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フラットライン-対勇者戦線-  作者: 伏桜 アルト
第三章・後悔/Regret
42/57

面倒なこと

 レイズとクロードが脱衣所に戻ったのは、あれから数分経った頃だった。


「お前、分かってるよな?」


 そう問いかけてくるレイズの姿は、顔は赤く上気していて妙に艶めかしい。さらに着ているのは白い長袖シャツではなく、胸元の大きく開いたランニングシャツといつものカーゴパンツ。胸元を押し上げる膨らみはないに等しいのでそこらへんについてはどうもない。


「もうじき満月だな」

「それもあるが、何をしたら警戒心の強い獣人に好かれる? 確かあの種は……クーリャ族? クーヴォルフ族? だったか? まあどっちでもいい。閉鎖的で集落の中で生きていくようなはずなんだが」

「さあ? 最初は殺そうとして、それ以降も特に何も」

「好かれる理由がないな」


 生乾きの白髪を揺らし、水滴を散らしながら立ち去ろうとしてクロードに肩を掴まれた。


「ん?」

「髪はちゃんと乾かしてから出て行け」

「無駄なお節介を」

「ここは地下だ。ぽたぽた濡らされたら色々とあるんだよ」

「カビが生えたりコケが生えたり、濡れたところから腐ったりだな」

「分かってんならさっさと乾かせ!」

「ったく、めんどくせえ」

「だったら切れ!」

「切っても無駄なんだよこれ。試しにお前のナイフでばっさりやってみ?」


 そう言われて、少しばかり躊躇いながらも髪を掴んでナイフを当てる。確か腰まで伸ばすとなると、年単位はざらにかかるはず。そう思いながら、首のあたりでばっさりとカットするが……。


「……なんだこれ」

「な? 無駄だろ」


 切った髪がすぐに白い光となって消え、切られた部分が淡く光ってすぐに伸びた。ものの数秒で元通りだ。


「これも呪いの効果なわけで」

「なるほど……まあ、切れば綺麗な状態で再生させられるか。洗わなくてもいいな」


 すでにレイズの髪は切った場所より上も乾ききった状態になっている。


「そうなんだけど、まあいちいち切るのもアレだ。なんかこう、いやな身体ではあるがオレの一部なわけだから」

「なるほどな」


 男性魔族の視線を惹きつけながら脱衣所を出ると、言葉も交わさず別れた。レイズはリリィのもとへ、クロードは念のためテリオスの安否を確認しに。まだ攻められたことは一度もないが、最終防衛ラインが一撃ともなれば不安になる。第一層の魔物たちに消耗させられた侵入者を第二層のトラップでさらに消耗させ、第三層のトドメは斬っても焼いてもすぐに再生するテリオス。そういう風に設計している。

 上層への階段を目指して歩いていると、前から走ってきた女の子にぶつかられた。ボブカットの金髪に緋色の瞳。


「どうしたシェスタ?」

「クロードさん、テリオスが、テリオスが倒されてました!」


 走ってきて、よもやそのままぶつかるほどに慌てていた原因はこれか。現在シェスタ直々の配下はテリオス含め生き埋め状態で死ななかった数十名のみ。あとの数千規模の魔物や勝手に入り込んできた魔族は敵対はしていないだけの状態だ。その中でも今のところ最も強いテリオスが負けたとなると慌てもする。


「…………気にするな」

「気にします! っていうかしてください!」

「大丈夫だって、侵入者じゃなくて俺の知り合いが一人で倒しただけだから」

「知り合い……一人で? もしかして他の勇者ですか?」

「いいや、違う」

「じゃあ」


 なんなんですか? そう聞こうとした瞬間、クロードの背後に人影が見えた。


「クロゥ!」

「っとぉ、こら。いきなり飛びついたら危ないだろ」


 寸前で身を反転させ、リリィを受け止めたクロードはそっと床に下ろす。その先には笑みを浮かべたレイズが。さっきのいまでどうやって部屋までの距離を移動したのか。


「クロード、転移妨害の結界も刻んでおくべきだ。これだと外から簡単に侵入される」

「なるほどなぁ……」


 結構な距離を移動できた理由ははっきりと分かった。それにしても、いままで大規模転移で軍勢を送り込まれなかったことが奇跡だ。これではいくら上層部を固めたところで意味がない。


