絶望の希望に切望した。
「まずは労働者の一人当たりの時間の無駄がどれだけあるかを調べる」
「なんかそれコワイです。人生に無駄なことなんてないんですよ! 人権侵害だ! 先生最低です! どっかいけ!」
「会社の利益のためだ。資本主義をなめるな!」
バン! と羅布羅酢先生は教卓を叩いた。
「時間の無駄なんてどうやって調べるんですか? わざわざ時間を使って一人一人監視するんですか? それこそ時間の無駄ってやつなんじゃないんですか?」
「一人一人を監視するんじゃなくて、一人一人が無駄をなくそう! という意識をもてる環境をつくるのが大切になるな。一人一人認識の違う無駄を互いが共有し合うのが理想だ。そうすれば働く場、会社はよくなる。ベクトルの向きを変えるために動き出す『要素』が必要だ。向きが変わればあとは流れに身をゆだねるだけで結果がでる」
「口で言うのは簡単ですけどねー」
「口で言うのは簡単だなんて、そんなのあたりまえだろ? 簡単だから口に出せるんだよ。口に出さないと意味は伝わらないんだから。簡単だからといって無駄なんかじゃないかもしれない」
「結局は働いている人が無駄をなくして会社に貢献する気があるのかどうか。やる気があるかどうかですね」
「やる気、ねえ。やる気がないとやれない人間なんているのかい? やる気なんてやっているうちにでるものなんじゃないのか? 呼吸はやる気でやってるかい?」
「呼吸はやる気でやってません」
「そうだろ? それなら会社に貢献する気持ちって、どうすれば湧いてくるんだい? やる気で湧いてくるのかい?」
「それは、わかりませんけど、気持ちって大切でしょう?」
「気持ちが大切かどうかが、会社にとって重要な事なの?」
「人間関係は気持ちがわかり合えないと成り立たないんじゃないんですか?」
「他人の気持ちなんてわかる人なんているの?」
「アハハ、揚げ足を取らないでくださいよ。さっきから質問を互いがするだけで、なんの進展もしていませんよ?」
「進展させたいの?」
「はい」
「進展はするが解決はしない。あるのは各々(おのおの)の解釈のみだ。それでいいなら進展させるよ?」
「お願いします」
「いいよ。だが断る!」
「断られちゃあ仕方ありません、ね」
「断る! だが許す!」
「許されちゃいました」
「だが断る! だが許されない」
「支離滅裂ですよ」
「いいよ」
「いいの!?」
「だが断る!」
「断られた!?」
「いいよ!」
「どっちなんですか? ハッキリしてください」
「では進展させよう。えっと、なんの話しをしていたんだっけ?」
「それは! えっと、なんでしたっけ?」
「君も忘れたの? 仕方が無いなあ。じゃあなし崩し的に進展させないで忘れよう!」
「なし崩し的!?」
「え。『なし崩し的』の意味を知りたいのかい?」
「知りたくありません」
「とても、良い感じの意味だよ」
「……だから知りたくないって!」
「まあ、辞書かインターネットで調べれば簡単に知ることができるもんね」
「もういいです。ボクも忘れます。問題に対してなし崩し的なことをしないで、先生は話の骨を折るつもりなんでしょうから」
偽崎信太郎は『なし崩し的』という言葉の意味を知っていた。
「問題を棚に上げるというやつだね。そもそも『問題』自体を忘れたら棚に上げたことすら気づかないだろうけどね」
「アハハハ、滑稽ですよ先生?」
「君も忘れたくせに」
羅布羅酢先生は偽崎信太郎を指差した。
「『忘れた』とはどこからどこまでが忘れたなのか定義の範囲が判然としませんよ。ボクはまだ忘れてなんていないかもしれません。そして忘れることは悪くないんですよ。忘れない人間なんて機械とスペックが同じで『役に立たない』」
「それは同感だ。僕は別に忘れることが『悪い』だなんて言ってないよ。抽象化こそが人間の武器だ。武器は人を傷つけることもあるけどね」
「意味深でしね」
「意味深で死ね!?」
「噛んだだけです。変に受け取らないでください。意味深なことを言ったくらいで羅布羅酢先生が死んだら誰が喜びますか?」
「出来れば喜ばないでくれたら僕は嬉しい」
「どうせ羅布羅酢先生のことだから、なにも考えないで意味深なことを言ったんでしょう? どうせなにも考えてないんでしょう?」
「酷い言いがかりだ。僕はなにも考えてなくはない! なにかは考えている!」
「え。幽霊って考えるんですか?」
「そうか。僕は幽霊だった!?」
「疑問形はいりません。羅布羅酢先生は絶対的に幽霊なんです。相対的なんていりません。絶対的です」
「……せめて人と幽霊の違いを相対させてくれ」
「そんなあやふやなもの意味ありません! 多数決で決定したことなんですから! 多数決で!」
「「そーだそーだ。クラス全員が羅布羅酢先生は幽霊だと認識しているんだから、羅布羅酢先生は幽霊だ」」
「おま……えら」
クラス全員が羅布羅酢先生を絶対的な幽霊と認識していた。しかし、人間との相対的な違いのある幽霊はクラス全員が認識できないでいた。
もともと人間には幽霊を認識する抽象化に違いがある。科学で判明できない存在なのだから当然だ。
だから羅布羅酢先生だけが幽霊だと具体的にしたところで、それは個人的なクラス全員にしか認識できない狭い範囲でしか『役に立たない』ものになった。そんなものがなんの役に立つのかは不明だが。
「できる限り早く成仏できることを我々は祈っておりますよ」
「僕はこの教室の地縛霊かなにかか?」
「そんなことどうでもいいですよ」
「え。どうでもいいの?」
羅布羅酢先生は仰天した。
「幽霊の設定は先生が好きなように決めてください。答えは先生の中にある」
「何気になにカッコいいこと言ってるの? 設定に対する答えを自由につくれるって言われても僕は全然嬉しくもなんともないよ? なにその丸投げ感」
「思い通りに羽ばたいちゃってください。天国へ」
「パトラッシュ! 僕はこの会話にもう疲れちゃった!」
「パトラッシュ? 急になんですか?」
「なんのことって? 特に意味はないよ?」
「パロディなんですか?」
「パロディ? なにを言っているんだい? パロディなわけがないだろ? メロディだ」
「はい?」
「パロディじゃない! メロディだ!」
意味不明だった。
「どうせ思いつきで面白いことを言おうとしたんでしょう? 残念ながら全然笑えないですよ。なにが『メロディだ!』ですか。失笑です」
「……最後で笑ってくれた!?」
「言い間違えです。失笑ではなく、笑いが失われたと言いたかった」
「言いたかったんだね。言えて良かったね」
偽崎信太郎はこの時、孤独を感じた。なぜこの時に孤独を感じたのかは誰にもわからなかった。人は人を欲する故に、人に悩まされる。孤立が孤独とは限らない。彼が感じた孤独が他の人の孤独と同種のものとは限らない。誰にもわからなかった。
人間は誕生した時から本能的に孤独を持続させないように、できている。不安や孤独を感じ続けることを許容できない。そんな風にできていて、彼らだって同じなのだ。
「う、うるせえな」
偽崎信太郎は笑った。目の周りの表情は変わらないのに、頬だけを上げて笑った。
「『うるせえな』とはなんだ! 僕のことは世界の首謀者変態紳士羅布羅酢先生と呼びなさい!」
「……簡単に呼び名を変えるなよ。で、どんな陰謀で世界を征服するんですか?」
「また考えるよ」
「なにも考えてないの!?」
「なにを言っているんだい? 僕がなにも考えてないわけがないだろ? ゾンビじゃないんだからなにかは考えてるよ」
「幽霊……でしたよね」
「幽霊だった!?」
「馬鹿だこの人」
「なにを言っているんだい? 僕は人じゃない! 幽霊だ! さっき多数決で決まったことだろ?」
「馬鹿だこの幽霊」
「よし!」
羅布羅酢先生はガッツポーズをした。
「羅布羅酢先生はやる気ありますね」
「うん。生きる気はあるよ」
「生きない気は無いんですか?」
「百年以上生き続ける気はないよ」
「あと百年後にはいなくなっているのに、生きたって無駄ですよね?」
「無駄だけど、無駄じゃない。目的と期間設定が違えば無駄も、無駄じゃなくなる。僕は来週までは無駄で役に立たない先生かもしれないが、一生という長い間までは無駄じゃないかもしれない。期間設定が短い人間は無駄だと思うかもしれないが、期間設定が長い人間は無駄だとは思わないかもしれないということだ。人間の無駄の認識なんてこんな風にあべこべなものなのだよ」
「あべこべですか」
「曖昧とも言うが」
「人間が思うことなんて全部曖昧で抽象的なんですね。なのに具体的にしたがる人が多いような気がします。なぜでしょう?」
「具体的にすることで集団や組織と共通の認識を得て安心したいのではないだろうか。もしくは唯一無二の正しさを知りたいのかも」
「うーん。そうなんですかねえ。あ、一つ質問いいですか?」
「なんだ。言ってみろ」
「普通な人を具体的にしたらどうなるのでしょうか?」
「完全な人間ができあがる。そもそも、『普通な人』なんて存在はいない」
「え。どうしてですか?」
