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フラットライン-対勇者戦線-  作者: 伏桜 アルト
第三章・後悔/Regret
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月夜の晩に

 とりあえず諦めたクロード。

 何を諦めたかと言えば、父親認定を否決すること、名前のこと、リリィの出生についても聞いているうちに気分が悪くなったことエトセトラ。

 なんでも、危ない日にインキュバスに無理やりベッドに押し倒されてしまったレイズが避妊薬も何もなしにやられてしまって回復したのが数週間後で手遅れで堕ろしたときの子の魂をスコールが捕らえて体はあの球体が自動生成するように仕組んでいたらしい。


「…………、」

「おーい、クロード」

「いやもういい。とりあえずここはどこだ」


 子供連れの夫婦のように、間にリリィを挟んで手を繋いで真っ白な廊下を進む。黒い人、睡魔の子、白い人。こうやって並ぶと真ん中が灰色になりそうだ。

 それにしてもここがどこか、という事は分かっている。どこの区画かということが分かっていない。


「さあ? オレもよく知らん。アカモートの建設はどこの”世界”でもメティが好き勝手にして、そこにスコールたちが何か勝手に組み込んでるからな……それより、お前よく承諾したな」

「しないとまたリリィが泣くだろうが……」


 しぶしぶ疑似夫婦の真似事をして手を繋いでいるのは、リリィにせがまれてのことだった。

 拒否した途端に泣き出しそうになったために仕方なく……ということだ。

 二人の間でにこにことしている小悪魔をちらっと見て視線を前に戻す。


「まあ、どっかの転送陣を使って上に出るのが良いんだろうけど……上はラビリンスモードの防御機構が」

「すまん、俺がストレス発散のために全部潰した」

「…………うん? あれは空間を捻じ曲げてるからすごい広くて」

「だからその制御中枢も含めて全部だ」

「なにしてんのねえ!! それつまるところフル装備の浮遊都市をお前一人で撃墜できるってことなんだけど」


 ちなみに浮遊都市と言っても三種類ある。

 魔力に一切頼らないもの。

 魔力にのみ頼るもの。

 どちらともを頼るもの。

 アカモートの場合は両方を動力源としていて、最盛期であれば接近すらその姿を見ることすらできないものだった。


「いやだってさー、ゲートがあって帰れるとか思ったら弾かれて帰れないわけじゃん、いらつくじゃん。だからまあ、ほら、そういうときってものに当たって壊すだろ?」

「……規模がでかすぎるだろうが」

「まあな。それで地下のマグマの流れやら水の流れが変わってヴァルゴに怒られて、管理のために戻って来てた魔狼に追い掛け回されて」

「何やってんだか……」


 進んでいくうちに、黒い転送陣が見えた。

 無理やり床を彫って刻まれたものらしく、見栄えは悪い。

 しかもところどころに鋭い傷があるところから、ナイフか何かで彫ったものと伺える。

 心当たりは一つしかない、レイズは真横を歩くナイフマニアに目を向けた。


「上は俺が埋め直して掘り直して居住区に」

「お前は土建屋か」

「いいや戦争屋だけど?」

「……地下四キロまで掘り進む戦争屋がほかにいるか?」

「いないだろう……つか四キロって、クルベラより深いな」


 そんなことを話しながら転送陣に踏み込む。

 一瞬の浮遊感を味わった後、一行は目を疑う場所に出た。

 大きく真っ直ぐに伸び、石の敷き詰められた道。

 そこかしこに地中の魔力を導くための魔導線が張り巡らされ、かといってそれが光を放つ彫刻のようになっているため目障りでもないように配置されて灯りとなっている。

 土臭かったりということもなく、空清のための機構もできているようだ。

 振り向けば後ろには地下水脈を利用した噴水まである。

 溢れ出た水は地面に掘られた水路を辿って居住区の隅々まで届けられる。


「うわぁ~」


 リリィが手を離れ、トテテと走っていく。


「これ、クロードが?」

「もちろん。重機が必要ないってのはほんとにいい。一人で石材運べるからな、それに掘った土砂は上に弾きだせばいいし」


 少し歩けばいくつもの部屋が立ち並び、様々な魔族たちが行き来している。しかしクロードが近づけば皆一様に目を伏せて距離を取るか姿を隠す。未だに一部の者には恐れられているのだ。

 そんな中、木材が地面すれすれを移動していた。よく見ればその下には、コボルドと呼ばれる、使い魔クラスの小さな魔族がいる。こいつらは魔物との線引きが曖昧でどちらにも入るが、食料と引き換えに様々なことを行ってくれる彼らはクロードのいい手下だ。食料を与えなければ悪戯したり金属を腐食させたりするのが一般的だが、まずそれはしない。すれば後の運命は決まっているからだ。


