制御中枢・墜ちた都市の深部で
目が覚めるとそこは、薄い暗闇の中に青い非常用照明の光る場所だった。
どこからか、連続的に耳を叩く衝撃が鈍く感じられる。
「……なんで、こんなところに」
全身汗まみれでびっしょりと濡れている。早いところ水を浴びて着替えたいが、酷い倦怠感と頭痛に思うような動きが取れない。
ぼやけた視界で見上げれば、光の輪郭に照らし出された巨大な装置がある。
それを知っていた、クロードはそれを知っている。はっきりと見えなくても、それがなんなのか、どこにあるはずの物なのか知っている。
「アスフォデル……ってことは」
『システムリブート・3rdGOS正常起動
所属:セントラ
所属:フェンリル
所属:アイギス
システム変更完了
追加パッケージ認識
環境センサー群シグナル確認
バイタルチェック:レッド
戦闘用処理モード:グリーン
キャストギア演算領域確保
疑似魔法演算領域確保
通信確立開始:不可
戦闘用演算補助開始』
「いちいちうるせぇよ」
ほんの数秒で頭の中を流れた機械音声。頭の中がまっさらにされて、第三世代OSのリブートがかけられたのはいつぶりだろうか。しかし今はどうでもいい、大事なのは体の不調を自分が認識できなくなっていること、そして暗闇の中にうごめく巨体と炸裂する光。
「誰がやりあってんだか……まあいい。魔法系プロセスキル、リソースを重力制御に再分配、低倍率BCオーバークロック」
『戦闘目標の入力を――』
目の前に開くウィンドウ、脳に錯覚させて視界に重ねられたそれを邪魔と判断し、停止命令を送る。
「サポートオフ! 遮断以外、サードの補助機能は邪魔だ!」
斥力の刃を展開し、空間に穴を開け巨体の真後ろから斬りかかる。すべてを押し退ける刃、防げるモノはかなり少ないが、その巨体は防げるモノだった。刃が食い込まず、すぐに離れようとして逆に引っ張られる。
「クロード!」
レイズの声がしたかと思えば、どこからか転移してきて服を掴むと巻き込み転移で離れた場所に出る。さっと確認すれば巨大な装置の上だ。
「朝起きたら居ないし、探ればこんなところにいるし!」
「知るかよ! 俺も今起きたばっかでこんなとこだぞ、つかありゃなんだ!?」
聞けば自分で見ろと、レイズが光の魔術で辺りを強烈に照らす。
光に照らし出されたその姿は、鋼鉄の巨人とでも言うか。全身黒のカラーリングに赤のラインが目を引く。
「……シャドウシリーズ?」
「オレは知らねえけど、スコールの創ったもんだろあれ」
「思い出した。グラビティウルフだ、スコールがセントラの試作機をかっぱらって外装全部変えたやつだ」
「中身は?」
「セントラベースにレイアの設計思想でほとんど……ワンオフ」
「機能的にはなにがある? オレの攻撃が通用しないんだけど」
「キャストギアとジャマー搭載らしい。魔術魔法、物理も無効で通すんなら飽和攻撃だとさ」
「やったのかお前は」
「……覚えてねえ」
「どのみち倒さないとここからでられないからな。やるぞクロード」
「へいへい……勝てんのかよ」
ちょっと覗いてみようかと、そぉっと顔を出そうとして嫌な感じに引っ込めると銃弾……ではなく、砲弾が通過した。数秒ほどして遥か彼方、上の方で壁か天井に当たったのか音が響く。
「おぉぅ……」
「機械の速度にゃかなわねえよ」
障壁を張りながら顔を出したレイズは、飛んで来た砲弾に吹き飛ばされてその場でくるっと回転して後頭部を打った。
「……それでもやりあってたろ」
「いつつ……ほら、セントラの山並みの機体……なんだっけ」
「大型ヴェセルで山並みっていうと、俺が拉致られた日に辺り一帯に謎の流星群が降って地形ごと全部無くなったのがあるけど」
「それそれ。オレもああいうの壊したことがあるからそれなりには」
「あのなぁ、基本的にどんだけスケールがデカくても星単位でのことじゃねえか。お前は星単位で壊すから出来るんだろうが。それと血でてるぞ」
「ほっときゃ治る。でもクロードだってやろうと思えばできるだろ」
「俺は……あれだ、リミッターかけてるから。重力制御つってもほら、引っ張る力からスタートしてまずはどこを基点にして”落とす”かで飛ばしたりなんだりで、そっから演算補助で微細照準やらして、特定の素粒子の組み合わせだけを引き寄せたりしてだな。んでまあ、追加チップで斥力……引っ張るなら弾けるようにもってことでやってる訳で、リミッター外せば一瞬で星一つブラックホールにも出来るし逆に核を基点にして粉々に弾き飛ばせもする」
「魔法だよな」
「グラビティギア使ってたから……疑似魔法? でも通常魔法とは違うって言われたしな」
「んでも魔法は魔法だよな? じゃないとエネルギーの出所の説明がつかん。一部の系統外能力みたいに完全に無視したもんじゃないと」
