表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フラットライン-対勇者戦線-  作者: 伏桜 アルト
第二章・変態/The Geek
31/57

天城之投獄・夜襲、奇襲、強襲、瞬殺、投獄

「ぶふぁぁっ!」


 夕闇の雪原に、一つの雪だるまが顔を出した。

 その雪だるまは立ち上がろうとして、立ち上がれず。

 手を出そうとして手が動かず、そのままごろんと横に倒れてゴロゴロと転がって行った。

 ゴロゴロ……。

 ゴロゴロゴロゴロ……。

 ゆっくり転がること、およそ九分と三十秒。

 踏み固められた道にたどり着いてようやく止まった。

 もうその時には大きさが三倍ほどにまでなっていて、形も雪だるまではなく、言うならば雪のドラム缶。それも通常規格を遥かに超えた。


(……いやね、これなに? 動けないんですけど)


 雪の塊はそんなことを思いながらも、内側から尖った金属を使って穴を開けようと頑張っていた。

 やがてぼこっと小さな空気穴が開いたことで、苦しかった息が幾分か楽になる。

 そこから外を見れば、小さな子供が不思議そうに自分のことを見ていることに気付く。

 その子は灰色がかった白い髪で紅い瞳だった。

 着ている衣装は分厚い毛皮で温かそうだ。

 今まさに体の末端部が若干凍り付いている雪だるまにとってはとてもうらやましいことであった。

 そしてなにより、


(幼女! 可愛い幼女! ぜひとも捕まえて我が手に!)


 かなりどころではない。

 いますぐに昇華させて消し去らないと冗談では済まさずに実行しそうだ。

 危ない。

 光源氏計画を実行する気ではなかろうか、この雪だるまは。

 ちょっとずつちょっとずつ、少しずつ少しずつ都合のいいように言い聞かせて育て上げて……。


「きゃっ!」


 そんな邪念に……。ではない、空気穴から覗く野獣のような、変態のぎらつく視線に気づいて怯えたのだ。


「うわーんっ」

(えっ、ちょっと待って、誰か呼んできて、ねえ、雪を甘く見てたよ。なんでこんなに重くて固いんだよ)


 雪だるまは雪の中で必死にがりがりと雪の壁を崩し始めた。

 しかしだんだんと意識が朦朧としてくる。

 通気口が小さすぎて酸欠状態なのだ。


(くっ……こうなれば、爆砕指突き!)


