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フラットライン-対勇者戦線-  作者: 伏桜 アルト
第二章・変態/The Geek
32/57

天城之失敗・少女のお兄さんは激怒しましたとさ

「どうもー、皆さんこんにちは、現役勇者の天城です」


 翌日の昼間、腹の虫がうるさすぎて退屈すぎて寒すぎてかなりおかしくなっていた。

 天城は誰にいうでもなく、商売トークを繰り返している。


「俺は今、なんとも見晴らしのいい住居にいます。

 どうですこれ? どの方向を見ても大自然の雪山、雪原、一面の銀世界ですよ。

 いやぁーこんなところに住めるなんて羨ましい! 

 そういう人もいるでしょうね。

 しかもここって敷金ゼロ、礼金ゼロ、家賃ゼロのトリプルなゼロですよ。

 日照時間なんて日の出ている時間帯はなんと一〇〇%フルに浴びれますからね、

 日光浴し放題ですよ。

 それにこの部屋は掃除しなくても勝手にゴミは飛んでいきますし、

 トイレもそのまましてしまえば臭うことなく落ちていきますしね。

 ただまあ、問題と言えば問題なんですが、

 電気、ガス、水道の三要素がここにはないんですよ。

 まあそんなことを差し置いて、この部屋はガチガチのセキュリティで安心です。

 見てくださいよ、この堅牢で頑丈な銀色の格子。

 ガツンと蹴ってもグイッと引っ張ってみてもびくともしません。

 この勇者の俺がですよ?

 魔術のバーナーで焼き切ろうとしてもノンノン、そんなもんじゃあ加熱することすら不可能。

 どうです?

 こんな住居いいでしょう?

 天空に浮かんでるから厄介なゴキちゃんも来ませんし、

 どんな泥棒も、あなたの命を狙う刺客もやって来れません。

 さあ、どうです、こんなところに住みたいとは思いませんか?