「例えば十人に『普通な人』を具体的に説明させたら十通りの違う普通がでてくる。するとその十人の中に『普通な人』がいないことが判明するのではないかな? それだけ人間が持つイメージにずれが生じるということだ。普通は抽象的だが『普通な人』というのは対象が具体的だ。具体的にすると客観的ではなくなる」
「なるほど。具体的にすると個人的になりやすいが、抽象的なままだと一般的になる、ということで『しね』」
「殺さないで!?」
「言い間違えです、しね」
「わざとかい?」
「わざとじゃない、しね」
「わざとだね」
「なんでわかるんですか!?」
「なんでそんなこと聞くの!?」
「なんとなく」
「抽象的だね」
「うるさい。消えろ、しね」
「……不穏な単語を並べるな。僕はこんなにも君のことが好きなのに!」
「『好きなのに!』とか気持ちが悪いです。天国に消えてください」
「ハアハア!」
羅布羅酢先生の顔が火照っていた。だらしなく舌を出して、よだれを垂らす。
「どうしたんですか? なんだか様子が」
「ドMの血が騒いだ」
その言葉に偽崎信太郎は絶句した。
「……きめえ」
「ハアハア!」
「きめえって言われて喜ぶな! 病院行け! 精神科行け!」
「僕をおぶって病院へ運んでくれ! 別にお姫様抱っこじゃなくていいから!」
「BL展開やめてくれますか!? こんなことしたってごく一部の人しか喜びませんから!」
「……視聴者か」
「この授業はテレビ中継されてないです」
「なん……だと。僕の熱血チョーク指導が全国に放送されていない!?」
「なにを根拠に放送されてると思ったんですか? カメラマンもいないのに」
「僕の心の中には、いや、誰にだって、目というフィルターを通してかけがえのない物語を見ている。そういった意味では皆、人生のカメラマンなんだよ」
羅布羅酢先生はキメ顔でそう言った。
「……」
「羅ーメン。つけ麺。僕、つけ麺オッケィ!! ヒュー!!」
意味不明だった。
「お笑い芸人のネタでしょう? 勝手に使ったら訴えられますよ? 最近はパロディの規制も厳しくなっていますから」
「何を言っているんだ。パロディじゃない! メロディだ!」
意味不明だった。本当に取り締まられないか心配である。パロディの案配は非常に難しい。本物と偽物の違反は、ときには非情になってでも、本腰を入れて取り締まらなければならない場面はある。
「う、うしろめたく思わない奴が、嫌い。パロディだとか言って、創作者の許可を得ないで作品を笑いものにするやつが、なんのうしろめたさも感じないで! のうのうと! のうのうとへらへらと生きてるのが許せない!」
席に座っている舞奈好愛は再度、怒りを口にした。パロディを使う側も『うしろめたく感じろ』という意見は、感情論として正しいものかもしれなかった。
「急に割り込んでこないで! 君は先ほど僕が攻略したはずだろ!? おとなしくしてなさい!」
羅布羅酢先生は舞奈好愛を指差した。だが彼の静止を振り切って彼女は続ける。
「嫌いなものは嫌いなの! う、うしろめたく思わない奴が『悪』だ! ふ、ふざけんな! 本人の許可を得ないでパロディを使う奴が『うしろめい』んだ! うしろめたくなくちゃいけないんだ! もし、世界に『うしろめたく感じない鈍感な奴』がいたら、私が! 撲滅してやる!」
溢れ出す感情は歯止めが利かない。
「違うんだ聞いてくれ! あれはパロディじゃない! ナイスバディだ!」
「先生。そんな巫山戯たつまらないことを言うと教室の空気がしらけますよ」
偽崎信太郎は言った。
「違うんだ! 皆は誤解している! 僕は悪くない! あれはパロディじゃなかった!」
「じゃあなんなんですか?」
「メロディだ!」
教室の生徒達はしらけた。静かになった教室。まるで駄洒落を言ったあとのような気まずい沈黙がこの空間を支配していた。
「羅ーメン。つけ麺。僕つけ麺オッケィ!! ヒュー!!」
羅布羅酢先生以外が沈黙をしていて表情が冷たかった。まったく笑う気配がない。
「どうしたお前ら? さっきから元気がないじゃないか。元気がないんだったら米食え米! 米だ! 米があればなんでもできる! 日本人は米を食わなきゃだめだよ!」
先生達からの反応がまったくなかった。
「おーい! そこ! 消しカス丸めるな! 消しカスを丸めていいのは僕以外の授業の時だけだ!」
懸命に丸めている名乃離四の耳に羅布羅酢先生の言葉は届かなかった。
「おーい! そこ! 教科書をカモフラージュに漫画を読むな! 漫画のページをめくる動作でわかるんだよ! 読むなら堂々と読め!」
殿方完治は漫画に夢中だった。机の上には十冊の漫画が置かれていた。
「みなさん勤勉ですね」
偽崎信太郎は言った。
「このどこが勤勉なんだ。自由過ぎるだろ」
皆、懸命に遊んでいた。
「自由があるから、不自由があるんですよね?」
「その通りだ。この教室の生徒達は自分が『不自由』になりたがっていることに気づいていない。自由を得ることが不自由を生み出していることを知らないで、『自由にだけ』なりたがる傾向にある。自由にだけなるなんて不可能だ。君は想像ができるかい? 自分がずっと自由でい続けている状態を」
「自分が自由でい続けている状態とはなんでしょう? 抽象的でよくわかりません」
「『自由』を具体的にすると一般的じゃあなくなるからなあ」
「でも具体的にしないと意味が通じないじゃあないですか。自由には不自由がつきものですが、そもそも『自由』とはなんですか? それが判然としないと言葉の意味なんて意味なくなりますよ」
「この世の真理が不完全なんだからしかたないだろ? 人によっては『なにもない状態』のことを自由だと思い込んだりする。でもそれでいいんだよ。人によって自由は違う。言葉のイメージは人それぞれ。それがわかっていることが一番大切なんだと、僕は思う」
「持論どーも。でも理路整然としていませんね。言っていることがわかりにくかったです」
「そりゃあ、そういう風にしゃべっているんだから当然だ」
羅布羅酢先生は言った。
「例えば奴隷にされた人間は不自由だけど、不自由だからこそ自由があるってことですか? それは差別を生む思想なんじゃないですか?」
「人を家畜のように扱う奴隷は許してはいけない。基本的に人の立場は皆平等だ。人種差別や奴隷は具体的な思い込みによる異常な人間がやることだ」
「宗教は異常ですか?」
「宗教は異常じゃない。宗教の教えを自分で具体的に解釈する人間が異常になることがあるだけだ。戦争で家族を殺された場合は、止むを得ず具体的な『復讐』をしようとするかもしれない。それが凄く異常なことだということに気づかないで、ね。僕は偏見があるかもしれないが、『悪い』のはいつだって具体的な行動をした奴なんだよ」
「世界に戦争は終わらない、ですね。悲劇は繰り返される」
「実行犯は悲劇だとは思わないだろうけどね。悲劇だと思うのは傍観者と被害者だけだ」
「『だけ』じゃないでしょう? ほとんどの人間が傍観者と被害者な気がします」
「その通りだと、思う」
「アハハ、滑稽ですね。皆、口だけでは『不安だ』と言っておきながら、被害者の振りをしてなにも解決させないで忘れていく。あの悲惨な事件、事故のことを」
「『不安』というのは『そのままにしてはおけない状態』のことを指すんだよ。それなのに事件、事故、災害が起こった途端『不安だ不安だ』と騒ぎ出す人々。自分にとっての不安に対してなにも対処してこなかった楽観的な人が『不安だ不安だ』と騒ぎ出すのは、悲観的な人にとっては聞いていて滑稽かもしれないね」
「アハハ、ボクが悲観的だとでも言うんですか?」
「たぶん君は新幹線や飛行機に乗れないタイプだと、思うよ」
「正解です。死にたくありませんからね。たとえその確率が千分の一だとしても。ボクは新幹線や飛行機や山の麓にいると事故になるんじゃないかって不安になるんです。不安でい続けるはキツイですから、そういう場所にはいかないようにしています」
「不安でい続けることはできないとは、不安のレベルが高いんだね」
「レベルマックスです。自分の危機管理はやっています」
「君みたいな人間が生き残りやすいんだろうね。不安ばかりだと早死にしそうだけど」
「レベル一がマックスです」
「意外と繊細!?」
「レベル二になるとパニックになります」
「レベル三になると?」
「亡くなります」
「亡くなるとかさみしいこといわないでよ〜。偽崎くんが死んだらさみしいよ〜」
「さみしいんですか?」
「冗談なんだけど?」
偽崎信太郎は孤独を感じた。
「ふふふふ、アハハ」
「大丈夫? 柔道部?」
偽崎信太郎は柔道部では無かった。
「いえ、なんでも、ありません。気にしないで、ください」
かなり気にしていた。いったい何を気にしたのか、誰にもわからなかった。ただ単に、偽崎信太郎が孤独を感じただけだった。孤独を感じた具体的な理由はあまり無かった。少しはあった。しかし、孤独を感じた理由は誰にもわからなかった。
「偽崎くん? 君こそ『さみしい』んじゃないのかい? 生き物と一緒にいる時間があるとさみしいこともある。だから、君のさみしさは『人間らしい』自然なものだ。自然という人間では太刀打ちできないカオスを君は感じている。計算通りにはいかないのが感情。だけど心配はあまりいらないよ。自然に負けることは恥じゃあないんだから」
