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フラットライン-対勇者戦線-  作者: 伏桜 アルト
第一章・死神/The Reaper
9/57

山賊頭目・エクリア

2016/11/6/11:26/改稿/改行の修正

「ふぅ……ようやく到着か」


 森を抜け、城の裏口にたどり着いたクロードは呟いた。

 現在クロードの後ろには、気絶した六人の賊とメイがいる。

 賊はすべての武器を剥ぎ取られ、その武器は今も森の中に打ち捨てられたままだ。

 もしも道中で目を覚まし、下手な抵抗をされでもするとキレてしまってうっかりヤってしまう可能性があった為だ。


「にしても、こりゃまだ終わってねえな」


 城の最上階からはドシン、ドシンと瓦礫を撤去しているであろう音が響いてきている。

 クロードは基本的に、自分の言ったことはすぐには忘れない。忘れているように見えるのならば、それはすっとぼけているときだ。

 さっさとあの廃墟部屋に行って、鎧を超圧縮してマイクロブラックホールにでもしてやろうか、そう考えつつ城の裏口のドアに手を掛けた。

 開かない。

 歪みが更に酷くなっているらしく、押しても引いても軋むだけで開きはしない。仕方が無いか、と。蹴り抜く思いで前蹴りを放って、木製のドアを無理矢理に開ける。ぽろぽろと割れた石壁の欠片が降ってくるあたりに、少々の不安を覚える。

 そして入ろうとしたところで、


「待ちなさい!」


 クロードの耳に声が響いた。

 背後から響いたそれは、メイのものではない少女の声だ。


「あぁ?」


 振り返ると、そこにいたのは一人の少女。

 背はクロードよりも頭一つ分小さい。

 銀茶色のポニーテールでピンと張ったイヌ耳が立っている。

 よく見れば黒いスパッツの後ろにもイヌのような銀茶色の尻尾が見える。


「なんだ、さっきの賊か」


 それはクロードに一撃で敗れた賊の少女だった。

 ただ一人、クロードに回収され忘れるという運がない一人だ。

 片手には曲剣を握ってクロードに突きつけている。

 雰囲気からしてすぐにでも斬りかかりそうな様子だ。


「仲間を返して!」

「断る。賊の扱いについては知ってんだろ? 今すぐにその剣を捨てないならちょいと本気出すぞ?」


 浮かばせていた賊たちをドサッと地面に落として、賊の少女に向き直る。

 そして――ドンッ!

