制御中枢・記録されぬ戦い
はっ、と気付けば暗闇の中に浮かんでいた。辺りには球体を収めた青いクリスタルが浮かび、ぽつりとフェンリアが揺蕩っていた。
「……なんだここは」
訳の分からない場所に、素直に思ったことを吐き出す。
「ここはね、世界のコントロールエリア。クリスタルの中にあるのはいま存在する世界、これを壊せば世界が消える。新しいクリスタルを創れば新しい世界が生まれる。ここで手を加えればね、世界のすべてを無慈悲に書き換えることが出来るよ……例えば、クロードの記憶やこれまでの記録だってどんな風にも変えられる。もしもエクリアを殺していたら、どんな未来になっていたかな? それに、今のこの状況でいきなりあなたの思考を変えることだって出来る。あなたを慕う彼女たちを殺すようにしたら、あの子たちどんな反応をするのかな」
妖艶な笑みを浮かべながら、フェンリアがいきなりすぐ前に転移してきた。
「そぉだ……あなたの大事な人、消しちゃおっか」
フェンリアが腕を広げると、クロードの記憶にある人物たちが、そのデータが出現する。
「……出来りゃ右っかわの六人目、だぼだぼジャージの女とその隣の金髪は優先的に完全削除して欲しい。あと左の胸のでけぇやつと猫耳も優先的に頼む」
「こ、ここで消したら本当に消えるよ? い、いいのねぇ?」
「むしろどういう基準で選んだのか知らねえけど、俺的にはそこの全員消したい。つか俺が消す!」
地面はない、重力操作もできない。しかし投げるモノはある、パーカーの下、ベルトに固定したコンバットナイフを思い切り投げる。
「ちょっ!?」
『警告・当該空間に於ける戦闘行為は禁止されています』
人質取って脅したら逆に人質狙って来る、なんてこと思って対策する犯人がどこにいるだろうか?
フェンリアが咄嗟に壁として配置したのはクロードのデータ。投げられたナイフはその肩に直撃し、瞬間、本物のクロードの肩から先が消え失せた。
「……はっ?」
「なに呆けてんの。消せるって言ったじゃん」
消えたと言っても、ナイフでざっくり切断されたように消えただけ。当然のように心臓の鼓動にあわせて血が吹き出る。
「さすがに冗談かと……」
思いながら実際冗談ですまない傷を負ってしまった。
(自動修復が機能しない……? いや、これは……俺の腕が無い状態が正常になってる? ……なんだ、オートリペア・グラビティギア・シャドウアイ、全部無効になってんのか)
意識が薄れる。
「まあいっか、まずはクロードから消してあげるね」
「おめー……そのやりくち、アイリなのか」
「ざーんねんハッズレー」
「は、ははっ……」
体が、クロードという存在が解ける。定義された枠が解放され、リソースの海に溶けてゆく。
(溶ける……溶ける? その手があった! 普通に死んでも帰れないなら完全に溶けてエスを経由すれば帰れる!)
