断固拒否・帰りたい勇者
「クロード様お願いです、私を連れて城から出てください!」
「い・や・だぁ!」
なぜこうなっているのだろう? そうクロードは心の中で呟きつつ、打開策を検討する。
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半年の間、三人の勇者は訓練の合間にそれぞれがお姫様と一対一で話し合う時間を強制的に与えられていた。
なんでも、クロードの文句で王様風のあの男がきちんとした手順を踏んでおこうとかなんとかだとかでそうなったらしい。そんなこんなで性格が合うのか、夫として相応しいのか、そういう者を決めるための話し合いが行われた。
姫の名はメイ。
白い肌に流れるような金色の髪を背にたなびかせている。年の頃は、この世界には統一された明確な暦がないために定かではないが、見た様子ではクロードよりは下であり千夏よりは上といったところか。
服装は淡い桃色で、胸元を押し上げる膨らみは揉むには至らず撫でるには少々膨らんでいるという程度にはある。
話し合いの順番は時間の取れた者から順番に。そのため講義を逃げ続け行方を晦ませ続けるクロードは数週回った後に運悪く捕まって話すことになる。
まず初め、千夏は姫よりも年下だった。男尊女卑、そして結婚や付き合いにおいて”男性が年上、女性が年下”という、固定観念があるのだ。この条件がある時点ですでに蹴られてしまっていたのだがそれを本人が知る由もなかった。
次に天城は真面目ではないがなんでもそつなくこなす。失敗もしなければ、かといってこれといった成功をするでもない。講義を真面目に受け、戦闘訓練でも及第点を獲得するが出来てくるとエスケープするようになりプラスマイナスゼロのあたりをうろちょろ、性格的な面で難ありとされて蹴られていた。
そして最後にクロード。
最初から最悪な男だったと、部屋の外で待機していたお付の侍女は語った。
防壁に修復不可能な大穴を開けたと、防衛部隊の兵士は怒っていた。
お付の魔術師……技工士はなんで私から逃げ続けるのかと、めそめそしていた。
厨房の料理長は居てくれると野鳥や野兎、鹿や猪の解体が楽でいいと、絶賛していた。
町の警邏隊は犯罪者を一人残さずとっ捕まえてくれると、その能力を評価していた。
庭師の女性は屋根から飛び降りてきてよく驚かされると、呆れていた。
「ご機嫌麗しゅう、勇者様」
ノック、そして完全無視。そんな失礼な対応をされながらも、メイは姫という立場でありながら丁寧にクロードに接した。
自身も身の安全を確保したいという考えがある。
三人の中から夫となる者を決めよ、そう父から言いつけられているのだ。
そして先の二人はちょっと……、という評価だったために、最後のクロードが頼みの綱。
しかしながら召喚当日、初日の話では三人の中では一番礼儀もなにもない者だと聞き及んでいる。いきなり警備の兵士を倒したとも。
「……で?」
今までの二人とは反応がまったく違った。
千夏はガチガチに緊張してしまい、まともな会話などできやしなかった。
天城はそれはもうホストのように口説きに来る始末。侍女が止めなかったどうなっていたことか。
そんな二人と比べればクロードの反応は……一言で表すなら無関心。大雨の後に残った乱れのない綺麗な水溜まりのような心。意識に投影こそするがただそれだけ。なにか別の目的があり、それ以外はどうでもよいという雰囲気。
かなりの美貌であるメイを一目見ただけ、二度見はしようとせずに再び手元に広げた書物に視線を落とす。その内心はこれだ。
(くそっ、本に没頭しすぎて気付かないとか……ダメだな俺)
姫であることを分かった上での完全無視。
無礼とはこいつのことだ、そう言えるほどの愚か者であった。
「あのぉ……」
「まず、呼んでおきながら名乗りもしないあのジジイに問題一つ。次に勢いで承諾させようとした糞ジジイに問題一つ。さらに国の危機だと言いつつ自分の娘を餌に使った腐れジジイに問題一つ。最後に色気で俺になにか頼みごとを通そうとするあんたに問題一つ」
的確に自分が思った問題点だけをすらすらと並べ、また本に意識を戻す。
言われたメイはメイでちょっと開けすぎ気味だった胸元を抑える。
最初の三つについてはメイ自身も聞き及んでいることだ。我が父ながら擁護できる点が何一つないことに少しばかり呆れてしまう。
「こ、これは大変失礼いたしまし……」
言い終わる前にダンッと本を閉じたクロード。
「立場的に上にいるはずのあんたがなんで俺なんかに敬語を使う? 俺は敬う心すら持たない無礼者だぞ」
「あ、えと、その」
メイが言葉を選んでいる間にクロードの頭の中ではどうやって”帰るか”ということについての議題が高速で議論されていた。