「あの、クロードさん。その方たちは?」

「そっちがレイズ。俺にべったりなのがリリィ。種族は見ての通り」

「……人族、ですか」


 シェスタが若干怯えた表情で数歩下がるが、レイズがすぐに否定した。


「ん、こんな見た目だけど人ではないから」

「そう、ですか」


 そこはかとなく安心したようなシェスタにレイズが近づく。リリィはクロードにべったり粘着中だ。周りに人がいるからか、パパとは言わない、言いつけはちゃんと守っている。


「シェスタ、大きくなったな」

「え? 会ったことがありましたっけ?」

「覚えてないのは無理もない。まだお前たち双子が小さかった時だからな」

「だったら、お父様のことも」


 レイズは静かに首を振った。


「悪いが、それは知らない。最後にあったのは人が攻め込んできた戦争の時だから」

「そのとき……なにがあったんですか? なんでお父様もお母様もいなくなったのですか?」

「人側の目的はお前たちと親の殺害。魔族側は全軍揃えて防衛にあたったが、勇者として呼び出された異界の人間によって軒並み全滅させられたからな……。って言っても、個人的な推測だから、ほんとのところは知らないけどな」

「そうですか……」

「ところでメイは? シェスタがここにいるなら一緒にいるんだろ」

「はい、いますよ」

「それじゃ後で会いに行くか……で、クロード」


 目を向ければ胡坐をかいて座り、その背中にリリィが乗っかっている。義父ではなく親が違う年の離れた兄妹に見えるのは気のせいだろうか。


「…………吸われてるのは気のせいだろうか」

「バカか、睡魔とか淫魔と言えば触れただけで相手の精気を吸い取るんだから」

「……リリィ、ママのところに行きなさい」

「やぁ」

「リリィ」

「いーやぁ。クロゥがいい」


 はぁ、と諦めると、クロードは立ち上がった。そのまま首に抱きついていたリリィを持ち上げる形で。


「シェスタ、食堂まだ開いてたか?」

「えっと……確かさっき最後のメニューが売れたとか」

「はぁ……まあいい。今日も昼まで飯抜きだ」


 以前のようなダメ人間生活の時は、まだまだ軍と言えるような規模でもなく、施設全般いい加減だったから時間外でも食べることができた。しかし今となっては、規模が大きくなり、朝が終わればすぐに昼の準備に取り掛からないと間に合わないのだ。だから時間から外れた頃に行くともう残りすらない。


「なあクロード」

「なんだよ」

「この辺ってイノシシとかいないのか?」

「いるけど……それっぽい魔物が」

「狩りに行こう」

「はぁ?」


 レイズにそんなことを言われてしまうと、思い出すのが一緒に海竜を仕留めたことだ。一緒に、そう言ってもレイズを餌にして仕留めたようなものだが。


「どうせやることないんだろお前」

「そりゃないけどさ……いいのか、リリィを連れて行っても」

「うん? いいよ。睡魔族は幼い時から獲物を捕まえて吸精の技術を親から学ぶんだ。まあ、猫がこどもに狩りの方法を教えるようなもん」


 そう、軽く言うレイズの裏には別の思いがあった。

 絶対に淫魔として育てない、あるべき姿、あるべき形を無理矢理にでも押さえつける。そういうものだ。

 リリィの系統、淫魔、睡魔と呼ばれるその中でもリリィは特別だ。父親は何の変哲も無いインキュバスだったが、レイズが特別すぎた。



 1



 地上に出て、平原を数十分ほど進んで森の中。森に入った途端に、さっきまでの晴れ空が鈍色の空に変わり、もう少しすれば一雨来そうなほどに暗い。


「で? なんでエクリアまで来てるんだ?」


 レイズの魔術で地上まで転移して歩いていると、いつの間にか後ろからエクリアがついて来ていた。


「ふふんっ、狩りと言えばあたしたち狼犬族の出番でしょ」


 ぐっ、と拳を振り上げてやけに張り切っている。


「おいレイズ。これも月の影響か? 他のやつのときはここまでならなかったぞ」

「他のって、お前なぁ……。まあ本能が……うん、犬だからな、そうじゃないか? 狩猟本能的な?」


 と、言っても張り切っているエクリアに出番などある訳はどこにもない。娯楽としての狩りではなく食料求めての狩猟だ。効率重視で行うため、クロードの磁力走査で探り出してグラビティアタックか、レイズの索敵魔術で探り出して脳を直接破壊するかの二通りだ。


