ナギ
6.
ダグマライト。擬態した奴らを見分けることは不可能に近い。現在、人間の上に立っている『子の世代』は、その能力が飛び抜けているがゆえに能力を使った力での支配を行っている。しかし、ダグマライトの本当の恐ろしさは擬態能力だ。人間と酷似した姿をやめたことは返って人間側との違いを明らかにし、より一層の敵意を植え付ける結果となった。
化け物の判別が出来ないことが先の時代において人間側の敗北を決定づけた。しかし、真の隣を歩いているランはその区別が出来る。ランはそれを気配だというが、実際のところ興味がない。奴らを見分ける力がある、その事実で十分だ。加えて、ランの戦闘能力は同じダグマライトの『子の世代』と比較しても段違いである。
旧時代の建造物を避けて歩く真とは異なり、残骸の上を人間にはありえない跳躍をしながら進んでいくランを見るたび、頼もしさよりもどす黒い感情が生まれてくるのを自覚する。
「ッ!~♪真様~」
こちらに手を振りながら後ろ向きで歩くランに苦笑しつつ、自分も歩を早める。
ようやく道といえる場所に出た頃には夕陽が周囲を赤色に染め上げつつあった。振り向くランに陽が映え、そこにはあるはずのない面影を彼女に重ねてしまいそうになる。
「真様~遅いですよ~もうっ。こんな時間になっちゃったじゃないですか~」
「これでもかなりいい感じにブライに近づいてるんだ。文句を言わない。」
息が上がりそうになるのを我慢しつつ、地図を取り出す。ん~と背伸びをして覗き込んでくるランの目線まで下げてやり、おおよその位置を確認する。
「これなら遅くても明日の昼には着きそうだな。おばさんの話よりだいぶ違ったけどまぁ結果オーライか」
「え~ボクはベッドで寝たいです~ふかふかのベッドで、真様の腕の中で、朝は起きるまでずっとその寝顔を…」
「…」
色々言いたいことはあったが、とりあえずそのロリ姿で昇天しそうな顔をするのだけはやめてほしい。
「でも、ボクだったら食べちゃいたいくらいの真様の寝顔が目の前にあったらホントにパクッていっちゃいそうですね~うふふ」虚ろな目で微笑む少女の顔がかなり猟奇的に見えたのは気のせいかしら。気のせいよね。
「やだ、ランさんったら。食べるのは化け物だけにしておきなさいってあれほど言ってるでしょう。ご主人様を食べるなんて躾がなってないわ。」
「いやん、でしたら今日は二人だけの世界でこの駄目イドを調教してくださるのですか~?」
「んん?会話が成り立ってるのか心配になってきたぞぉ。」
「大丈夫ですよ~大体十二行前からのこの会話自体、物語に関係なさそうですからね~」
「おおっとぉ。そこまでにしておこうかお嬢さん。それ以上はいけない。」
マズいな。ランと話しているとたまに自分のキャラを忘れそうになる。思い出せ。俺は家族を失った悲劇の主人公で、仇の娘を連れて、化け物を殺す旅に出ている。クールでかっこよくて幼女が大好きで、いや違うそうじゃない。そう残忍なダークファンタジーにふさわしい男だったはずだ。
………思い、出した!