「ここの魔族たちはどこから来た?」

「俺が壊滅させた旧魔王軍と現魔王軍のやつらだな。脅したらすぐに逆らわなくなったよ」

「ひどっ」


 レイズが引いた足がコボルドに当たる。

 ごとっと木材が転げ落ち、コボルドたちに睨まれる。

 しかしその顔は犬のような顔で対して怖いとは思えない。


「ジャマダ」


 一言だけ残し、すぐにコボルドたちは運搬作業に戻っていく。

 口にタバコのように銜えていたのはジャーキーだろうか。


「まあそれと、ここを作ってたらいつの間にか住み着いてたのが結構。とくに今の建設作業員コボルドとか」

「……魔物使いにでも転職したらどうだ」

「嫌だね、あんな重労働。そもそもゴブリンやらオークとかもいるってのに」

「あの無差別にメスを襲うとかいう、染色体やらガン無視で孕ませるっていう……」

「そうそう。まあオーガの餌だから放っておいて問題ないし」

「なあクロード」

「なんだ?」

「一体ここはなんだ?」

「何って、ここは俺が作った深淵の迷宮(ラビリンスオブアビス)だけど?」

「…………、」

「人間以外の楽園とも言う」

「お前人間だろうが」


 軽い突込みを躱しつつ、歩を進める。

 我ながらよくできたものだと思う。

 全五階層からな成り、一層あたり四階建ての仕様だ。

 五層目はまだまだ掘削中であり、でき次第そちらに居住区を移してさらに掘る予定だ。

 一層目には勝手に住み着いた魔物や魔族を住まわせて攻められたときの足止めに。

 二層目にはトラップ満載だ。宝箱には爆弾、ドアを開ければギロチン、床を踏めば地下水脈に真っ逆さま。

 三層目はテリオスを配置して万が一に備えている。

 四層目は現状最も安全であり居住区。中央に噴水を、そして同心円状に作られている全域に水と魔力を行き渡らせる。

 いつ人族が攻めて来るのか分からないため、できることを数日で全部こなしたらちょっと行き過ぎたものができしまった、という感じだ。いちおう言っておこう、クロードの帰るという目的は達成される可能性が低く、今のところは仕返しという名の侵略を準備している段階だ。


「そうだな、というかリリィどこ行った?」


 下らない応酬をしている間に、目を離すという一番やってはいけないことをしてしまい、見失ってしまった。一応ここは魔族、魔物ばかりのため人族に襲われてしまうような心配はない。しかし広大な迷宮でもあるために迷子探しは困難を極める。

 だが意に反してすぐに見つかった。真っ黒な丈の長いフード付きパーカーを着た魔族に確保されていた。


「か、かわいい~! あなたお名前は? どこから来たのかな? お母さんとお父さんはどこにいるの?」

「あうぅぅ……」


 質問の嵐に狼狽えていた。

 レイズを連れたってそこに行くと、夢中になっている魔族の襟を掴んで引っ張る。


「むぐぅっ!?」

「エクリア、そこらへんにしとけ」


 ぱさりと脱げたフードの下には銀茶髪の髪とイヌ耳。

 すぐに逃げたリリィはレイズの胸へと飛びつく。


「ままー!」

「こら、リリィ。勝手に一人でいっちゃダメ」

「はーい」


 そんな光景を視界に収め、これ知らない人が見たら普通に親子に見えるんだろうなと思っていた。ちょうどレイズが翼を隠していることだし。

 そしてエクリアに抱き付かれてバランスを崩し、本日三度目の激痛を受けたクロードはまたも悶絶。

 害意や悪意、敵意のない不意打ち、反応できないほどに速い攻撃にはとことん弱い。


「すんすん、クロードだぁ」

「……おい」


 留守にしていたのはほんの数日だというのにやけに甘えてくる狼犬族の少女を押しのけて立ち上がる。

 ずきずきと痛みを発する後頭部からの出血がないことを確認すると、ぽこんっとエクリアを叩いた。


「危ないだろう」

「……ごめん」

「まったく……」


 なんだか似たような二組だ。

 怒る母と叱られる子。

 飼い主と飼い犬……?