「クロード、お前ここに来る前はどこにいた?」

「どこって……SASだけど」

「SAS? ……スペシャルエアサービス?」

「軍じゃねえよ。東南アジア州」

「州? アジア州の中の東南アジアって分類じゃ……?」

「さあ? 少なくとも俺がいた世界じゃ世界地図なんてステンドグラスみたいにバラバラ、それぞれが独立した国やら州を語って常に戦争状態だったよ」

「へぇ……その世界で軍属か」

「軍っちゃ軍だけど……まあ傭兵みたいなもんだったな。それに、なんでか知らないけどアカモートが海に浮かんでたし」

「……オレのコンテナハウスがあった?」

「あったぞ。スコールが使ってたけど」

「…………、」


 どことなく嫌そうな顔をして黙ってしまった。空も暗く雰囲気も暗い、その中で明るいのはレイズと手を繋いでいるリリィと、やけに張り切っているエクリアだ。

 やがてさらに、暗くなった。空にかかる雲が厚みを増し、茂る葉の量も増してきた。二つが相まってさらにごつごつした足元がより一層の不安を煽る。


「まま……」

「リリィ、離れちゃだめだよ」

「うん」


 何か不安を訴えるような、震えた声でいい。


「く、くろーど。なんか変なの来そう」

「エクリア。落ち着け、深呼吸だ」


 泣きそうな声でエクリアが訴える。

 何かよからぬモノがいる。野生動物や魔物ではない。ただでさえ森の奥深くには魔力溜まりができて、そこから魔物や変異植物が発生しやすくなるのだが、度を超すと瘴気溜まりになって死霊やそれが憑りついて動き出す屍まで発生する。

 そして付近に漂う気配はさらに度を超して限定的な魔界と化したもの。真っ黒な霧に覆われたその空間に血色の魔法陣が浮かんでいた。見るだけで嫌悪感を溢れさせる。


「レイズ」

「囲まれた……かな」


 リリィとエクリアを挟んで、レイズとクロードが構える。


「なんだこれは」

「知ってるか、人って微妙な変化には気づかないもんだ。ゆっくりと別のものに変化させていけば最初からそうであったように思い込む。だからまあ……気づかなかった、悪い」

「俺も単に、森に潜って暗くなってるだけかと思ってたからな……はぁ」


 溜息と同時に、森の木々が風もないのに揺れた。


「やるぞ」

「ああ」


 クロードが真っ黒な剣、斥力の刃を両手に作りだす。レイズはもう一つの白い力で破魔の剣を顕現させる。黒い死神と白い天使、相反するように見える二人が背中合わせで警戒する。どこから何が出て来るかわからない。


「……、」

「……、」


 チリンッ……と鈴の音が響いた。直後、暗闇の中から凄まじい速度で放たれた針がクロードに突き刺さり、エクリアの悲鳴が上がる。間を置かずにレイズの方には鉄爪が突き出された。


「ほっ」


 即座に剣を落とし、爪を掴んで闇から引きずり出す。その姿は青と黒の布で全身を覆った者。召還兵と呼ばれるもので、死したものを呼び戻して作られる闇の兵だ。召喚兵ともども使役しているのはレイシス家の者ではあるが。

