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フラットライン-対勇者戦線-  作者: 伏桜 アルト
第四章・地獄/Nether
52/57

千夏之経験・もしもの進化の道の果てに

「つー訳でだ、ちょっとレベル100が余裕で死ねるエリアを強行突破する」


 寝起き最初の言葉がソレだった。しかもすでに早朝の森の入口。


「どういう訳だよ」

「ま、とりあえずここでは人間は最下位だ。ここを単独突破したのは……俺が知る限り采斗とミナの二人だけだな」

「ミナって誰よ」

「スコールのことだ。ちなみに突破したけどかなり怪我してたからな、素人の俺らにゃ絶望的なエリア」

「なぜにそんなとこを強行突破!?」

「それはね、ここが一番簡単に突破できるから」

「今こいつが絶望的って言ったよな」

「そっ、俺らのレベルが1だとすれば、全エリアの推奨レベルは100超え。そんな中で一番簡単に突破できる場所だ」

「まずはいっちゃん簡単なとこでレベル上げを……」

「お前な? 現実的に考えよう。海の漁師が魚を獲ってレベル上がるか? 山の猟師がイノシシ仕留めてレベル上がるか?」

「……うっ」

「そういうことだ。異世界転移のお約束的な好都合はないと思え。思うなら……飛行機事故で砂漠のど真ん中に奇跡的に瀕死の重傷で一人だけ放り出されて生きている状況と思え」

「それすぐに死ぬぞ!?」

「だーかーらーそういう状況だってトーリが分かりやすく言ってるでしょ」

「……そもそもさ、なんで突破すんの?」

「お前は敵地のど真ん中に不時着して動かずに見つかって射殺されるのを待つタイプか?」

「…………。」

「そういうことだ、行くぞ」


 ずかずかと進んでいく二人に、千夏も仕方なくついていく。おいていかれたら死ぬしかないのはもう分かりきっていることだ。異世界でウハウハできるかと思ったら真逆の現実しかなかった。

 アトリを先頭に栗原と千夏が進む。

 森に入ってわずか数歩で最初の怪物に遭遇した。何もない落ち葉の地面だと思って踏んだらいきなり足が落ち――


「バカ!」


 栗原に引っ張られ、その瞬間に踏み抜いた地面が盛り上がり、無数の牙がシャッターのような動きでジャキッと閉じる。あのままだったら確実に骨ごと脚を持っていかれていた。


「お、ぉぉぉ……」

「よかったな幼獣で。成獣だったら丸呑み確定だぞ」

「な、な、んだよ、なんだよこれ」

「俺はランドアネモネって呼んでる。イソギンチャクの陸上版みたいな?」


 そんなランドアネモネ。閉じた牙のシャッターを開きながら、唇にあたる部分――地面と見分けが付かないそれを閉じて再び擬態……したところにアトリが火炎放射で焼き払う。こいつが地中にいて困るのは、すぐに動けないことくらいだろうか。


「そんなのいんのかよ……」

「あとまあ」

「危ないっ!」


 説明する栗原の背後、そこにあった木がいきなり動き襲い掛かる。


「おっと」


 軽い動きで避け、


「えっ――」


 ボケッとしていた千夏が枝に引っかかって吊り上げられていく。その枝はまるでイソギンチャクの触手のように、包み込むように太い枝の分かれ目、牙のシャッターのような口があるそこに――


「まっ、ちょいっ!?」

「もう!」


 ――投げ込まれる寸前でアトリに助けられ、放り投げられて栗原に受け止められる。


「なにあんた、あの程度も避けられないの? さっさと死ね」

「初見殺しだぞ。言い過ぎじゃないか?」

「レイジは初めてのときでも自力でなんとかした」

「あいつは別だろうが」


 真っ赤に赤熱する炎の刃を生み出して木のバケモノを焼き切っていく。ジュワッと、木の焼ける甘いにおいと一緒に動物の焼ける生臭い悪臭も漂う。


「あれはトレントだ」

「そりゃ分かる!  ゲームとかでもよく見たし、火に弱いんだろ?」

「弱点は……このタイプなら冷却、火属性はあまり通用しないな。アトリみたいな桁外れの火力は例外だけど。とにかく生木にガソリンかけて火を付けても燃えないから基本通用しない。それにあれ割ってみりゃ分かるが中に骨があってな……植物と動物の中間みたいなやつで、それこそイソギンチャクの進化系みたいな?」

「……他のも教えてくれ」

「遭遇したときにな。全部説明してたら時間が足らん。つかたぶん、その前にお前が食われる可能性が高い」

「食われない為に教えてくれってんだよ!」

「空から降ってくるレイピアカジキとアイランナー……おっさんの足が付いた目玉野郎には気を付けろ。レイピアは時速百キロ超えで降ってくるし、アイランナーはただでさえ強いのに群れで来るからな」

「なんだよそれ」

「トビウオの進化系的なのと……アイランナーは魔法生物だ。通常魔法での撃破は不可能、禁術指定でも効果ないからな、厄介だぞ」

「どうやって倒すんだよ」

「AP弾で」

「どこに対物ライフルあるって!?」

「ねえよんなもん、倒せないから見つかったら――」


 ギョロリと。言ったそばからやつがいた。


「アトリ!」

「きゃっ! こら掴むな!!」

「お前だけ飛んで逃げるな!!」


 ふわりと飛び上がったアトリの両足に男二人が飛びつく。別にスカートというわけでもないし、なんて思っていれば無理に飛び上がったせいでふらついて、小枝にズボンが引っかかってずり落ちて。