「…………、」


 その様子を冷ややかに見つめていたレイズはさらりと言った。


「クロード、いったいぜんたい何人に手を出すつもりだ?」

「まだ手を出してねえし、襲われたのはノーカンだろ!?」

「”まだ”ってことは……いずれ?」

「…………、」


 言葉の綾。うっかり墓穴を掘ってしまった。

 ちなみに襲われたというのは昔の話、同じ部隊の上官に個室に引きずり込まれたのと、サキュバスに襲われたのだ。

 そしてエクリアが二人のやり取りを見て、火に油を注ぐようなことを言う。


「あー! またクロードが女の人連れてきたー!」

「うん? そこなおはなしちょっと詳しくいいかな、エクリアさん」

「えっとねぇ」


 きょろきょろとあたりを見ると、通路の曲がり角を指さした。


「あそこ、あそこにいる女の子たち」


 そこには特別美しいというほどではない平々凡々なライン付近の容姿の者たち。

 上半身が人の姿で下半身が蛇の蛇人族ラミア、半透明で水路の上に人の形を作っている水精ウンディーネ、腕の代わりに大きな翼を持つ、飛行に特化した小柄な種族、鳥人族ハルピュイア、複数の目と鋭い爪、蜘蛛の下半身をもつ蜘蛛人アラクネ、頭に角を背に翼を腰に尾を持つ竜人族ドラゴニュート、エトセトラエトセトラ。


「クロード」

「待て、これはアレだよレイズ。勝手に住み着いてたやつらのところに行ったら生贄を出すから殺さないでくれと言われて一方的に押し付けられた……」

「うん? つまりお前が自分で広げた悪評が原因だろ? パラフィリアか」

「なんでそうなる!?」

「亜人種フェチ?」

「俺をそういう系の汚染物質か何かと思ってるんですかね」

「いいや、放射性物質」


 実際に中性子まき散らして放射化を引き起こしたという前科はある。


「…………、」


 冷汗を流しながら固まるクロードの耳元に、レイズが顔を近づけ小声で言う。


(分かってるよな?)

(死にたくない、助けて……)


 いつになく弱気だ。


(せいぜい満月の夜はデスゲームを楽しめ)

(嫌だよ!! 満月が来るたびに死にかけるとかどんだけ俺のデッドエンドを確定させたいんだよ!!)

(いやぁ、結構面白いと思うぞ。満月の夜は人は魔力が昂って亜人(魔族)は理性が飛んで魔物が凶暴になって)

(ど・こ・が!!)

(いい戦闘訓練にもなるし、逃げきるための隠密技術も鍛えられるし)

(鍛える前に葬式する破目になるってのっ! 今までもそれで何度死にかけたか!)

(いーじゃん、面白いんだから。オレも経験したことだ、耐え抜け)

(…………、)


 かくんっ、とうなだれたクロードは真横に腕を伸ばす。

 重力操作で空間を引き裂き、人が入れるほどの大きさまで広げると飛び込んだ。

 ちょっとばかり現実から逃げたくなった。もうすぐ満月じゃないか……と。

 あの日から数日、散々暴れてもとの迷宮を破壊しつくしたクロードは魔狼とヴァルゴの怒りを買い、逃げ回った。その際にいよいよ追い詰められると一か八かで空間をぶち抜いてみたのだ。するとかなり精度は悪いが別の場所に転移することができてしまったのだ。

