プロローグ2
京極隼人(きょうごくはやと)は見知らぬところにいた。それは、漆黒の部屋で装飾品は質がいいのがわかる。西洋の城の一室のような場所だ。しかし、その部屋はいたるところに何かで斬ったような跡や鉄球を叩きつけたようなひび割れた床、燃やしたような焦げ跡等があった。その光景は視界の端に捉えたもので、隼人の視線は腕の中で横たわっている人物に向けられている。
腕の中で横たわっているのが人であることはわかるが、白い靄のようなものが全体にかかっておりどのような人物か性別さえわからない。
しかし、隼人の心の奥底から悲しみや後悔といった感情が湧きだしてくる。目から涙が溢れ、口からは叫び声があがってきた。
隼人は自室で目が覚めた。自身の頬には涙がつたっていた。どんな夢を見ていたのかも思いだせない。ただ、何か悲しい気持ちだけが残っていた。
目を覚ましたのはまだ日が昇る前の時間だったが、隼人はもう一度寝ることはできなかった。
――――――――――
日本の都会とは言えない程度の町で隼人は生活していた。黒髪黒目で見た目は悪くないが、少し目つきが鋭く不機嫌に見える顔をしていた。特にその日は、短い睡眠時間だったため目つきがさらに悪くなっていた。そんな隼人は自転車で30分ほどの学校に来ていた。季節は高校2年生の夏休みがもう少しというところで生徒達は夏服を着ている。隼人は学校に着いたら教室に向かい自分の席について、1時限目の準備をして仮眠をとろうと腕を組み目を閉じた。
「お~す」
横から隣の席の男子が声を掛けてきた。隼人は閉じた目を開き隣を見る。
「……あぁ」
短く挨拶を返すと相手の男子は反対の席にも挨拶をして仲の良いクラスメイトのところへ行った。
教室内は人が増えてきて話し声も多くなってきている。隼人は寝ることは諦めて近くの席にいるクラスメイトと取り留めのない話をし始めた。
隼人は放課後や休日に頻繁に遊ぶような相手はいなかったが学校で話す相手がいないわけでもなかった。休み時間に回りのクラスメイトと話したりして過ごしていた。
――――――――――
放課後になり、部活に行くものや友達と遊びに行くものなどがそれぞれ集まって話しながら教室を出ていく。隼人も荷物を鞄に入れて教室をでていく。回りの知り合いと挨拶を交わしながらそのまま学校を出た。
隼人は家に着くと私服に着替え、道着と木刀を持ってまたすぐに出かける。向かうのは中学生の時から通っている道場だ。家から自転車で学校とは反対の方向へ40分ほど行ったところにある。自転車を止めて中に入ると、そこにはすでに何人もの男性がいて道着を着てストレッチをしていた。その男性達のほとんどが身体つきがよく、筋肉で道着が盛り上がっていた。顔も厳つく中には傷があるものもいた。
「お、隼人くん。今日も早いな」
「学校はもう終わったのか?」
ストレッチをしていた何人かが隼人の姿を見て話しかけてきた。
「おはようございます。楽しみにしていましたから急いで着ました」
「そうか。それなら今日もよろしくな」
隼人の返事に笑いながら返してきた男性はそれ以上は話さずストレッチに集中していた。
隼人は更衣室に行き、道着に着替えると道場に戻ってきて早速他の人たちと同じようにストレッチを始めた。少しして、先生もやってきてこの日の稽古が始まった。
ここは剣道や柔術等の武術を実践的に教えていた。筋トレや素振り、型や組手と幅広く行っている。稽古に来ているのはサラリーマンの人や護身用として主婦もちらほらいた。しかし、警察官も実践の稽古を学びに来ていることから練習にはある程度の段階があるようだ。
隼人は中学生のころ、たまたま母親とともに寄ったスーパーの近くにある道場から聞こえてくる声に興味を持った。母親とともに道場に行ってみると中では様々な大人が木刀を持ったり素手で向き合っていたりしていた。その光景は隼人の好奇心をとても刺激した。帰宅してから母親と父親と話して道場に通うこととなった。それ以来、週に3日開かれている稽古に隼人は欠かさず通った。
現在は、警察官の人と同じ稽古を受けている。隼人は高校生にしては間違いなく強かった。しかし、この道場に通っているのは楽しいからであって、大会があるような高校の部活には入っていなかった。それでも、警察官の人達と組手をすると粘ることはできても勝つことはできなかった。そんな人達と組手をやるのも楽しいと感じていたためむしろこの機会が無くなるようなことはやろうと思わなかった。
――――――――――
この日も十分満足できる稽古をした隼人は備えつけのシャワールームで汗を流し、帰路についていた。日中に感じていた眠気は稽古をして吹き飛んだが、その稽古の疲れからまた眠気が襲ってきていた。目の前に自販機が見えたので飲み物でも買おうと自転車を止めて飲み物を選んでいた。
「危ない!!」
不意にそんな声が頭上から聞こえてきた。隼人は声の方に顔を向けた。すると工事をしていたビルの上の方で鉄骨がグラグラと揺れていて今にも落ちそうになっているのが見えた。
そして、隼人がその鉄骨の下に目を向けると小学生くらいの少年が下を見ながら歩いているのが目に入った。
「……っ!!」
声を出すより先に身体が反応していた。手に持っていた財布をその場で投げ捨て、少年に向かって走り出していた。
ブツン!!
頭上で何かが切れた音がした。隼人の目には世界がゆっくり動いているように見えた。自分の身体もゆっくりと動いている気がした。少年に向かって手を伸ばし、背中を思い切り押すことができた。
その瞬間、隼人の視界は真っ暗になった。