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フラットライン-対勇者戦線-  作者: 伏桜 アルト
第三章・後悔/Regret
43/57

既往のこと

2018/01/07/10:07/改稿/誤字修正


 アカモートの居住区画。

 かつては行く場を無くした者たちが集う理想都市だったその場所。

 女神ソフィアの治める自由な街。

 大昔に広まっていた宗教に登場する、あるものから名をとったその都市は、難攻不落の要塞とも呼ばれ空を駆けていた。

 ……まあ、今では撃墜されて地中に埋まっているが。


「それで? なんで起きたらアカモート?」


 しかしその都市自体に組み込まれた魔術や科学の防御機構は健在だ。

 例えばクロードなどの登録済みの存在を強引に拉致するなど。


「……部屋出たらいきなりレーザーとかねえよな?」


 とりあえず何が来ても死にはしない。それでも痛いものは痛いから警戒はする。そもそもいくら怪我をしてもほぼ死なないが、動けなくなる。動けない間に圧力容器にでも放り込まれて封印されてしまえば事実上終わりなのだ。

 慎重に部屋のドアに近づけばノブもスイッチもなく、上の方に赤いランプが光るのみ。


「クローズドネットワーク……で、鍵穴は外側……おい」


 電子セキュリティがメインのアカモートではそもそもクラッキング対策として、通常の方法ではまずアクセスから出来ないようになっている。そこに通信線があるのだからと、物理的に別の線を繋ごうとすればその瞬間にすべてのアクセスポートが凍結フリーズされてしまう。挙げ句は完全自立のスタンドアローンで復旧まで稼働するというもの。

 個別にクラックしようにも割に合わないほどの罠が在るためやりたくもない。


「すぅーー……はぁー……。壊すか」


 不自然な歪みを纏った拳をぶつけ、蹴りを入れ、斥力の刃で切りつけ、レプトンディスチャージで焼いてみる。

 が、


「物理には魔力かよ」


 一切の効果が見られないのだ。しかも空間自体に穴を開けようかと思えば妙な感覚とともに無効化されてしまう。

 物理的干渉には魔力による防御が。魔力による干渉にはミスリルを用いた物理的な制御の防御が。それ以外の異能には即座に対応してくる無数の適応防御システムが。

 通常戦力が相手ならばほぼ無敵のセキュリティではあるが、あいにく規格外にとっては大した障害では無い。

 クロードはベルトに刺してあるナイフの中から青いナイフを抜いた。横から見れば普通のナイフだが、構えてみればその薄さが分かる。紙を横から見たあの線とも言えるほどの幅も無いのだ。すっとドアの隙間に入れるとまっすぐに下ろして、何の抵抗もなくラッチやデッドボルトを切断。反対側も同じように差し込んでモーターと連動する箇所を切断。

 そしてドアを開け出ようとした瞬間、ヒュンッと目の前を何かが通り過ぎた。


「はっ?」


 ぼとりと、自分の手が床に落ちたときにはそれを理解していた。スコールの張った罠だ。ドア枠に合わせて鋭い刃物を設置して、通過しようとした瞬間に対象をバラバラにするもの。