 そんな訳で魔術なしで色々できるようになってしまったクロードは転移した。そしてすぐに気付いた、足が動かない。


「な…………ぁれ?」


 まるで強力な接合剤でガチガチに固定されたような感覚。

 コンクリート漬けにされて固められたような感覚。

 視線を落とせば石材の中に足が入り込んでいた。

 転移の精度はよろしくない。結果、座標が少々狂って右足の膝から下が、左足の踝から下が纏めて石材の中に埋没してしまっている。

 斥力操作による圧壊を発動する前にバランスを崩し、埋まった足からバチャベリィィと気持ち悪い音と感触が伝わった。


「う……ぐっ? うあわあああああああああああああああっっ!!」


 凄まじい激痛だ。皮膚を裂かずに剥ぎ取られる、そんな感触。

 反射的に暴走させた力で足元を爆砕し、引き抜いた足は不気味な色に染まっていた。

 どこかから血が溢れ出しているわけではない。

 皮下で裂けた血管、肉から剥がれた皮膚。その間に漏れ出た血液が溜まって腫れ上がる。

 血液中にはタンパク質を凝固させる成分がある。それが自らの傷を塞ぐためであることは明白だが、今回は仇になった。


「ぐづっ……!」


 袖口を噛み締め、ナイフを抜いて腿を刺す。

 神経を斬ってしまえばそこから下の信号はシャットアウトされる。

 これでは体の”再生”にそれなりの時間がかかるだろう。

 ちょっと現実逃避したくなったからと言って、ほんとに現実逃避しないと発狂する大怪我を負ってしまっては意味がない。


「何やってんだかな……」


 その場にバタンッ、と寝転んで空を見上げる。

 沈みかけた夕日は綺麗で、反対側にはほとんど真ん丸の赤い月が見えた。

 赤満月の夜は魔が活性化する。青満月はその反対だ。

 今いる作りかけの”塔”には下からの雑音が一切響かない。

 余った資材を使って作り始めたのだが、ランドマークになるほどにまで大きくなってしまった。


「はぁ……」


 クロードは静かに目を閉じた。

 額と後頭部がずきずきと痛む、腿から焼けるような痛みが伝わってくる。

 寝れば感じることは無いだろうと、無理やりに寝付いた。



 1



 こつんと頭を叩かれて目を覚ました。

 すでに月が空に輝く夜だ。

 クロードの額にはレイズの手が翳され、そこから癒しの魔術がゆるりと放たれている。


「よう」

「…………リリィはいいのか」

「お前の部屋に寝かせてきた。なんかな、ずっと一人で眠りについていたせいか一人になるのを怖がってな……」

「寝付くまで抱き付かれてでもいた、ってところか」

「ああ、抱き枕を代わりにして抜けてきた」

「そうか」


 耳元に風の音だけが響く。

 長い周期で満月と新月を繰り返す二つの月、今は赤い月明かりが辺りを照らし出す。

 満月が近づくにつれて種族ごとに様々な影響を受けるこの月は、遥か昔の世界の融合の時から存在し始めた。


「もうすぐ満月か……綺麗な月だ」

「…………だな」


 素っ気なくクロードが答えると、レイズはその隣に座った。

 若干不機嫌そうでもある。


「なんだ、違う方の意味だったか? とある英語教師がI love youを月が綺麗ですねと訳しておけとかなんとかの」

「そっちじゃない。月夜の晩は気を付けろだ、とくに満月と言えば狼系が……」

「狂犬病から始まった”狼と月”の話か?」

「いやそうじゃなくて、赤い月の影響って主に獣人に影響を出すから一番お前の近くにいたやつが獣人だから……。満月の夜って思考や理性より本能が先に動くからな……」

「……アカモートでの暮らしで体験したよ。満月の夜は揃いも揃ってメチャクチャになって収拾にあたったし」

「オレはそれを長い間やってたんだ。とくに睡魔やら淫魔には酷い目に遭わされた」

「そうか……」


 二人して嫌なことを思い出し、会話が途切れた。

 涼しい夜風が通り抜けると、ふと思い出す。


「……ところでさ、お前帰らなくていいのか?」

「帰れない」

「はっ?」

「メティに一方通行のゲートで飛ばされたから、普通のゲートに入ろうとしても弾かれる。お前と同じだ」

「でも転移はできるんだろ?」

「この世界の範囲内でなら。別の世界に行こうとすれば弾かれるし、過去に戻ろうとしても術自体が受け付けてくれない。こんな感じで」


 レイズが腕を伸ばし、パチッと指を鳴らすと空間に孔が穿たれる。

 世界を渡る転移用のゲート。

 しかしそれに触れると音もなく弾かれ、入ることは叶わない。

 世界を渡るという事は世界の理の外に、一瞬以上触れるという事。

 その異物に触れてしまえば世界は異物を排除しようとするのが自然の摂理。

 理から外れ、理に縛られないものをどこも受け入れようとはしない。


「帰りたいけど帰れない、か」

「そう。オレもお前も」


 二人並んで石の上に寝転がって空を見上げる。


「世界丸ごとぶっ壊す。そんな手段はどうだ?」

「そうすれば壊れて散った破片は別の世界に吸収再編されるが……壊すためには莫大なエネルギーが必要になるし、そもそもそこにあるエネルギーがすべてなのだからどうやっても壊せないんだがな」

「一般的な話だろ」

「ああ、一般的な話だ」

「転移できるやつらに魔力を運ばせて、溢れさせて壊すこともできるんだろ?」

「できる。まあそれ以前にムチャクチャな魔術を使えば世界が耐え切れずに崩壊するんだけどな」

「やれよ。レイズならできるだろ」

「やらない。それはこの世界のすべてを殺すという事だから」

「そうか……それは嫌だな」

「ああ、オレも嫌だ。知り合いを殺すことなんかしたくない」


 帰りたい。その意思は確かにあるが、誰か(敵を除く)を犠牲にしてまで帰りたいかと聞かれたら、二人の答えはノーだ。なんだってしてやる、誰だって殺してやる、そんな覚悟を決めたのは遥か昔。二人揃って声には出さなかったが、甘くなったものだ、そう思った。

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