クロードとレイズ
ボキッと。妙な音がして、目を覚ませば避けようのないそれが目の前にあった。
「あっ――」
の、次の瞬間には真上から降ってきた太枝とレイズが直撃している。
ふざけんじゃねえの一言も発する間もなかった。常人であれば直撃=即死レベルの大事故ではあるが、常に重力軽減の障壁を展開していたのが幸いしたようだ。……まあ、寝床もろともフリーフォールして地面に激突する程度にはなったか。
「いつつ……この、馬鹿!」
「ひぃっ」
次は目を開く前に、思い切り体の上にのし掛かっている枝とレイズをまとめて空の彼方に蹴り飛ばした。
見上げればさっきまで寝ていた大木……が、たった今蹴り飛ばした太枝がぶち当たってなぜか自分の方に向かって倒れてくる不思議現象。
大木なんだから根がよく張っているだろ?
思いはしたがなぜか根っこから抜けて、まったく狂い無くまっすぐに倒れてくる。
「何? 俺なにかした?」
美少女を蹴り飛ばした罰だ阿呆。
バキバキと引き千切られた根っこの悲鳴を轟かせながら、装甲車でもぺちゃんこ、人間ならスプラッタ確定な重量物が向かってくる。
「とりあえず反転」
かかる重力を無効化し、自身を基点に斥力で力を掛けベクトルもスカラーも中和して無いものとしてしまう。
「んでもって――フルスイング!」
能力で支配下に置いた大木をバットそのものとして扱い、降ってきたレイズをホームラン。
「やめろクロ――」
続きは言わせずに再び空の旅へご案内。
「おー……よく飛んだな」
クロードはレイズがこの程度で死ぬと思っていない。だってレイズは脳天に七・六二粍の弾丸を撃ち込んでも平気で生きているのだから。トラックにぶつかられたくらいの勢いで壁に叩き付けても生きているのだから。服の中にハンドグレネード滑り込ませて爆破しても生きているのだから。
「って、ちょっと待て。なーんで真昼に星が……あ、流星か」
それの原因がレイズの魔術であることは分かっている。かつて居た世界の魔法図鑑にも登録されていないものだ。ほぼほぼレイズの固有魔術と言っていいもので、発動規模の関係上単独で扱える者が少ない。普通あの規模、宇宙空間から物を引き寄せるというのは何十、何百と集まって発動するのが常識。
「おんどりゃふざけんじゃねえぇぇぇっ!」
「おおう……素を出してきたか」
気が弱いくせに、脅したら想定以上に簡単に堕ちるくせに、虚勢を張って無駄に多い魔力で仕掛けているだけのくせに。
「ま、とりあえずだ。俺の昼寝の邪魔したからには……?」
片手に超危険な光の球を創り出し、投げつけようとしながら気付いた。
なんか、別のもの狙ってないか? と。
おおよその方向に顔を向けてみると、木々の向こう側になんで気付かなかったのか直径五十メートルほどの気色悪いそれがいた。凄まじく巨大な眼球を鎖で幾重にも包み込んだその見た目、かつてクロードが交戦した高位悪魔。
そしてクロードは知らないがレイズが一撃で消し飛ばしたこともある程度には弱い悪魔だ。
……なおかつ、最もレイズが嫌いな"触手系"の分類。
「う、失せろ気色わりぃんだよ!」
半泣き状態で半ばやけになっていることがうかがえる。
どうも天城相手にやりあったあとに昼寝に入って、その間にレイズが襲われたとみていいだろう。クロードは自分に意識の矛先を向けられたり巻き添えを食らいそうになったり、大事な仲間が巻き込まれそうになるなどでなければまず気付かない、もしくは無視する。
「……ほっとくか」
今回は状況をはっきりと理解した上で無視をすることに決めた。
どのみち放っておいてもクロードに害はない。もしかするともしかするかも知れないが、レイズが触手に絡め取られてアンナことやコンナことを、という展開になったとしても助けはしない。
「どうなってもしーらねー」
-1-
結局終わったのは夜中だった。
それもいい加減に飽きてきたクロードの砲撃でだ。二つの月が大地を照らす空に舞い上がり、威力を下げるために無駄に精密な制御をしてレイズもろとも吹き飛ばした。
その結果は、
「なあレイズ、この意味の無いことをやめないか」
「はぁはぁ……んの野郎!」
ひたすらに魔弾を撃ち出すレイズと、ひたすらに避けて避けて時には殴りつけて青い破片を散らし、時には黒いナイフと青いナイフで弾くクロード。