 身体と身体がぶつかった音がした時には、宙を舞う少女の姿と、タックルをかまし終えた格好のクロードが見えた。


「せめてこれくらい――」

「せえいっ!」


 器用に空中で身を捻って体勢を立て直しつつ、クロードに向かって白い珠を投げつける。

 そして避けようと、クロードが下がった瞬間に破裂した。


「うっ……」


 目を閉じ、腕で鼻と口を覆う。

 毒だったら吸い込んでしまえば終わり――と、なりはしないクロードだが動きが鈍くなりはする。

 だから吸い込むわけにはいかない。


「やった」


 一方少女のほうは華麗に着地をきめ、白い煙に包まれたクロードを見て効いたと思っていた。

 だが、


「なるほどねえ、睡眠薬やら痺れ薬やら、果ては媚薬まで……よくこんなもんが俺に効くと思ったなぁ……せめてVXガスくらい使えよ」


 煙が風に流されると、付着した白い粉をぺろっと舐めながら平然と立っているクロードの姿があった。

 わざわざ吸い込まないようにしたというのに、経口接種してしまっては意味がない。そう思えるかもしれないが、本人はいたって平気であるようだ。

 しかもなぜか手の中にさきほどの白い珠と瓜二つのものが握られている。


「そんな……即効性のやつなのに」

「残念でしたー、俺にはそこらの毒なんざ効きゃあしねえんだ」


 お返しだ、と言わんばかりにクロードは白い珠を投げつけた。

 食らった直後に空気中に散らばって薬を引き寄せ、手の中に圧縮したまったく同じもの。

 少女はそれを躱そうとするが、なぜか避けた方向に指向性つきで炸裂してきた。

 もろにその混合薬を吸い込んでしまい、


「うえほっ、げほっ」


 風が吹いているというのになぜか少女の周囲に落ちもせずにとどまり続ける粉末。

 それをやっているのはクロード。

 やられたからにはきっちりやり返すのもクロードのやり方だ。


「げほっ、げほっ、も、やめ……て」


 どさりと少女が倒れる音を聞きとどけたところで、クロードは解放した。

 少女はとろんとした顔で身体をピクピク痙攣させていた。

 中途半端に効いた睡眠と痺れ、そしてなによりも媚薬であろう。

 動けない少女にクロードは近づく。

 ズボンのポケットに手を入れ、取り出すのは艶消しされた黒いナイフ。

 異世界転移前から愛用しているものだ。


「さて……殺すか」


 ピンと立っていたイヌ耳と尻尾はへにゃりと瞬間で萎れた。

 動けず、とろんとした表情ではあるがしっかりと恐怖と命の危機は感じているようだ。


「あ、ああ……ひぃ」


 すっと、手慣れた手つきでナイフを頸動脈のあるほうに押し当てる。

 恐怖が勝ってしまったのか、声なく口をぱくぱくさせ、目じりに涙を浮かべる少女。


「それじゃ、さようなら」


 一度ナイフが離され、勢いよく振り下ろされるかに思えた瞬間。

 足の付け根、黒スパッツの股の部分がじんわりと濡れた。

 小水と思われる液体がちょろちょろと流れ、目じりから涙がつーと流れ落ちる。

 それは恐怖と恥を含んだものか。


(なんだろう、今殺したら後味超悪ぃよな……)


 そんなことを思ったクロードは、ナイフを振り上げた状態のまま十を数える時間も止まっていた。

 そしてそれを何も言えずに見ていたメイの隣で賊たちが目を覚ました。



 1



かしらに手をだすなぁー!」


 賊たちの行動はほぼ感情的なものと言ってよかった。

 目を覚ませば自分たちの頭領が地に伏せられ、今まさにその首に刃物が振り下ろされようとしていたのだから。

 皆が武器もない状態でクロードに向かっていった。

 そしていつまでも固まっているクロードではない。

 戦う時とそうでない時はきっぱりと思考を切り替える。


「ったくよー、面倒だよな」


 殴りかかってきた男の拳を受け止め、足をかけて腕を引く。

 そのまま力を入れ、一回転して投げ飛ばす。

 後ろから続いていた二人に激突し、三人ダウン。


「うぜぇー」


 非常にやる気のない声で言いながらも、左右からクロスアタックをかけてきた二人に重量操作を行使する。脳内に続く血管に下方向の加重、瞬間的に低血圧低酸素状態に陥らせ無力化。後遺症など全然考えていない。

