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フラットライン-対勇者戦線-  作者: 伏桜 アルト
第二章・変態/The Geek
35/57

天城与死神・対勇者戦線

2017/08/27/00:30/改稿/誤字修正

「ひどい戦いだった……」


 白い少女はそう呟きながら、一人で歩いていた。

 一人、そうたった一人。周りに味方は誰もいない。

 あまりに敵の数が多く、二十分で各自逃げるどころか逆にガチガチに包囲されてしまったのだ。

 これでもネージュ家の生き残りが逃げ切るだけの時間は稼げている。

 そして気づけば、転移を妨害する結界を張られ、二万を超える大軍に八重もの包囲網を敷かれて大変苦労した。

 その内訳はレイシス家正規軍一万九千八百(KIA八千超え)、ゼブレイン暗殺部隊二百(All KIA)。


「……大丈夫……だよな。うん、あいつらがそうそう死ぬわけない」


 最終的に全員がただ一人、白い少女を逃がすために犠牲になってしまった。

 それが心残りだ。

 まず殺されていることは無い。

 かといって捕虜にされるかと言えばそれも無い。

 敵としても手を出しにくい者たちであるため、未だに包囲網に囚われたままかもしれない。

 シエルはまずあちら側のため、今頃は実家にでも帰って温かい部屋に軟禁状態だろう。

 ベインは部下に神刀使いと霧の魔術師と呼ばれる恐ろしいコンビがいるため、下手なことはされていないはずだ。もしされていたら今頃後方には真っ白な霧が立ち込めているはずだから。

 ムツキ隊の三人については確実に逃亡したと言える。彼らは隠密特化、とくに隠れることに関しては引き合いに出せるものが少ない。

 魔狼については確実に距離を取って観察中だろう。総勢二百と数名からなる少数の傭兵ごろつきだが、各部隊の隊長が恐ろしい。手を出されていたら、今頃後方にキノコ雲が上がっていないとおかしい。それも魔術による核融合の汚染込みで。


「なんだろうか、考えてみると逆に威せる立場じゃないか」


 なんだか気分が軽くなった少女は、軽い足取りで進み始めた。

 後ろに向けて最大限の殺気を撒き散らしながら。

 両手にはしっかりと殴殺用の特注ガントレットを填め、魔術を発動一歩手前で待機させて、不意の攻撃にも対応できるように構えて。


「…………うざっ」


 後ろからついて来ているのは変態だ。

 他には旅の一人娘と思ってか、姿を隠した盗賊の一団もずっと後をつけてきている。

 襲われでもしたらこっちのもの。まずは全員殺さずに叩きのめし、縛り上げたうえで着替えと食料をもらって放置だ。

 放置すればそこに魔物がよりつく。そうなれば自分を襲ってくる魔物の数が減るという残酷な計算。

 だがそうなると確実に邪魔になるのが変態だ。

 何かと理由をつけて襲ってくる。

 夜、寝るときになれば夜這いを仕掛けてくるし、木陰で用を足せば覗きに来るし、水浴びをすれば当然のように覗きに来て一度は服を隠された。

 いい加減に頭にきた少女は、次仕掛けてきたら実力行使に出ようと思っている。

 とはいえ、それが可哀想であるとも少し思う。

 なにせ異性を無意味に、無意識に魅了して引き付けてしまう体質、というか呪いだから。

 半分は自分のせい、半分は理性を保てない相手のせい。

 と、少女はそう割り切っている。


「……………………、」


 後ろを見なくても分かる。

 かなりハイレベルなスニーキングスキルだ。

 今すぐに探偵かそれ系の特殊な仕事に応募すればすぐに採用が来そうなほどの。

 しかし残念なことに溢れ出す煩悩が凄まじい。

 隙あらば無理やりにでも犯してやる、そんな気配が赤外線ヒーターの熱のようにじわじわと伝わってくる。

 これが男であれば、興味ないね、で終わるのだろう。

 だから使っている技術の根本がどれほどよくても、適性検査(性格面)で確実に弾かれる。

 木の陰に、岩の陰に、はたまた土竜のように地中を掘り進んで地下に。

 確かに手段は古臭いし変なものが混じっている。

 だが木の皮を剥ぎ取り、加工して完全に木の一部になり、岩の陰ならば魔術を用いて自身の体表面に薄い岩を作りだして完全擬態。地下ともなればモグラのようにもこもこと土を盛り上げるようなへまをせず、音もなく忍び寄ってくる。

 これならばむしろ体中にニトロ化合物を張り付けて爆兵(死なない特攻兵)にでもした方が役に立つ。



 1



 何日かの被ストーキング生活の後。


「うっっっっっぜぇぇぇぇよ!! しつこい! 何あんたたち? 変態ですか、いや変態だな。寄ってたかってそんな人数でいつまで付け回す気だ、えぇ!」


 行く先に塔が見え、その先に海が見え始めた頃、少女はついにキレた。

 ここは見晴らしのいい平原。

 隠れるところなんてどこにあるの?