「上から目線でわかった、ふりを、しないでください」
「見下したつもりは無いのだけど。『客観的事実を言った』だけなのだけれど?」
「客観的という言葉を使えば、なんでも解決できるという思いあがりは、滑稽ですよ?」
「思いあがり……」
「思いあがりですよ? 思いあがりじゃないんですか? 思いあがりでしょう?」
なんだか辛辣な偽崎信太郎だった。
「……解決はしない。人それぞれの解釈があるだけだ。別に僕は客観的なことを言ったつもりでも、その中に少なからず僕自身の主観が入っているはずで、客観的なことを言えたかどうかは、わからないのだけどね」
「でも、さっき、『客観的事実を言った』って言ってたじゃないですか! なのに、その中に先生の主観が入っていたら、客観的事実を言えてないじゃないですか! この嘘つき!」
偽崎信太郎は怒った。憤慨した。孤独が彼の感情の波を発生させた。
「嘘つき呼ばわりとはひどいよ〜。偽崎信太郎くん。嘘つき呼ばわりとはひどいよ〜」
語調の音程が高い。羅布羅布先生は道化を演じた。飄々(ひょうひょう)とした感じに見える。
「先生は、詐欺師です。嘘つきなん、です」
「僕は詐欺師ではありません。でも詐欺師は詐欺師にとっては立派な仕事です。とっても危険な仕事です。詐欺師は嘘をつくからお金がもらえます。でもとっても危険な仕事です。ビビりじゃないと捕まります。そんな犯罪行為をします。因みに詐欺師以外のどんな仕事でも、『あえてハッキリさせない』という人を欺く行為はします。これは少し詐欺に似ています。だって具体的なルールが無ければ不公平に責任の押し付け愛がおこるからね」
「『因み』ないでください!」
羅布羅酢先生が因みったことに。再度、怒りを露わにした。しかし、現代の国語辞典に『因みる』という意味の言葉は登録されていなかった。
「因みちゃいけないの? 因みにさっきの因みの話しは僕の主観だよ。因みに言っとくけど」
羅布羅布先生は因みた。しかし、因みたところで、因みを寛大な心で受けとけとめる精神を今の彼は有していなかった。そんな彼はもう一度、羅布羅酢先生に怒った。激怒ぷんぷん丸だった。しかし、現代の言語辞典に『激怒ぷんぷん丸』は正式に登録されてなかったし、一部のギャルにしか認知、理解できない言語だった。激怒ぷんぷん丸の意味は今のこの会話に関係ない。ただ、この小説の作者がどれだけ偽崎信太郎が怒っているのかの度合いを読者に伝えたいだけだった。
「因みるなぁぁ!!」
偽崎信太郎はムカ着火ファイヤーになった。だが、見た目はさっきとあまり変わらなかった。怒りのレベルが上がることに比例して髪が金髪にはならなかった。少しだけ、語調が荒くなっただけだった。
彼にとって『激怒ぷんぷん丸』から『ムカ着火ファイヤー』に怒りがレベルアップしたところで、劇的な変化があるわけでは無かった。
「小さいことは気にするな! それ! ワカチコワカチコ!」
羅布羅酢先生は意味不明なことを言った。
「ワカチコって、なんですか!? それ、昔、流行っていたお笑いの芸ですよね?」
「なんのこと? 君は羅布羅酢県の有名な湖、和花痴湖の存在を知らないの?」
「なんですか和花痴湖って。そんな湖、知りません。なんですか羅布羅酢県って。自分の名前をそのまま都道府県にしてんじゃねーよ!」
偽崎信太郎は正確なツッコミをした。
「さすがだね。君は漫才の素質がある。そうだ! 今度、一緒に笑む一グランプリに出場しよう!」
「笑いをナメるな」
羅布羅酢先生は一蹴された。
「じゃあドM一グランプリは?」
羅布羅酢先生はしかとされた。しかし、しかとは長くは続かなかった。一分しか続かなかった。
「SMとかそういうので人を決めつけるの、嫌いなんですよね」
「君はSがいいのかい?」
「いや、だから、そういう風に人を見かけで判断して、枠にはめるのが」
「大好きなんだろ?」
「大嫌いなんだよ!!」
偽崎信太郎は机の椅子から立ち上がり、激昂した、ように見えた。見た目で判断してはいけない。もしかしたら、すでに怒りの感情は鎮まっていた、もしくは静まっていたかもしれない。
「じゃあ僕が攻めのSで、君が受けのMね。シチュエーションとしてはまず僕が『やらないか?』と質問するから、君は」
「変態」
偽崎信太郎は一蹴した。
「紳士?」
残念ながら紳士ではなかった。
「変態ブサイク羅布羅酢先生って言いたかったんですが?」
なんだか、というか、故意に辛辣なことを言う偽崎信太郎だった。
「言いたかったんだね。今言えて良かったね」
偽崎信太郎は孤独を感じた。
「ははは、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「どうした。そんなに言いたいことが言えて気持ち良かったのかい?」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハカム着火インフェルノォォォオオオウ!!」
「言いたいことが言えたことが気持ち良すぎてついに偽崎くんは彼方の世界にいってしまわれた」
ムカ着火ファイヤーからカム着火インフェルノォォォオオオウに怒りがレベルアップした(ように見える)。彼方の世界という、どこなのか判然としない世界にいってしまわれた彼を止めることは、誰にもできないような感じがした。でも、見る人によってはできるような感じもするかもしれなかった。
「孤独は悪くない。だけど、もう堪えられない。不安、不満、不安定な人間なんです。どうしても感情の波が押し寄せると、制御がきかない」
「あれ、あんまり怒ってるような感じがしないよ。本当は君はなんにも感じてないんじゃないのかい?」
「先生の主観が入ってますが?」
「主観が入ってるよ? それがどうしたの?」
偽崎信太郎はなにも感じていないのかもしれなかった。
「怒って、います! カム着火インフェルノォォォオオオウ!」
偽崎信太郎は激昂した、ように見えた。だがなにも感じていないのかもしれなかった。
「いったい何に怒っているの?」
羅布羅酢先生は素朴な質問した。
「……なんで怒っているのか忘れました」
怒りは忘却の彼方に消えた。そもそも、最初から怒っていた振りをしていただけかもしれなかった。
「もっと牛乳飲めよ」
意味不明なことを言った。
「だけど、不安定なのは本当です」
「生きている状態がそもそも不安定だが」
「そうじゃなくて、普通の人よりって意味です」
「『普通の人』なんて具体的な存在はこの世にいない」
「そこは抽象的にイメージしてください」
「やなこった」
偽崎信太郎は孤独を感じた。
「カム着火インフェルノォォォオオオウ!」
「偽崎くんが元気になってくれて僕は嬉しいよ。そんな大声を出しちゃて。元気だなあ。元気があればなんでもできる」
「激怒スティックファイナリアリティプンプンドリーム!」
「元気だなあ」
「憤怒バーニングファッキンストリーム!」
「幸せだね」
「大噴火レジャントサイクロンフレアァァッ!」
「そんなに嬉しいの?」
「魔人・大噴火レジャントサイクロンフレアァァァ!」
「ありがとう」
「神魔人・大噴火レジャントサイクロンフレアぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「そ、そんなこと言われたって、全然、嬉しくなんかないんだからねっ」
「超新星・エンシェントジェノサイドブレイバァァァ!」
「幸せにする。だから、この僕と、結婚してくれ」
「超新星・ムカおこエンドオブエンシェントジェノサイドブレイバァァァ!」
「いや、いいんだ。君が幸せなら」
「スーパーノヴァギャラクシーエンジェルフレイムシンセサイザァァァァァ!」
「僕はこの世の誰よりも、相対的に、絶対的に、偽崎信太郎のことを、愛しています」
「ビッグバンテラおこサンシャインヴィーナスバベルキレキレマスター!」
十四段階の怒りを制覇した。彼を止めることはもう、誰にもできない、かもしれなかった。
「今の君はフリーザよりも強い」
羅布羅酢先生は偽崎信太郎を指差した。
指差したが指からビームは出なかった。
「アハハ、冗談ですよ。冗談。ボクは怒った振りをしただけです。フリーザは倒せません」
偽崎信太郎は怒りを演じていた。
嘘をついていたのだ。
「え。なに言ってるの。違うよ。さっきの『強い』っていうのは、『鈍感』ていう意味で言ったつもりなんだけど。なるほど。君は繊細で敏感だからフリーザよりも弱いんだね」
羅布羅酢先生にとって『強さ』とは『鈍感さ』と同義だった。羅布羅酢先生は自分自身のことを強いと感じる人は鈍感で、弱いと感じる人は敏感なのだ、という解釈をしていた。力の強さ、ではなく、感じ方。そこに重点をおいているのだ。
「そうです。ボクはフリーザより弱い」
当たり前のことを言った。というか、フリーザのことがなんのことか、偽崎信太郎はわかっていなかった。発言した羅布羅酢先生も、フリーザという名前がなんのことかわかっていなかった。わかっていないで、フリーザという単語が出てきたのは、もはや、奇跡といえた。なにも知らないで、出てきた名前がフリーザという奇跡。しかし、フリーザの名称を知らない人にとって奇跡は奇跡ではなかった。どうでもいい偶然である。
