仲間
8.
インフラが崩れた今、夜は星と月明かりだけが頼りとなるはずだった。しかし、その明かりも年中空に蔓延る雲が隠してしまうので、手元の懐中電灯と時折顔を見せる月以外の光源はない。
食事を終えてからある程度の作戦を練った後、三人は化け物を見つけるために動き出した。足元に注意しながら進むため、ランはじれったそうにしていたが、これもナギがいるから仕方ない。町から逃げてきたナギは歩き疲れてもなお、気丈に振る舞っていたが、また彼女の限界がいつきてもおかしくない。そのナギを横目で確認する。見る限り、自分の祖父であった化け物を殺すことで、精神に支障はないように感じる。彼女の表情を感じさせない言動もあるだろうが、これならランが化け物を食い殺すことにさほど気を使う必要はないだろう…多分。
…それにしても、自分の服を心細そうに掴んだままてくてくと歩く少女は目の保養になるなあ。このままどこか遠くに二人で旅にでるのもありかもしれん。どうせラン辺りが化け物を殺すだろうし。二時間くらい少女と休憩しても罰はあたらないのでは。ランには後で一緒にベッドで寝てやれば文句は言わんだろうし。ランなんかと寝るのはなんの罰ゲームですかと問い質したくなるが、ナギと二人っきりになれるならそれも耐えられる。うん。
「なあ、ラン!俺はこれからナギと一緒に…」
「真様ッ!!います!近くに!!」
「ッ!」
くそう。化け物め。せっかくのサービスタイムが。作者のあらんかぎりの表現を駆使して描くつもりだったのに。絶対に許さない!…さて。
「…こっちに向かってきてるのか?」努めて平静に返す。
「はい。やはりナギ様の匂いでこちらの場所を掴んでいるのだと思います。どうしますか?」
「さっき話した通りだ。ナギ、出来るな?」
尋ねると不安そうにしていた顔を引き締め、大きく頷いた。
「できる、がんばる」
「よし、いい返事だ。心配すんな。絶対に守るから。」そのサラサラとした髪を撫でると僅かに強張っていた緊張がほぐれたようであった。
聞こえるのは自分の浅い呼吸だけ。ナギは一人で瓦礫の無い、元は公園だったような広場に立っている。あの真という人。彼は不思議な人だ。人間の敵であるダグマライトと一緒に行動して、いつもふざけているのに、どこか遠くを見つめているような。彼に話しかけられた時にはいつも感じていた疎外感が薄れていく。年の割には達観しているナギはいつも同世代からは爪弾きにされていた。大人たちには同情の目で見られ、どの町に行っても、悲しい子供というレッテルを張り続けられた。この世に一人だけだった祖父に裏切られ、生きることに絶望していたナギ。でも、頭を撫でられたときのあの温もりは…。
「あの人なら、いいのかな。」
胸に手をあて、心に灯った確かな明かりを確かめるようにそっと呟く。
「やーーーーっと見つけたよぉ。私のナギィィィ。」
「ッ!!!」来た。
いつの間にいたのか、ナギのおよそ五m先。暗くてよくみえないが、そこには自分の祖父の形をした化け物が立っていた。
「酷いじゃないかぁ。あんなに痛いモノで私を殴るなんて…フヒ。痛くて痛くて人間なら死んでいたよぉナギィ。でももう大丈夫。早く私の子を産んであの痛みを一緒に分かち合おう?ね?」
笑みを滅多に浮かべたことのない祖父。笑顔を見たくて一生懸命頑張って仕事を覚えたナギ。こんな形で、あの笑顔を見るなんて。悲しいなんて思わない。しかし、ナギの頬に熱い雫が伝った。
「あ、あ、」
「んん?どうしたのかね?早くこっちに来なさい。お前の母親もいざ私の子を産むと聞かせるとそうやってただ絶望した顔をするだけだったからね。つい殺してしまったけど今回は大丈夫だよ。ほら。」
「ッッッッッ!!!!!」
そんな。お母さんが。なんで。孤児のナギを引き取ったんじゃなかったの?お母さんはアイツに殺されたの!?