 そう言いたいだろう。

 だが相手は変態勇者と人を襲う事に慣れた盗賊だ。

 雲の影があれば認識阻害の結界で姿を隠し、変態勇者は土遁の術(本来は隠れるよりも砂かけのような目潰し)でも使っているのか地面の下だ。


「へへっ、ばれちゃ仕方ねえ」


 わずかな薄い雲の影からさきほどまではいなかったならず者が姿を現す。

 変態はまだ気づかれてないと思っているのか、それともピンチになったところに颯爽と現れてカッコいいところを見せたいだけか、まったく姿を見せようとはしない。


「ほんと、運が良いよ。ここは一目がないから何したって大丈夫なんだから」

「嬢ちゃん、そりゃこっちのセリフだぜ」


 盗賊たちが揃って木製の武器やバックラーなどの打撃力の低いものばかりを構える。

 痛めつけはするが生け捕りにするつもりだ。

 少女としては真っ向勝負であればまず後れを取ることはないので大丈夫なのだが、いままで何度も危ない目にあっているため、少々の手加減もするつもりはない。

 直近で言えば、森の奥深く、人が寄り付かない賊のアジトの中で縛られてベッドの上でやられかけたことくらいか。その時は体調がほぼ万全だったために力技で逃げおおせた。賊たちについてはいずれもあの世行きである。