いっそ姫を人質にとって交換で召喚を解いてもらうか、国ごと滅ぼした上で自力で”ゲート”をこじ開けるか、それとも魔王とやらを半殺しにして生かしてやる代わりに転移魔法で送ってもらうか。
などというそれはそれは人とは思えないほどの思考が回っていた。
(さて、魔王を倒せば有名人になれるだとか名声が手に入るだとか言ってたが、そんな飾りで実質的な報酬については何も言っていなかった。となれば無報酬。俺は何かやるとなればそれ相応の報酬をもらいたい。目の前には清楚可憐なお姫様、だからなんだ、そんな報酬はいらねえ。とにかく帰りたい、そしてそのために魔術書を読み漁っている。と、なれば今ここにいる姫は邪魔者以外のなんでもない。追い払うためには男として最悪な事でも言ってやれば出ていくだろうしもう近寄っても来なくなるだろう)
「とりあえず、謝罪の気持ちがあるんならその胸でxxxしてxxxをxxxでxxxしてもらおうか」
「……?」
クロードの発言に対し、メイは首をひねった。
何を言っているのだろうこの人、と言った感じだ。
(アウチ、さすがにそういう知識はないよな……と、なれば)
クロードは新たに言葉を紡ぐために息を吸う。
「お――」
「お願いです勇者様! どうかこの国を救うためにそのお力をお貸しください!」
言い切るなり、綺麗に腰を90度に曲げるメイ。開きすぎの胸元がよく見える。
「……勇者じゃない、クロードだ。クロード」
「では、クロード様とお呼びしますね」
(チッ、結局言葉遣いそのままか、まあいい)
「俺は――」
「あの! 実は、わたくし、その……三人の勇者様の中から夫を決めろと言われておりまして……」
二度も言葉を封じられたクロードは地味にイラついていた。
そもそもここにいること自体が無駄。
さっさと帰りたい、その一心しかない。銃を片手に走り回って戦車や戦闘機が戦場を蹂躙する世界から別世界に叩きこまれて、いざ帰れそうな雰囲気になってみればさら異世界に引き摺り込まれる。もうこれ以上の厄介ごとは勘弁願いたいところなのだ。
「お相手としてわたくしは、その、どなたもふさわしくないような気がしまして」
「そりゃそうだろうな。一人は見るからに子供、あんたより年下だ。もう一人は……まあ選びたくはない雰囲気ではある。俺については言うまでもなし、だろ?」
「はい、ですので……」
メイはそこでいったん区切って、深呼吸をした。
何か大事なことでも言いたいのだろうか。
そうクロードは思ったが、思った以上の言葉が放たれた。
「クロード様お願いです、私を連れて城から出てください!」
それに対するクロードの返答はほぼ反射的なものだった。
「い・や・だぁ!」
「…………えっ?」
「えっ、じゃない。そんなことをして俺に何の利点がある!? むしろデメリットだけじゃねえか!」
怒鳴って怯ませようとしたがすぐに態勢を立て直されてしまう。
「せ、成功したらなんでも欲しいものを……」
「どうやってだ、あんたがそれで城を出れば俺は確実に誘拐犯扱いで勇者云々関係なしに斬首だよ! 御伽噺を信じんなら今すぐにその甘っちょろい考えを捨てろ!」
「どうか、お願いします」
再び腰を折るメイ。
そんなメイに対してクロードがかける言葉は、
「断固、拒否する」
「そ、そんなぁ」
「他の二人にでも頼れ、まあ無理だろうが」
そう分かった上で言い放った。
千夏ではまず逃げ出す時点で見つかってしまうだろうし、天城ではうまく逃げ出せるだろうがその後に強引に迫られる可能性がある、それも人目のないところでかなり性的な方向に。どちらも危険だ。
それに比べクロードはどういう評価をされたのか、それともまだ比べたら安全だと思われたのか。
「ま、そういうわけで俺は帰りたい」
どういうわけなのだ。
「えっ……あの、それは……」
「どうせ半年たっても召喚が解除されないってことは特定の解放条件があるんだろ?」
「そ、そのぅ……わからないんです」
「………………………………………………もっぺん言ってみ?」
「なにぶん、古い文献から急いで調べ上げたらしくて……その、すみません」
最後のほうは消え入るようなか細い声だった。
(さて、この姫さんが嘘をいえるほどの状態じゃあないだろう。するとほんとに帰る手段がないってこった)
「一つ聞くが、魔王って瞬間移動したりする?」
「……? するらしいですよ、臣下からの報告で耳にしたことがあります」
(決まりだ、俺もう勇者とかどうでもいい。というより最初からどうでもよかった。よし、魔王を半殺しにでもして脅してから無理やりに魔法を使わせよう。それでおさらばだ、ならついでに一切の責任をほったらかしにできるからこの姫を樽詰めにでもして持っていくか)
こうして魔王討滅への日は、刻一刻と近づいて来るのだった。