 残る一人は手に痣のある女。

 真正面からバカ正直に拳を突き出してくる。

 自分がケガをしていることなど構いはしないといった様子だ。


「はぁぁ!」

「よっと」


 しゃがんで回避。

 そのまま膀胱の位置に掌底を叩き込む。

 人としてその攻撃はどうかと思うが、ポキッと折れる音が響いて女は倒れた。

 恐らくは恥骨にヒビが入ったか、粉砕した音。

 向こう一か月は立てないだろう。


「……弱い、弱すぎるぞ」



 3



 とりあえず賊たちを城内に運び入れ、魔王城の守備隊が使っていたらしき部屋に寝かせたクロード。

 気を失ったままとはいえ、うわ言を言うあたり、もうすぐ目覚めるだろう。

 ただ、少女の言の葉は自分の嫌な記憶を呼び起こすには十分すぎるほどの破壊力を持っていた。

 それがあったのと、なんでも弱すぎたせいで興ざめしたから命を取るまではしなかったらしい。

 それにもとより奴隷扱いで売り払う気ではある。

 大切な商品に傷を残してかないほうがいいかな、なんていうゲスな考えだ。


「ああ、面倒だ……とくにあんた、ついてくんな」


 廊下歩くクロードの後ろにはメイ。


「嫌です。どこまでもついていきます」

「なんで!? 俺はさっさとこんな世界とはおさらばしたいの! あんたらみ

 たいなのとあれこれやってる暇ないの! Are you OK(わかったか)?」


 美少女なお姫様、メイを目の前にして異世界チートいやっほうとならないのがクロードである。

 かといって帰りたい理由も理由なわけで、帰ろうとするのはどうなんだと思われる。


「クロード様は勇者です。勇者は困っている人を助けるものですよ。だから盗賊に襲われて危ない目にあったわたくしを守るのはクロード様の役目です」

「…………なにその理論。なんだい、なんだい、俺は英雄という名の消耗品なわけか?」


 その後もあれよこれよと言い争いをしているうちに廃墟部屋……もとい魔王の間に到着する。

 未だにドスン、ドスンと大きな瓦礫を持ち上げては部屋の隅へと運ぶ偽魔王……もとい鎧がいた。

 もう一度言おう、クロードは言ったことはそうそう忘れはしない。


「はい、時間切れー。あんたはここでさようならだ」

「なにっ!」


 不意の攻撃。

 ベルトにさしていた、そこらの雑貨店で買えるような安物のナイフを投擲。

 狂いなく首元の隙間から鎧の中に入り込んだそれは赤い液体をまき散らした。

 そして鎧が倒れ始めたところでクロードは更なる追撃を行った。

 鎧の中心を基点とした周囲からの加重。

 すなわち圧縮。

 ふっ、と周囲の空間が歪んだかに思えたその瞬間には鎧はなくなっている。

 代わりにヘモグロビンを滴り落とす赤黒い球体が浮かんでいるだけだった。

 それを横合いに飛ばす。まるで空き缶のポイ捨てのように


(さてどうするか……つってもあの程度の瓦礫なら浮かせられるか)