 ただしここで一つだけ条件が。

 なんとこの住居、入居できるのは俺みたいなやつだけなんですよ。

 ……そう、犯罪者を閉じ込める永遠の牢獄ですもん」


 天城はふぅっと一息つくと、寒さから来る眠気に目を閉じた。

 何度目だろうか、意識を保つためとはいえ一定時間おきに無理やり目を覚まして暴れて語ってまた眠る。

 そして何度目かの睡眠で、ガシャンッと何かが投げ込まれる音で天城は目を覚ました。


「ちったあ丁寧に扱いやがれ!」

「うるっせえ、アルクノア! お前は黙ってそこで死んじまえ!」

「んだと、この野郎」

「それじゃあな。俺はまだ仕事があるんでな」


 最後にぽいっと投げ捨てるように置いて行かれたのは麻袋だった。


「……くそ、妹に手ぇ出したら承知しねえぞ」


 目の前にいるのは男だ。

 白い髪に紅い瞳。

 着ている服は修道服のような形だか、色は白で赤色の刺繍がされている。


「……あんた、何した訳?」

「なに、ちょっと妹の様子を見に実家から来たらこの様だ」

「そうか……」


 真下を見れば、飛び降りて行ったベインの姿が小さな点となって見える。

 この高さから飛び降りたら、一般常識で考えると地面に張り付いたR18なナニかになるほどの衝撃がありそうだが。

 眺めているうちに見えなくなると、二人は視線を麻袋に向けた。


「何が入ってんだ?」


 口を縛る紐をほどき、中身を出してみると、カチンコチンに固まったパン、チーズ、ヴィーノ。

 どれもこれも冷凍庫で凍らせたのとは比べ物にならないほどに固まっている。

 なにせここは天然の冷凍庫だ。

 それも一般家庭用のものよりもかなり高出力な。

 勇者天城だからこそ生きていると言っていいほどに寒いのだ。


「「食えねえよっ!」」


 試しに噛みついてみたが歯型すらつかない。

 むしろ冷たすぎて唇が引っ付きそうになった。


「あの野郎……とことん嫌がらせが好きだな」

「で、俺たちはこのまま凍り付くしかないと……」


 打つ手なしの男二人が意気投合して、牢獄の中で脱走を企て始めるまでそうかからなかった。



 1



 ネージュ家、空中の離宮では白い少女が苦しんでいた。

 桶を前に置いて、手にはタオルを握りしめて。

 現在体調が最悪なのだ。

 身体がだるい、頭が痛い、食欲がない、だというのに強烈な吐き気がする。

 何も食べていないから直接胃液だけが吐き出され、喉に焼けるような痛みをもたらす。


「えぇ、げっ、えええぇぇぇ……」


 隣ではベインが背中をさすっている。

 彼としてもこれはもう周期的に起こることでどうしようもないため、できる限りのサポートをするしかない。


「今回はいつも以上にひどいな」

「うぇ、えええぇぇ…………。はぁ、はぁ……ストレス……うぷっ」


 再び顔をうつむかせて桶に吐瀉物を撒き散らす。


「お前の場合は心的(P)外傷後(T)ストレ(S)障害(D)だろ。この短期間で辛い思いをし過ぎだ。目の前で仲間が死んで恋人も殺されて、妹みたいなやつまで死んで、挙げ句は強姦されかけて」

