天城之洗脳・魔剣の勇者と光の掃射
「お前が余計な事をするからだ!」
そんな叫びが深い深い谷底に響き渡った。
「はっ! 美少女がそこにいて手を出さない勇者がどこにいる!」
「お前以外の全勇者だ! この外道!」
無意味な言い争いは叩き落とされてからずっと続いている。
なぜ言い争いが続いているのかと言えば、ここはクレバスの最底辺のような場所であり、どこにも足も手もかけられず登れないからだ。
魔術で登ろうにも、少し上がれば一瞬でお湯が粉雪になるほどの冷気が吹き荒れているため、自殺行為以外のなにものでもない。
「外道とは何だ。これが勇者の、引いては異世界転移した男の特権だと思え」
「埒が明かん、お前はここで永眠してろ!」
白い修道服を纏ったロイファーが足を上げ、振り下ろされた靴底が赤く光りながら氷の大地に突き刺さる。
それだけ、それだけの行動で大地がかすかに揺れ、遥か上で崩れた氷が、雪が流れ落ちて生き埋めにすべく迫ってくる。
「んなっ!? 俺は男と心中する気はねえ!」
「お生憎様、俺もない」
カツン、と踵を鳴らせば爪先側に隠しナイフが飛び出た。
その場でぐるり一周、それで足元の氷をガリガリと彫る。
ロイファーを囲む一重の円。
円、円と言えば場を区切る一つの模様だ。
例えば結界を張るのならば呪符を配置したり、方形を描いたりするだろう。
それと同じでこれもその一種。
円には外と内とを区切る意味があり、円だけで侵入を拒む最小の防護陣、術者を護る一つ目の防御壁になる。
これに文字や更なる模様を書き加えてより強固なものにしたものが一般に魔法円、魔法陣と呼ばれるものだ。
「一応覚えておけ、そこにある理論に従った魔術では俺たちに勝つことはできない」
「なにを……」
スゴゴゴゴゴ……と重苦しい音が迫り、急速に暗くなっていく。
その中でロイファーの足元にある円だけが弱く光る。
「魔術とは万能の術だ。魔法などという、決まりに縛られた人間に使いこなせる代物ではない」
「何が言いた――うぉぉぉおおおおおっ!?」
「さらば」
流れ落ちた氷雪に呑みこまれ、二人の姿は見えなくなった。
1
上、空中廊下からそれを眺めていた三人。
ベインは額に手を当てて「何やってんだか……」とため息をつき、シエルは「あわわわわわ……」と慌てふためいていた。
ただ一人、白い少女だけは腕を前に突き出して何かを詠唱していた。
白い力が辺りに顕現してホタルのように飛び交う。
「おーい、これ以上の大破壊は勘弁してくれぇ……」
という力ない懇願は思い切り無視された。
「降り注げ、星々の光」
真昼の空に輝く星々の光が煌めいた。
「このバカ!」
「いたっ……あの変態を殺すにはこれくらい」
「だからってやりすぎだ!」
咄嗟に頭を叩き、術を止めようとするがもう間に合わない。
あの術は初めから終わりまですべてが術なのではない。
宇宙空間に散らばる小惑星を引き寄せながら撃ち砕き、小さな破片として降り注がせる悪夢のような攻撃のトリガーを引くだけだ。
物体にかかるエネルギーの操作のみを行い、後は定着した物理現象としてそこに残る。
簡潔に表すならば、魔術で点火して引き起こした森林火災。
ダムを破壊して起こした洪水。
魔術で生み出された火焔や水撃ならば魔力をぶつけて掻き消すことはできただろう。
だがこれは物理現象の範疇、止めるならばそれ相応の力が必要になる。
「ああっと、ここまで見えるってことは成層圏間近だよな、ええと重力操作か? 慣性中和で少しでも威力落とすか? いや待て、そもそもあれをどうやって防げと?」
「一応教えておこう、効果範囲は星の半分だ」
「……お前は世界を滅ぼす気か?」
「別に余所の世界がどうなろうと知ったこっちゃない」
「お前は悪魔か!?」
「え? 一応みんなには白い悪魔って呼ばれるけど?」