 瓦礫を自分で撤去するため、面倒くさいとおもいつつ一歩踏み出そうとする。


「ん?」


 投げ捨てたナニかから異様な気配を感じ、


「下がれ!」


 メイに向かって叫ぶと同時にナニかがむくりと膨れ上がった。

 次いでボコボコと赤い塊が盛り上がり、潰れた身体を再生してゆく。

 ナイフを手に手に取りつつ、メイが部屋から出たことを確認。


「おいおい……マジの化けもんかよ」


 どう始末してやろうか、そう考え始める頃には完全に肉体が出来上がっていた。

 身の丈三メートル越え。

 皮膚などなく、赤い肉が脈動する気色悪いもの。

 隆起した筋肉からぽたぽたと赤いしずくが滴り、頭からは黒く曲がった角が一対。

 見るからに悪魔、それも高位の存在で人間が相対するような相手ではない。

 しかしながらそれを見たところで怯むクロードではない。

 あんなものは恐れるに足りない。

 現状クロードが恐れる悪魔は、六番目の悪魔と白い悪魔。

 それを相手に戦ったために、アレに比べればマシと思えてしまい他のものは大抵恐れることがない。


「さぁて…………やりますかい!」


 言うと同時に能力を行使する。

 化け物を、床を基点に引き寄せ、その巨体に強烈な加重。

 だが化け物の筋肉が一際盛り上がり、地に引きずり倒す力に耐える。

 それどころか、その状態のまま歩き始める。


「ゥオオオオオオオ!」


 化け物が雄叫びを上げ、よからぬ気配を直感で感じ取ったクロードはまだ残っていた壁に向かって、自らを落とした。

 重力操作により任意の場所を自分の足場に変える。

 それは天井であっても水面であってもいい。


「うっわ、ありゃどっから出した?」


 ダンッ、と着地しながら、さっきまで立っていた場所に目を向ければ床を抉る巨大な戦斧。

 柄だけで三メートル。刃は刃で二メートル前後。

 重さは軽く五百キロを超えているだろうか。

 あんなものが直撃すればただでは済まない――が、死ぬことは無い。

 ギロリとこちらに向く顔には黒い眼孔。

 見た目だけで十分すぎるほどに破壊力がある。


「はぁ……また厄介な。弱点どこだ? 普通にやっても再生するよなありゃあ」


 呑気に観察する間にも化け物は迫ってくる。

 戦斧を構え、壁ごと薙ぎ払うつもりのようだ。


「グモオオオオオオォッ」

「ほいっと――――ってぇえ」


 振り下ろされる戦斧を回避し、床を転がるも、ともに薙ぎ払われた壁の残骸がクロードに直撃した。

 左腕が異様な形に曲がっている。


「いったいなぁ、もう」


 だというのに全く痛がっている様子はない。

 バックステップで距離を取りつつお返しするために自分も瓦礫を浮かび上がらせる。


「行け!」


 右手を振るい、それに追随するように瓦礫が砲弾と化して飛び出す。


「オォォォォッ」


 だが化け物は、それが無駄だと言わんばかりに両腕を広げ、胸で受け止めた。

 凄まじい轟音がなり響き、部屋を揺らすが砂埃の中からは無傷の化け物が悠然と出でる。


「うーん、なかなか厄介だな」


 後ろ歩きで下がりつつ、折れたはずの左腕を、右手で感触を確かめるように触っている。

 その左腕はすでに治っていた。

 魔法……ではない。

 重力操作と後二つ以外、そういった異能は一切ダメだ。


「ゴオオオオオッ」


 殺意の咆哮と共に戦斧が振り下ろされる。

 その力任せな雑な一撃は床を破壊し、その残骸をまき散らす。


「チィ」


 破片が自身に到達する前に引きずり落とす。

 このままやりあえば一方的な消耗戦。

 相手側は質量保存の法則を完全に無視した再生がある。

 対してクロードは傷の治癒だけ。

 身体の一部を切り離されようものならそこからの再生は時間がかかりすぎる。


(角に斧にあの巨体……ミノタウロス? だとすれば普通に首を落とせばいい

 んだろうが……生憎とそれはダメっぽいし。見た目からすればゾンビみたいな

 もんか、とすれば身体のどこかにコアがあるな)


 クロードは体をかがめ、勢いよく床を蹴った。

 同時に負の加重を働かせ、宙を駆ける。


「グオオオオオオォォッ」


 振り下ろされる戦斧の側面を叩き、反動で身を逸らす。

 そのまま一回転し、柄を蹴ってミノタウロスの頭の上へと飛び上がる。


「とりあえず斬ってみるか」


 ポケットから長いナイフを取り出し、逆手に構え、落下の勢いに任せてミノタウロスの顔面から股間までを一気に切り裂く。

 ブバッと盛大に噴き出す赤色の霧。

 それを浴びたくないクロードは飛び退りながら切断面を見た。


(心臓か……)