「それこそ魔法だって無視したものがあるだろ、誰かさんの治癒魔法みたいに――」
ギャリッ、と。金属が擦れる音がして、鋼鉄の手が上がってきた。
「登ってぇ……来やがった?」
「勝ち目あるかクロード」
「ねえよ!」
二人は顔を合わせると頷いて宙に飛び上がる。
このまま飛んで逃げようという算段であるが。
「あれっ」
「落ちる!?」
急に体が重くなったかと思えばかなりの高さから床に落とされ、指すら動かせないほどの加重に息をするのも苦しい。
(同系統なら無力化できるな)
床を基点に落とす。ようは単なる加重ならば真上を基点に落とすか、斥力操作で弾くのみ。
体が動く、すぐに起き上がって飛び退くと巨体が落ちてくる。あんなものが当たれば一撃で死ねる。
「やべぇな……干渉力がすげぇ。レイズ」
見れば動くことすら出来ず、鋼鉄の巨人がレイズへと向かっていく。
「レイズ!」
助けにいこうとすれば途端に体が重くなる。重力干渉への出力も演算リソースもあちらの方が遥かに上だ。
「動けレイズ! 潰されるぞ! おい!」
そして、クロードの見ている前で踏まれ、弾けた。潰され、床と鋼鉄の足に押し退けられながら肉片が伸びて臓物がプチプチと裂けて、道に捨てられたガムのように足裏にへばりつきながら散っていく。
「お、おい……」
巨人がこちらを向く。次はお前だと、血の足後を残しながら近づいてくる。
「……一か八か、頼むぞアスフォデル。リンク・オン」
『アクセス拒否』
「……詰みか」
ふと気配を感じて目を向けると、黒い霧のようなモノが集まって二機、三機と鋼鉄の巨人が現れていく。数が増える度に体が重くなり、体が熱くなる。
対抗処理をする為の演算能力が、限界までオーバクロックしても足りないのにまだ無理をした故。あまりにやり過ぎると脳が焼ける。
「黒いの、は……アセンブラ? なのか」
同系統の重力制御で負ける。そうともすればあちらが操る微少機械は、クロードの再生処理用のナノマシンに打ち勝つだろう。
「出力制限……解除、クロード・クライス、緊急時に付き全能力の制限解除を要請」
『世界への脅威レベル・高 解除を許可しません』
「手詰まりか……」
自分の中に巣くうナノマシン群にも手助けはしてもらえず、まともな援軍も来そうにない。レイズがさっさと連れ出してくれていなかったのは、そもそも入れるけど出られない場所だからだろう。なおさら、エクリアやシェスタは当てにならないし、スコールやフェンリルなどはこの世界をすでに放棄しているため監視すらしていないだろう。
状況が伝わらなければ助けなんて来ることがない。
「っ……自爆するか」
やりたくはないが、能力なんてモノは考え方次第でどうとでも使える。
重力制御、重力を強くするには? そもそも重力とは? 質量があればそこに生じる。
重力を強くするには? 質量を弄ればいい。質量はなんだ? エネルギーと等価ではないか。
重力を操る自分はなんだ? エネルギーを制御しているとも言えるじゃないか。
同じ能力者でも、なにをどう、わざと曲解してやるかで変わる。
クロードの場合はすでに自爆をするために必要なことは、前にやっている。限定的な重力崩壊を明かり代わりに浮かばせて、ときに指向性を付けて放出するということを。
「ブラックホールは……さすがに星が壊れるし、発動する前に抑えられそうだからな」
魔術は魔術の状態なら魔術で押さえ込める。しかし炎の魔術で森に火を放ち、物理現象として大火災を起こしてしまえば止めるのは困難だ。
そう考えれば、一番干渉を受けづらい自分の体内で重力崩壊を起こし解放するか、それとも質量自体をエネルギーへと分解してやるか。
「消し飛ばす……対抗処理リソース削減、体内スキャン……」
いざ自爆するか、そんなときに目の前に光が落ちた。羽のようにふわりと。
それは人の形を創り出す。色褪せたコートにかなり深めのフード。片手には死神が持っていそうなデスサイズを重そうに抱える誰か。
「帰れないなぁ……ていうかここどこ? 何あのデカブツ。ま、なんか襲ってきそうだし壊そっかな」
聞いたことのある声。見覚えがある、聞き覚えがある。クロードはそいつとどこかで会っているはずだと、思い出そうとするが、思い出せない。夢の中で見たあのリンクスと呼ばれた少女のこと、確かに知っている、どこかで会っているのに。
ふわっと浮かび上がったリンクスは重そうなデスサイズを構え、柄の突起を押し込んでカチッと音を出すと刃の角度を変える。
「リンクス……」
「あれ、クロード?」
声をかけられるまでまるで存在に気付いていないような言い方だった。
「IDは……256? うん、久しぶり。元気してた?」
「思い出せない、どこで会ったっけ」
「私はセイヴィアと一緒。記憶に残りにくいから、まあ話は後で、先に壊そうか」