「いいねぇ……シルクのように白い肌だ。いい値で売れますぜ」

「まあその前にちっとは楽しませてもらうけどな」


 下卑た笑みを見て、少女は構えた。

 両腕を顔の前に、一般的な殴り合いの構えだ。

 賊の数はぐるりと囲むように三十人以上。

 かなりの規模だ。


「行けっ!」


 賊頭らしき男の声で数名が向かってくる。

 武器は木刀と革製の鎧。

 盗賊にしてはやけにいい装備だ。

 どこかの商団が雇って、使い捨ての護衛兼別の商人たちへの攻撃としているのかと思いたいほどの悪さとも言える。


「……殺すのもアレだな、やっぱ生け捕りで行こうか」


 対して囲まれている少女は唐突に構えを解くと、その場に伏せた。

 そして、


「ノーム」


 地面がいきなり隆起し、槍のような岩が接近していた賊を撃ち上げる。


「ウンディーネ」


 割れた大地から清らかな水が溢れ出す。

 少女が賊に腕を向ける、それを合図にしたかのように賊の全身が巨大な水の塊に呑み込まれる。

 いきなり呼吸を封じられ、パニック状態になりながらジタバタ暴れ、ゴボガボと肺の中身を吐き出す。

 囲んでいた賊たちは驚き後退る。

 少女ただ無詠唱で魔術を扱ったのならまだよかった。

 使える魔術が一単語で複数照準するような高等魔術だと知っていたらまず手を出そうなどとは思わない。

 知らなかった、確実に獲物となるのは賊たちの方だ。

 急に考えが入れ替わった。

 意識を失い、水球のなかにぷかぷかと浮かぶ仲間を見捨てて逃げ始め出した。

 ……と思われたのだが、違ったようだ。

 離れたところに置いていた武器を取って戻ってくる。

 真剣、金属の矛先の槍、棘の付いた槌。

 街の警備隊が使うような上質なものばかり。


「…………、」

「嬢ちゃん、傷をつけたくはねえ」


 武器を向けながら言う、その意味は投降しろ。


「……一応言っておく、いますぐに武装解除し地面に手をつけ。そうすれば見逃してやる」


 少女は挑発するように言うと、紫色の宝石を指に挟んだ。

 魔法を封じ込めた魔石か、それとも強力な魔を呼び出す召喚石か。


「ひ、ははっ、なんだ嬢ちゃん? あんたぁ、どっかの貴族様か」


 あんな高価なものを持った平民はまずいないと思っていい。

 あんな美しい姿をした市井の娘はほとんど街から出ることがないと考えていい。

 あんな強すぎる人族はいないと思っていい。


「最後、降参する? それともしない?」

「……、」


 賊頭は部下たちの顔をさっと見回した。

 みな力強く頷いてしっかりと武器を構える。

 既に犠牲はでた。ならば追加の犠牲を覚悟の上で仇討ちを果たす、と。


「やるぞ野郎ども! 相手は華奢な女だ、数でかかれば好きにできる」

「アトモスフィア」


 向かってくる賊の集団。

 少女は呟いて宝石を上に投げる。

 空間が広域にわたって歪んだ。

 身体を押さえつける重圧が増大し、賊たちが足を止める。


「大気を支配する召喚獣。その力は過去、一つの国を呑み込み更地にしたという」


 少女の長い髪が、吹き荒れる風に揺れる。

 大地から草が引き抜かれ、小石が宙に舞い上がり、この場だけがハリケーンの内部のようになっている。

 つまり、ちょうど目の中であり、逃げることが叶わない風の牢獄。


「さて、覚悟してもらおうか」


 少女が地面を殴りつける。

 地中深くでボギリッッ!! と何かがどうにかなる変な音が響いた。

 まあ、これはどうでもいい。


「行くぞ」


 地下から仕掛けてくる変態のことを気にしないでいい。

 白い少女が思い切り一歩を踏み出した瞬間、賊たちの顔色が一気に変わった。

 恐怖、死、畏怖、確実にこの場で冥界に叩き落とされる、と。

 ただ、その原因が少女ではなかった。


「んっ?」


 空を見上げると、そこには真っ黒な穴が開き、数多の死霊を従えたものが浮いていた。

 肩に巨大な大鎌デスサイズを担ぎ、黒いフードの下に見えるその顔は白い骨、骸骨。

 死神だ。

 纏う気配が人族や魔族とはまるっきり違う。


「騒がしいと思ってきてみれば……」


 死神は鎌を支えていない左腕を軽く振るう。


「吸い尽くせ」


 配下の死霊たちが好き勝手に飛び回り、賊たちに纏わりつき、その顔を恐怖に染め上げつつ枯れさせていく。

 生きとし生けるものすべてには生命力オドがある。これは精気とも呼ばれ、一部の魔族や大部分の悪魔はこれを吸い取ることで己の糧にすることができる。

 瞬く間に死体同然になった盗賊たちにさらに群がり続け、死霊たちは物理的な栄養素や水分までも吸い出し始め、すぐに茶けたミイラに変貌した。

 着けていた服や武具も、風化しぼろぼろと風に消えていく。

 全ての賊を吸い尽くすと死霊たちは白い少女に向かってきた。


魂奪の魔手(ソウルドレイン)


 少女は両手に付与魔術エンチャントを掛けた。

 効果は名の通り、己の腕で触れた相手の魂を奪い取るもの。

 ドレイン、身体から強制的に霊魂だけを剥離させ仮死状態に陥れるものなのだが、それを魂だけの存在に使うとどうなるか?

