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4.兄と姉


 ユリアネに開けてもらった窓からは、そよそよと朝の涼しい風が吹いている。

 夜は完全に明けたのだ。

 小鳥たちの囀りが、何とも爽やかだ。

 ユリアネに用意してもらった暇つぶしの本も、あらかた読み終わり、私は大きく伸びをする。

 そろそろ、本宮からの通いの侍女たちがやってくる頃だ。

 ユリアネの前ならばまだしも、彼女らにベッドの上でごろ寝する王女の姿を見せる訳にはいかない。


「よいしょ」


 掛け声一つで、私はベッドから降りると、脇に引っ掛けてある呼び鈴を鳴らす。これで、隣の部屋に居るユリアネが、直ぐにやってくるだろう。


「今日は、どうしようかな」


 どうしようかとは、本日の予定ではなく、服についてだ。

 幽閉の身に、予定などあるはずもない。

 塔の中での散歩か、本宮から派遣されてくる教師たちとの勉強ぐらいしか、やることはないのだから。

 いや、あとは密かな楽しみである、覗き……騎士団の訓練を陰ながら見学することが精々だ。見事に娯楽が無いな。

 『フィリル』は、胸元が大きく開いているようなドレス以外ならば、何でも似合ってしまうので、服選びは毎朝大変なのだ。


「……まあ、本宮とは違い、人の少ない西宮だから。ドレスなんてあんまり着ないけども」


 だいたいが、足首が見える程度の長さのワンピースが中心である。

 部屋の扉が開き、ユリアネが入ってくる。

 私がまだ、寝間着姿なのは分かっているので、何着かの服を持ってきている。


「姫さま、本日は先日新調しました、若草色のこれなどいかがでしょう。それとも、最近人気のあるレース職人が手掛けた、こちらのワンピースにいたしますか?」

「う、うーん……悩みますね」


 どちらも、素晴らしい出来なので、どうしたものか。

 若草色のものは、袖の先に細かい刺繍が施されており、上は釦で留められ、下のスカートの部分からは釦が開けられ、下に重ねられたヒラヒラ広がるスカートが見えているので、可愛いというよりは、格好いいのだ。

 この服ならば、どの靴を合わせるか考えるのも楽しそうだ。

 対して、一方はユリアネの言ったように、上流の貴婦人たちの間だけではなく、王都の庶民のお嬢さんたちにも人気のあるレース職人が編み上げた作品がふんだんに使われているだけあって、非常に可愛らしいのだ。

 裾だけでなく、袖口や襟元に、ワンピースの布地に同化するように、細かく編み込まれ、白を基調としているので、下手をすれば個性の無い仕上がりになるのだが、レースがグラデーションになっている為に彩りは鮮やかと言える。

 これは凄い。今度、この職人が他にも手掛けている作品も購入してみようか。

 ああ、フリルとかレースなんて、女の子の夢満載だ。

 うーん、悩む。どちらも捨てがたい!

 どの服にするかにより、髪型も決まるのだ。これは、毎朝のこととはいえ、気は抜けない。

 私は、たっぷり悩んでから決断した。

 それを察したユリアネが、小さく頷き返してくれる。


「決まりましたか?」

「はい、今日は……」


 こちらをと、手を伸ばした先はレース職人の技が冴えるワンピースだ。

 幽閉の身であるが、兄は私が服を購入するのを咎めない。

 閉じ込めた張本人なりの、慈悲のつもりなのかもしれない。

 私としては、慈悲をくれるぐらいなら幽閉を止めてほしいのだけれど。

 ユリアネに着替えを手伝ってもらいながら、私はため息を吐く。


「お兄さまは、私をどうしたいんでしょう」

「姫さま……」


 気遣わしげにユリアネが、私を見ている。ユリアネにしては、珍しい表情だ。


「レイオルフさまは、何故姫さまにこのような仕打ちを……」


 沈痛な面持ちで、ユリアネは呟く。

 ユリアネがレイオルフさまと呼ぶ人物のフルネームは、レイオルフ・エルウルム・レンブラント。

 我がレンブラント王国の唯一の王子にして、次期国王である王太子殿下だ。そして、正真正銘、私の兄である。

 金髪碧眼の、見た目だけならば、完璧な王子様という容貌の美形な兄である。

 私を幽閉した張本人でなければ、自慢したいぐらいの美形だが、性格と素行に難ありだ。


「お兄さまは、また海ですか?」

「ええ。さきほど到着した本宮の侍女が言うには、朝早くから出た、と」

「お兄さまにも、困ったものですね」


 我がレンブラント王国は、島国である。

 細長い、まるでウルツの実のような――ウルツの実は、アーモンドによく似てると思う――、北の方角が尖っていて、反対側は丸い形状をした島の真ん中に王都があり、外側に向けて様々な街や村が存在している。