 頭部から下まで、肉体の中には本来あるべきであろう骨格も臓器もなかった。

 代わりに身体の中心に黒い光が見えた。それが右側に見えたという事は心臓がある場所がコアだということ。


「ふぅ……強いやつってよりはパズルを解きながらの戦いか」


 ナイフについた血を拭い、別のナイフに持ち替える。

 すでに刃がぼろぼろになっていたのだ。


「さて、や――」


 一歩を踏み出そうとしたところでミノタウロスがその場に斧を突き立てた。

 そして最速のタックルを仕掛けてくる。

 重さを捨て速さを増した攻撃。

 それでもなおその巨体の質量は脅威だ。


「やべっ」


 サイドステップで横に逃れようとしたところで、運悪く拳大の破片に躓き、真正面から衝突。

 車の正面衝突の如き音が響き渡る。


「――――っだぁぁぁああああ!」


 久しぶりに味わった鋼鉄の塊にぶつかられる感触。

 全身からボキボキとなってはいけない音が響き、ぼろ雑巾のように床を転がって行った。

 すでに満身創痍ぼろぞうきんの状態。

 体内では全力で骨や細胞の再生が働いているが、いくらそれが早かろうと次の攻撃が来るまでには終わらない。


(あ、これは不味い、死にはしないだろうけど不味い)


 このような状況になってなおも焦りはしない。

 頭を潰されない限りは体に埋め込まれたアレがいくらでも再生を行ってくれる。

 それがわかっているからこその平静。

 かといって頭をやられたところで条件さえ整っていれば再生されてしまうが。


(とりあえず足優先! 立てなきゃジリ貧)


 体中に働いていた再生を脚部のみに一極集中。

 急速な細胞の生まれ変わりで神経に激痛の信号が走り抜ける。


(急げ急げ急げ、こんなところで無駄に時間使ってる暇はねえんだよ)


 ドズン、ドズンと重量感の溢れる重い足音が近づく。

 戦斧を握りしめたミノタウロスはクロードを見下ろして、その巨大な足で蹴った。


「ずっ――――ぐがぁぁっ」


 ミノタウロスからしてみればボールにもならない体がピンポン玉のように弾き飛ぶ。

 身体の内側からゴキグシャアと絶対にならないような生々しい音が鳴り響く。

 派手に吹っ飛んだクロードは壁に叩き付けられ、壁はその衝撃で崩れ去った。

 いよいよこの部屋? を支えるのは四隅の柱と玉座側の壁のみ。

 ぼろ雑巾のように床に落ちたクロードからぐしゃりと嫌な音がする。

 赤い血溜まりがクロードを中心に生まれる。

 まだ生きている証拠なのか、それとも死後の反射的な生理反応なのか体の末端がわずかに動いていた。


(いってぇ……あぁ、こりゃ折れた……いや、粉砕かな? 肋骨の破片で肺もやられたか)


