再会の夜に
歩いている。
歩いている。
普通に歩いている。
それだけのはずなのに、妙に心臓が高鳴って気分も昂っている。
なにかこう……ムラムラする?
クロードはそんな違和感をずっと抱きながら、その原因を排除できずに夜道を進む。
原因とはとても簡単なものだ。
隣を歩く、白髪の人の形をしたものである。
下着を着けずに薄めの白いシャツを着ているために、出るところがとても小さいながらはっきりと存在を主張し、並んで歩くには恐れ多いというほどに整った顔たち、長い白髪からはふんわりと甘い香りが放たれ、まるでサキュバスのように男を惹きつける薫りが溢れ出している。
「レイズ、一つ聞いてもいいか」
「欲情してムラムラしてんのなら、発散相手はお断りだ」
そんなことを言うからには、これはもう犯人確定だろう。
「てめっ、何しやがった!? 精神干渉か? それとも薄い媚薬でも散らしたか?」
「体質的な問題だ。インキュバスを一撃で葬り損ねてな、異性を無意識に魅了するというなんとも傍迷惑な呪いをかけられた」
「…………ああ、つまり今のお前はサキュバスと変わりがないと」
「だなー。だから男どもには襲われるし、野生の魔物やら動物にも性的に襲われるし。ほら、さっきの悪魔とか」
「…………、」
もうそうなってくると、どう返していいのか迷う。
「だからお前のとこの部隊は性別が偏ってるのか」
「だろうな……いやまあ、戦闘終わりの興奮状態でそのまま強引にやられるなんてこともよくあったけどさ……痛いだけだね」
「指揮官が部下に犯されると……。風紀が乱れまくってんなぁ」
「そういうクロードのほうはどうだったんだよ?」
「……終わった後は新人がサンドバックになってました」
「ぷくくっ、もっと酷い。つか新人てクロードだろ」
「そーだよ……。佐官には蹴り技で飛ばされるし、尉官には殴られるし」
「あれ? お前准尉じゃなかったか?」
「陸戦隊と仮想化戦闘部隊とで階級違う訳」
「なるへそー。つまり基地内では陸戦隊扱いの低階級だったのか」
「おかしいだろ、十六でいきなり五等准尉だぞ。普通なら訓練兵かよくても二等兵あたりだろ」
「ん? 士官学校出てないのか」
「……魔法科と喧嘩したり、訓練中に違反しまくったりして中途退学」
「ちなみに喧嘩の勝敗は」
「勝ったけど? 所詮、疑似魔法とかの低出力魔法じゃ大した脅威じゃなかったからな」
「疑似魔法……って言うと、確か魔術を解析して誰でも使えるようにとかいうあれ?」
「大体そんなもん……で、お前は一体何をしている」
危ないお話をしながらも、レイズは時折り足元を爪先で叩いていた。
単純に靴擦れを直しているだけかとも思ったが、それにしては頻度が多いし、それならば紐を閉めてしまうか綿でも詰めてしまえばどうにかなる。
「温泉探してる」
「……はぁ?」
「温泉探してるんだって」
「いや、言葉は分かるから。叩くくらいで見つかるんならそこらじゅう温泉だらけだぞ」
「うん? そうじゃなくてソナーみたいに魔力の波を地中に放って、跳ね返りで」
「…………、」
何やってんだこの野郎、こんな大変なときに。
そう思いながら眺めるクロードの前で歩きながらコツコツ地面を叩くレイズ。
「おい」
「ん?」
「そんなに湯に浸かりたいか」
「だってさー、氷雪地帯抜けて火山地帯を飛んでここまで来たんだぞ。ずっと池とか川とかで水浴びしかしてないから気持ち悪いんだよ」
「それでも軍属か、お前? 普通作戦行動中は月単位で泥沼とかざらにあるだろ」
「軍属じゃない。盗賊から転職した傭兵だ。もしくはPMSC」
「似たようなもんだろ。まあ後方支援とか戦術支援程度の軽い任務だろうけど」
「忘れたか。うちは利益重視の侵略戦がメインだぞ」
「ああ、そういやそうだった。俺とお前が戦った時もそうだったな、確か海岸から上陸艇で……」
「言うな言うな。あれの後始末で負債が一兆超えたんだから」
「……おい? それ大企業の予算並み」
「命令無視してくれちゃった君のせいなんですけどねえ」
「俺なんかしたか?」
「空母だよ空母! お前が重力操作で沈めてくれたらオレに責任来なかったのに!」
「……、」
「もういい。帰ったらお前の口座に全部押し付けてやる」
「残念ながら俺の口座はすっからかんだ」
「……………………、」
「…………、」
互いに無益な話を切り上げて歩き続けた。
レイズはコツコツと地面を叩き、クロードはいい加減に煩わしくなってきたのか、イライラしすぎて無意識に重力操作で周囲の重圧を大きくしている。
すると空からボトッと何か落ちてきた。
体長十センチ、小さな悪魔だ。