ケロッとした表情で無邪気に答える少女。
やることに躊躇いがない。
「調子が戻った途端にこれだよ、まったく……」
静かに目を瞑ると、そっと両腕を空に向けた。
その手の先に黒い魔力が集う。
「迎撃……間に合わねえな」
ぽつりと漏らした時には小さな魔法陣が三一個、それぞれ砲撃用のものではあるが、空全域をカバーすることはどう見ても不可能。
ならばと、協力関係にあるネージュ家の範囲だけはなんとかしようという考えだ。
「がんばれ、ベイン」
「自分でやったことくらい自分で制御しろよ」
「残念ながら使えるものは広域対地掃射がメインだから、無理」
「この野郎……!」
対地ができるなら処理を反転させて対空もいけるだろうが、なんて思いながら、半ばヤケになりながら対空砲撃を開始した。
時速三〇〇〇キロ(二〇〇ミリ砲と同じくらい)の魔法弾が射出され、空に消えて数秒で浮かぶ光を消していく。
それでも当然間に合わない。
すぐに一つ目の小隕石が遥か彼方に落ちていくのが見えた。
直系数メートルクラスですら、街一つを消し去るには十分だ。
「間に合え!」
そちらに向けて数発、真っ黒な砲撃を行う。
とくに重力の影響を受けるでもないため、偏差砲撃の必要は無い。
真っ直ぐに撃ち、尚且つ攻撃目標の軌道を読みさえすればいい。
だが距離がありすぎる。
届かない。
だが、
「あっ……?」
遥か彼方の地上側から閃光が迸った。
それは雷撃のような速度で降り注ぐ狂気の塊を打ち砕き、空の果てへと消える。
「どこの魔術師だ……」
ベインがあまりの威力に唖然とする間にも、次々と狙いすましたように放たれる雷撃は、真昼の空に浮かぶ星々を貫き消し飛ばしていった。
ものの数秒で空の脅威は完全に排除され、さらに細かくなった欠片は燃え尽きながら降り注いで昼間の流星群になった。
「…………、」
「とりあえず、どこかの誰かがやってくれたけど、もうやるなよ」
「…………。」
少女はどことなく不機嫌だ。
「やるなよ?」
「いいや、一撃叩き込む」
「やめろつったよなぁ!」
振り上げた腕をつかみ取ろうと身を乗り出し、
「ふっ」
さっと避けられた上に、その背に蹴りをくらい、
「はっ?」
空中廊下の手すりに激突、勢いそのままに……、
「うぉあああああああああああああっ」
落ちた。
「ベインさぁぁぁぁん!!」
「大丈夫大丈夫、放っておいても死なない」
「でも」
「大丈夫だって。ベインはああ見えても腕のいい魔術師だから」
「そういう問題では……」
調子の少し戻った白い少女とシエルは、手すりに身を預けて底の見えない氷の谷間に視線を落とした。
2
『力が欲しいか』
真っ暗な冷たさの中で声が聞こえた。
「……なんだ、この安っぽい定型文句?」
『貴様の命と引き換えに、想像を絶する力をやろう』
「命なくなったら意味ねえじゃん」
『ぬっ……、なかなか冷静な人間だな』
「はぁ? で、あんた誰よ? なんか魔剣を握ってるはずの右手から流れ込んできてるんだけど」
『我こそは魔剣xxxxなり、見るがいい人間。世界のすべてを!』
肝心の名前が聞こえなかった。
そしてその瞬間、視界いっぱいに光が走った。
「うわっ」
変態こと天城海斗は光に包まれていた。
ただ、その光からは神聖さを感じられない。
温かさなどなく、むしろどこか冷たい。
陽の光ように優しいものでもない。
天城はそんな光に包まれながら、なんとも言えない白い空間に浮かんでいる。
自分の体の感覚が感じられない。
見ればじわじわと、悪意のある光に溶けて呑みこまれていくようにも見える。
「なんだこれ? なん……、俺を変えてい……させるか!」
意識を強く、確かに確立させる。
すると先ほどまでは無かった球体が浮かんでいた。
それも一つ二つではなく、無数に。