 その答えは魂への直接的ダメージ。


「キシュゥゥゥ……」

「ヒョォォォォ……」


 妙な音を上げながら、殴りつけられた死霊たちが遠ざかる。


「死神、か……」


 死の神。

 あれでも神だ。

 もっとも、自ら表に出張って戦いに身を投じる死神は少ない。

 死神の本業は死すべきもの、死んでなお地上に居座るもの、害をなす悪霊などを強制連行することだ。

 ある面から見れば忌み嫌われるが、いなくては地上が荒れ果てる。

 必要悪の存在だ。

 必要とされず、必要とされる。

 そこにいれば追い払われるが、いなければ呼び寄せられる。


「この嵐はあんたの魔術か」


 賊が死に絶えてなお消えない魔術の暴風。

 それでこの少女が術者だと判断した死神は、無造作に嵐に左腕を伸ばした。

 一瞬だけ青く光り、そして魔術が砕け散る。

 それは少女にとっては二つの衝撃を与えた。

 一つ。威力は低級、術自体の強度は破壊するのに三〇人規模の魔術師を必要とするはずなのに簡単に砕かれたこと。

 二つ。その青い光を伴った術の破壊の仕方は、少女が知る限りはただ一人の女の子とその子から力を分けられた者しかできないということ。


「名を名乗れ、死神」

「真名を知って隷属でもさせる気か?」

「……、」


 こんなものは隷属契約の基本事項だ。

 人前でうっかり名前を漏らすようなことは誰だってしない。

 だから本当のファミリーネームと略したファーストネームを言うのだ……というのが一昔前の話。

 まあ、そんな古いことを知っている者がほとんどいないため、今となっては皆本名を言い合っている。


「あんたから名を名乗れ」

「レイズ」

「すべてだ」

「レイズ・メサイア」


 すると死神は、小さく復唱し、そして疑いの眼差しを向けた。


「偽名か、通り名か……」

「まあ、本名言う訳ねえだろ?」

「そうじゃない。その名前の持ち主はお前じゃないはずだ」


 死神の記憶にあるレイズの姿は、ショートヘアでもう少し背が高い。


「…………? オレがレイズだ」

「……証明して見せろ。あんたがレイズ・メサイアであることを」

「…………、」


 証明しろと言われても困る。

 身分証明のできるものは何一つとして持っていない。

 あいてが死神であり、何を知っているかもわからないため、特定の動作や言葉で証明することも困難だ。

 だが気にかかるところはある。

 相手は黒一色の死神ながら、人の気配がする。

 大鎌デスサイズもそこらの上級の死霊が扱うほどの力しか感じられない。

 もしかしすると、死神のフリをした……?