溶けまいとしていた意識を薄れさせ、抵抗をなくして進んで溶け始める。初めてじゃない感覚……かつてすべての記憶が眠るエスに溶けそうになったあの時に似ている。
徐々にクロードの意識が、存在が消えていく。
が、急に意識が覚醒し始める。消えた腕が元通りに再生され、自分のデータがオブジェクト化されて目の前に飛んでくる。
「…………おい、なにしても帰れないってのはどうかと思うぞ」
文句を言った矢先に目の前に結像するディスプレイ。
〈データ管理権限の強制移譲
〈通常処理エリアからの完全乖離を承諾
〈世界管理権限の限定付与を承認
〈現時刻を以て仮想情報体クロードクライスの存在レベルを更新
〈世界間移動権限を付与……エラー
〈世界間情報移動権限レベルを更新
〈 ∟取得済みパラメータ
〈 ∟世界4・主軸世界より分子アセンブラ・機能限定
〈 ∟世界5・並行世界よりフリズスキャルブ・機能限定
〈 ∟世界256・主軸世界よりグラビティギア・出力制限
〈 ∟世界256・主軸世界よりAIネットワークI/F・機能拡張
〈 ∟N/A・エクステンションスコール
〈 ∟N/A・エクステンションレイア
〈 ∟N/A・エクステンションフィーア
〈 ∟エラー
〈 ∟N/A・世界情報直接参照機能・機能限定
〈 ∟N/A・世界事象情報改竄機能・機能限定
〈プロセス強制終了命令を――
「あらら……クロードの情報が強化されちった」
「情報強化? ここ、仮想空間じゃねえだろ」
「あなたにとっては現実。でも、別の誰かから見れば仮想空間に過ぎないの」
「……で、どうやったらここから離脱出来るんだ?」
「さあね。ここはいつ入れるのか、いる出られるのか、どういう条件で選ばれるのかすら分からない。でも、ここで管理者権限を得ると思うままに現実を歪められる」
「それ例えば技術レベル的にありえないものがあったりとか、ってのは? エクリアのカルソンとか。あれまだこんな技術レベルの世界にはねえだろ」
「カルソン? ……スパッツのこと? 確かに伸縮性のある繊維は……ん、なんか来た」
「あぁ?」
空間にノイズが走った。処理落ちにも似た感覚が二人を襲い、次の瞬間にはそこにデスサイズを肩に担いだ死神がいた。
「お前の存在は不適切だ」
言うなり襲いかかって来る。足場のない空間を砲弾のように突き進みデスサイズを振るう。フェンリアを一撃で闇に溶かし、そのままクロードに向かう。
『警告・当該空間に於ける戦闘行為は禁止されています』
「俺を消すってか?」
刃が首を狙う。クロードはその側面を叩き、反動で体を動かして避ける。
「お前、なにもんだよ」
「召喚大戦を知っているか?」
「知らねえよ。俺が知ってる大戦は最近のものばっかりだ」
「そうか。分からないだろうが答えよう、第一世代人型召喚獣……召喚用の定義プログラムのBOFだ。EOFと交戦したお前なら、どういう強さか分かるだろう。中間に記述された大量の雑魚、複製プログラムで創られたIOF共を纏める為の存在」
「EOF……? ようはイリーガルと同じとでも思えばいいのか」
「やつこそがEOF、汚染された個体によって奪われた仲間だ」
再び振るわれたデスサイズ、その刃の付け根を掴んで身を捻って躱す。
「使いづれえだろ」
「割り当てられた武装がこれなのだから、仕方が無いと言えば仕方が無い……本気でやろうか」
「……お前とは戦う必要性を感じない」
「オーダーには逆らえない、それが創られた側の現実だ」
「その現実をぶち壊そうとは思わないのか……あぁいや、思えねえのか、お前も」
言った瞬間にデスサイズが迫り、今度は蹴って距離を取る。鎌というのは対象を刈り取る動き、草刈りや稲刈りなどのように後ろに回して引くという動きで切れる。払う動きでも切れはするが、その場合は大抵先端部分がゴツッと当たるだけだ。そして最悪刃が折れる。
「一つ思うが、俺の使うデスサイズは刃の角度と重さを変えてるが……おめーのそれ、農作業用のそのまんまデカくしただけだろ、攻撃で……斬りづらくないか?」
「っ……いちいちっ!」
横合いにデスサイズを放り投げ、懐からカードを取り出す。
「支給品はほんとにっ! くそっ、戦闘用にくらい打ち直せってんだ」
カードが燃え、その炎の中から青い柄が姿を出す。引き抜かれたそれは。
「ウォーサイズか……」
戦闘用の大鎌だ。刃の角度を調整し持ち手も使いやすいに改良されてはいるが……。
「使ったことはあるが……あれだな、遠心力に振り回されるし、間合い取り損ねて棒の所当てて手が痛かったし、リーチ長すぎて広い場所じゃないと使えねえし」
「黙れ!」
槍の如く狙って投げられたウォーサイスを逆に掴み取り、回転をかけて投げ返す。
『警告に従わないため、警告該当者二名の排除を開始します』
「さっきからの警告ってなんだよ」
一瞬にして辺りに氷の膜のようなものが広がり、包まれると感覚が消えて体がボロボロと崩れて塵になり消えていく。




