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case4 : 里中千代(前編)

 バスに揺られて辿り着いた畦道に降り立つと、鼻腔を突く稲穂の香りに包み込まれる。男女一組の影を残し、勢いよく走り出すバス。私、宮部康治と彼女、柳瀬美紀は一つの接点を元にこの土地を訪れていた。

 事の始まりは、数日前に遡る。私と彼女は、記憶消しの少女と呼ばれる都市伝説に遭遇し、各々が心に抱く悩みを断ち切る手助けをしてもらっていた。消し去ってしまいたいほどの辛い記憶を持つ者の前だけに現われるという彼女に会う機会は二度とないと思っていたのだが、私達は意外な展開かたちで彼女を目撃することになってしまう。路上占拠人質事件の人質にされていたのが、彼女だったのだ。

 モニター越しに映る彼女は、私と出会った時と同じ純白のワンピースを身に纏っており、人質にしては妙に落ち着いた素振りをしていた。だから、また人助けでもしているのだろうと思い、元気そうな姿に安心こそしたが、心配はしなかった。しかし、事態は一転する。

 犯人を狙撃するはずだった弾が不運にも彼女の衣装を赤く染めてしまったのだ。我が目を疑わずにはいられない。手錠をかけられる犯人の傍らで、担架に乗せられ運ばれる彼女。場に残った血の量が傷の深さを物語っていた。

 居ても立っても居られない状況で、気がついた時には、私は新聞社の門前を訪れていた。その新聞社には以前記憶消しの少女について取材を受けており、事件の現場にいたところも何度か確認出来ている。つまり、彼女の入院先まで突き止めている可能性が高いのだ。

 そして、柳瀬美紀とはそこで出会った。彼女は、私が取材を受けた記憶消しの少女の記事を読んだらしく、手がかりを掴みに無我夢中で訪れたらしい。

 私達の思惑通り、新聞社は事件の被害者の情報も掴んでいた。入院先の病院名から現在の状態――意識不明の重体であるという事まで……。当然、彼女は面会謝絶になっていて、家族はおろか古くからの付き合いがあるわけでもない私達に許される権限など何一つあるはずがなかった。


「ここが本当にあの子、ハクの故郷なのかしらね」

「少なくとも、都市伝説記憶消しの少女の発祥地ですから、何かしらの情報は得られるかと」

 失意に暮れる私達を不憫に思ったのか、新聞社の編集長が差し出してきたのが記憶消しの少女の発祥地だった。

 もともと、記憶消しの少女という都市伝説が世に出回ったのは、今から10年以上も前になる。今では人々の記憶の片隅に追いやられている彼女であるが、当時は各メディアが競って調べるほどの人気者であったらしい。

 編集長も例に漏れず彼女を追い、発祥地まで突き止めたが、結局彼女自身に会う事は出来ずに今に至る。読者投稿欄にも関わらず熱心に取材されたのは、私が彼女に実際に会った人物だったからなのであろう。

 こうして、私は情報の見返りに彼女の名前はハクである事を伝え、柳瀬美紀と共に彼の地に出向いたというわけだ。


 バス停から辺りを見渡すと、昔ならではの趣を感じさせる住居が目に入る。私達は逸る気持ちを押さえて歩み出す。

 門前に辿り着くと、すでに住民と思われる年配の女性が出迎える準備をしてくれていて、促されるままに母屋に招かれる事になった。

「遠路遥々、よう来なすった。ゆっくりしていきんしゃい」

 畳の上に腰を下ろす私達。円卓に置かれた湯飲みから立ち上る湯気を視界の端に捉えながら、私と柳瀬美紀はどちらが語り始めるかの目配せをしていた。

「あんたら、記憶消しの少女について聞きに来たんじゃろ? 話は聞いちょるよ」

「「えっ? あ、はい」」

 ハモり声を上げる私達に微笑んで、背後の戸棚に手をかけるご婦人。引き出しから取り出された手には、紐閉じされている古めかしい一冊の本が握られていた。

「母様、しばしの間お借りしますよ」

 戸棚の横にある仏壇に手を合わせてから、本が私達の前に差し出される。表紙には、“里中千代”という文字が。

 ご婦人曰く、記憶消しの少女と出会ったのは彼女の母親で、すでにその方は亡くなられているとの事だった。しかし、その時の事を事細やかに書かれている日記のようなものが残っており、それがこの本らしいのだ。

 私達は会釈をしてから、記憶消しの少女との歴史を紐解いた――――

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