「うるさ……ごぼっおえぇぇ……」

「なんですぐに俺を呼ばなかった。いつでも行くのに」

「だて、う、あっちで仕事があるか、げほっ」

「とりあえず落ち着いてからにしよう」


 ベインが立ち上がり、部屋から出て行く。

 残された少女は苦しげに呻き続け、げぇーげぇー吐き続ける。


「げぼっ、がはっ、うぅ……スコールがいればもう少しマシに……うぷっ」


 周期的に起こるものが数種類重なってしまい、どうしようもない状態の少女は泣きたかった。

 泣きたかったが泣いたところでどうなるものでもないと分かっているから泣かない。

 さらに言えば連続して降りかかった不幸もあり、精神的なショックの方がとても大きいが、それも起きてしまったことは変えられない。

 確定した過去は変えられない、確定した未来は変えられない。

 過去が決まって未来が創られるのか、未来が決まってそれに合わせた過去が引っ張られるのか、どちらにせよ運命は変えられない。

 一つ思い出せば、それが引き金となって次々と忘れたい忘れられない記憶が溢れ出す。

 物心ついたときには親に捨てられ荒野を彷徨っていた。

 そこで助けてくれた男には生きるための術を教わりそして、裏切られた。

 下らない計画の為に生贄にされそうになった。

 捨てたくせに継承権云々で帰って来いと言われた。

 天使の軍勢と衝突してしもべにされた。

 悪魔に捕まって辱められた。

 盗賊に襲われて死にかけた。

 外道な勇者に遭遇して嫌な思いをした。


「くそぅ……なんでこんな目に……」


 魔術で作り出した水で口を洗うと、ふらつく足取りで部屋を出る。

 気分転換に歩けば、少しくらい良くなると思ってだ。

 外気の冷たさは身に染みる。

 むしろ寒さで体調を崩しそうだと少女は思った。

 しかしずっと部屋に籠もりきりよりは、少しくらい外の空気にあたりたくもある。

 暖気結界の張ってある廊下に出れば、ちょうど向こう側からベインと女の子が歩いて来ていた。

 その手にはお湯の張ってある桶とタオルが一枚。


「歩いて大丈夫か?」

「気分転換……うっ」


 また吐き気が込み上げ、口元を抑える。


「はぁ、ほら戻るぞ。体調がよくなるまでは寝てろ」

「あぁ……スコールがいてくれたら」

「あいつは当分こっちには来ねえよ……って、そういや預かってたもんがあった」


 ベインが取り出したのはセレナイト(浄化と癒やしの力があると言われる石)のような真っ白な珠。

 それは実際には物質的なものではなく、魔力などのような非物質的な力の塊だ。


「これを見越してか……あいつ」

「いや、たぶん自分の周期を考えて事前に不調にならないように力を排出したとみる方がいいんじゃないか?」

「……あぁ、そうだよ、あいつはそういう性格だったよ。もう……んく」


 少女はそのセレナイトのような力の塊を、何の躊躇いもなく飲み込んだ。

 すると体中から白いもやのような、湯気ではない何かが溢れ出す。

 蒼白だった顔色も少しばかり、ほんのり赤みを帯びた。


「劇的な変化だな」

「まだまだ本調子には遠いけど……。それより、シエル、クソ兄貴は?」


 ベインの隣に付き添っていていた、自分とよく似た年下の少女に話しかける。

 白い少女の腰まで届く白髪(銀髪ではない、もとからアルビノなので)と比べ、背中程度までの癖のないセミロングだ。瞳の色は全く同じ紅。

 悩みどころは知らない人や通りすがりの人に気味悪がられるところだ。


「えっと……さっきベインさんがどこかに引き摺って行きましたけど」

「ああ、あいつなら天空牢に投げ込んできた。どうせ絶対零度で凍らせても、レンジでチンしたら動き出すようなやつだからな、いいだろ?」

「そもそも、その発想からおかしいと思います」

「いやいやシエルよ、レイシス家の男どもの反則チートぶりを甘く見ちゃあいけない」


 それに対する反論は、本来ここにいてはいけない人物からきた。


「それが普通だ、普通。しかしなぁ、シエルの様子を見に来ただけでいきなり投獄とは……お前たちの思考の方が一般的なものからずれてるんじゃないか?」

「ロイファー、お前どうやって抜け出したっ!」

「反則と言ったのはベイン、お前だろう? だから反則は反則らしく、物理次元ではなく情報次元を経由して抜けた」

「…………なんだそれ?」

「理解する必要は無い」


 言い切るとベインを横に押しのけて、白い少女の前に立つ。


「随分と背が縮んだな」

「…………。」

「なんだ? 口も利きたくないか。まあいい、お前の下らないお遊びに付き合ってる暇なんかないんだ」

「…………チッ」

「当主様からだ、さっさと下らない家出はやめて帰って来い、だとさ」

「追い出したのは、捨てたのはそっちだろ」

「帰って来いとはかなり前から言っているし、追っての式も数百万単位で放っているのだがな」


 かなり剣呑な雰囲気になってきた。

 双方ともが意識してか知らずか、赤い魔力を目に見えるほどにまで励起させている。

 赤は破壊を司る。


「おい、こんなところで喧嘩はやめてくれよ」

「「邪魔だから黙ってろ」」


 肌にピリッと刺激が走るほどの、殺気だった視線を向けられベインはシエルを背に庇いながら距離を取った。