「ところで、フリーザってなんだ?」
羅布羅酢先生は偽崎信太郎に質問した。
「さあ?」
「なんてこった」
お互いがわかっていなかった。仕方が無いのでなし崩し的なことをしないで、忘れることにした。
「いやいやいや、そもそも羅布羅酢先生が先にフリーザって言葉を口にしたんでしょう? なんで、口にだした本人がわからないんですか?」
「なんてこった。仕方ない。今の話しは忘れよう」
忘れた。
「アハハ、滑稽ですよ? 先生?」
「はい?」
「いや、だから、なんか滑稽だなって」
「どこが?」
「だから、その、この感じが」
「え。これが?」
「滑稽でしょう?」
「この感じは滑稽じゃないでしょ」
「クソこのチョウシノッテんじゃねーよ。ボクが滑稽だと感じたら滑稽なんだよ。察しろよボケが」
偽崎信太郎は怒った、ような口調だった。しかし、感情は怒ってなかったかもしれなかった。
「ひ、ひどい。そ、そんな言い方ってある? 傷つく」
羅布羅酢先生は偽崎信太郎の言葉に知性と品位を感じなかった。
「そんなの全部、テメーのせいだし! テメーがムカつくことをゆーからだし!」
「あの偽崎くんが、ドスの利いた声で、僕を威圧している、はあはあ」
羅布羅酢先生の身体が火照る。息遣いも荒くなった。
「て、いうのは嘘ですが」
偽崎信太郎は怒った振りをしていた。
全て演技だった。
「よかった」
羅布羅酢先生の身体が平常の温度に戻った。息遣いも整っている。しかし、それが羅布羅酢先生にとって『よかった』のかどうかは定かではなかった。怒りが嘘ではないほうが『よかった』かもしれなかった。というか、羅布羅酢先生はドMなので本心で本気で怒ってくれたほうが嬉しい。だから、『よくはなかった』と結果付けられるかもしれなかった。残念なことに。
「まんまと騙されましたね」
「ああ。君は持ち上げて落とすのがうまいね。僕の心に癒えることのない傷ができたよ」
「そうですか。持ち上げたつもりはないのですか……。でも、先生を傷つけることができたみたいで嬉しいです!」
「本当に嬉しそうなんだよなあ」
偽崎信太郎は嬉しそうだった。しかし、それも嘘かもしれなかった。実は、まだものすごく怒っているかもしれなかった。
表情ではわからない。それが、感情というものだった。分かり合えないのはそのせいだ。一人一人違う感情があって、だれも、同じではない。こんな分かり合えない人々が集まる教室のような場所は、窮屈だ、と偽崎信太郎は思っている。
だって、狭い教室でどれだけの人が嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘を嘘に嘘が嘘で嘘をついているか、わからないのだから。
嘘の基準が判然としないこの教室で、彼らは不安と安心の不安定を繰り返す。
彼らは悟る。これが社会。
これが現実。一人では心細い。
だから、集団を形成する。
孤独孤独孤独。
偽崎信太郎は激おこぷんぷん丸だ。
それすらも、演技かもしれないが。
それすらも、嘘かもしれないが。
「話しを円滑にするためには、嘘をつくしかないんですよ。嘘があるから、人間は人間らしく振る舞うことができるんです。まったく嘘がない会話なんて、聞いていてつまらない。ボクらは嘘でコミュニケーションをとっているんです。嘘があるから、築きあげることのできる人間関係は存在します」
「そんなことはない」
羅布羅酢先生は偽崎信太郎を指差した。
「そんなことはなくはない、でしょう? 嘘をつけるから、相手を安心させることができる。嘘がまったくない人は不安を周りに感じさせてしまう」
「そんなことはない。本当のことを言わないのと嘘は違う。相手のことを思いやって、本当のことを言わないのは嘘ではない。嘘をつきたくなかったら、なにも言わなければいいじゃないか」
「どうやら、ボクと先生の中で『嘘』という言葉の認識に違いがあるみたいですね」
「そうかもしれない。だが、具体的な範囲で決めつけてはいけないよ。嘘を具体的な範囲で決めつけたら、一般的に役に立たなくなる」
「言葉を具体的な範囲で決めないから、世界で戦争がおこるのかもしれませんよ? 認識の違いをあまりなめないほうがいいと思います。定義を完成させ、完全な人間をつくることが世界の平和のためになるかもしれませんよ? 言葉の曖昧さを回避しないと完全な人間は完成しない」
「つまり、君が言いたいのは『全く嘘がつけないように抽象的な言語を数値化し、人間の言葉を完成させる』ということかい?」
「その通りです。世界に戦争がなくならないのは抽象的な言葉を互いが言い合うからです。具体的に数値化された完全な真理にもとづく言語を世界でつくれば、戦争は最小限に減る。みんなロボットのように精密に動いてくれますよ」
「それはつまらない世界だね。創造性がなくなる。そもそも言語を数値化するにしても、基準値は誰が決めるんだい? 幸せや不幸の基準値は誰が決めるんだい? もちろん、完全な真理が出来上がれば世界に無駄なことがゼロになるが」
「そう。完全な真理と完成された言語があれば、無駄な事、物が無くなります。素敵でしょう?」
「君はとんでもないことを考える」
羅布羅酢先生は仰天した、ような表情を浮かべている。しかし、内心では驚いていなかった。
「世界の言語の基準値はボクが決めます。ボクの価値観を絶対値に設定する」
「……それは、もはや、神」
「ボクは21世紀の神になる!」
「なん……だと」
驚いていなかった。
「と、いうのは、嘘ですが」
嘘だった。嘘が嘘で嘘を嘘に嘘だった。
「なんだ、よかった。嘘か」
羅布羅酢先生は安堵した、ような表情を浮かべた。しかし、別に安堵も、安心もしていないかもしれなかった。表情では気持ちは読み取れない。
「びっくりさせてゴメンなさい。先生を驚かせようと思って」
「すげーびっくりしたよ。ほんと、やめてくれよ〜」
びっくりしたような声音で話す。別に、羅布羅酢先生はびっくりしていない、かもしれなかった。すげーびっくりしていなかった、かもしれなかった。
「え。本当はびっくりしてないんじゃないんですか? 正直になってください。嘘をつかないでくださいよ」
「え。なにを言ってるの? 僕はすげーびっくりしたよ?」
羅布羅酢先生はびっくりしてた、とは言い切れない。もしかしたら、びっくりしていなかったかもしれなかった。
「嘘つき」
「え。僕は嘘をついていないよ? 嘘ってなんのこと? 嘘ってどこからどこまでか嘘なの? 範囲を教えてくれないとわからないよう」
「先生が嘘っぽい言い方をするから、そう思ったんですよ。この嘘つきが」
「これは無自覚だ! 嘘コンプレックスだ!」
「え。嘘コンプレックス?」
「そうだ! 無意識の嘘なんだ! 嘘だが、コンプレックスなんだ! だから仕方ない! 僕は悪くない!」
「え。マザコンだから仕方ない?」
「マザコンとは一言も言ってないんだけど?」
「男はみんなマザコンなんですよ」
「それはたぶん誤用だね」
日常の会話では別段、問題は生じないが、用語的に誤っていた。俗に言うマザコンという言葉は、日本人に馴染みがある。しかし、もともとの意味を知っている人にとっては、ギャップを感じて指摘したくなるかもしれない。
「お母さんが好き、と言えば正しかったですか?」
「です」
「先生はお母さんが好きなんですね」
「……」
羅布羅酢先生は静かに頷いた。
「差別してもいいですか?」
「え。お母さんが好きというだけで差別されるの?」
「そうです。だから、差別、してもいいですか?」
偽崎信太郎は羅布羅酢先生の顔をじっと見つめている。差別したがっていた。
「えー。差別されるのはなあ。うん、いいよ。僕はただお母さんのことが好きなだけなんだからね」
「では今から『ボク達』は先生のことを差別します」
「……ボク達」
「「はいボク達生徒が」」
「もはや拷問に近い」
羅布羅酢先生はカタカタと身震いをした。怯えている、振りをしていた。もしくは怯えていた。
「そんなに怯えている振りをしなくてもいいんですよ。これはただの定義です。マザコンの人は差別をする、という法則をこの教室だけに当てはめただけです。心配しなくても、この教室を出たら誰も羅布羅酢先生のことをマザコンだからといって差別したりしません」
「『だからといって』とか、その言い方がすでに差別してる風なんだよ。もっとマザコンに対して寛容になってくれよ。リバティリバティ!」
羅布羅酢先生は自由、ではなく、フリーダム、でもなく、リバティを叫んだ。しかし、自由とフリーダムとリバティの違いを説明するのは難しかった。広義でだいたい同じ意味だった。
「でも、さっき、差別をしてもいいっておっしゃっていたじゃないですか。差別されることに快感を覚えるって」
「……そこまではおっしゃっていない」
「アハハ。冗談ですよ。人を差別するって悪いことですもんね。そんなことを喜ぶ人なんていませんね。失礼しません」