 死んでもおかしくない状態で、それでもなお生きていた。

 もともとが少年兵。その後は傭兵。そして理不尽な勇者召喚。

 やわな体験はしていないため、激痛程度で意識がブラックアウトするようなことはない。


「がはっ、げっ、ぺっ」


 喉に溢れた血を吐き出して無理やりに空気を吸い込む。

 焼け付く痛みが気管を暴れまわるが無視する。


「あぁ、久しぶりにちょいと本気出すかねえ」


 思考はまだ曇っていない。

 むしろ脳内麻薬の出すぎでハッキリしすぎているほどだ。

 そして思考がはっきりしているのなら能力の行使には問題はない。


「はぁぁぁぁ」


 大きく息を吐きながらふらりと立ち上がる。

 全身からぽたぽたと鮮血が滴るが、目は死神、といった感じか。

 異様にギラついていた。それもより強い獲物を狩るハンターのように。

 脳から体に放たれる電気信号めいれいは届かず、体全体を重力操作で動かしているというなんとも器用な状態。


「……食らえぇ!」


 両腕を真横に伸ばす。

 瞬間、空間に歪みの波が走る。

 それが部屋を完全に走り抜けると同時、ガゴォォンと音を響かせながら、わずかに残っていた天井が、柱が、崩れ落ちていた瓦礫が一斉に浮かび上がる。

 右腕を振り上げて、降ろす。

 呼応するように瓦礫が鋭い破片へと砕け、無数の巨大な槍となってミノタウロスに降り注いだ。

 まるで艦砲射撃の雨。

 巻き上がった噴煙が流れ切る前に、さらに追撃。

 はるか上空から空気を圧縮し、叩き付ける。


 ドゴォォン、ズガッァァアン。


 城全体が揺れ、床にも亀裂が走る。

 その執拗な攻撃は三十ほど連続して行われた。

 やがて、


「ズモォォオオオオオ」


 砂埃の中からはミノタウロスが出てきた。

 頭部は半分ほど抉れ、腕もなくなり戦斧は両刃だったもものが片刃になっていた。

 だがそれだけ。

 欠損した部分はすぐに肉がぼこぼこと盛り上がり修復される。

 最終的な損害は戦斧の片刃が折れただけ。

 その巨体に突き刺さった槍もぼろぼろと抜け落ちる。

 だがクロードもそれだけの時間で身体を再生していた。

 とりあえず動きに支障が出ないように重要な部分だけを治したためか、見た目では頭から血を流したボロボロの状態にしか見えない。

 それでも、


「さあ、仕切り直しといこうか」


 自分は相手の弱点を知った。

 相手は自分に再生可能な範囲でダメージを与えた。

 十分に釣り合う応酬だった。

 むしろ時間が立てばお釣りがくる。

 相手の弱点は分かり、自分の傷はなくなるのだから。

 ベルトに挟んだナイフを抜き、両の手に四本ずつ持つ。

 やろうと思えばさらに重力操作で同時に十六本のナイフを飛ばすことも可能だ。


「ふっ」


 短く息を吐くと、床を蹴った。

 その身体が宙に舞い上がり、ミノタウロスの背よりも高く上がったところで

 左手のナイフを投擲。

 吸い込まれるようにミノタウロスの顔面に突き刺さる。


「オオオオオォォ」


 片刃の戦斧を取り落とし、両手で顔を覆う。

 胴体が、心臓を守る位置にあった腕が上がる。

 機は来たれり。


「トド―――っ!」


 右腕を振り被ったところで直感が逃げろと告げた。

 今までも何度も助けられた直感。

 クロードはこれを単に異能、もしくは危機察知と呼んでいた。

 ”自分に”対して害意が向けられたときのみ危機を知らせる原因不明の異能。


「チッ」


 宙を蹴り、後ろに飛ぶ。手に持っていたナイフは捨てる。

 瞬間にその場所を、巨大な蛇の頭が通り過ぎた。