 ベインは強力な魔術師の喧嘩を嫌というほど見たことがある。

 そこらの低級な魔術師であれば、艦砲射撃の嵐程度の損害に終わるのだが、こいつらの場合は例外だ。

 本気でぶつかってしまえば、よくて陸地が海に沈む、悪ければ星が砕けるとか銀河系が滅びるとかではなく、冗談抜きに世界にひびが入る。

 一つ一つの魔術が弱くとも、互いの魔術で世界の法則による場の拘束が弱まれば、小さな力でも抵抗がなければどこまでも動くように、容赦なく世界を破滅に導く。


「…………。」

「…………。」


 両者の間に火花が散った。

 比喩的ではなく、お互いの干渉する領域がぶつかり合ってだ。


「お、お前ら、やるならせめて隔離領域を展開してからにしてくれよ」

「うるさい」

「黙ってろ部外者」

「一族揃って喧嘩馬鹿ばっかりか!」


 止めに入ったら巻き添えで殺される。

 それも本格的な戦闘行為ではなく、魔力壁の圧力で挟まれてミンチになるというような、絵にしてはいけない方向で。

 これを止めることができるのは、彼らの親たちか、さらに上にいる兄たちくらいだろう。

 純粋に力でぶつかれば、疲弊させて止められるが、それができるころには甚大な被害が出ている。


「お、うぉぉい、お前らマジでやめろよ?」


 恐る恐る警告してみれば、ロイファーの手には戦艦すら貫きそうな魔力球があり、少女の周りにはすべてを焼き尽くしそうな真っ白な鬼火がゆーらゆら……。

 まさに一触即発。

 なにか小さな刺激でもあればすぐに、個人間の戦闘ではなく戦争が始まるだろう。

 片や一族だけで国を相手取れる戦力を保有、片や一領地を統べる主。

 ぶつかり合いになれば最低でも大陸一つが消え失せる。

 だからベインは切に願った。


「だ、誰でもいい。レフィンでもネーベルでもスコールでもムツキでもレイでも、とにかく核爆弾を止めてくれぇぇっ!」


 その願いに誰が答えたか。


「いやああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ぬはははははっ!! お嬢さん、さあ今日こそ」


 魔剣を取り戻した変態勇者のスニーキングスキルがしっかりと発動されていた。

 全く気付かなかった。

 音も気配もなにもない。

 その魔手が妙な動きをしながら迫っていたのだ。

 ただし、その矛先はシエルに。

 後ろ姿だけ見れば確かによく似ている。

 勘違いしても仕方ないだろう。

 しかし今はタイミングが悪かった。

 すこぶる悪かった。


「妹に手ぇ出すんじゃねえっ!」「妹に手を出すなっ!」


 破壊の力を蹴りに転化された一撃が撃ち込まれ、まるでバスケットボールのように吹き飛び、白い少女に嗾けられた鬼火たちが変態に群がった。

 少し話を逸らすが、白い炎の温度を知っているだろうか?

 あれはそんなに熱いものではないのだが、まあ人が触れて大丈夫かどうかと問われたならば間違いなくアウトになるのだが。

 分かり辛ければ、真っ白に熱せられた溶鉱炉のドロドロの金属を思い浮かべてもらえるといい。

 今の鬼火にはアレの温度が一番近いから。

 と、言ってしまえばアウトもセーフも言う必要がなくなってくるのだが……。


「んぎゃぁぁぁああああっ!!」


 皮膚が焦げ、肉が焼け、意識が消し飛んで当たり前の苦痛が身体を走る。

 だが、それでも勇者として付与された力が楽になることを許さない。

 赤く赤熱して消えていく体を、その内から再生し、死を跳ね除ける。


「術式解放・天地創造の槍(グングニル)

「やりすぎ。でもまあ、これくらいならいい仕返しになりそうか」


 白い少女は軽く手を振る。

 それだけで鬼火たちが変態を銜え空中に持ちだす。


「準備できたよねぇ……もう骨の髄まで焼き尽くしちまえ。あそこなら撃っても、真下は谷だ」

「うんうん、いつからお前はそんなに酷い性格になってしまったんだろうねえ」


 妙に芝居がかった動きで腕を伸ばし、遥か天空に魔法陣を描き出す。


「お前が編み出した魔術はどれもこれも威力が高くていい」

「……勝手に模倣して使うな」


 その瞬間、カッ!! と破壊的な閃光が落ちた。

 圧倒的な光が熱に変わり、膨張した空気が巨大な爆音に変わる。

 谷の底にドスンと何かが叩き付けられた音が聞こえ、間抜けな叫びが響き渡った。


「ふむ……。お前を連れ帰れるのは別に俺の仕事じゃないしな、あのバカで遊んでから仕事に戻るか」


 そっとその長い白髪を手ですく。


「やめっ」


 咄嗟に払いのける。まんざらでもなさそうだ。

 完全に嫌がっているわけではない。


「ふっ、なかなか綺麗じゃないか。長い髪も似合うぞ」

「このクソ兄貴。さっさと行っちまえ!」


 襟元に手を回すと、さっと足を掛けて体勢を崩し、


「おうぉっ!?」


 そのままくるっと回転して勢いそのままに空中廊下から投げ落とした。


「ぬぉああああぁぁぁぁっ…………!」

「さようならクソ兄貴。変態と一緒に谷底で氷漬けになってくれ」

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