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フラットライン-対勇者戦線-  作者: 伏桜 アルト
第一章・死神/The Reaper
6/57

誘拐作戦・街中での遭遇

 魔王討伐の為の準備をそれぞれがばらばらに始めている頃だった。

 持っていくものなんてせいぜいが食料と武器防具だけでいいだろう、なんて考えた天城は訓練で使い慣れてきた訓練用のロングソードを一振りとラウンドシールド。それの訓練用ではなく戦闘用のものを買おうかと思いながら書館の屋根に寝ころんでいた。

 なぜ屋根の上かと言えば、あの悪い癖が本格的に表に出てきたのだ。できるようになってくると面倒になる。だから適当に逃げ始めた、つまるところサボタージュ。


「あーだりぃー……」


 ふと起き上がって面白そうなものがないかと見回せば、ちょうど壁をよじ登ってきたらしい不審者が急にバランスを崩して転落し、いつの間にかそばに立っていたクロードに締め上げられて引き摺られていく様子が見えた。

 ここ最近の侵入者の捕獲率はほとんどゼロだという。発見された時には首をすぱっとやられて息絶えているか、恐怖でショック死したものばかりらしい。どうも死神の噂が流れていることもあり、あちこちで小耳にはさむ。


「まさか」


 屋根の上を伝って見える位置に着くとしばらく観察でもするか、そう思う間もなく、


「いっ!?」


 ストンッといい音を立てて、ナイフが顔のすぐ横に突き刺さる。飛んできた方向を見れば投げ終えた体勢のクロードがいる。ありえない、こんな距離は弓を使ってもギリギリ届かない。


「…………。」


 これで懲りて天城が顔を引っ込めるかといえばそうではなく、姿が見えるなら投げる予兆も見えるから大丈夫。なんて考えて見続けた、侵入者が拷問されて青く光ったかと思えば砕けて消え去るその様子を。


「み、見なかったことに……」

「忘れろ」

「えぁ!?」


 声に振り向けば脳天をコンバットナイフの柄で強打され、屋根から蹴り落されて、意識を置いてけぼりにしてしまった。


「……俺、なにしてたんだっけか?」


 ぐちゃぐちゃになった花壇と鬼の形相で睨みつけてくる庭師のおばちゃんを見て、天城はすたこらさっさ。なんで花壇の上で寝ていたのか分からないが、とりあえずああいうおばちゃんのお説教は長いものだ。捕まれば膨大な時間のロストに繋がる。

 とりあえず部屋まで逃げ帰ってみれば、ちょうど窓から壁を上って城下に繰り出していくクロードの姿が見えた。門から堂々と出ていけないのには理由がある。今日は姫との強制的な話し合いの順番がクロードであり、いつも逃げ続けるため警備兵が封鎖しているのだ。

 これではまたいつも通り順番を飛ばされてしまうだろう。千夏にしろ天城にしろ姫との話し合いは有意義なものではない。


「買い物にでも行くか」


 1


 壁を越えて外側の木々の中に飛び降りる。

 しばらく滑るように、音もなく駆け抜ければ城下町が見えてくる。立ち並ぶ家々は石造りが多く、街路は大型の馬車がすれ違えるほどの幅がある大通り、狭い通り、どちらもが石畳できっちりと舗装されていた。

 よくできているなと思いつつも、フードを目深にかぶって道行く人の流れに入り込む。周りを見れば純粋な黒髪がいない。髪の色、肌の色、それはすべてが様々だがよく見なくとも黒髪だけがいない。これでは一発で周囲から”違う”と、そう見られてしまう。

 何事も溶け込むには周りに合わせていくことが大事だ。

 小さな積み重ねでコツコツと貯めた小銭をポケットに入れ、武器屋を回っては投げるのにちょうどいいナイフを買い漁る。別段、他の武器が扱えない訳ではない。しかし使い慣れていないためナイフばかりを好む。必然的にそれでは近距離戦しかできなくなる、なんていうことはない。

 得意の重力操作で飛距離ほぼ無限で投げ飛ばせば、至近距離から地平線の向こうまでほとんどの距離に対応できるのだ。


「よう兄ちゃん、あんた魔術師か。この杖なんかどうだ? エルフの森の木で作った特性だぞ」

「……生憎、俺は魔法使いじゃねえからな」


 店を見て回っていれば、どういう訳か魔術関係のものをよく進められる。気になって少し観察してみればフードや鍔広の帽子を被っているのはほとんどが魔術師らしい。それで勘違いされていたようだ。