偽崎信太郎は失礼しなかった。
「え。失言が聞こえたよ? 『失礼しません』て失言が聞こえたよ?」
「あ。つい本音が」
「あからさまに僕の心を傷つけようとしてるよね? あ。もしかして偽崎くんキレてます?」
「キレてないですよ」
偽崎信太郎は人差し指を左右に振る。彼はキレていない、かもしれなかった。もしくは、キレていた。
「別にキレてないんだったらいいのだけど」
羅布羅酢先生は安心した。
「ボクを怒らせたら大したもんですよ」
「お前は誰だ」
羅布羅酢先生は偽崎信太郎を指差した。
「偽崎信太郎です」
偽崎信太郎は答えた。残念ながらプロレスラーのモノマネをしている芸人ではなかった。「嘘ってどこからどこまでか嘘かわからない。抽象的な言語の範囲を判然とさせることが良いことなのかもわからない。そもそも人生に目的なんてものが具体的に明示されてない以上、人間が創った言語に具体的さを求めることが間違っているのかもしれない。
正しさなんて、勝手に決めてろ、と先代の人間は思っていたのだろうか。
頭で思うことなんてイメージでしかわからない。生きているイメージしか。いつかイメージを具体的にする時代がくるのだろうか。
幸せのイメージを判然とさせるには、人間の感情を測る機械を作らないといけない。そんなものを作ったら、人間はロボットと変わらないかもしれないが。だけど、それが無いから、人間は思い込み、人を傷つけ、悲惨な、血を流す事件がおきるのではないか。
人間なんて、思い込んだら、それだけで、異常だ。
もし非情で、異常で、個人的な人間が世界にあふれたら、人類は『悪』になるだろう。悪いことをするのが常識になり、悪いことが正しさになる。俯瞰して、全体と個人の幸福を尊重する社会ができれば、最善だ。
世界は甘くない。だけど甘くないからこそ生き『甲斐』があるのだ。
生きたって無駄かもしれない。
でも、無駄じゃないかもしれない。
大事なのは人それぞれ目的や期間の認識が違うという理解だ。
あなたにとって無駄も無駄じゃない人はいる。
おんなじ人など、どこにもいない。
あなたが特別ではない。
具体的な普通な人間はいない。
だから、『生きてはいけない』と決めつけないほうが良いと思う。
なぜ、そう思うの?
生きることが無駄なんて、決めつけるの?
生きていないと不自由や『自由』を感じることができないよ。
それなら脳死は生きてないということになるのかな。いや、そんなことは……」
「誰の声?」
偽崎信太郎は、声がした方を見た。
しかし、生命らしきものは存在しない。
ただ、声が聞こえた。幻聴だろうか? と偽崎信太郎は思った。しかし、幻聴ではなかった。羅布羅酢先生も聞こえていたからだ。
「幽霊?」
羅布羅酢先生は言った。自分のことを棚に上げて言った。
「幽霊は羅布羅酢先生だけですよ?」
「幽霊は僕だけなんだねわかった僕だけなんだね」
羅布羅酢先生は唯一無二の幽霊だった。
「先ほどの声は? なんでしょう。わかりませんね」
「わからない。もちろん、わかったって仕方がないけどね。僕だけが幽霊なんだから、幽霊じゃないことは確かだよ」
「そうですね」
偽崎信太郎は納得したように頷いた。「幽霊じゃないことは確かだなんて、そんな真理がどこにある? 目に見えない幽霊がいたって不思議じゃないだろ? わかったような仕草をするなよ。正しさなんて、曖昧模糊で、なにも信じられないものばかり。お前らが正しいと信じているものは全部ニセモノだ。嘘だ。もしくは、嘘だと思っていたものが全部ホンモノだ。正解なんてない。全て、ただ、お前らが感じただけ。感じて、同調して、感じて、嘘をついただけだ。意味なんて、お前らが勝手にホンモノっぽく作っただけだ。お前らのような信じて疑わない人生なんて、幸せになってしまえばいいんだ。全てを受け入れて、全てに感謝して、幸せになってろ。幸福になって、長生きして、人に感謝されて、死ね」
「……」
声が聞こえたところには、なにもない。足音もしない。だから、透明人間というわけではない、という可能性が高い。
「羅布羅酢先生、どう思います?」
「え。僕はどうも思わないよ?」
残念な先生だった。得体のしれない声が聞こえたのに、それに対して興味を示さない。白いチョークで鼻の穴をほじり、素っ気ない態度をしている。鼻の中から白い粉と鼻くそが出てきていて、残念なことになっていた。非常に残念だ。
「油揚くんは、どう思う?」
「不気味だよ。今すぐ、この教室から逃げだしたい」
「それが正常な人間の反応だね。なのに幽霊の羅布羅酢先生は、無反応だ。つまり幽霊が羅布羅酢先生以外でもいた可能性が」
「いや、僕以外でも、今聞こえた『声』に無関心な生徒はいたでしょ」
「いました」
「いたのかよ!」
「でも、唯一無二の幽霊の羅布羅酢先生が、他の幽霊を見て関心を示さないのはおかしい。もしかして、自分以外にも幽霊が存在することを知っていたんじゃないですか?」
「どういう理屈だ。僕は幽霊なんて存在をそもそも信じていないから、関心を示さなかっただけだよ」
「え。でもさっき、自分のことを幽霊だって認めてらっしゃったじゃないですか。嘘をついていたんですか!? この嘘つき!」
羅布羅酢先生は嘘つき呼ばわりされた。
「皆が僕のことを幽霊呼ばわりするから、僕は自分のことを『幽霊なのかもしれないなあ』ってなんとなく信じちゃっただけだよ。でも、幽霊の存在自体を本当に信じているわけじゃない。そんなのわからない。まずは幽霊の定義をしてくれないと」
「はっきりしてください! 羅布羅酢先生は幽霊なんですか!?」
「わからない!!」
わからない、ということをはっきりと言った。
「わからない、じゃあなんにもわからないじゃないですか。そんなんじゃ駄目です。社会で生きていけません。最後には決めないと、社会は動きません」
「僕は生きたって無駄じゃないのか、という疑問に対してはっきりした答えを出せる人はいるのかい?」
「それは今の話しとは関係ありません。抽象的なことを言わないでください。言っている意味がわかりません」
「社会にとって僕は無駄では? もし無駄なら僕は死んだ方が良いのでは?」
「なにを言っているんです?」
「いや、つまり、はっきりさせないで済む問題もあるってことだよ。特に抽象的な無駄の問題は人によって解釈が違うからね。はっきりさせたらその人は『異常』になる可能性がある」
羅布羅酢先生は自殺について思うことがあった。自分の無駄は誰が決めるのか。それは自分である。判断をはっきりさせると、その理由がどうしても具体的になり、個人的になる。抽象的、客観的な視点で自分の無駄を考えた方がよい、かもしれない。
抽象的になると、答えは無限になる。
人類は、無限の、無駄を、創造できる。
可能性が無限大の無駄。
無しかなければ、無駄もない。
有があるから、無駄がある。
生きているから、無駄がある。
無駄が無駄じゃなくなり、活用される。
それが、人の役に立つ、という意味だ。
無駄を抽象的にしよう。
誰だって、最後には死ぬ。
どうせ死ぬんだから、と。
生きるのが無駄だなんて、頑なに決めつけないように。
己を活用しよう。
活用するための、本体が我々人間だ。
「そういえば、なんの話しをしていたんでしたっけ?」
偽崎信太郎は言った。
「忘れちゃたかー。仕方ない。忘れたままでいよう」
「それもそうですね。幽霊の話しなんて忘れてしまいましょう」
「幽霊の話しってことは覚えているんだね」
「先生は覚えてます? 話しの続き」
「忘れちゃた。てへぺろ」
「舌を出さないでください。気持ち悪い」
「忘れちゃた。てへぺろ」
「口から音を発しないでください。気持ち悪い」
「……」
羅布羅酢先生はなす術が無かった。
「よし」
「ワンワン!」
羅布羅酢先生は犬になった。
「おい。そこの犬。ご主人様に服従のポーズは?」
羅布羅酢先生は床に仰向けなって、服従のポーズをした。
「くぅ〜ん」
柔らかい声をだす。
「差別してもいいですか?」
「ワンワン!」
「わかりました。先生のことを差別します」
「くぅ〜ん」
偽崎信太郎は羅布羅酢先生を差別した。
しかし、差別するような行動はしなかった。
なので、差別したように見えなかった。
「おすわり」
羅布羅酢先生は膝を折り曲げて、その場に座った。従順な犬みたいだ。
「あはは、生徒に見下されてる」
田山田は羅布羅酢先生を見下した。
「違うよ。ボクは見下してないよ。差別をしているだけだよ」
「くぅ〜ん」
「馬鹿にされて、先生はムカつかないの?」
鳥内肉は言った。
「馬鹿にされたわけではないよ。馬鹿だと思われただけだよ」
「え。それって、どう違うの?」
「誤解をされにくい言い方か、そうでないか、の違いかな」
「同じでしょ?」
「そう思いたければ、そう思えば?」
「ワンワン!」
羅布羅酢先生は吠えた。
「差別はやめてあげて」
谷地園美は言った。
「ボクが先生のことを犬呼ばわりしたら『差別』になる?」
「きわどいかも」
「きわどいかも? ボクは差別が嫌いだけど、なにをもって差別なのかを具体的に示さないくせに、周りの価値観に合わせて同調する人間がもっと嫌いだよ」