「…。真様?何かすごくアホなことを考えてはいませんか…?」
「つづr…ハッ!」
…ランが語尾長スタイルを忘れるぐらいのアホ面をしていたのだろうか。二人、向かい合って少しの間気持ちを落ち着かせる。話しながら進んでいると、だいぶ暗くなっていた。
さすがに寝床を探さなければと辺りを見ても休めそうな場所はない。またどこかの建物にでもお邪魔しますか、と考えていると。目の前にあるコンクリートの建物の脇からフラフラと幼い少女が歩いてきた。その子にこちらは認識できていないらしく、前を眺めながら覚束ない足取りで歩いていたのだが、限界が来たらしく、糸が切れたみたいに倒れ込んだ。
「ッ!ラン!」「はいです~」
倒れた少女へと駆け寄り肩を抱いて容体を確認する。見た目はランより少し幼く十に届くかどうかであろう。纏めた黒髪も本来は照り輝いているのだろうが少女に額にかかるその様子は憔悴さに拍車をかけている。ランはその間にバックに入れてあった水を取り出し、こちらへのろのろと歩いてきた。
「おいっ!大丈夫か!しっかりしろ!!」
声に反応したのか、一瞬顔を歪ませた少女はぎこちなく瞼を開けた。真と目が合うと、力のこもらない声で呟いた。
「…く、く…る…、にげ…て。」
「?何が来るんだ。とにかく、水、飲めるか?」
なにやら事情がありそうな様子だが、こんな幼い少女を夜道に放置するわけにもいかない。口元に水筒を持っていくと、勢いよく飲み始めた。
「おいおい。そんな一気に飲むと咽る…。」
「ケホッケホッ」
言わんこっちゃない。ひとまずこの子を安全な場所に移動させるか。
「なあ。おまえどこから来たんだ?家は?」
「真様~もう少し優しく話してあげてくださいよ~。ただでさえ怖いのに~もっと怖くなって完全に変質者の顔になってますよ~」
真に寄りかかって楽な態勢を取ろうとするランを睨んでいると、一息ついた少女は、
「家は、ない。燃えた。追われている。」
酷く硬い声音で単語の区切りだけで返事をしてきた。
「燃えた?なんでまたそんな物騒なことに…」
「んもう、真様~女の子には色々事情があるんですよ~。そんな根掘り葉掘り聞くなんて~デリカシーに欠けますよ~」
神経を逆なでしてくる銀髪ロリを無視しつつ、少女の身体を抱きかかえて近くにあった崩れの激しくない建物に入る。
「俺は真、んでこいつはラン。旅の途中だ。」かなり手短で適当な紹介に少女はコクンと頷き、
「ナギ。今は追われている。」とこちらも随分簡素で物騒な紹介をした。
「ちょっと!ボクに喋らせないつもりですかっ。真様酷いですよせっかくさっきから自己紹介の台詞を考えてたのにー!真様酷いですよ!大事なことなので二」
「お前が喋ると長いんだよ。前半いっぱい喋ったんだから後半の出番は無しだ。」「えーー」
ナギの事情を聞くべきか迷ったが、ここ二日何も食べていなかったらしい彼女に食事を摂らせることが先決と判断した。
乾燥食でも美味しそうに食べていたナギに、
「ごめんな。ここら辺には村が無いみたいだから。せめてブライが近ければいいのに…」
何の気なしに呟いたその言葉に少女は激しく反応した。
「だめッ!!ブライに行ってはだめッ!!!」
「ッッ!お、おお」
ただごとではない反応に驚いた真を見て、ナギは冷静さを取り戻したのか。
「…ごめんなさい。ブライ、だめなの。だめ。」
と寒さから身を守るように身体をかき抱いた。
見た目の割に態度が冷静過ぎたが、それは自分の殻を守るための防衛なのだろう。反応からしてブライで起こったことに関係があるのか?ならば真がブライに訪れることになった事件とも…。
「そうか。」
なんて声をかけるべきか分からなかった真を見つめ、ナギはギュッとカップを握る手に力を込めてから、尋ねてきた。
「真、その子、ダグマライト?」ナギはランに視線を移動させ、目に警戒の色を浮かべている。
「…ああ、そうだ。ダグマライトの子供だ。良く分かったな。」
少し茶化すように言ったつもりだったがナギの目は厳しさを増し、
「その子は、違う。なにもかも。人間に、なるつもりが、ない。」
きっぱりと言い放ったナギを黙って見つめていたランの赤い目が一瞬輝きを増した。
「まあ、そうだな。なあナギ。おまえの事情も話してくれないか。こっちはかなり危険な情報を知られちまったんだ。代わりじゃないけど、そっちの話も聞かせてくれ。」
じゃないと……。その後の言葉は胸にしまい、ナギを見つめる。
ナギは、空になったカップの底を見つめ、何事か考えていたが、覚悟を決めたのか顔を上げ真をまっすぐに見つめてからこう言った。
「ダグマライトを、殺した。」