 長々と買い物をして、いざ気付いてみればかなり時間が立っていた。それと同時に人の多さに疲れが出てくる。

 どこかに休めそうな場所がないかと、適当に力を放って反射で探ってみれば妙に人気のない場所があった。

 そちらに向かってあるいけば、噴水広場と呼ばれるいつもなら人が多く集まっているはずの場所だった。人がいない原因、人が距離を取っている原因は噴水に座り込む黒髪の少女だ。


「…………、」


 関わらないに越したことはない。来た道を引き返そうと回れ右、その瞬間に事が起こった。起きてほしくないというかなぜ起こるのかわからないことが起きた。


「お兄様……お兄様っ!」

「はぁ?」


 こちらに向かって全力でダッシュしてくる見ず知らずの少女。そもそも厄介な事とは関りを持ちたくない、そういうこともあってか、飛びついてくる少女の軌道から身を反らした。

 ほとんど地面と平行になるような飛びつきだった為か、回避したクロードの背後で顔面から石畳に激突するという、顔を覆いたくなるような大ダメージを負う。


「お兄様、いままでいったいどこに行っておられたのですか」

「残念だが俺はお前の兄さんじゃねえよ」


 少しフードを上げて顔を見せると、急に少女は俯いてしまう。


「…………。」

「なんで間違えた?」

「だって、お兄様はいつもその格好で、いつもナイフを持っていたから……」


 ナイフを持っていた、その言葉でクロードの思考は戦闘モードに切り替わっていた。周りから見れば一切武器を持っているようには見えないよう隠しているのだ。それを見破るということは……。


「お前、どこのもんだ」


 ポケットに片手を入れ、ナイフの柄を掴む。場合によってはここで殺し合いも辞さない。

 気付いた少女も少し気配が変わる。だがそれは怯えだ、決してそういう荒事になれた者の変わり方ではない。

 三十を数えるほど、そのままの状態で向かい合っていると人ごみの中から嫌な気配がしてきた。目を向ければ、その瞬間にクロードはギクリとして思考が戦闘から逃走にシフトする。


「お嬢様、お迎えに上がりました。クロード・クライス、やりあうのであれば相手になるが」

「レイシス家かよ。嫌だね、ここでやりあっても無駄に消耗するだけだ」


 白い髪に赤い瞳。白で統一された戦闘用の執事服とでもいうべきそれは、見た目以上に嫌な気配を感じさせる。


「では、これ以上は関わるな。さあお嬢様、行きましょう。いつまでもここにいては問題になります」

「……えぇ」


 瞬きして景色を再び捉えた時には、二人の姿はなくなっていた。一瞬で発動された転移魔術だ。


「俺、異世界に来たはずだよな……?」


 なんで異世界で知っている家のやつらがいるんだ? 疑問に思いつつ、フードをかぶりなおして壁の向こう側に戻っていった。


 2


 壁を駆け登るのは学校に通っていた頃からお手の物。高所からの飛び降りもふわりとなんのその。

 本来壁を駆け登るともなれば、人は歩く走るで地面を蹴っているといえる訳で、壁を蹴りながら登るという状態になる。もちろんのこと一歩目で壁から離れて二歩目を踏み出しても宙を蹴るだけ。しかしクロードの場合はお得意の重力操作で壁を地面として扱い登っていける。


「ふぅ……」


 今日の買い物で得た戦果を片手に、近くの茂みの陰で広げ始める。まず出てくるのは強力な睡眠薬、次に出てくるのは強力な展着剤、さらに出てくるのは強力な痺れ薬、そして最後に大量の火薬。買い込んだ大量の投げナイフは既に体のあちこちに装備・隠蔽済みだ。


「さて、後はでかい袋か樽でもありゃいいが……ん?」


 ふと思い出してみれば厨房の裏に捨てる予定の大樽があったような。今度手伝いの報酬に貰えないか相談でもしてみよう。


「…………うーん」


 ポケットから折りたたんで持っていたA4の紙を取り出して、簡単な見取り図と自作爆弾の仕掛け位置を書き込んでいく。ここでは紙は貴重だ、こういう場所だからこそ手に取れる本がある、一歩外に出ていけば本なんてものは厳重な警備の元、幾重にも鍵の掛けられた箱で販売されているのだ。紙製品を持っているのは一部の金持ちくらいなのだ。


(見張りを全部黙らせてから姫さん拉致って……まんま荷台にでも積み込むか)


 魔王討伐の旅の始まりまでと、クロードの企みは同じように進んでいく。


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