「…………。」


 そういうことならば、廊下に見えるエレベーターは乗ってしまえば中で焼却されるか、針地獄アイアンメイデンか、それともワイヤーが外れて最下層まで落下するか。

 階段はいきなり崩れて生き埋めか、段からトゲが飛び出して穴だらけか、それとも脛の高さで足を切断か。

 天井の照明も中に爆弾が仕込まれているか、それとも大量の昇圧回路でも仕込まれていて下を通ったら室内で雷が落ちるか。

 知っているが故に疑ってしまう。壁には隠蔽ヒドゥン状態のレーザー射出装置があるのでは、見えない浮遊銃座があるのでないか。

 いろいろと考えるよりも前に結論が出る。


「部屋から出られねえな」


 そもそも踏み出した瞬間に輪切りにされる。それ前提で廊下に出たところで何があるかすら予想できない。

 見えるものを疑え、見えないものも疑え。

 やれることはまだ残っている。ナイフを二本手に取ると、一本を投げ瞬間で切断されたところに、再度刃が装填される前に二本目を投げる。

 カランと音を立てて廊下に落ちたナイフ……何か起こるかと思いきや何も起こらない。

 まさか罠はドアだけと思わせて、無理矢理通過したところで何かあるのか。


「あいつのトラップって予想外から来るからなぁ……怖えぇよ」


 言いながら黒い艶消しのされたナイフを取り出す。

 戦闘用のナイフであり雑に扱ったところでそう簡単に折れたりしない。


「ま……やるだけやろ」


 黒いナイフを壁に押し当て、コンバットナイフの柄をハンマー代わりに叩き付ける。

 ガキンッ! と火花を散らして叩く度にナイフがめり込んで壁にヒビが入っていく。縦にヒビを、横に、縦に、横に。四角くヒビを入れ、トドメに全力の蹴りで壁をぶち抜く。


「よしっ! これで外に――ぃっ!?」


 通り抜けようとして、壁の断面が視界に入った瞬間に飛び退いていた。パチッと最初の火花を引き金に凄まじいアーク放電が起こり、部屋中を埋め尽くす光とあっという間にドロドロに溶けて足元に危険地帯を広げてくる真っ赤な……。


「ちょぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! それはやばいっ! 溶けるのは多分再生効かないからやっべぇって!」


 命の危機……というか存在の危機に、リミッターが外れた能力を使った。光すらも撥ね除ける斥力のフィールドを展開して前方のすべてを弾き飛ばす。


「あぁ、は、はははっ……」


 確実に地形ごと押し退けるほどの力で放ったはずなのに、クロードの目の前にはちょっぴりひしゃげたドア枠、溶け落ちた壁、そして誘発したトラップの数々。


「おい、床と壁から槍はねえよ……しかもなにその白い霧みたいなの。天井のスプリンクラーから硫酸でも降ってんの? つーか天井の照明は水銀……そしてなに、この刺激臭はガス溶接用のボンベからアセチレ……ン?」