同胞同感同情。これが、偽崎信太郎が嫌いな言葉のトップスリーだ。自分が悪くないように、自分だけがとりのこされないように、周りに合わせ、善悪をなおざりにして、さもきちんと考えたかのようにとり繕い、仲間意識で安心する。
仲間意識の正義。
無自覚の犠牲。
鈍感であれば生きやすい。だから、自分で考えないで、流される。流された先には、薄っぺらい平和が広がっている。流された彼らは平和だ。平和だが、実直さが欠けた、人間に優しくない、灰色の世界。
分かり合えないのは、彼らが素直ではないからだ。後ろめたいことを言えない空気感がこの教室を包み込んでいて、たいていの人間がこの空気に逆らえない。もしくは、後ろめたいことを、後ろめたく感じない、という強い生徒がこの教室には多数いるのかもしれない。
死にたい、という心の声が聞こえる。それは教室の中から聞こえる。苦しい助けて、という心の嘆きが聞こえる。それは教室の中から聞こえる。楽しい、という歓喜も教室の中から聞こえる。
全てが刹那的で、今のこの時が大事で、人を見下したり、見下されたり、それでも関係をなんとか保ちながら、彼らは生きている。無駄なものは、過去で、無駄じゃないのは今なんだと、信じている。
コロニーを形成しながら。
「ワンワン!」
「よしよし。今日からお前の名前は羅酢羅だ」
「羅布羅酢だよ」
羅布羅酢先生は指摘した。
「犬が日本語をしゃべった!?」
偽崎信太郎は仰天した、ような表情を浮かべた。しかし、彼は驚いていないかもしれなかった。
「ワンワン!」
羅布羅酢先生はついていない尻尾を振った。しかし、ついていない尻尾を振ったところで、ほとんど意味がないかもしれなかった。本人が楽しいだけだ。
「人間のくせに、犬の真似しないでください。お前が犬になりきるなんて、百億年早いんだよ。とりあえず、今から全世界の犬に謝れ」
「くぅ〜ん」
羅布羅酢先生はやる気がなかったので、全世界の犬に謝らなかった。それとも、全世界の犬に謝るなんて、やる気があったとしても、やれないことだから、やる気はあったけど、やらなかったのかもしれなかった。
残念ながらやる気の有無は誰が決めるのか、判然としないので、羅布羅酢先生にやる気があったかどうかはわからなかった。そもそも、『やる気』のイメージが人によって違うので、やる気を具体的な範囲に定義しない限り、やる気があるかどうかは、人によって認識に違いがでることになった。
「アハハ、滑稽ですね。先生? 皆に見下されれて」
「見くびられたものだ」
羅布羅酢先生は渋い声音で言った。
「見下されたものだ?」
「見くびられたものだ、だ」
「差別されたものだ?」
「見くびられたものだ、だ、だ」
「お手」
「くぅ〜ん」
羅布羅酢先生はお手をした。
「羅酢羅、待て」
偽崎信太郎は皿にドックフードを入れた。それを差し出す。
「ワンワン!」
「よし」
羅布羅酢先生はドックフードに飛びついた。というか、それはドックフードに似せたお菓子だった。クッキーだ。
「うまいうまいぞ、これは」
「そこは『ワンワン!』でしょう?」
「ワンワン!」
「羅酢羅。ご主人の言うことはちゃんと聞くんだぞ」
「くぅ〜ん」
「差別はやめなよ。羅布羅酢先生が嫌がっているじゃないか」
草食羊次郎は言った。しかし、羅布羅酢先生は嬉しそうだった。飛び跳ねていた。教室を走り回っていた。彼は自由になったのだ。犬になることで。なぜ、犬になったのかは不明だが。
「羅酢羅は喜んでいるよ。ほら、あんなに楽しそうにはしゃいじゃって」
偽崎信太郎は羅布羅酢先生を指差した。羅布羅酢先生は偽崎信太郎に駆け寄る。羅布羅酢先生は腰を屈める。偽崎信太郎は羅布羅酢先生の頭を撫でた。
「よしよし」
「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ハ」
羅布羅酢先生は喘ぎ声をあげた。因みに喘いでいるのに、満面の笑みを浮かべている。それだけで嬉しいのか、嬉しくないのか、どっちなのかは一目瞭然だった。本心は知らないが。
「「……先生キモチワルイ」」
生徒達はそう思った。しかし、生徒達といっても全員ではなかった。『生徒全員』とは言ってないのだから当然だが。だが誤解する方がいるかもしれないので、説明はした方が良いかもしれないので、説明した。誰が説明したのかは、知っている人は知っている。もしくは、知らない人はしらない。
それにしても、羅布羅酢先生は、先生達にキモチワルイと言われておきながら、悪い気はしていない。むしろ喜んでいた。こういうところが羅布羅酢先生は尋常ではない。いわゆる抽象的な意味での『普通の人』ではないところだろう。本人にとっては自分が具体的な意味での『普通の人』だと思っているだろうが。
「羅酢羅。あんまり調子にのってると去勢するよ」
偽崎信太郎は冗談を言った。笑えない冗談だった。嘘でも言ってはいけない冗談だった。特に、動物にとっては成熟した性器の切断は、死んでしまった方が良いぐらいの激痛だ。いっそ殺してくれ、と悲鳴をあげるほどの苦痛だ。出来れば、良い子はそんな冗談を冗談であっても言ってはいけない。良くない子であっても言ってはいけないが。いや、どっちなんだよ、というツッコミは受け付けない。もしくは受け付ける。
「くぅ〜ん」
羅布羅酢先生は悲嘆の消え入りそうな声をあげた。というか犬なので、鳴き声をあげた。
「アハハ、滑稽ですよ、犬? 本気にしました? ジョークですよ。常套句ですよ」
あれが常套句だったら、世の男性が哀れだが、そこは誰もツッコミをしなかった。
「ワン(常套句)?」
「ごめんなさい。噛みました。常套句ではなく冗談と言いたかったんです」
「ワンワン!」
羅布羅酢先生は安心した。
羅布羅布先生は偽崎信太郎の前に近寄る。
彼の頬を舐めた。
犬のように何回も舌を出して、舐めた。
これは一部のマニアにとっては残念ではないかもしれないが、残念ながら、男同士だった。
唐突の行動に、偽崎信太郎は思考を停止した。もしくは、起動していた。いや、どっちなんだとかいうツッコミは受け付ける。もしくは、受け付けない。実は起動はしていなかった。だって機械じゃないからだ。
「わ、わたしも舐めたい!」
そこで挙手をした変態が一人いた。
温昨陽光だった。温昨はヌルヌル動いてサクサク進む、という意味ではない。もしくは、そういった意味だ。
「偽崎くんの顔を舐めまわしたい! 特にあのつぶらな瞳を重点的に舐めまわしたい! 先生だけずるい! わたしにも舐めさせて! いや、舐めさせろ!」
最後は命令形になった。彼女はギラギラと瞳を輝かせたようなイメージの表情で、偽崎信太郎と羅布羅酢犬の間を割って入った。
思考が停止、もしくは起動した偽崎信太郎と温昨は目が合う。いや、彼は機械ではないのだけれど。でも、機械のように無表情のままだった。だから、起動していない可能性が高い、かもしれなかった。いや、彼は機械ではないのだけれど。だから。そんな彼だから? 彼女は椅子に座っている彼の膝に座り、こう言った。
「ああ、いじめたい」
そんなことを口に出して、彼女は彼を舐めまわしたのだった。ナメプ。ふさふさなまつ毛を重点的に舐めまわした。鼻の穴や耳の穴や口の中を舐めまわした。ナメプ、というか、ただの変態だ。羅布羅酢犬と同じくらい。
教室が修羅場と化した。
前から修羅場と化していたが。
化け物のような生徒がいるからこうなるのだが。だが、こんな状況でも先生である羅布羅布犬は冷静に対処した。
「おい。僕の舐める番だ。割り込むなよ。どうしても偽崎信太郎の顔が舐めたいっていうんだったら、僕を舐めてからにしろ」
冷静だが、ただ冷静なだけだった。
「だれが舐めるか。お前のを舐めるくらいなら、自分のを舐めてたほうがマシだ」
こちらも、こちらで、対抗している。が、意味不明だった。
どうやって舐めるんだ。
巫山戯るのも大概にしろ、という声がどこからか聞こえてきそうな感じだった。実際には、この教室の生徒が言っていた。
山谷辛胃が言っていた。
「いい加減にしろ! 真面目に仕事しろよ!」
これは、明らかに羅布羅酢先生に対しての発言だろうが、羅布羅酢犬は聞いてない振りをしていた。もしくは、聞こえていなかった。例えば、数秒前に難聴になった可能性があるかもしれない。その確率はほぼゼロ%だが。しかし、ほぼ、だが。
「もういい! 他の先生に言いつけます! こんな授業らしくない授業、困りますから!」
「ワン(普通な授業なんてこの世に存在しない)!」
聞こえていたらしい。
山谷辛胃は教室から廊下にでようと、した。
しかし、出られなかった。
彼の脳天が白いチョークによって破壊されたからだ。チョークを投げたのは、
「ワン(僕の話しを聞かないで逃げるからこうなるんだ。僕だけが悪い、というわけじゃない)!」
羅布羅酢先生だった。犬だが。
ワン! と鳴くだけなので、犬ではないかもしれないが。もしかしたら、幽霊かもしれないが。
投げたチョークの粉をはたきながら、羅酢羅酢先生は、偽崎信太郎の顔を舐めている。温昨陽光も舐めている。
なんだか、卑猥な感じだった。