「ルクス・コラプス」


 唐突に放った攻撃魔術。

 物理的な影響力を持つほどの光を浴びせて焼き払うもの。

 放つと同時に少女は飛び上がっていた。

 対して死神は反応できないはずの速度に反応し、魔術を打ち砕く。

 残るのは目潰し程度の光と青い欠片。

 視界が塞がれたのはコンマ二秒、その刹那に少女は拳を振り被った状態で死神の前に躍り出る。


「はっ」


 いきなりのことなのに死神はしっかりと反応していた。

 突き出される拳を防ぐために腕を動かす。

 でも間に合わない。

 少女の拳はしかと骸骨の形をした”仮面”をぶん殴った。


「づあぁっ!」


 仮面を砕き、勢いそのままに蹴りを入れて死神を地に落とす。

 風を纏い、緩やかに降り立った少女は、死神のフリをしていた者に近づいて行く。

 殴りつけた感触は鋼鉄の装甲にぶち当たったようなもので、手には激痛が跳ね返る。

 それでいてすぐに立ち上がるからには、相手はそれ相応に防御術を使えるということか。。


「いってぇ……」

「なんで死神のフリなんかして……」


 その顔を覗き込んだ瞬間に言葉を詰まらせた。

 知らない顔ではないが知っている顔でもない。

 分かりやすく表すのならば数年ぶりに再会した相手のような印象。


「あ……クロード? か、なんでここに?」

「なんで俺の名前を……そうか、思考を読む魔術もあったな」


 死神……もとい死神すら恐れて道を譲るほどの悪魔はゆっくりと起き上がった。


「クロード、クライス家のクロードだよな」

「だったらどうした。俺はあんたを知らない」

「なら分からせてやる。あの日のことは忘れてないだろ」


 白い少女……レイズはタッと地面を蹴って距離を取ると、すぐに連続した詠唱を済ませた。


「切り抜けて見せろ」


 レイズが腕を振るうと、ミイラが浮かび上がってクロードに向かって飛翔する。

 その速度は時速換算約八〇キロ。

 クロードはしゃがんで躱すと、ベルトに差したナイフを両手に抜き、構えた途端に弾丸が襲ってくる。

 魔術で創り出したらしき金属弾。

 すべての狙う先と軌道、着弾地点を完全に知っているかのような、必要最小限の動きで躱しながらナイフを投げつける。


停止結界ハルト


 だがレイズの数センチ手前でキンッと弾かれる。

 それでも回避を続けながら次のナイフを手に取って距離を詰める。

 そして三〇発目。

 金属弾がクロードに回避されると、次は二つの火炎弾が創りだされる。

 片方はごく普通の炎、片方は中にもう一つ爆破を込める。

 クロード目掛けて時間差で撃ち出された火焔は狂いなくクロードを狙い、一発目は簡単に避けられた。

 回避先を狙った二発目は投げつけられたナイフで爆発する。

 ムチャクチャな防ぎ方だ。

 飛び散った炎がチリチリと肌を熱する。

 それでもクロードは無視して突っ込んできた。

 姿勢を低くして、眼前まで来ると一気に斜め下から斬り上げる。


「ふっ」


 それを後方に大きく飛ぶことで躱したレイズは、踵で軽く地を叩く。

 大地が揺れる。

 併せるように振るわれた腕につられるように、大地が裂けて大きな岩が四つ浮かび上がる。


「喰らえっ!」

「吸い尽くせ」


 射出する寸前でクロードが取り出した黒い何か、それに魔力を吸われて岩が落ちる。

 次いで待機させていた魔術が霧散していく。

 そこまでは良かった。

 体内にやっとのことで補充した膨大な魔力までもが吸い出される。

 その吸引の範囲はとてつもなく広いらしく、地中で眠っているはずの変態からも絞り出されていた。


「うぐっ……ぅぁ…………」

「気持ちわりぃ……」


 これによりもっとも被害を受けているのは吸引しているクロード本人だ。

 まさかこれほどの魔力が吸い寄せられるとは思っていなかったらしく、赤、白、黒、下品な色の魔力の奔流に膝をついている。



 2



 およそ五分。

 魔力の吹き荒れた平原は混沌と化していた。

 高濃度の魔力にさらされた雑草は不気味な姿に成長し、大地は魔力を吸った土がマンドラゴラなどの危険植物に適した状態となってしまい、早くも移住してきている植物系モンスターが住み着いている始末。

 空を見上げれば、植物の精霊が堕ちて低級悪魔となったインプなどがパタパタと舞っている。

 なにやら瞬く間に魔界がここに誕生してしまったようにも見えるのだが……。


「……それでだクロード。オレがレイズだ」

「……とりあえずそう仮定しようか」

「いやいや、信じろよ。セントラの海岸でちょっと戦ったろ? お前がオレの服に手榴弾入れたりナイフで切り付けてきたりさあ」

「思考が読めるならそれくらいはどうとでもなる」

「うーん……だったら、お前がまだ八歳くらいのときに屋敷を襲撃されたときのこととか」

「……、」

「人身売買のオークションに出品されたとか」

「…………、」

「アカモートの兵器庫で暴れまわって大損害を与えたこととか」

「……………………、」

「どうやったら信じてくれるわけ?」

「……奴隷の証を見せろ」

「……、」


 レイズは躊躇いなく白いシャツを脱ぎ、惜しげもなく白い肌を晒す。

 クロードに背中を向けて白い髪に隠れた背を見せる。少しすると、そこに黒い染みのようなものが浮き出て、完全な形になった。

 もう何年になるか分からないが、かなり昔に捕らえられたときに逆らえないように隷属の関係を刻まれている。

 その印は黒い四枚羽の天使の紋章だ。

 命令には決して逆らえない忌々しい呪いであり、施術者が完全に死なない限りは解けることがない。

 そして施術者は永遠の時を生きる堕天使だ。


「………………………………………………………………………………………………………………………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 長い沈黙を伴って、クロードは盛大に溜め息をついた。