 漏れてる? なんて言う前に、アセチリドは待てよ、と。

 火花はまだ出ているのだ。

 ゴトリ。


「おい? なんで酸素ボンベが落ちてくる!?」


 カァッ!! とすべてが白に呑み込まれた。



 1



「じぃ~~~~~~~~~」

「近い、うざい……なぁにしてやがるフェンリア」


 視界いっぱいに広がる彼女の顔。ちょっとでも動けば触れるほどの距離だが、クロードはすっと手をあげてデコピン。


「痛っ……ぬぅ……久々、自由。久々、しゃべれる、のに」

「用件は?」

「むっ、せっかく生き返ったのに」

第五世代フィフスだったか? お前」

第七世代セブンス……第三世代サードのクロードよりけっこー上」

「……あぁ。あれか、パーソナリティを電子化して電脳空間に置いて必要に応じて遺伝子情報から体を再生して現実リアルに出てくるとか言う」

「ちょぉっとちがーう。人は人だから人なのに、人を捨てて量子化された電子データーになったら変質して、それもお人ちがう」

「…………、とりあえず簡単に言えば不死身ってことだよな?」

「処理するサーバー潰れたら一瞬でしゅーりょー」


 ぼけぇーっとした無表情、しかも棒読みながらいつも以上によくしゃべるのは喜んでいるからなのか。


「でー。どーぉ? リアルなファンタジー」

「……臭いが酷いな。水浴びとかしてたけど毎日じゃないみたいだし、ゴミ捨て場みたいな臭いだ」

「幻想ぶち壊すこと言わないでっ」

「お前が聞いたんだろうがよ……俺が風呂作ったからあそこだけはマシなんだよな。土臭いけど」

「お風呂ー、スコールのえいきょー」


 ゴォンッ!! と、大きな音がすれば二人ゆっくりと浸かれるほどのバスタブがいつの間にかそこにあり、水道も給湯器もつながっていないのにひとりでに湯を吐き出す蛇口。


「おいフェンリア……ここ、どこだ?」

「かそーくーかーん」

「……what?」


 フェンリアを押し退けて立ち上がり、もう一つの目であたりを視る。

 情報の次元を視るという特殊な能力の使い手から貰った異能。もちろんクロードのは人間が耐えられるようにかなり性能を落としたものではある。


「なんだこりゃ、オールゼロ? 空間自体に凍結フリーズ処理がかかってんのか」

「そー。ここはね――仮想世界の墓場だよ」


 やけに感情の感じられる声が聞こえ、振り向いた瞬間にはすべてがどろりと溶け落ちていた。



 2



 クロードはそれを見下ろしていた。


「やめろ、スコール」

「やめない。絶対に守り切ると約束したからな、レイズ。お前を絶対にやつらに渡さない」

「オレを守る必要なんか……」

「じゃあ守ってくれなんて言うなアホ」


 ボロボロになって座り込むレイズの前には、光の槍を構えたスコールが立ちはだかっている。


「お前が喚び出した、お前が創り出したこの存在……お前が思い描いた最強だろう? 燦然と輝き、身勝手な正義のもとに他者を容赦なく排斥し、影に生きる者を追いやるたいようを食い殺す魔狼スコール

「……なぁスコール。やっぱり歪んでるよお前は」

「勝手に言ってろ。闇は弱き真実を覆い隠し守り通す静かな輝き、光は圧倒的な正義のもと弱者を排斥し強者のみが生き残る世界。どんな理由であれ表に居られないやつらはいるさ、それを見捨てて勝手に悪に仕立て上げるのが正義ってやつさ」

「スコール、お前にとって正義の対極は正義だったよな?」

「あぁそうだ。自分の正義は相手にとっての悪でしか無い。見方の違いってやつだよ……レイズ、お前をどこから視るかでもそれはありえる」

「分かってる……だから見捨てて逃げろよ」


 レイズとスコール。

 その二人を囲むのはレイシス家の者たち。それぞれが優れた魔術の使い手であり、一族だけで世界を相手取れるほどの戦力を保有する。中でもレイズは希有な存在で、神力も魔力も使いこなしつつ世界すべてを眺めてもほんの一握りほどの使い手しかいない概念魔術や天使の術式を扱う。

 それを危機と捉えたのか、それとも一族の更なる繁栄の機会とみたのか。レイシス家は当初気味悪がって捨てたレイズを躍起になって連れ戻そうとしている。


「オレの為に死ぬ必要なんかない、レイシス家に敵うわけがない」

「死ぬつもりはないし出来る出来ないじゃなくて、殺るだけだ。一族郎党殲滅してやる」

「やめろよ……今ならまだ間に合うから、逃げろ。オレなんかのために」

「黙れ。……ふっ、お前を助けなかったら後であいつらに何言われるか分からんからな。自分のためにやるだけだ」



 3



 クロードはずっとそれを見下ろしていた。

 自分が今までに色々と教えて貰ったスコールという無表情な男の、本気というやつを。


「やり過ぎくらいがちょうどいい」


 魔槍を振るうスコールの声が耳に滑り込んでくる。

 その惨状は凄まじいもの。槍を突き出せば地平線の彼方まで消し飛ばし、横薙ぎに振るえば大地を掘り返し、放たれる魔術を受け止めれば瞬間で分解し再構築、そのまま撃ち返して不可解な音を放って世界を壊す。絶対に避けられないタイミングで攻撃されたならば、青い燐光を散らして敵の背後に立ち、僅かな動きで躱しては致命の一撃を見舞う。


「さて、最低でも分家の一つは潰すか」


 スコールのそんな気軽な一言に。

 レイズは。

 笑っていた。涙の軌跡を落しながら笑っていた。

 もう、目の前で起こっていることに追い付くことを放棄していた。

 レイズの目には、世界の情報次元を視るその目には、はっきりと映っていた。ものが存在するために絶対に必要な力……存在自体の枠組み、魂と言えば分かりやすいか。それをアクセル全開で燃やしながら、いつ消滅してもおかしくない勢いで力を使い続けるスコールが。

 自分ではそうそう敵わないレイシス家を相手にたった一人で挑むというその姿に、どこか安心感を得ていたのかも知れない。遠慮無く喧嘩できて、言い争いをして、いざという時には守ってくれる頼もしい彼の存在に。

 いつしか空が茜色に燃え上がり、オーロラがあたり一帯を覆っていた。

 世界はノイズまみれで、あちこち砕けて黒いヒビに呑まれている。空の彼方にある星々も砕け、宇宙というシャボン玉の中での破壊がシャボン玉自体を破裂させようとしていた。


「行こう……次の世界へ」



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