 我が国があるウルクク島は、レンブラント建国以来、二度ほど他国に侵略されたが、全て撃退しているので、我が国の領土として現在もその形を変えることなく、存在している。

 私が住む、王都・ブライグルスから南方に、大きな港町があり、そこには騎士の詰め所と国が所有する海軍が停泊している。

 我が国の海軍は強い。鉄壁の守りを誇るのだ。

 兄、レイオルフは好んでその港町に出かける。

 海が好きだからという、可愛い理由からではない。

 我が国を潤してくれる商船以外の、渡航してくる船を襲う為だ。

 何が楽しいのか、領海に迷い込んでくる船のことごとくを、兄は船団を率いて襲っていく。なかには、誤って迷い込んできた船もあるだろうに。

 確かに、領海侵犯は駄目だろうけれど。捕獲するだけでは、いけないのだろうか。

 旅船ぐらいは許しても、いいのではないだろうか。観光客は、国を潤してくれる。

 以前、珍しく西宮に来た兄にそう伝えたところ、酷く機嫌を損ねてしまったことがある。


『その旅船の客のなかに、我が国王陛下を狙う輩がいないと何故言える! 私は、陛下のご意向に沿ったまでよ。何も分からぬ女が、知ったような口を利くな!』


 そう私を怒鳴りつけた兄は、荒々しく部屋を出て行ってしまった。

 私は、兄の荒々しい性格を熟知しているので、それほど怖いとは思わなかった。

 だけど、その場に居合わせてしまった本宮の侍女たちは、震え上がり泣いてしまうほどの剣幕だったようだ。慣れとは恐ろしい。

 確かに兄の言い分も正しい面は、あるのだろう。

 だけど、常に牙を見せつけるだけでは、国交に問題が出てくるのではないのだろうか。

 レンブラント王国は強い。だけど、他国が手を組み攻め入ってきたら、どうなるか分からない。

 性格に難ありの兄だが、それが分からないほどの愚鈍ではない。むしろ、昔。そう、子供の頃は神童と呼ばれているほどの人だったのに……。

 いつから、変わってしまったのだろう。


「……いたっ」

「姫さま、いかがなされました」


 ズキンと痛んだ頭を、私は右手で押さえた。すかさずユリアネが、身を案じてくれる。


「ちょっと、頭痛がしただけですよ」

「そうですか? それだけなら、良いのですが」


 ユリアネは探るような目で私を見る。心配してくれるのは嬉しいが、その目はちょっと怖い。隠し事ができないほどの、眼力だ。


「……お兄さまのことを考えたら、頭痛までしてくるなんて。私は悩み過ぎでしょうか」


 私はあっさりと、ユリアネに白状した。

 ユリアネは頷くと、私の服の釦を留めた。


「姫さまは、毎日ため息を吐かれていますものね」

「そうですね……」


 悩み事はいっぱいある。

 幽閉はいつまで続くのか、とか。

 私の失敗し続けている従兄へのアタックは、いつ成功するのだろう、とか。

 兄の蛮行で、戦争は起きないのだろうか、とか。

 出したら、きりがない。


「……自由に、なりたい」


 ぽつりと、思わず本音が出る。ハッとして口を押さえたけど、ユリアネは何も言わなかった。聞かなかった振りをしてくれたんだと思う。


「さあ、姫さま。本宮からの侍女の入室の許可を」

「はい、許します」


 私は、ユリアネの気遣いに感謝した。


 本宮の侍女から、今日ある筈だった勉強の予定がなくなったと聞き、本当に私は暇になった。

 本宮の侍女を下がらせ、私はユリアネに愚痴る。


「……きっと、お姉さまの仕業ですね」

「ジュリアンヌさまは、姫さまの先生をお気に入りですから」


 私にマナーを教えてくれるマーガレット先生は、凛とした雰囲気のある女性だ。

 だけど、物腰は柔らかく、話しやすい。

 それ故か、私より二つ上の姉の大のお気に入りでもある。

 姉のジュリアンヌは、薔薇に例えられるほどの華やかな美女だ。十七歳とはとても思えないほどの色香を放つ姉に、世の貴公子は愛を囁かずにはいられないらしい。

 しかし、こちらも妹の家庭教師を奪う所業から分かるとおり、兄と同じく性格に難ありだ。

 姉は、常に自分が中心でないと気が済まない。

 儚い風情のある私を、敵視している節すらあるのは、取り巻きのなかに私の境遇に同情的な人物がいるからだろう。

 たまに西宮にきては、豪奢なドレスを見せびらかし、私を貶める為の粗探しに余念がない。

 特に、私の貧相な体と自分の豊満な胸を比べては、鼻で笑っていく。絶対に許さない。

 私だって、成長すればもっと頑張れる筈なのだ。環境が悪い。何せ、幽閉の身だから。

 はあと、私は深くため息を吐く。


「お兄さまもお姉さまも、何故……」


 こうも私に辛く当たるのだろう。私は何かしてしまっただろうか。

 昔から、私は控えめに生きてきた筈だというのに。


「姫さま、今更変えられないことを、考えても仕方ありません」

「……そうですね、ユリアネ」


 私は微かに笑うと、窓の外を見た。

 そこには、相変わらずの鬱蒼とした森が広がっていて。私の心は落ち込むばかりだった。


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