「ああ、あんたはレイズ。レイズだ。なんでそんな見た目になってるのかは知らないけど」

駄(堕)天使(メティサーナ)の変な呪いだよ。遊び半分でこれだぞ? 迷惑極まりないったらありゃしない」

「うわっ……解呪方法はねえのか」

「レイアくらいしか解けない」

「そりゃご愁傷様。どうしようもねえな」

「だろぉ…………」


 何時までも裸では少々肌寒いため、脱いだシャツを着ようとした。

 着ようとしたのだが、着る前に足元が盛り上がった。


「わひゃっ!?」


 驚き飛び退く。

 そこから突き出ているのは二本の土に汚れた腕。

 墓場から這い出てくる生ける屍(ゾンビ)のような雰囲気だ。


「ゾンビか? 死体処理をせずに生き埋めで放置だったから……」

「違う! これは変態だ!」


 レイズが叫ぶ。

 変態は手を地面につき、力を込める。

 地中から抜け出るつもりだ。


「変態?」

「いいから埋めちまえ! お前重力操作は十八番だろ!」

「まあ……」


 クロードが手を向けると、変態が這い出てきそうだった地面がボコンッと陥没した。

 その上に周りから引き寄せた土を被せてさらに念入りに踏み固める。


「……道を踏み外したらどこまでも転がり落ちていくよな、変態って」

「確かに。最後に行きつくところは揃って牢屋だろうけど」

「でもそこまで行くと今度は奈落の底からでも這いあがってくるのが変態だよな」

「そうだな」


 二人はその場から立ち去ろうと踵を返した。

 変態は土に還って転生すらしてくるな、そう思いを込めて。

 ……………………。

 …………。

 の、わずかコンマ一秒後。


「どっかーーーんっ!!」


 意味不明な言葉を発しながら、大量の土砂を巻き上げながら変態高校生勇者・天城海斗は飛び出た。

 腰にはしっかりと魔剣が括り付けられているのだが、かなり高圧で土を押し付けられたためか汚れまくっている。


「天城海斗、超復活!! さあ、お嬢さん。お待たせして申し訳ない。いまからでもどぐふぁっ!?」


 無駄に気分が高い変態を見た瞬間に、レイズは残り僅かな魔力で作った致死性魔力塊をぶつけた。


「おお、ぉぉぉおおおおおっ!!」


 少しだけうずくまり、貧乳丸出しのレイズを見ると一気に覚醒状態へ。

 なんだか変なオーラでも出しているのか、髪が逆立っている。


「クロード、頼みがある」

「なんだ言ってみろ。大方予想はつく、今回だけはタダだ」

「うん。そいつを吹っ飛ばせ。つか殺せ」

「ははっ……了解ヤー!!」


 レイズを後ろ手に庇いつつ、クロードは踏み出した。



 3



「邪魔すんじゃねえよクロード。そいつは俺の嫁にするんだ」

「……話す必要性すらねえな」


 下品なオーラを纏った魔剣を正眼に構える。

 クロードの目に切先が向く形のこの構えは、剣の道であれ術であれ、最初のうちに習う基本の構えだ。

 対するクロードの構えは順手にナイフを持つだけ。狭い場所なら逆手に持って首の前に構えるが、こうも広い場所で素人が相手だと構える必要が無い。そもそもナイフを持ちはしたが使うつもりもない、一応素手だとなんだか絵にならないから持っただけ。


「アマギ、って言ったか。テメェは何のために戦う」

「何のため? 決まってるだろ! 世界中の美少女を俺のモノにするためだっ!」

「はぁ……いいなぁ、気楽で」

「あんただって同じじゃないのか?」

「テメェみたいな変態と一緒にするな。俺は帰りたいだけだ、こんなくだらない勇者召喚おあそびなんざさっさと終わらせてな……ま、今のところ帰る手段がねえんだが」

「あっそ。とりあえず邪魔だからどけ雑魚。名前からして外人さんだけど見た目からして日系だよな……あんた」

「それで?」

「いや、なんか日本人の勇者が多いからさ。もしかしたらあんたも何か特別なナニかを持ってんじゃないのかってな」

「……言語の瞬間理解とか」

「あ、教える気が無い。なら別にいい、ぶっ飛ばすだけだ」

「……話し合いより暴力けんかが好きか。いいぜ付き合ってやるよ、俺の本職は殺しだからな」


 元傭兵と変態勇者が激突した。

 その結果は一瞬で出た。

 空の彼方にはキラーン☆! と光った星が。

 地上には斥力の刃を振り終えた格好のクロード。あんなものを斬ってナイフを汚したくないから最初から使う気も無かった。


「じょーがいほーむらーん」


 後ろからパチパチパチと手を叩く音が響く。


「……弱すぎねえか?」


 クロードとしても逆袈裟に斬り上げただけなのだが、まさかなんの抵抗もなく吹っ飛ぶとは思っていなかった為に、綺麗にフルスイングした格好になったのだ。

 こういう戦いならば、だいたいの場合は初撃は受け止めて鍔迫り合いからの斬り合いになって二、三十合ほど剣をぶつけ合うくらいにはなるだろう。

 だがまあ……、天城は半年程度の素人。クロードは幼少期から自衛と稼ぎの為の戦闘技術を身に着けている。

 どちらが勝つかは、異能抜きに考えても決まっているようなものだろう。


「よし、終わった終わった」

「……いや、なんかこう物足りないんだが」

「何ならオレとやるか?」


 と、レイズがまな板の胸を親指で指しながら言う。


「お前を相手にしたら月姫に殺されるわ!」

「だろーなぁーあはははは」


 呑気な会話をしながら、今度こそ二人はこの場から立ち去った。

天城編しゅーりょーーーー!!

終了ったら終了

終わりったら終わりなの!

次章、天城がヒロインを殺しに来ます

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