その一つを手元に引き寄せ、覗き込んだ。
中に見えたのは、地平線を埋め尽くす軍勢。
一様に掲げるのは白地に二股の槍を逆さにし、その中に赤い丸を描いた旗。
その下には指揮官だろうか、白髪に紅い瞳の青年が空を見上げている。
そして彼の前には麗しき乙女たちが並び、跪いている。
「なんだこの美少女の軍勢は!?」
また別の球体を覗き込む。
錫杖に天使の翼をはためかせた旗を振りかざす白騎士たち。
騎士を統べるのはいずれも美しい天使たち。
四枚の黒翼を背に、空に浮かぶ美少女天使が数多の天使を従えて進軍を開始した。
「……え? 天使? いや、美少女ならなんでもオッケーですよ」
荒涼とした大地、そこにある石造りの砦に旗が掲げられた。
その旗の下に立つのは、背に翼を携えた有翼のものたち。
目立つのは女性が多いこと、そして露出の多い服装であり小柄という事。
空を駆けるにあたって必然的にそういう体型や軽い服装になるのだが、知らないものからすれば、まあ、アレだろう。
「翼ありのロリ美少女! カモン!」
それからも次々と球体を手に取り眺めては変態的な……否、変態そのものの叫びをあげていた。
ほんのわずかな一刹那。
無限に引き延ばされた時間の中で天城は異なる場所の光景を見ていた。
それも数えられないほど、数万、数億というハーレムを築けそうな光景ばかりを。
きっといま持っている学(悪い方向になると途端に活躍する)と腕っぷし(悪い方向になると途端に活躍する)と見た目(悪い方向の思考にならなければそこそこ悪くない)をなんとか活用すれば、手にすることも不可能ではなさそう……と思える。
『力を望むか? 世界に散らばる数多の乙女たちと』
「ヤりたいです!! 全員俺の嫁に欲しいっす!!」
『我を求めよ、心を染めよ』
「ははっ、何だよあんた……。引っかかるつもりはねえよ?」
『なぬ?』
ゆっくりと、幻想を見ていた天城の意識に入り込んでいた魔剣の瘴気が逆に取り込まれていく。
「俺はね、俺のやりたいようにやるんだ。だから誰かに操られた悪役なんて御免だね」
『なっ……! なぜ意識の洗脳を打ち破った!?』
「俺の(悪意よりも真っ黒な)純情を染めることはできやしないのさっ! 俺の(FFFFFFをオーバフローした)真っ白な心は誰にもけがされない!」
『そんなふざっ、たかが人間如きが』
「世界中の美少女を全員俺の嫁とする! そのためにあんたの力、貰い受ける!」
『や、やめっ』
冷たく積もる雪の下。
邪念たっぷりの人間の心が、心を蝕む魔剣の力を取り込み塗り替えていく。
「はぁっ! 俺が望むのは女の子だらけのピンクだけのむふふな世界だ! 男どもはそこで消え」
てしまえ、そう言いたかったのだろう。
だが言う前に浅く雪に埋まった天城の脳天にベインの踵が突き刺さった。
意識を刈り取る一撃としては十分すぎるものだ。
猫のように空中で体勢を立て直し、運動ベクトルの方向を魔術で操り、跳ね返ってくるベクトルを反射したのだ。
それも一点に向けて。
勇者の防御力をもってしても防ぎ難い威力であった。
「ん? 何か踏んだか」
ベインが立ち退き、足元の雪を加熱して溶かせば天城がもちろんそこにいる。
襟元を掴んで引き抜けば、その手には魔剣がしっかりと握られていた。
意識を失っての己の得物を離さないのは、戦士として優秀なのだろう。
しかしベインはそちらよりも魔剣の色に視線を持って行っていた。
色がおかしい。
真っ黒だったはずの魔剣のオーラは煩悩ピンク、下品マゼンダ、その他色々が混ざり合ってなんとも品のない紫のような変な色になっていた。
「まさか……。魔剣を乗っ取った?」
このままでは色々と危ない(女の子たちが)。
悟ったベインは、天城を魔術で深い眠りに落として、持ち帰った。