 人間程度ならば軽く丸呑みにできそうなほどの大きさだ。

 ズサッと音を立てて着地、両手で床を掴んで止まる。

 蛇の胴を辿ればそれはミノタウロスの尾骨のあたりから伸びていた。

 さらに背からは肉がボコボコと盛り上がり、黒い翼が形作られる。

 片刃の戦斧も気づけば脈動しており、形を槍へと変えた。


「はぁ? ミノじゃなくてアスモデか?」


 アスモデ、正確にはアスモデウス。

 色欲の高位悪魔だ。



 4



 賊の少女は凄まじい轟音と、城全体を揺さぶる振動で目を覚ました。

 丁寧に掛けられていた、あまりいいとは言えない掛け布を取り払う。

 部屋を見れば他の仲間たちが同じように寝かされている。そちらはまったく

 起きる気配も無いが。

 ドアのそばにはきちんと鞘にしまわれた曲剣。

 上から連続的に響く、体の底から震わせる重低音。


「なにが起きてるの……」


 曲剣を腰に下げ、他の仲間を揺するが目を覚ます気配はない。

 そして部屋にかすかに漂う甘い匂い。


「睡眠薬……?」


 自分があの男に使ったものと同じ匂い。

 ベルトに下げているポーチを見れば少し減っていた。

 これは即効性のもので、一度効いてしまえばそうそう起きることは無い。

 普段から調合段階で少しずつ吸ってしまい、耐性のついていた彼女だから起きることができたのだ。


 ドォォォン――――


 腹の底に響く重たい音。

 それは連続して上の階から落ちてくる。

 仲間を起こすことはできない。

 そして原因不明の音。それは不安を増幅させる。

 彼女は部屋を出て、音を頼りに上へ上へと階段を駆け上った。

 やがて最上階まで上り詰める。

 廊下の奥、光が差し込む門の向こうからそれは響いてきている。


「えっ……な、なんなのこれ」


 門を越えると空が見えた。

 涼しげな風が頬を撫でる。

 そして鉄錆のような、薫る鮮血の赤。

 蛇の尾をもち、黒い翼を生やした真っ赤な化け物と対峙しているのは、彼女をいとも簡単に倒した青年。

 その青年は頭から血を流し、体中ぼろぼろで手をついていた(ちょうど着地したところです、決してやられかけているピンチ状態ではありません)。

 見るからにして、すでに瀕死。

 あれの一撃を食らったとしか思えない状態。

 そして一撃食らったうえでまだ生きているという強さ。

 このとき彼女はクロードに勝てないことを確信した。


「来るんじゃねえ! あんたがいると邪魔だ!」


 目敏く彼女を感知したクロードはそう叫んだ。

 心の底から邪魔だとしか思っていない。


「でもその身体じゃ」

「余計な被害を出したくねえんだよ!」


 形だけ見れば「ケガをして欲しくないから来ないでくれ、そこで見ていろ」そういう風にとらえることもできただろう。

 そして彼女はなぜかそう受け取ってしまった。

 クロードの心ではこうだ。


(ああくそっ、折角倒すための予想図が出来上がったってのにここで邪魔が入るとヘイトまで気にして動かなにゃならん。へましたら余計に俺が痛い思いするだけじゃねえかよ。さらにつけて、これから売り払おうってのに傷がついたら値が下がる)


 まったくもって心配などしていない。

 むしろ自己保身100%。売り払う気が満々。

 誰もが最低な野郎だ、そう思うだろう。

 だが彼女はそんなことは分かっていない。分かる由もない。


「そんな状態で言っても、説得力ないよ」


 彼女はクロードの前に立ち、曲剣をアスモデウスへと向けた。

 怖いことは確かだろう。

 足がぶるぶると震えているのだから。


(あ、これ何言ってもダメなアホ(パターン)か)