 男二人、その下を見ることなくたまたまその小枝の木がトレントで――


 1


「突破無理だな」


 潔く諦めた一行は草原に戻っていた。

 辺り一面には黒焦げの断面が目立つ目玉がゴロゴロと転がって、地面に突き刺さったトビウオのようなひれがあるカジキの黒焼きが。


「こいつおいてけばいいじゃん!」

「もっともな意見だ。まあ、置いて行くよか消した方がいいか……でもめんどくせえ。こいつ殺しても多分強制転移で戻るだけだ。もっかい戻るっても転移の余裕ねえし」

「だからおいてけばいいんじゃんって」

「使えないゴミだが敵の役に立つかも知れないのはほっとけねえ」

「ここで放置したら絶対死ぬって」


 不穏なやりとりに千夏はそっと逃げ出した。……つもりだったが、あちらの二人はどう動くかを完全に傍観する状態だ。気付いている。


「なんだよ!」

「一応言っとく。俺らの派閥は敵には容赦しない」

「だから!?」


 敵味方の以前に、どう転んでも死の未来しか見えないこの現状。黙って二人に消されるか、黙ってこの場でバケモノに狩られるのを待つか、それとも飛び降りて死ぬか。このデッドロックを解消してくれる都合のいい存在なんて現れはしない。

 ちょっと向こうに伏せている、コボルトの巣から逃げて来たフル装備の兵隊なんて役に立たないと見てしまって知っているから頼りになんてならない。


「敵に回ったらいつどこで殺されてもおかしくないってこと」

「敵に回る前に味方がいねえよ! お前ら二人も殺すとか消すとか言うし!」

「そりゃぁ……使えねえ雑魚だし。せめて来栖みたいに最悪の状況下で運良く転移に巻き込まれたと思ったら活火山の火口にダイブとか、それくらいに運がなかったら敵にプレゼントする爆弾にはなったけどさあ、中途半端な……あー、この世界標準で並の冒険者に及ばないお前は扱いに困る」

「だったら」

「でも敵にトレーサーつけられたりとか、そういう厄介なことにはなりそうだから潰す!」


 魔法陣のように青い円が広がり、透明な壁がせり上がる。


「それってなんだよ、魔術?」

「一応は魔法の分類だな。魔法、魔術、系統外魔法と系統外魔術……俺は処理能力もリソースも借り受けてるだけだが、基礎系統情報改変はすべての基礎であるが故に防ぐ方法はほとんどない」


 さてどうしようか。

 このままではどうしようが、死ぬ。まずそれは確定事項だろう、ここにいるのが他の誰かだったら、それでも違うとは言いきれない。千夏だから死ぬのではない、誰であろうがそれはありえる。

 クロードを相手にしたときの緊張感と本能が怖がるほどの殺意なんてものは微塵もない。栗原はただ厄介なファクターを排除しようとしているだけ。

 千夏は思う、仮にここに立っているのがもっとうまく立ち回れて力のあるやつだったとして、あのときクロードを相手にして感じて通常とは違う感じのする相手、勝てる理由がない。


「レイアプロセシング――世界構成と環境変数の限定取得。範囲周囲二百メートル、並行して構造解体魔法をラン」


 逃げる? どこへ? 飛び降りて死ぬか、森に入って死ぬか。

 戦う? どうやって? あのアセンブラとかいうやつが散布されているのでは? そもそもあの壁を突破できるのか? アトリの迎撃を躱すことなどできるのか?


「分解範囲定義、魔力と神力まで、千夏基点に円形!」


 一瞬、ぶわっと地面から黒と白の霧が溢れた。それが完全分解されながらも破壊的なエネルギーの奔流にならなかった物質だとは気づけない。千夏にはまだそんな知識すらない。

 地面が揺れる。

 ゆっくりとだが確実に、落ちる。今から走ったところで安全なところまで間に合わない。


「千メートル落下後分解魔法、エネルギーまで、対象千夏を構成する全物質」


 大地が割れ、木の根が引き千切れて雷鳴のように音が鳴り響く。

 落ちる、死ぬ、殺される。


「トーリ……不味いかも」

「なにが?」

「そこ、地面じゃなくてランドクラブの背中」

「…………えっ?」


 落下は不意に止まった。千夏がしがみついていた草の生えた地面から何かが突き出た。


「うぉっ!?」


 それは巨大なカニの足。次いで地面が完全に割れて巨大な爪や目が、甲羅全体が見える。


「ま、マジですかぁ……!」

「命拾いしたかどうかは知らんが、その背中から降りたらお前潰されるぞ」


 アトリに抱えられた栗原はそのまま飛び去って行くが、その背を目掛けてカニの爪が振るわれて、どこか遠くへと飛ばされていった。

 あっけない、と言うか大きさがおかしい。


「でぇ……俺はどうしたら?」


 目前の脅威が居なくなってさらに大きな脅威が真下に……とりあえず襲われることはないだろうが、すでに大量のコボルトたちが包囲陣形を作り、狩りの用意をしている。一緒に狩られてしまいそうで怖い。あんなチビ助どもでも人間より遥かに強く数もアホらしいほど。巨大なカニも狩ってしまいそうだ。

 どうしようもなく、なにもできず。

 コボルトたちの攻撃は凄まじく堅い外殻にすべて弾かれ、その巨体故に罠など気にせずに森を薙ぎ払いながら悠然と歩む。巨大なトレントはなすすべなくバキバキとへし折られ、象ですら丸呑みにしそうなランドアネモネは鋭くも大きな足で地面ごと突き刺され潰されてしまう。それらの怪物を持ってしても少し動きを鈍らせ体勢を崩すことしか出来ず、レイピアカジキなどは端から相手にせず見たこともない巨大蜘蛛や何でも噛み砕きそうな顎を持った恐竜のようなものなどすべてが逃げていく。

 ここの生態系はおかしい、生きていける場所じゃない。

 それが千夏の素直な感想だった。


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