…おいおい。
「…はぁ。そこまでだな。ジジイ。少女になんつう話を聞かせとるんじゃ。隙をついてドーン作戦が台無しだよこの野郎。親子二代に渡って種付けしようなんてどんだけ盛ってんだよ。ジジイならジジイらしく大人しく介護されてろっつうの。」
ナギを囮にして化け物の背後をとるつもりが、感情的になって出てきてしまった。ナギを隠すように移動させた真を化け物は胡乱気に見つめ、
「なんだ。貴様らは。…そうか、貴様らがナギをここまで連れてきたのか。そうじゃのう。ナギは私に忠実だからあんなこともせん。すまんのう。ナギ。お前に…ッヒ」
真だけにしか気づかなかったのか、後ろから歩いてくるランの発する異常な空気に化け物はたじろいだ。
「そこのお爺さん。ボク久しぶりに毀したいモノを見つけちゃったんだけど~お爺さんって何回引きちぎれば死んでくれる?」
おお、こりゃ完全に怒ってる。今回は任せた方がいいな。
「ラン。遠慮はいらん。さっさとあのジジイを殺っちまえ。」
「…」
返事はなかった。ランは真の言葉が終わるころには化け物の腕を噛み千切っていた。
「ギャアアアアアアアアアアア!!!」
噛んだ腕を放り、すかさず両手を伸ばし、化け物の右肩を掴む。その早さと痛覚で一切抵抗できない化け物の右手を捩じるようにしていともたやすく、ブツンッと胴体と切り離した。
「ンンンンンンンンンンンんklvんm:あじょあdj@」
声にならない悲鳴を上げる化け物を尻目にランは千切った手を二本同時に、大口を開けて食べ始めた。
「何度食べても不味いですね~。特に皺皺の腕なんて食べたくもないのですが~」
咀嚼しながら化け物にゆっくりと近づくラン。
「どうしました~僕たちはこんなものじゃないですよね~。もっと楽しませてくださいよ~お爺さん?」
「フーフー、ゲホッグヒッはぁ、待て。待て。やめてくれ。分かった。分かったから頼む。」
老人の姿を維持することが出来なくなったのか、切り離された手足からぼこぼこと、泡立つように形が崩れていく。それでも、ランからは必死に逃げるように後ずさる光景に、
「お、じい、ちゃん?」
ナギは口を押え、呆然としているだけであった。
「グ…な、ナギ!ナギや!お願いじゃ!!ナギ、助けてくれ。死んでしまう、ナギ!」
化け物はナギの名前にすがるように連呼する。それに反応したのか、反射的に彷徨うようにして伸ばされた手を真はしっかりと握り、彼女の肩を横から抱きかかえた。震えは止まらなかったが、その冷たい身体を少しでも温めるように。
「擬態能力が切れているのですか…残念です~そろそろその口も潰した方がいいですね~それではさようなら~」
「まttグヒャッ!!」
言い切ると同時に、ランの右手から擬態した巨大な金属質の塊が、化け物を上から潰した。血が飛び散り、ランの全身に降り注ぐ。
月明かりが差し、ランの立つ場所を照らした。ゆっくりと振り向くラン。口元を血塗れにし、怪しく微笑むその姿はとてもこの世のものとは思えないほど美しく、幻想的で、自分はもうこの微笑みの虜となっているのだろうかと真は何度目かも分からない恐怖を抱いた。
「大丈夫か?ナギ。」
「………」
あれから、ナギは緊張の糸が切れたように眠りに落ち、朝になっても目を覚まさず、昼になってようやく真達は話すことができた。
あんな光景を見たのだ。まだ幼いナギにとってはほぼ確実にトラウマとなるだろう。しかし、化け物が身近にいる恐怖の結末は必ず悲劇で終わる。辛いことかもしれないが、この先を一人で生きていくこの少女の心の支えを化け物にしない結果とはなったのではないか。…いや、これは自己満足だ。自分と似た境遇を持つ少女を、自分の苦しみとおなじような立場にしたかった。そんな考えが心の奥底にあったのだろう。やはり俺は…。
「真。ナギは、」
「…ああ、悪い。心配するな。ちゃんとしっかりと面倒をみてくれる所まで送ってやるよ。ちょっと、いやかなりうるさい奴だが、この時代で俺が信頼できる数少ない女だからな。」
「ぶー。あの女ですか~あの雌はすぐ真様に色目を使うから早く処分するべきですのに~」
物騒なことを言うランを放っておいて、ナギに向き直る。
「違う。真。ナギは、真と、一緒にいたい。」
一語、一語その意味を自分で確かめるように言うナギ。
「!?ナギ様!?今なんと?真様と一緒と仰いましたか?違いますよね?」
食いつき方が半端なく怖いですランさん。もっと落ち着いてください。ほら、ナギもかなり脅えてるじゃないですか。
「真は恩人。恩返し、する。」
血走った目で抗議するランに真正面から反抗するナギ。やばい。このままじゃ、少女対少女のパラダイスもとい地獄絵図が発生してしまう。キレるランは手加減なんて知らない。ナギのあられもない姿が昼間の公道で晒されてしまう。俺としては問題ないが、むしろウェルカムだが、ここは大人の立場からなんとかせねば。
「まあまあ二人とも落ち着いて。ナギ、その冗談はランには冗談じゃないか、」
「真、嫌?」
「絶対に俺が守ってやるからな。一生かけて。」
「真様!?」
上目遣いのあどけない少女から可愛さ1000%で聞かれてしまっては断ることなんて出来るわけがないだろう。
「はぁ~もういいです。あの雌に会わないのならナギ様と一緒に旅を続ける方がよっぽどましです。」肩を落として言うラン。
「どんだけ会いたくないんだよ。まぁいい。とにかく、俺たちは今から帝都に向かう。帝都にはなにかがありそうな気がするからな。向かいつつ、なにか奴らの噂を聞いたら寄り道だ。いいかお前らぁ!」
「かしこまりました~」
「ん」
「俺たちの旅はまだまだこれからだぜ!!」
「打ち切りフラグはやめてくださいっ!」
前を歩く大きな背中。なんで一緒に行くなんて言ったのだろう。でも、真と離れ離れになるのだけは嫌だった。彼と一緒にいたい。その気持ちが今のナギの胸には溢れている。遅れているナギに気が付いたのか、少し歩幅を小さくする真。その優しさに胸が温かくなる。この気持ちはなんていうのだろう。隣を歩く真の手にそっと触れると、力強く、それでも包み込むように握り返してくれた。これから先、ナギはこの人と共にいよう。世界が絶望で満ちていても、ナギの隣にこの人がいてくれれば大丈夫。そんな気がする。
だから、今はナギの知っている精一杯の気持ちを込めて。
「ありがとう。真。」