昔の記憶
2017/1/16/19:55/改稿/誤字修正
夢を見ていた。それも近い過去の記憶だ。
オーディン、ヴォータン、オティヌス。神話に聞く彼の有名な神であり、戦いの神、死の神、魔術の神、嵐の神。様々な呼び方がある、俗に言う最強。
その時のクロードにとっては、そいつは戦う前から無理だと分かる無敵の驚異ではなく、戦ってみてはじめてその強さが分かる最強でしかなかった。だから戦って、仲間が一人を除いて全員殺され、死に物狂いで逃げることしか出来なかった。
個として絶対的な力を誇る"オーディン"に対し、群として比べものにならない戦力を持つ傭兵部隊"フェンリル"に助けを求めるしかなかった。
神話に聞くように、フェンリルならばオーディンを倒せるのではと。
楽観視していたからこそ、勝利の後を思い描いていなかった。
神話の最後はどうなった? すべてが焼き払われ、灰燼に帰し、その中から次代の者が蘇る。
本気で死を覚悟し、軍の基地から可変翼マルチロール機を奪取。燃料切れギリギリでアカモートまで逃げ帰り墜落。
「最後の最後で死ぬとかごめんだね」
ベイルアウトしてパラシュートが開き、かつては大空を駆けて今では海上に浮かぶ都市、アカモートのメインタワーに降りていく。屋上では召喚兵部隊"アイギス"の者たち数十名が発煙筒を振っている。
「帰ってきた、か」
遠くを見ればもう一人の生き残りが、風に透き通る青色の髪を撫でられながらタワーの下に降りて行っている。ただ一人の生き残り、優秀な狙撃手であり仲間内では最年少。
「よぅよぅっ! 王子様のお帰りだぜみんな!」
一様に黒一色の仲間たち。皆が同じような服装であり、その中から一人が寄ってきて肩をバシバシたたいてくる。
「やめてくれよ、勝って帰ったんじゃなくて逃げて来たんだから」
「無事帰ってきた生還祝いだ」
「……ははっ、そうかよ」
言いながら見渡せば、知っている顔がいなくなっている。
「アイギスの被害は」
「全体の一割。そのうち記憶から消えるさ、忘れたことさえも忘れられて、想い出からもいなくなって消滅さね」
「……俺が忘れてるやつもいるのか」
「何人かは。ま、どうだっていいだろう。役目を終えたら消えるのがこの部隊だかんな」
言うと寂しい笑みを一瞬だけ見せ、ふらりとタワーの縁へと向かう。
そして、何のためらいもなく身を投げた。
「おいっ!」
クロードが止める間もなく、次々と他の仲間たちも身を投じていく。
「さよなら」
「じゃあな」
「またいつか」
ぽつりぽつり、短い別れの言葉を残す者もいた。
「待て待て待てっ! マグノリア! オルレア! ティストーリャ!」
呼びかけても止まる気配は見せず、最後にチラッと振り返っては飛び降りていく。
なぜこんなことをするのか、思っていれば不意に唇に触れる柔らかい感触、視界を塞ぐ顔。
「アザレア……」
「最後の思い出、ってね。またね、王子様。私たちは召喚兵、主に命じられたらどこにでも行って誰とでも殺し合う。もしかしたら、今度は敵同士かもね」
「おい」
手を伸ばせば躱されて、涙を浮かべた彼女は振り切るように走っていく。
追いかけようにも理解が及ばなかった。状況の認識がうまくいかず、思考が滞る。普段陥ることのない混乱状態。
「なんで……こんなこと……」
後ろから倒れる音が聞こえ、振り向けば長い黒髪に鼻の上までぶかぶかのネックウォーマーで隠した少女が倒れていた。荒い息で顔を赤くして、駆け寄って起き上がらせれば熱がある。
どうしたものか、そう思えば途端に少女の体が消え始めた。末端からすぅっと溶けていくように消えていく。
「クロード」
「…………、」
「悪いが後は一人でなんとかしてくれ」
顔を上げれば四人。
スコールとイリーガル、アトリとフランツィスカ。
「またどこかで」
「どーせ最後に会うことになるし」
いきなり蒼い炎が溢れ出し、四人を包み込むと跡形もなく消えている。
ひゅぅ、と冷たい風だけが吹き抜ける静寂。
「…………。」
理解できないままに消えていって、それすら忘れて誰もいなかったのだと認識してしまう。
そうなるまでに時間はそんなに掛からないはずだ。
「……忘れられるかよ、お前らのこと」