「キィ、キィィィィィィッ!」
「うるさい、黙れ」
文字通り顔面を鷲掴みにして持ち上げる。
背中には蝙蝠のような翼があり、手には小さな槍。
「雑魚悪魔だな」
レイズがぽつりと漏らす
「悪魔って……。なに、昼間のあれでいよいよここが魔界にでもなっちまったか?」
「ある訳ない、あの程度で疑似魔界になるなら今頃世界中が魔界になってる」
「そんなもんか」
「そんなもん」
グシャッとインプを握りつぶすと、血が飛び散るではなく、さぁーっと虚空に溶けて消えた。
完全にこちら側に定着しているテリオスやその他魔王軍所属の悪魔たちを除けば、ほとんどは”向こう側”から意識だけを飛ばして、身体は魔力で創り上げた単なる仮初めの存在。いくら仮の体を壊しても”向こう側”に意識が送り返されるだけだ。
「でさあ、魔界じゃないって言うんならなんで睡魔族の群れがいる訳? あれって結構……上級の悪魔だったような気が……」
クロードのサーチに引っかかった存在は空を飛び回る無数の低級悪魔と、闇の中からこちらを狙っているサキュバスやインキュバス、さらにその派生種や上級種がわんさかと……。
風に乗って流れてくる魅了の魔力と甘ったるい匂いは理性を塗りつぶすには十分どころか、発狂してもおかしくはない濃度だ。
クロードは身に纏っていた黒いフード付きマントの裾で口元を縛る。
ちなみに愛用のパーカーは未だに服の破れたままのエクリアが着用しているのだ。
「クロード、後は任せた」
「戦えよ」
「誰かさんがオレの障壁全壊してくれたせいでほとんど魔力を使っちゃったのでお蔭で戦えませーん」
「…………チッ」
舌打ちをしつつ数を確認……できなかった。
レーダーには光点で映るから数えられる。もしそれが埋めつくような面だったら? 答えは数えられないだ。とても簡単なことだ。多すぎる。
「レイズ、お前を抱えて飛んでもいいか」
「やめた方がいい。空を飛ぶというのはポピュラーすぎて撃墜用の術がたくさんある」
「…………俺はこんなところでサキュバスに輪姦されるのは御免だ。連中空っぽになっても容赦ねえ」
「オレだってインキュバスにはもうやられたくない」
「もう?」
「前にやられてんの!」
「ああ、そりゃなんとも……」
レイズはキィッと歯を食いしばって震えていた。
過去の悪寒と恐怖が思い出されているのだろうか。
戦えるように構えてはいるが、足がぶるぶると震え、顔にも若干の恐怖がにじみ出ている。
「怖いのか?」
「クロード、分からないのか。女王クラスのサキュバスの匂いだ」
口元を覆う布を少し下げて匂いをはっきりと嗅ぐと、一際強いものが混じっていた。
それはクロードが知っている匂い。
忘れもしない、襲われたことすらあるのだから。
「……シャルティ?」
「ああ……あいつはあれでも常に獣を多数従えてる」
「その獣って性獣、淫魔って言う意味でか?」
「そう」
と、いう事ならばこの場には少なくとも大隊規模の睡魔族がいることになる。
さすがにその数に襲われたら干からびてミイラになる。
さらに空を飛ぶ無数の低級悪魔の中には何やら魅魂とかいう、魂を好んで捕食する霊体までもがふわふわとクロードの従える死霊を狙いながら揺蕩っている。
ここで従僕を無為に失いたくはない。
視線で死霊たちを地下に退避させると、煩わしい邪魔が消えたためか睡魔たちが闇の中から姿を現す。
サキュバスは下着と言い切ってしまっていいものに透け過ぎの布を。インキュバスは貴公子のような格好で、立ち振る舞いも見ている分には紳士だ。
「なあレイズ、シャルティの手下なら」
「もちろん襲って来るぞ」
「…………、」
「オレも昔はヤられたことがある。一晩で十人だ、腰が痛くなる」
「よくもまあ十人ですんだな。オレなんか部屋に押し込められて朝までやられたぞ」
軽く言いながらも、額に嫌な汗がつーっと流れた。
気持ちいいことの代償は命だなんて割に合わない。
どいつでもいいから仕掛けてきたら、包囲の乱れを付いて自分だけ逃げよう。そう考えるクロードと、二人一緒に何としても逃げようと考えるレイズ。相反する思いの結末は。
「クロード、逃げた後はどこで合流する?」
「さあ? 合流も何も……ねぇ!」
突如サキュバスの群れの中から妖艶な少女が飛び出した。
ウェーブのかかった紫色の髪が背中までふわり。
頭からはちょこんと角が。
背中にはコウモリのような大きな翼。
服装はもう睡魔族特有というか、隠すところだけ隠してその上からよく透けているランジェリーを纏っている。
クロードの取った行動はとても簡単だ。