偽崎信太郎にとっては、嫌悪感しかなかった。感じて、感じて、嫌だった。
だが、動けなかった。この状況から逃げ出すことができなかった。それは、彼が無気力気味な人間だったからだ。やる気がないから、やれないように。無気力だと、なにもかもが無駄に思える。
無駄は期間と目的によって、認識が違う。
刹那的な感情による動機が、彼にとって無駄だった。
たったそれだけのことだ。感情が無駄。嫌だけど、逃げたって無駄。無駄だから、逃げない。嫌だけど、それは感情だけのことだ。嫌で嫌で嫌だけど、どうなってもかまわない。どうなってしまってもかまわない。
ここで、二人の変態の舐める行為から逃げたところで、長期的な人生において劇的な変化があるわけではない。逃げても人生は続く。もちろんここで逃げなかったところで得られるのは精々(せいぜい)、変態適応能力ぐらいなものなのだから、逃げた方が良いという意見もあるだろう。
だが、彼は逃げない。
感情に騙されない。
刹那的な嫌悪感を堪える。
そういった生き方が彼だった。彼にとって刹那的な感情が無駄で、無駄ではないのは感情を生み出す、生命だ。生命さえあれば、嫌や好きという突発性のある感情も無駄だ。
長期的な利益を優先する。
だから、抵抗しない。
抵抗したって無駄だからだ。
こんなにも判然と無駄だと勝手に決めつけるところが、彼は異常だが。仕方が無いのだ。そうやって思い込むことが、彼にとっての『生き甲斐』なのだから。
思い込むことが彼にとって無駄ではない。しかも、変態二人組にとっても無駄ではない。彼が無抵抗なおかげで、彼らは一心不乱に顔を舐めて舐めて舐めまくることができたのだから。
両者ともメリットがあり、それを実践できている。だれも不幸になっていない。両者が損をするジレンマに陥っていない。完璧な構図だ。
偽崎信太郎は二人に舐められ、舐められ終わった後の自由を待ち望む。
羅布羅酢犬と温昨陽光は自由に彼を舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて彼は舐めて舐めて舐めて舐めてに舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めてに舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めてに舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて彼は舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて彼は舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて彼は舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて彼は舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて彼は舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて彼は舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて彼は舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて彼は舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて彼は舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて彼は舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて彼は舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて彼は舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて彼は舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めて舐めることができるのだ。
……文字として、このように『舐める』を羅列すると偽崎信太郎が損をしているかのように思えなくもない。だが、無抵抗を選んだ彼の判断は無駄ではなかった。
「飽きた」
そう。飽きだ。羅布羅酢先生は熱しやすく冷めやすい。だから、舐める行為が、一分以上も続くわけがないのだ。犬になりきることをやめた羅布羅酢先生は、まだ、偽崎信太郎を舐め続けている温昨陽光を羽交い締めにした。
「やめるんだ。こんなことをしたって誰も幸せになんてならない」
自分のしたことを棚に上げてそう言った。彼女は偽崎信太郎と違って抵抗する。
「やだ! 舐めさせろ! あの深淵に沈んだような黒い瞳を! 舐めさせろ! 舐めたい! 舐めたい! 舐めたい!」
抗う彼女を無理矢理、椅子に座らせて腕をロープで縛った。ロープは椅子に結ばれている。
変態が変態行為をやめさせた。
偽崎信太郎は自由になった。
顔面がベトベトだが。
心に癒えることのない傷を負ったが。「それでも、彼らの物語は続く。どんなに、不安定でも、絶望と希望を繰り返し、というか、絶望の方が割合的に多いけれど、それでも、生きている限り続いて続いて続く。
たとえ、この先に無限大の無駄がこの先に待ち受けいるとしても。無駄が無駄じゃなくなり、活用される。彼ら彼女らは生きる。生きることは無駄だが無駄じゃない。こんなにも、無駄が無限大なのだから、楽しみは無限大だ。無限大に絶望し、無限大に創造し、無限大に絶望してから、無限大に楽しさを渇望できる。
絶望したあとには、絶対に気まぐれな神様が助けてくれる。相対的な神は死んだが、絶対的な神は死んだわけではない。信じるものは、のこのこと現れた神様に救われる。助けられる。こんなの全くもって巫山戯ているが。戯言じみているが。滑稽だとしても、思い込まなければ、結論なんて出せない。そうでしょう? たとえ、思考的に矛盾していてもね」
「誰だ。なんの声だ」
その声は幽霊ではない。しかし輪郭がない。目に見えない者だった。目に見えない者を人は神と崇める傾向があるけれど、そんな目に見えない者の声が、はっきりと声帯が震えるようにして、聞こえてくるなんて、絶対的にありえないことだった。
「人間ではない、幽霊ではない、神ではない、概念ではない、尋常ではない」
そもそもその者は、ナンデモナイ。我々のような主観的な生き物はその正体について考えるだけ無駄かもしれないし、無駄じゃないかもしれない。そんなこといったって生きたって無駄かもしれないが。もちろん人によって期間と目的の認識が違うため、無駄か無駄じゃないかなんて結論を絶対的に出せるわけがないのかもしれないし、相対的に正しい選択を導き出して、絶対的に決断や行動をしないといけないのかもしれないけれど。だからといって、この不気味な声を聞いて、もちろん不気味と感じない人もいるかもしれないけれど、それでも、この空間から逃げ出したいと願う人がこの教室にいないわけがなかった。わけがない、なんてことは、ないのかもしれないけれど。
「幽霊か?」
羅布羅酢先生は恐る恐る質問した。「『幽霊か?』だって? あはは、あなた以外に幽霊はいませんよ? あなたは一人ぼっちの幽霊で、あなた以外が正真正銘の人間なんですよ? あなたは一人なんです。一人だけの幽霊なんです。孤高ではない幽霊。孤独な幽霊。孤立した幽霊。誰一人、仲間はいない。あなたは異常なんです。『普通』じゃないんですよ。だって幽霊なんですから。不安じゃないですか? 恐怖じゃないですか? 不気味じゃないですか? そんな姿になって。人間の振りをして生きて。自分が周りとは異なることに不安を感じているんじゃないですか? そうですよね。怖いですよね。皆と違うことを意識すると、さみしいですよね。皆と一緒じゃないことに未知の不安を感じるのは仕方のないことですよね」
「……なにが、いいたいんだろう」
羅布羅布先生は言った。羅布羅酢先生は別に自分のことを幽霊だとはっきりと認識しているわけではない。だが、他人が彼のことを幽霊と認識していることは確かなので、空気を読んで話しに合わせているだけだ。彼にとって一人ぼっちの幽霊であることは『孤独』ではない。ただ、人と違うだけだ。
ただ、普通じゃないだけだ。
ただ、異常なだけだ。
彼にとって自分が幽霊だとか幽霊じゃないということは、些細なことでしかなかった。気にしたら負けだ。
「なにがいいたいかわからないなら、いい。でも本当はわかっているんじゃないのか? 幽霊の君なら。周りから見て普通ではないことが、どれだけ窮屈で生きづらいかを」
