髪は死んだ!
元々短編で出す予定だったのであと数話で終わります
俺、薄井圭は若ハゲだった。15歳の頃からおでこが後退しはじめた。
額に親指から小指まで入るようになった時、流石に不味さを感じて父親の育毛剤使ったり、男性ホルモンを出さないためにオナ禁したりして励んだが不毛な行為に終わった。
士族の名門の家である実家の仏間には歴代の当主の肖像画、写真が飾られていた。
そしてそのどれもに広がる月面が描かれているのを見た時、薄々感づいていた、この血に宿る呪いを感じた。
呪いというのは過言ではない。
中学からあだ名はずっとハゲ。初恋の人に告白したら「ハゲはちょっと。」と断られた。
大学では初っ端からいじられ、LINEのユーザー名をハゲに変えさせられた。
そして今、俺は死んだ。
死因ははっきりしている。ハゲだ。
死ぬ前は視界がスローモーションになると聞くが本当のようで、トラックに跳ね飛ばされる直前、運転手が俺のほうを見て目を眩ませたのを確かに見た。
そして即死する直前、俺の眼前にはトラックの奥に堂々と輝く太陽があった。
太陽をを反射した俺のハゲ頭が目を眩ませ、俺を殺したのだ
(ハゲを…ハゲを恨んでやる……!)
(俺の人生を最初から最後まで邪魔したハゲを祟ってやる!)
呪詛しながら俺は眠りについた。
【起きなさい。薄井 圭。】
「なんだここは。俺は死んだはずじゃ?ここは天国か。」
【いいえ天国ではありません。貴方にはもう一度人生を歩んでもらいます。】
転生という奴か。おもしろい。
【希望はありますか?】
「こんどは非ハゲに生まれたい。それに尽きる。」
わかりました。
【その願い一度だけ叶えましょう。ただしその願いを捨てた時あなたの本当に必要なものを与えます。】
俺は目を開けた。
本当に生まれ変わったのか。
前世の癖で頭を触ってしまう。
(だが俺は転生したのだ、もうハゲとはおさらば……アレエエエエ⁈無い!髪が無い⁉︎)
「うわあああああああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
「おんぎゃあああああああ!」
「まあ大きな産声。」
「最初は産声を上げずに頭を触ろうとするから大丈夫かと思ったが、こりゃあ立派な子になるぞ。良い子を産んだな、カムロ。」
10月20日、薄井 圭は地方領主バルドー家嫡子、ハーゲン・バルドーとして転生した。
俺は首をふった。ファサー。髪がなびく
「むふふ。」
俺はこの村でも一番のサラサラな髪を持った少年の誇りを持って官能的ななびきを見せる我が髪に見惚れていた。
「もう。ハーグちゃんたらまた鏡見てー。」
「髪とは素晴らしいものだ……。」
「早くいきましょうよー。」
俺は12歳になっていた。
この俺を催促している少女は2つ年上14歳のセツだ。
セツの家は代々我が家に仕えていて、セツは俺の専属メイドということになっている。
しかし実情はほとんど友達と変わらない。
きのこ狩りが好きでいつも俺を誘ってくれる田舎臭いが憎めない少女だ。
そう、俺は人生を史上最大謳歌していた。
元々インドア派だった俺は家にある本を全て読んだ。
魔法のあるこの世界には魔道書もある。が俺にはそこに載っている火、水、地、草、全ての魔法を習得できなかった。
この本に載っていない魔法ならと思ったが魔道書のあとがきに打ちのめされた。
『ここにあげた魔法はごく一部ですが、全て初歩の魔法です。この本にある魔法が使えなければその属性の才能はないと諦めましょう。この他に光魔法と闇魔法がありますが、光魔法は光源がないと使えず、闇魔法は逆に光があると使えません。そのため研究が進んでおらず、一部の数寄者が遊びに持つだけのものです。』
残念だが仕方ない、それにこの世界では美しい髪を持つことは学がある、魔法が使えるというのと同等の美徳とされていた。
俺はこの世でまさに特権階級である。
俺とセツはカミハエタケという珍味のきのこを求めて近くのボト山で野草を採っていた。
「今日はいっぱい採れたな。」
「ええ。少し味見がてら食べてみません?」
簡単な魔法をいくつも使えるセツその場できのこを炙った。
「美味い。」
「きのこはこんなに美味しいのに、それより髪が好きなんですか?」
セツがきのこを頬張りながらきいてきた。
「まあな。」
「それじゃあ」
セツは咀嚼していたきのこを飲み込んだ
「私と髪ならどっちが好きですか?」
「えっ……」
「ちゃんと答えて下さい!」
俺はなんといえばいいかわからず目を泳がせた。俺たちの村が見える。
「おい、あれ。」
家々から大きな煙がたくさん立っている。
「あれ!火事じゃないですか!」
「ああ、ただのボヤならいいがとにかく戻ろう。」
駆け足で戻ると村の家々は荒らされて、方々で火事になっていた。
「セツは他の村人に情報を聞いてきて!」
「ハーゲン様は?」
「屋敷を見てくる!」
「危険です!やめてください!」
セツの制止を聞かずに俺はパチパチと木の焼ける音の響く屋敷へ入った。
「父さん!母さん!どこ⁉︎大丈夫?」
俺は屋敷の中を駆け回った。
すると父母の寝室から見知らぬ男が出てきた。
「んん?ここの家のガキか。パパとママならもういないよ。だってもう死んだからな。ギャハハハハハハ!」
ドアの隙間から変わり果てた父母の姿が見えた。
火事は盗賊の仕業だった。
「安心しな。両親のところに送ってやる。」
男は斧を持って走ってきた。
おかしい。
逃げようと思うが足がすくんで動けない。
そのまま尻餅をついて転んだ。
足が立たないのでほふく前進で逃げ出す。
しかし目の前の絨毯がいきなり焼けた。
「待ちな。」
盗賊は火魔法を使った。
人を殺すのを楽しもうとする目だった―
こんな、こんなことがあっていいのかよ。
俺はただ、髪の毛を触って、本を読んで、何も悪いことなんかしない暮らしてきた。それがこんなところで終わりになるのかよ!
(こんなことならセツに好きだって言っておけば良かった……)
セツだと?そうだ、このまま俺が死んで盗賊がこの屋敷を荒らし尽くしたら盗賊は村人を襲うだろう。この村で若い女はセツくらいだ。そんな目に合わせたくない。
だが俺には力がない。
俺はどうしようもない気分で叫んだ。
「髪なんてどうでもよかった!俺を戦わせてくれ!」
その瞬間であった。
▽スキル「蘇るハゲ」が発動!
▼スキル「光魔法」を体得しました。
▼スキル「発光」が発現しました。
▼光魔法「ハゲビーム」を習得しました。
視界に浮かぶ文字列。
急に頭が軽くなった。
(力がみなぎってくる感じがする。)
俺は魔法を詠唱した
「ハゲビーーーム!」
ビビビビビビビビビビビビビビビビビビ‼︎
突然俺の頭からまばゆい光の筋が放射された。
「うわあああああぁぁ..,;:‘;:::::::::::,....
盗賊は光と共に消え失せた。
「倒した……のか?」
「ハゲビーム、これがあれば村を救える!」
俺は燃え盛る屋敷を出て盗賊団を壊滅させに走った。
髪は一本も残らず抜け落ちていたが何も気にしていなかった。