ヒュッとウォーサイズに変わったそれを振るうと、薄い水色の波動が全方向に放出され、波動が通過した端から砕けたガラスのようなものが散って虚空に溶けていく。それはこの空間に展開された異能の力、処理だ。存在する物質ではなく現実をねじ曲げようとする力そのものを破壊している。
途端に体が軽くなる。
鋼鉄の巨人から煙が上がる。
「これなら、俺も」
放熱のためにパーカーを脱ぎ捨て、斥力の刃を展開する。同時に干渉領域を先に定義して自分の周りを占有する。これでいきなり床に押さえつけられることはない……はずだ。
「いくよー? とりあえず一機ずつ確実にねー」
「緩いな……」
「ま、私、スコールみたいな戦い方は得意じゃないから。正面から潰す、それだけ」
「あいつも同じだろ?」
「だね。それじゃ一番左のやつから、弾落とすのよろしく」
「はいよ」
さっと目を向けて、今までのような自分周辺だけを歪める障壁ではなく、領域自体に凄まじい加重をかける。何物も通過できない領域を壁として、先に置いておく。
鋼鉄の巨人が腕部を展開して砲身を出し、攻撃してくる。だがすべての砲弾は領域にふれた途端に叩き落とされ、跳ねることすら許されず床に落ちて潰れる。
「射程圏内、行くよー」
当たるはずのない距離でウォーサイズを振りかぶり、思い切り振り抜くと鋼鉄の関節がギャリッと火花を散らして切断された。
「そーれそれー!」
振り回す……というかサイズに振り回されるような形でぐるぐると回転する。その一回転ごとに鋼鉄のボディに深い傷が走り、瞬く間に一機がズタボロにされていく。
「どーいう攻撃だよ!?」
「斬撃の接触面だけを事象干渉でつなげて、ね。次」
「それできるなら攻撃無効化も簡単だろ」
「うーん、スコールが時空間干渉魔法を常時キャストして他の魔法が使えない見たくぅ、私も事象干渉処理を常時展開してるから、その枷で同系統でもマルチキャストできないのですー的な」
「高速で切り替えろ」
「無茶言うなー。って演算終了」
ふわっと消えたかと思えば、鋼鉄の巨人の頭部に刃を当ててすっと刈り取った。そのままふわりと飛んで残りに向かう。
「おっそろしー……そういや対人兵装は……離れろリンクス!」
「その首いただ――っ!?」
チカッと光ったときにはもう遅かった。所詮人の認識速度では、いかに良い能力があろうとも反応が間に合わない。
近接用の対人兵装には辺り一面に放電するものがある。食らえばまず動けなくなる。
「そらよっと」
リンクスを踏みつぶそうとしていた足を引き寄せ、バランスを崩すと頭部にピンポイントで加重。思い切り床にたたき付けやると全体に容赦の無い加重を加えて潰す。
「生きてるか」
「ひ、ひひれはぁー」
「非殺傷系でよかったな、普通殺すためにもっと出力高いぞ」
「あはははー……あっ」
べちゃっと。クロードはその音に気付いて目を向ける。
飛び散った骨や肉の欠片、血のすべてが蠢きながら元の姿に戻ろうと集まっていた。
「レイズは……ああいう再生もするのか」
見ている内にもどんどん再生して、あっという間に綺麗になって起き上がった。
「……いてぇ」
「その一言で済ますなよ」
「普通な、オレはああなると身体を捨てて逃げる。物理的だからいいけどさ、魔法とか魔術で破壊されるとマジでヤバイ。冗談抜きに消滅する」
「いっぺん天国まで行ってこい……」
「不死の呪いでなぁ、死なねえのよ」
脳天に12.7粍弾を撃ち込まれても死なず、かつて手榴弾を服の中に滑り込ませて爆破したときも死なず、火達磨で浮遊都市から海に落ちても死なず。
物理的に身体は壊せる。それでもレイズ・メサイアという存在を消すことはできない。
「それでこの女は誰だクロード」
「誰とは失敬な。忘れたの、召喚大戦で一緒に戦った陣営の仲間を」
「悪い、オレこの世界のことほとんど覚えてねーんだわ」
「……あのね、多分二桁の世界が出来た頃にこの五番目を主戦場にしてさ、並行世界との大戦やったから覚えてないとおかしいんだよね」
「あー……ほんっとに覚えがない。オレこの世界の事と言えば睡魔族にやられてリリィ産んだくらいしか」
「マジで言ってんの?」
「マジ」
「…………あのねぇ、私そのときの大戦でここに召喚されてからずっと帰れないの。方法探すとか言ってそのまま消えたこととか覚えてないっての」
「すまん。ホントになにも覚えてない」
「あぁーそーなんだそうなのかー……じゃあさ、EOFのループ基点がここで、すでに数人の時空間極化型干渉で世界がムチャクチャな回数繰り返されてることとか」
「えぇっと……? この仮想世界自体が壊れそうになる度に新規生成でどんどん創られてるんじゃなかったっけ?」
「話になんない。まあいいや、記憶封鎖でもして」
瞬間、ふわっと光があたりを覆い尽くして――




