接してくれた彼らに心配を掛けないように声を震わせないようにしたのだけれど。

 私が説明した直後に、黒いローブ姿の男性が口を引き結び、銀色の男性に至っては怒りを赤い目に宿したのを見て、私は失敗を悟った。

 私は自分の見目が、儚げな風情だということをすっかり失念していたのだ。


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