 ぐしゃりっ、と頭を潰せば漏れ出るのは黒いナニか。どろどろしたそれは空気に触れると霧散して、レイズを包み込む。


「こいつらは?」


 確実に心臓を突き刺した一五センチもの針を抜き捨てながらクロードは言う。顔に苦痛の色が出ているが、それはすぐに傷と共に消えた。

 しかし周りを見てレイズの姿が無く、エクリアが何かを斬り伏せて叫ぶ。


「大丈夫なの?」

「大丈夫っちゃ大丈夫だけど……なんだこの針は」

「クロゥ、ままが」

「……攫われたのか」


 2


「大人しくして。じゃないと兄さんたちも来るから」

「おいおいおい……クソ兄貴まで来られるとさすがに」

「喋らないで」


 真っ黒な空間で、鈴の髪飾りを付けた自分によく似た少女と向き合っている。

 従姉妹である彼女は、落ち着いた様子で弓に矢をつがえ、レイズに向ける。


「……親父の差し金か」

「じゃなかったらどうするの?」

「当主候補第一位のオレを殺してその座を奪う……ってんなら大歓迎だが?」


 若干の期待を込めてそうたずねてはみるが。


「あら残念。当主様のご命令よ」

「オレは帰らない」

「でしょうね。レイシス家唯一の神力使いにして世界的に見ても希有な概念魔術の使い手……それも最高峰の。勝てるなんて思わないわ」

「なのにやるのか」

「ええ。レイズ、あなたがどれだけレイシスの血に連なる者を葬ったのかは知っている。無駄と分かっていてもやるしか無いのよ……私たちにはあなたほどの価値がないのだからね」

「……消えろ」


 風切りの音が鳴り、それが届く前に空間ごとすべてが消え失せた。



 3



「オレ狙いのやつらだ! ちなみにそいつら生きとし生けるものすべてを喰らうって性質があるから気を付けろ」


 眼下に包囲されているクロードを捉えると同時に通常戦闘の構えに移る。


「じゃあ皆殺しといきますか」

「だな」


 そして二人が飛び出そうとした瞬間に乱入者が現れた。


「ようやく見つけました! 今度こそは連れて行きますよ」

「黙ってろ上級召喚兵!」

「どぐぁっ」


 虚空に現れた赤と白の布に覆われたそいつを、レイズは容赦なく召還兵の群れの中に蹴り込んだ。基本両者とも似たようなモノだが、特に命令が下っていない場合は召還兵が召喚兵を喰うということがある。生き物ではないが、喰えば魔力の補給になるからだ。


「万物を創りだす四元の素よ」


 剣を創り上げながらレイズが言うと、虚空に溶け出すように赤、青、黄、緑の陽炎が生まれた。それは四大精霊とも呼ばれる基礎四属性の自立エネルギー体だ。場所によっては召喚獣と呼ばれるもので、主な用途は戦争における大規模破壊。


「お前たち、そこの二人を護れ」


 すると四つの陽炎は不機嫌そうに揺れながらも、リリィとエクリアを囲み、周りの敵をなぎ払う。


「召喚獣か」

「精霊だ」


 それだけ言葉を交わして、改めて敵に突っ込もうと思ったのだが、今度は目の前で一騎当千の勢いで召還兵を切り裂いている上級召喚兵に驚かされた。上級召喚兵はある程度は命令に縛られずに動けるのだが、その中には自衛の為に味方を排除することも含まれている。

 周囲の召還兵はすべてがそちらに群がり、クロードたちには目もむけていない。


「…………、」


 四人そろって沈黙し、もっとも手薄な方向に目を向けると魔法陣が一つだけ。


「行くぞ、クロード」

「いいぜ、悪魔の一匹くらいなら」


 魔法陣の中一杯に赤色が膨れ上がったかと思った瞬間、落雷のような炸裂音が響き渡る。中から出てきたのは真っ黒などろりとしたスライムのようなもの。体の内から赤く光るものはコアだろうか。


「って虚ろ()なる()もの()じゃねえか!」

「構うな!」


 レイズが斬り払うと、黒い霧となってどろどろした部分が消え、赤いコアが露出する。すかさずクロードが斥力の刃を突き立てて破壊。すると全体もすぐに音もなく消え去る。


「こんなのがいくつもいたんじゃ狩りなんてできない、帰るぞ」

「賛成だ……てか歩いて帰ればちょうど昼時だな」

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