重力操作でレイズを浮かばせ、飛び掛かってきたサキュバスに投げ付けつつ、わずかに乱れた包囲に飛び込む、だ。
「おっ!? お前ぇぇぇ!!」
「悪い。食われてくれ」
何でもないことのようにさらりと言い放ち、見た目美少女を何の躊躇いなく餌として見捨てる。これが変態と違うところだ。残酷すぎる訳でもあるが。
だがその策略はすぐに絶望へと変わった。
「クッ、ロゥ、ドォォォーーーッ!!」
砲弾を躱したサキュバスが背後から掴みかかってきた。
首に手を回し、勢いそのままに体をぶつけてくる。
むにゅっと柔らかいクッションが背中で形を変え、前のめりに倒れる。
「やばっ」
「にゅふふぅー、逃げられるとか思ったら大間違いなんだよ!」
「うやああああああああぁぁぁぁぁ、あああああああああっ!!」
別の方向ではレイズが”サキュバス”に囲まれて剥かれていた。
こちらにはなぜかインキュバスたちが向かってくるのだが。
その顔つきはいずれも呆れた様子だ。
「存在しない十三番目の月を纏める睡魔」
「そんな大層な肩書きの隊長がこれだと嫌になりますよねぇ」
「はぁ……毎度止める私たちの身にもなってくださいよ。月一でしか吸血できないヴァンパイアたちも不満があるそうですし……」
随分と丁寧な物腰のインキュバスたちが、クロードにしがみついているサキュバスを引っぺがす。
そして二人……と言っていいのだろうか、両肩をしっかりと摑まれて連行されていった。
「放してぇー! 遊び足りないんだよぉー! 久しぶりのクロード成分補給したいのぉー!」
「いいから来てください。転移の途中での休憩なんですから、すぐに出発しますよ」
「いーやーあー」
「子供じゃないんですから、もっとちゃんとしてください」
「やーあぁー! 遊ぶのぉー!!」
じたばたと抵抗するシャルティ。それを窘める親のように引き摺って行く配下のインキュバス二名。
なかなか貴重な光景だろう。
そして残った一人が丁寧に辞儀をする。
「失礼を」
「いや、いいけど」
「そうですか、恩に着ます。あなたには随分前にもご迷惑をお掛けしましたし、この度は誠に」
「いやいいって。あんたが謝ることじゃないだろ」
「そうですね。それでは失礼します」
「あ、一ついいか」
「なんでしょうか」
「その転移で俺を元の世界に送ってくれ」
「容量の関係上無理です」
「そうか……」
落胆したクロードは乱れた服装を正しながら立ち上がる。
サキュバスにたかられていたレイズは、今やマッパに剥かれて体中にキスマークが付けられぐったりとしている。
「……オスもメスも関係なく魅了してんじゃん」
逆にレイズにたかっていたサキュバスたちは吸引した精気で艶々している。
僅かな魔力までも吸収したのか、翼に纏わせて惚けた顔でふわふわ浮かんでいるものまでいる。
「お兄さーん」
「来るなっ!」
寄ってくるサキュバスを反射的に重力操作で弾き飛ばす。
少しでも隙を見せたら搾り取られて永眠コースの片道だ。
飛ばされたサキュバスは、空中でくるりと回るとわざとらしく下着を見せつけてくる。男を魅了するためだけの格好を幻術などで創りだしているのだろうが、一切の誘惑を跳ね除けるクロードには効きづらい。
「ったく……おいレイズ、生きてるよな?」
「……………………ぅぃ」
しばらくすると弱々しく片手を上げた。
吸われ過ぎて当面は動けないだろう。
その上、体液……いろんなもので身体がぬらぬらしている。
「さて……」
「それでは我々はこれにて失礼」
数十名のインキュバスたちが円陣を組み、中央に向かって腕を掲げる。
それぞれが同時に同じ詠唱を始め、世界を超えるための穴を開けていく。
やがて開いた穴に位の低いものから順に飛び込んでいく。
出た先に何かいれば真っ先に戦い、犠牲になるだろうがこれは仕方のないことだ。
「にゃあああぁぁぁ! クロード!」
「行きますよ隊長! 暴れたら途中で変なところに落ちますから!」
「やぁぁぁぁぁっ!!」
あまりにうるさすぎたため、クロードがちょっとだけイラッとした。
フード兼マントだった布を払い取ると、それを持ってシャルティの前に近づいて顔面をすっぽり覆って縛る。
「……、」
「毎度、ご迷惑を」
またもじたばたと暴れるシャルティの両肩を押さえ、穴の中へと引きずっていくインキュバスたち。
もしかしたら最高位でお目付役なのかもしれない。
「…………、」
そして穴が閉じる刹那、クロードは見た。
暴れすぎて一人変な方向に流れていくシャルティを。
「どこに落ちても知らねえぞ」
この後、シャルティが落ちたのはラバナディアという国の南端部なのだが、これはまた別のお話。