 そんなことを思いながらクロードはよろめきながら立ち上がった。

 よろめいたように見えた原因はポケットから抜け落ちそうになったナイフ。

 気にしてはいけない。

 ただそう見えただけでそうではないのだから。


「弱点は心臓。近づきゃ蛇の餌食だ」

「分かった、あたしはどっちをやればいい?」


 理解の早いやつだな、クロードはそう思った。

 言われたそばから囮か攻撃かの役割を必要と判断できる。

 共に戦おうなどとはせずに連携を考えられる。

 それだけあればとりあえず優秀な使い捨ての駒にできると思ったのだ。


「囮、ヒットアンドアウェイで適当に引き付けろ」


 言うなり走り出す。

 いつの間にか両手には戦闘用の大振りのナイフが握られている。

 少女も身を低くして床を蹴り、アスモデウスの足をチクチク攻撃。

 向かってくるクロードに槍を振り下ろそうとしていた時のことで、狙いを少女に向きかえればすぐに離脱。

 そして気づけばクロードが蛇頭を躱して懐に入り込んでいる。


「今度こそトド――――!」


 メを刺そうとしたところで、チリッと焼けるような感覚が感じられ、即座に飛び退いた。

 後ろを全く確認していない回避行動。

 ちょうど横から走ってきた少女を突き倒し、覆いかぶさって庇う形になる。

 それと同時に、アスモデウスの口から灼熱の息吹が噴き出された。


「ずっ―――でぇぇぇぇ!」


 パーカーが焼けこげ、シャツが焼け、背中を溶岩流のような熱波が駆け抜ける。

 形だけ見れば少女を押し倒して化け物の瞬殺並みの攻撃から庇った形になる

 が、断じて後方確認を怠ったが故の衝突事故である。

 決して意図して庇おうなどとはクロードは一片たりとも思ってはいない。

 むしろこういうことになれば積極的に肉の壁としてつかおうかなー、などと考えていたほどだ。


「す、すみません!」


 ところがやられた側からすれば敵の攻撃に気付かずに庇われたとしか思えないのであった。


「ああくそがっ!」


 気力だけで皮膚全層の損傷の痛みを振り払い、真後ろに腕を回して重力場を乱雑に展開した。

 引力と斥力、正の加重と負の加重が入り乱れて灼熱の空間が消え去った。


「……少々俺もキレてきたぞ、真っ向からの力のぶつけ合いならともかくこういうのはうんざりだ!」


 こういうの、とはどういうことのなのか?

 そこは察してほしい。

 そんなこんなで勝手にキレ始めたクロードは起き上がるとすぐさまアスモデウスに両手を向けた。

 そして一割程度の本気で能力を行使した。

 素粒子レベルでの加重。

 アスモデウスを構成するすべての物理的なものと、魔力だのなんだのの非物理的なものすべてに等しく真下に押し潰すプレスを行う。

 当然ながら床が耐えられる訳もなく亀裂が入る。

 だがすぐには崩れず、アスモデウスは槍を突き立て、支えにして立ち続ける。

 立ち続けることしかできない。

 少しでも気を抜けば瞬間で意識が落ちるからだ。


「行け! 抑えている間に心臓貫け!」

「はい!」


 なぜか顔が赤くなっていた少女は立ち上がり、すぐさま駆けだす。

 クロードの能力による影響はない。

 槍を蹴って飛び上がり、腕を足場に飛び出し、心臓を曲剣で突き刺した。


(あ、まずい落ちたら――)


「グモォォォォォォォォォォォォォッ!!」


 断末魔の叫びをあげ、アスモデウスは膝から崩れ落ちる。

 そして床がついに耐え切れなくなり崩れ、少女もろとも落ちる。

 階下は一回までつながる吹き抜け、落ちたならば助からない。

 だがそんな少女の手をクロードが掴んだ。


「チッ」

「あ、の……ごめんなさい」


 助けられたことに謝る少女。

 そしてクロードは、


(あ、あぁ、俺のナイフが……)


 吹き飛ばされた際に捨てたナイフはアスモデウスの足元にあった。

 それに気づいたのは、少女が曲剣を突き立てたのと同時だった。

 貴重な武器、ここで失う訳にはいかない。

 そう思って崩れゆく瓦礫の中に手を突っ込んだら目当てのものではないものを掴んでしまった。

 今から重力操作で引き寄せようにもすでに闇の中。

 微細照準をこんな落ち着けない状況では行えない。

 そして――――一通りの瓦礫が落ちたころに、パキンッと何か金属が折れるような音が聞こえたとかなんとか。



 5



 そして一分後。

 双方ともが呼吸を整えたころ。

 たったそれだけの時間で呼吸が整うところをみるに、少女のほうも戦いなれしている様子ではある。


「あの、さっきはごめんなさい!」

「…………」


 クロードはいたって平静で無表情であり……言い方を変えたなら、大事な武器が減っちまったどうしよう? という表情である。


「あたしはエクリアって言います。その、ほんとにさっきはごめんなさい。あ

 の女の子があなたの知り合いだなんてしらなくて、その……」


 なんでこういう風に謝ってんだこの馬鹿は? と考えつつもクロードは無言を貫いた。

 すでに奴隷にしてやろうか、身ぐるみ全部剥いでやろうか、売り払ってやろうかという考えが興醒めしてきたのだ。

 となれば困るのがこの後の対応。

 打算で引っ付かれそうなメイとセットで城からたたき出した後、まだ埋もれたままの部屋にいるであろう魔王を締め上げるか、もしくはこのまま人生に幕を下ろさせるか。

 どちらともに面倒くさい、もうほっといてもいいや、そんな感情でなるようになれと思ってしまうのであった。



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