過去之夢・紛れ込んだ記憶の残滓
これはまだ国という纏まりが生まれる前の頃。
今となってはサンレス連合国とシキファナ公国の緩衝地帯の一部であり、最悪の汚染地帯として誰一人として立ち入ることのできなくなったあの場所での出来事。
(……夢? 何だか妙にはっきりしてやがるな)
不自然に霞がかった視界の中、ふわふわした足取りで泥の中を泳ぐような感覚で前へ前へと進んでいた。
だんだんと視界がはっきりしてくるとそこが真夜中の廃墟であると分かり、同じようにどこかを目指して進む敗残兵たちが見て取れる。いずれもフードを被り、今にも倒れそうなほどにぼろぼろだ。
ふと何かに足が掛かり、前のめりに倒れる。それが仲間の死体だと気付けば、次々に倒れている数多くの仲間の死体があることに気付く。
「合流場所は……まだ、先か」
「くそっ、リンクス共め……」
忌々しいあの敵、仲間たちの呟きをトリガーにだんだんと思い出してきた。
そうだ、救世主と呼ばれるメサイア、セイヴィアの二人。そしてリンクスと呼ばれる者によっていきなり襲撃を受けてこの状態に陥っているのだ。
「あの女ども……まるで怪物じゃねえか」
「主力の三部隊は壊滅だとよ、それもたった三人相手に」
「一部隊を単独でってことか?」
「あぁどうもそうらしい、さっき死んだ奴に聞いたよ」
仲間たちの話に耳を傾けながらどこを目指しているのかも分からずに進んでいると、ふと崩れかけた石の門の上に光が落ちた。まるで羽のようにふわりと、その瞬間に人の形を創り出す。
黒コートにかなり深めのフード。片手には死神が持っていそうな大鎌を軽々と抱えている。
(……あれは)
見覚えがある。クロードはそいつとどこかで会っているはずだと、思い出そうとするが、それは横合いからの襲撃に遮られた。
「はいさー、死んでくださいな」
まるで獲物を狩るために飛びかかる豹のような恰好から、凄まじい速度で飛びかかってきた女に次々と仲間たちが倒されてゆく。見れば門の上にいたはずの鎌持ちは姿を消している、恐らくはそちらに注意を引き付けておくためのフェイクだったのだろう。
(アザレア? あいつ、なんでこんなところに)
疑問に思い考える間にも、この夢の主は姿勢を低くしたまま物陰に飛び込んで姿を隠す。
しかし妙な風に顔を上げてみれば首元に鎌を添えられていた。
「リ、リンクス」
「……別に、山猫でも光の関係でもないんだがな」
首を跳ね飛ばすために鎌を振り上げた。そのお陰でフードの隙間から顔が見える。声もよく知ったものだ。
(なんでこいつがここに……)
そもそもここはどこだ? どこの世界の戦場だ?
他愛無い疑問を持ちつつ、
「無に帰れ、主なき召喚兵」
振り下ろされた鎌が首を刈り取る寸前でチクリと刺すような痛みを感じ、世界が暗転した。
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「っ……はぁっ、はっ……」
飛び起きてみれば体中が汗でびっしょりと濡れ、夜風に一気に体温を攫われて身震いする。
「はぁっ、くそっ」
額の汗を拭ってパーカーを脱ごうとすれば背後から嫌な気配を感じた。
あの女が、お付の魔術師が持っていたあの使いづらそうな得物と同じ気配が感じられる。今までにも何度か同じ気配を感じ、決まってそれの製作には同じ人物が絡んでいる。
「…………、」
静かに、首にひんやりとした凶器が添えらえた。
「あの一瞬で、あと少しで死んだというのによくもまあ避ける」
「…………、」
聞いたことのない男の声だ。しかし感じたことのある気配ではある。
「誰だあんた、何が目的だ?」
「なに、大した用事ではない。死者の記憶を覗き見る趣味の悪い首を刈り取ろうと、な」
首元に添えられた凶器が動く前に仰向けに倒れ、そこからキップアップの要領で蹴りを放ちつつ回転して戦える体勢に移行しようとする。
しかし、
「はっ?」
相手の姿を捉える前に顔面に蹴りが飛んできた。そしていつも通りの慣れた手順で障壁を張った……はずなのに蹴り飛ばされ、血の雫を散らしながら屋根から滑落。この前と同じ木の同じ場所に転落し、またも全身穴だらけの大怪我を負う。
「なん、だ。なにが――」
身体を突き抜けた枝葉を抜こうとして、真上から飛び降りてきたそいつが背中に刃を突き立てる。焼けるような痛みとでもいうのだろうか、だがこの場合はダメージが大きすぎて一撃で痺れている。
「がはっ! っ、ぐ……ざけんじゃねえよ。ちょっくら本気出したくなっちまうじゃねえか」
すぅーっと頭の中が冷却されていく。
その夜、中庭で死神らしきものの目撃情報が出たとか出なかったとか……。