意味の無い応酬の中で、クロードは涼しい顔でいなしつづけている。対するレイズはと言うと、すでに全身汗まみれでその上弾かれた攻撃で服が破れ、下着なんて付けていないものだからいろんなアレがよく見えてしまい、不自然な月の光とか妙なアングルで重なる小枝とかで隠されそうなほどにはなっている。
「……なー、俺そろそろ飽きてきたんだけどー」
「一発くらい……! なんで当たらない!?」
「人間やめかけてる俺にそんなもんが当たる分けねえだろうがー」
「魂奪の魔手!」
「……もーいいよ。月姫に殺されるにしても」
懐に飛び込んできたレイズの腕を掴み、肩を掴み、
「いっぺんテメェは自分の立場を分かりやがれ!」
「えぁっ?」
一歩踏み込み、もう片方の足を返して刈り取る動きで重心の崩れたレイズに刈り技を掛ける。
どうせ大した反撃なんてしてこないだろうと思って気を抜いたのがいけなかった。素人相手には何をしてくる分からないから余計に警戒しなければいけないというのに。
レイズは受け身のために腕を振り下ろすのではなく、急な"落ちる"という体の動きに反射的にクロードに手を伸ばしたのだ。共倒れ、勢いそのままに気を抜いていたクロードも引っ張られてどさりと倒れる。
「まな板とか看板とかならまあまだ……」
「…………、」
互いの息が感じられるほどに顔が近く、ゆでだこ状態なのがよく分かる。
「洗濯板ほどに無いならちょっとなぁ……揉むというか、乳首を摘まむというか……撫でる? だな」
「人の胸触っときながらそれが感想かこの変態」
「いやなんというか。シャルティとかあからさまな露出巨乳とかは置いといてさ、レイアとかフェンリアとかの方がまだあるぞ。どっちもAAかAAAくらいだったと思うけど触って肋骨が分かるほどじゃ」
その続きはグーで顔を殴られて遮られた。
「いい加減にどけよ」
押しのけられ、レイズがするりと抜け出して立ち上がる。見上げたその姿は綺麗な白い肌、月明かりに輝く白い髪、そして破れた服から覗く女の子の部分。
全体的に白いその姿は、その特異な見た目は極限られた地域では神聖なものとして、神にも等しいものとして扱われる。実際のところレイズの力はたった一人の孤独な戦いで国を壊滅させる程度にはある。それ故に嫌な過去も持っているが。
「ったく。なんでこうも男どもは」
ぶつぶつと文句を言いながら破れた服を再生する。服そのものは破れる前に戻っても、汚れはそのまま。
「そんでお前これからどうする?」
「先に謝ろうって気はないのか!」
「無いね」
「この……!」
「なんだ、二回戦目するのか」
レイズの手には光り輝く剣が握られ、クロードも真っ黒な斥力の刃を両手に展開する。レイズは魔力の続く限り、クロードは異能の制御で精神的な疲労に耐えられる限り。
「久しぶりに会ったんだ、全力でやりあおうじゃないか!」
「あー……俺もお前も全力出すと星が砕けると思うんだけどな……」
やる気のレイズは真正面から斬りかかり、斥力の刃に受け止められた。
「そこまでやれるっ!?」
「そんで解除して分解。死ね」
棒立ちになったレイズ目掛け、ナイフで首筋狙って斬り込みつつどうせ避けるだろうからと空いた手に砲撃用の光弾を構えて。
「ちょっ!?」
恐怖に凍り付いた体を無理矢理に動かしてほんの数センチの差で躱せば、次の瞬間には顔面に白い砲弾。
ボッ!! と。
白い爆発の後には、焦げた髪の毛が宙を舞う。
一撃で張り巡らせた数百の障壁を貫通し、体を強化する術の効果をも圧倒する力で吹き飛ばされていた。クロードからはなんとか見えるほどの距離にまで飛ばされたレイズは、地面を掘り返してぐったりと倒れている。
「かっ……へぁ」
凄まじい衝撃と久しぶりの恐怖に体が今度こそ動かなくなり、砂色のカーゴパンツの股に染みが広がっていった。
レイズの前提は強固な障壁ですべてを無効化できる。それだった。本気の戦闘時のみ展開するのだが、いままでにしょっちゅう破壊されこそしたがレーヴァテインなどの最高クラスの魔術を防げたこともあり大丈夫だと思っていた。これが油断であり敗因だ。
「あーあ、情けねえの。しかも漏らすとか……そういやエクリアも漏らしたっけな」
とりあえず叩き起こすべくクロードはレイズへと向かっていくのだった。




