過去 出会い
3.
記憶に残るのは燃える家。身動きが取れない自分を上から見下ろすような感覚。夢だと分かっていてもその燃え盛る炎で息が苦しくなりそうだ。そう。これは夢。まだ自分があの化け物と出会う前の、幸せが壊れた夢。夢の中の自分はたった一人の家族を探していた。「ラン!!どこだ!!ランッ!!!」煙で息が苦しくなるのを必死に堪え、家の二階へと続く階段を上る。淡い意識で揺蕩う真はその先へと自分が行くことを拒んでいる。(やめろ、その先は地獄だ。行かないでくれ、見ないでくれ、やめろ。)二階の一番奥の部屋、物置として使っていた部屋から妹の叫び声が聞こえてきた。「ランッ!そこにいるのか!?」今すぐにでも焼け落ちそうな二階の廊下を突っ切り、その部屋へと踏み込んだ。(ああ、だめだ、それ以上は、駄目なんだ、やめてくれ、)
そこには地獄があった。
妹が横たわっている。服は乱暴に破かれ、肌が露出している。服には血がついて、どこか怪我をしたのかもしれない。いや、そうじゃない。まだ認識できてない。何が起こっているのかを。そう。妹だけじゃないだろう。横たわる妹の上。そこで、下半身を剥き出しにして何かをしている生き物がいるじゃないか。(やめろやめろやめろやめろ)
「何を…している??」そう呟く自分に気付いたのかランが首をこちらに向けた。その顔は酷く歪んでいて、しかし、真を認めると笑顔を浮かべようとするのが逆に痛ましかった。「にい…さ…ん」「ごめんね、にい…s」何度もその言葉を繰り返すうちに上に乗っていた生き物がこちらに向き直った。ソイツは人間の形をしていたが、人間ではないと一瞬で真は理解した。息が苦しくなり、薄れゆく意識の中で、真の頭にソイツの言葉が響いた。
「オイシカッタゾコノオンナ」
「退屈ですね~」「…」「暇ですね~」「…」「雨ですね~」「…」
「………んきいいいいいいいいい!!!真様!!!」「ッッッ!どうした!?」
「どうした!?じゃありませんよ!なんですかさっきからボーッとして!そんなにボクと話したくないんですかそうですかわかりましたよ本当は同じ部屋にもいたくないんでしょすぐに出ていきますよっ!」
急に暴れはじめるランに自分がかなり長い間考え事をしていたのが分かった。
「ああ、悪い、ちょっと眠くてだな。最近野宿ばっかりだったから、ゆっくりできなかっただろ?」「…ほんとですか?ボク邪魔じゃありませんか?」木製の椅子に深く座り込む真の正面から顔を覗き込んでくるランと目を合わせることが出来ず、立ち上がってから、
「ほんとだって!ほら、そろそろ寝ようぜ、明日も早くから出発だしな。」と強引に話を打ち切った。「そうですね~、ボクも今日は歩きすぎてくたくたですし~、あっ!」
「…どうした?」言葉を飲み込み、若干頬を染めるランにスルーしたい気持ちを我慢して尋ねる。
「あのですね真様~今日の部屋、ベッドは一台しかありませんよね~?」
身をくねらせながら先の分かる質問を飛ばしてくる銀髪ロリに目で先を促すと、
「ですから~今日は一緒のベッドでゆっっくりじっくりたっぷり真様を」
「却下」「え~まだ最後まで言ってませんのことよ~」
それにしてもロリに首に手を回されて誘われても何にも興奮しないな。
「キャラが崩れてるぞ。まだ序盤なんだからもう少し頑張れ、そして俺はソファで寝る」「真様のイケズぅ」「うるさい、さっさと寝ろ」
「は~い、、、ッ真様ッ!」
甘えた声だったランの纏う空気が一瞬にして変化した。ランは人の気配を察知するのに長けている。中でも、自分に向けられた悪意を感じ取ることについては一種の能力といってもいいぐらいだ。今ランが感じ取ったのは悪意であろう、ならば、
「ラン、何人だ?」敵の把握をしなければならない。
「感じる分には一人です。この部屋のすぐそばにいます。どうしましょう?」
一人か、いや、悪意や明確な敵意を持つ人間とは別にそのことを全く気にもせずにどんなことでも、例え殺人でもしてしまう奴らを俺は知っているじゃないか、気を引き締めろ。
「そうだな、俺が扉を開いて様子を見る、ランは援護を頼む」「かしこまりました」
手早く指示を済ませ、ドアの向こう側に意識を向ける。確かにやや乱れた呼吸音が聞こえて来る。
(やるしかないか)手元にはダガーナイフ一本。ランに関しては問題ないが、さて…。
「ッッッッッッッ!!!」一気にドアを開きすかさず身を寄せ、耳を澄ませるように立っていた影の喉元に切っ先を当てる。「動くな」「ンンンーーー」苦し気に呻く影は黒い踊り子衣装を着た女だった。「ひとまず中に入れ。抵抗すると殺すぞ。」
女は部屋に入れると初めは戸惑っていたがこちらがすぐには危害を加えないと悟ったのか、自分のことを話し出した。
「あたしはこの宿で働いている踊り子のルネだ。盗人のような真似をして悪かった。謝るよ。」といい頭を深く下げる彼女は、透き通るような白い肌に均整のとれたスタイルと整った顔立ちの、踊り子という肩書に相応しい女性だった。
「で、なんで俺たちの部屋なんか探ってたんだ?」「あ、もしかしてボク達のファンだったりする??それは困っちゃ」「お前は黙ってろ」
二人のやり取りに苦笑しつつ、ルネは申し訳なさそうにしながら、
「この村に旅人が来るのはかなり珍しいんだよ。あんた達のことを聞いてあたしの願いを叶えるには今しかないって思ってやってきたのさ。そしたらよろしくやってる最中だったかと入るのに遠慮しちまってさ。」
「んなっ、いやそんなことは一切してない。やってない。やってないぞ。」想像していなかった台詞を放たれかなり狼狽しながらも答えると、
「ホントだよ~、ボク達これからすっっごく楽しいことする予定だったんだから~」
「あまり口を回し過ぎるとお兄さん怒りますからね?」「うっ、すいません」
「ハハッ、面白いねあんた達。やっぱりあんた達しかいないよ、うん。」
ルネは何度も確かめるように頷きながら真の目を見つめ、
「頼みがある。どうかあたしを帝都まで連れて行ってくれ!!」