「……いや、そもそも、普通の幽霊なんていないように、普通の人間なんていない。なにが言いたいのかわからないが、僕は孤立してると思っていないし、孤独をあまり感じないし、常に孤高な人間だと思っている。僕は普通じゃない。それを認めているんだ。だから僕は普通じゃなくても、普通じゃないことを嘆いたりしない。むしろ誇りに思ってる。だって、皆にとって普通じゃないことが、僕にとって普通なんだから。誰にだって僕にはなれない。それは素晴らしいことだ。それだけで他の誰でもない僕が生きる意味になる。それこそが疑いようもない、僕自身の価値なんだ」
これが羅布羅酢先生なのだ。唯一無二の普通ではない、変態。羅布羅酢先生なのだ。他の誰でもない。他の誰も真似できない。
普通ではなく。
尋常ではない。
むしろ異常な。
絶対変態紳士羅布羅酢先生なのだ。
ただの変態だが。「間違ってる。おかしい。違う。そんなんじゃない。君の価値はない。価値なんてないんだよ。生きていたって、そんなの価値がない。無いんだよ。間違ってる。おかしい。だって、君は幽霊で、いてもいなくてもどうでもいい存在で、存在が認識されていようが、そんなことは関係なくて。だから、幽霊の君に価値はない。価値なんてない。絶対に。絶望的に。生きることに価値がないんだよ。だから」
「だから、ダカラなに? 急に話しかけてきて不躾じゃないのか? 不美人じゃないのか? ブサイクじゃないのか?」
「無駄なんだよ。全部」
「悪気のないしかとが、一番ずるい」
羅布羅酢先生は虚空を指差した。「無駄で、無駄で、無駄なんだよ。君は幽霊なんだ。もう君は消えていいよ? いなくなっていいよ? バイバイ」
「幽霊を不安にさせるなよ」
「不安は悪くない。そのままにしておけないのが不安だから。不安も悪くない。だから、不安のまま、悲観して、俯瞰して、絶望して、ホッとして死んだらいいよ。ああ君はもう死んでたんだっけ。だって、幽霊だもんね。実体のある幽霊だもんね。一人ぼっちの孤立した幽霊だもんね。孤独だね」
「いや、だから、僕は孤独なんか感じてはいないって、さっき言っただろう? なんで、お前目線で、というか、お前に目があるのかしらないけど、勝手に決めつけるんだ。そんなこと言われる筋合いは」
「決めつけたり、判断しないとなにも始まらないからだよ。嘘がないと、自然体で生きていけないんだよ。主観と客観の違いなんて、明確にあると思っているのかい? 客観的視点なんて、そんなのどこにもないじゃないか。客観的なんて、そんなのただの言葉だ。本当に客観的な人なんているのか? みんな個人的なことで苦悩しているんだ。なのに客観的に考えるだって? そんなことができると思い込みたいのかい? 馬鹿じゃないのかい? 君は馬鹿で莫迦じゃないのか? 自分視点じゃない人なんていない。みんな主観的な思い通りにしか生きていない。たとえ無駄なことでも、その人にとって思い通りにしかならないんだ。ある意味、人間は、自由にしかならないんだよ。思い通りにしかならないんだよ。人は自由の基準がどこにあるかを決めつけないと、不自由になれない。そして不自由にだけなるなんて、絶対にできない」
「……」
「では、基準を決めよう。君は、ナニモノ? 幽霊じゃないのかい? もしかしたら死んでるんじゃないのかい? どこからどこまでが生きているんだ? 植物は生きている? 植物状態は生きているのかい? 永久に眠っている人生は『無駄』では? この問題は誰が決めるんだ? 君だろう? 君だけだろう? 自分で決めるんだ。自分勝手に自分で決め付けるんだよ。なにが無駄で、なにが無駄じゃないのかを。お願いだから人に流されるのが無駄じゃないなんて言わないでくれよ?」
「……」
「嫌なら嫌だっていっていいんだぜ? これ以上、しゃべらないでくれって、言っていいんだよ? 嫌だって言わないなら、このままずっとしゃべり続けるよ?」
「……」
「なんだ、なんにも言わないのかい? それが君にとって無駄じゃないということかい? 変態紳士のくせに、面白くないんだな。君はつまらない。つまらない人間だよ。本当につまらない。つまらないつまらないつまらないつまらないつまらない、つまらなくて吐きそうだ。こんなにつまらないのは君がつまらない人間だからだ。もしくは、君がつまらない変態だからだ。つまらないつまらない。つまらなくて絶対的に絶望しそうだ。助けてくれ。……変態紳士のくせに助けないのかい?」
「……」
「君は幽霊の定義について、どう認識している? 君は、もしかすると本当は幽霊ではないのかもしれないよ。もしかすると生きた人間かもしれない。断定はできないけどね。断言はしないけど、もしかするとだ。もしかすると君だけが生きた人間なのかもしれない。この教室の生徒は全員が幽霊で、先生のことをからかって遊んでいたのかもしれない。いやだなあ。たとえばの話しだよ。たとえばの話しだぜ? そんな難しい顔をするなよ超カリスマ変態紳士羅布羅酢先生? たとえば先ほど先生がその手に持っている白いチョークで殺人を犯したというのに、誰も騒いでいなかった。悲鳴をあげないなんて、おかしいことだとは思わないかい? もしかすると、本当はこの教室の生徒はみんな、すでに死んでしまっているんじゃないのかな? いやだなあ。たとえばの話しだよ。たとえばの話し。……でも、あり得ない話しではないでしょう?」
「……」
「なぜにこの場面で緘黙しているんだい? 場面緘黙してるんだい? 別に虚をついたわけじゃなんだけど? あれ? もしかして、全て知ってた? ……知ってたのに」
「わからない振りをした」
羅布羅酢先生は口を開いて言った。人間は口を開かないと言えないような気がするが、言った。
彼は知っていた。
この教室に幽霊がいることを。
知っていたが、わからない振りをしていたのだ。
……そもそも、幽霊を定義しなければ言葉で認識を共有することができないのだが。なのに彼はこの教室に幽霊がいることを知っていた。自分のことは幽霊か幽霊ではないのかわからないのに、他人のことはわかるなんて、なんだか理路整然としていない感じが否めないが。だがしかし、彼はわかっていた。
もしかすると『わかって』いなかったかもしれないが。もはや疑問を突き詰めると、わかる、の意味もわからないが。わかるかもしれないし、わからないかもしれない。わかる。だけど、わからないこともある。わかるよ。わからない。わかるよ。わからない。わかるよ。わからない。わかるよ。わからない。わかるよ。わからない。わかるよ。わからない。「いったいなにが?」
「ん?」
「いや、君はいったいなにがわかったんだい? 幽霊のなにがわかったの?」
「この教室に幽霊がいることをだが?」
「なんでわかるの? 幽霊がいることを、なんでわかるの? わかった? わかってるの? 君は本当に自分の言ってることがわからないんじゃないのかい?」
「僕はわかっている」
「なにが?」
「なにかはわかってる」
「……そりゃあ、そうだろうね」
わかりました。わかりません。いったい何がわかったというのか、そんなことは誰にもわからなかった。もしくは、わかった。わかった振りをした。わかったと思い込んだ。わかってないのにわかったと思い込んだ。いや、だから、『わかった』って何に対してわかったのかがわからなければ、なにもわからないのだれど。「わかった、わからない、わかった、わからない、わかった、わからない、わかった、わからない、わかった、わからない、わかった、わからない、わかった、わからない、わかった、わからない、わかった、わからない、わかった、わかった、わかったからわかったから! わかったからなんだっていうんだ! わかったって何がわかったっていうんだ! わかる、という意味が君はわかりましたか?」
「わかった」
「わかってない! もしくは、わかった! わかって良かったね」
「良かったの?」
羅布羅酢先生は疑問に思った。
「良かったよ。もしくは、良くなかったよ?」
「……どっちなんだ」
「どっちでも?」
どっちでも良いらしかった。
「じゃあ」と羅布羅酢先生は話しをきりだす。
「じゃあどうなんだ。いったい誰が幽霊なんだ? 僕は幽霊じゃないのか?」
「幽霊ではないなんて、決めつけたらダメじゃないかい?」
「僕は幽霊だよね」
「自分が幽霊だなんて、決めつけたらダメじゃないかい?」
「どちらにしてもダメかい?」
「かい」
「なん……だと」
羅布羅酢先生は仰天した振りをした。
「決めつけたらダメじゃないのかい?」
「そうかい?」
「そうじゃないのかい?」
「わからないのかい?」
「わかるってどういう意味かい?」
「わかるっていうのは『うわー! ちょーやべーよマジで!』という意味だよ?」
「そうかい?」
「この教室に幽霊が一人だけいる」
「ザワザワ」
「それはあなただ」
羅布羅酢先生は虚空を指差した。
さながら名探偵のようなキメ顔で。
なにもないところから、声が消えた。消えたということは幽霊なのかもしれなかった。もしかしたら幽霊ではないのかもしれないが。もしかしたら羅布羅酢先生は幽霊かもしれなかった。もしかしたら幽霊でないかもしれないが。もしかしたら生徒達は幽霊かもしれなかった。もしかしたら幽霊ではないかもしれないが。
「アハハ、滑稽ですね先生?」
偽崎信太郎は言った。
「え。これが?」
羅布羅酢先生は言った。