 ぶすっ、と雪に突き刺さった人差し指。

 そこを中心として爆破の魔術を発動して、自身に纏わりつく雪を吹き飛ばす。


「ふぅ……んで、どこまで流れたよ?」


 魔剣を片手に、変態はオレンジ色の雪原を眺めた。

 遥か遠くに屋敷があり、さきほどの女の子はそちらに向かって逃げて行ったようだ。

 雪道に残った小さな足跡をたどって、一人の変態が行動を開始した。



 1



「じょーきょーかくにーん……。門前に真っ白なヤツがふたーり……屋根の上にさーんにん……不定期の見回りごにーん……」


 変態こと天城海斗は、体に張り付いた氷で天然の雪上迷彩を施して、侵入すべき屋敷の配置を確認していた。

 母屋があり、囲むように離れが十以上。さらに空中廊下でつながれた、なんの支えもない離宮が空中にいくつも浮かんでいる。

 警備の兵はさきほどの白いヤツら以外には一切見当たらない。

 あの女の子は顔パスで入って行ったからここに住んでいる、もしくは関係者であることは間違いがない。

 なによりも地図と照らし合わせても目的地であることに変わりない。


「うーむ、正面突破はさすがに不味いよなぁ……」


 戦力的に見て行けば、攻略対象は十数人。

 領主というからにはそれなりの魔術も扱えるだろう。

 となれば、こっそり侵入して不意打ちで終わらせるのが最も確実だ。


「赤い瞳に長い髪……ネージュ、neige。雪、ねぇ」


 天城は雪を掘り、モグラのように地中……ではなく雪中を掘り進んだ。

 少し掘っては押し固め、溶かして固めて穴を補強して。

 そんな感じで掘り進み、まずは門の見張りの下に空間を作る。

 途中固いものにぶつかったのだが、それがどうも階段であり、雪が相当積もっていることが分かるものだった。

 本来この場所は小高い丘の上にあるはずなのだ。それが雪に埋もれている、つまるところ本来の一階部分と地下が埋まっている。


「さて、やりますか」


 片方の見張りの真下に行き、飛び上がってそのまま雪を砕いて足首を掴み、穴に引きずり込む。


「うひゃあっ!?」

「って女の子!?」


 驚いたその隙に、腹部に固いものが押し付けられた。

 視線を落とすとそこには白く塗られたアサルトライフル……。


「うぉい! それ(ファンタジーには)持ち込み禁止だろ!」

「クセロさんっ! 侵入者!」


 しかしそんなことは気にされることはなく、開いた穴からもう一人飛び込んできた。

 こちらはゴツイ男だ。

 見た目は四十代後半の戦い慣れした顔。

 全身を白系統の迷彩服で包み、その上から白い衣を纏っている。

 武装は腰回りにハンドガン、コンバットナイフ、手榴弾、スリングで固定されて背中にあるライフル。

 どう見ても氷雪地帯や極地で活動する、現代の兵士だ。


「ユキ、よくやった。そのまま抑えていろ」

「はいっ!」


 足を掛けられその場に倒され、ブーツ(スパイク付)で頭を踏まれてさらに背中に銃口を突き付けられるという、素人が警官に立ち向かって返り討ちになったような場面だ。

 まあこの場合は相手が警官でなく、しかもまっとうな法律すらありそうにない世界だから、このまま射殺されてもおかしくはない。

 抑えられている間に、女の子に腰に下げていた魔剣を没収され、ポケットの中身も確認された。


「暗殺か……どこの国のものだ? もしくは領地でもいいが」

「……に、日本国です」


 言った瞬間に、背中の上に乗る少女の拘束が緩んだ。

 なんにせよこのまま捕まる気はない天城だ。

 腕を立てて上体を起こし、バランスを崩した少女からアサルトライフルを奪いつつ首に手を回して人質に。


「こ、これでどうだ」

「ユキ、訓練通りにやれ」

「はい」


 人質にされたとは思えないほどに落ち着いた返事で、頷く。

 そしてゴスッと音がした時には肘当て付きの固い肘打ちが天城の腹に突き刺さり、痛みは無かったが反動で身体がくの字に。脱出した女の子――ユキが身を反転させ勢いで拳を耳にぶつけ、さらに両の拳を頭の上で組み、振り下ろした。


「どはぁっ!?」

「舐めないでくださいね」

「なん……がっ」


 トドメの一撃は顎への掌底。

 ダメージは無いのだか、衝撃はそのまま突き抜けて脳を揺さぶり、昏倒させるには十分なものだった。

 変態勇者一名、撃破。戦闘のプロ相手には敵わなかったようだ。

 侵入者……いや、闖入者を無力化した二人は無線で仲間を呼び寄せると、穴から出て天城を地下牢に投げ込んだ。



 2



 夜中。

 カチャカチャと音が響くのは地下の牢屋だ。

 音を出しているのは絶賛投獄中の変態。

 カチンッ。


「よっしゃ……」


 きぃぃ……と静かに牢鉄格子を開き、看守のいない牢獄エリアから脱出。

 階段を上るとそこは廊下、無視してさらに上るとすぐに外だったのだが、薄く雪が積もる程度で大した寒さは無い。

 どうも屋敷の塀の、外と内とで魔術的な何かが働いているようだ。

 天城は一人で静かな屋敷に入り込もうとしたが、見えない壁に阻まれて上がることはおろか触れることすらできなかった。

 あちこち歩き回ったが、いざ脱走しようと塀に手を付いたところ、焼けるような痛みが走った。


「んぎゃああああっ!!」


 それは氷点下まで凍てついた冷気によるもの。

 塀の向こう側は寒冷地獄だ。

 瞬間的に凍って死んだ皮膚の細胞がぼろぼろと崩れ落ちて血がにじむ。


「いってぇー……」


 治癒用の魔術で傷を治し、白い雪に落ちた赤い点を隠す。

 随分と固まっているらしく、足跡が付かないのが幸いだ。


「誰かいるのかー?」

「やべっ」


 見張りが回ってきたらしく、天城はすぐ近くの生け垣に飛び込んだ。

 枝葉に擦れて多少のかすり傷を負うが、見つかるよりは遥かにマシ。

 ガサッ、ガサッ、と固い雪を踏む音が近づき、しばらくすると離れて行く

 ふぅっ、と胸を撫で下ろしたのもつかの間、真横からこちら見る目があった。


「んっ!?」

「騒ぐな」


 手で口を塞がれ、ジタバタと暴れるのは自分にとっても得策ではないと判断して大人しくする。

 暗闇でよく見えないが、きらりと耳元で光るのはピアスだろうか。


「誰だよあんた」

「お前こそ誰だ」


 かなりひそめた声で互いに問い合う。

 声からして相手は若い男のようだ。


「俺は天城だ、あんたは」

「エマープ」

「こんなとこでなにしてんだよ」

「お前と同じで隠れてんだよ」

「なんで?」

「仕事帰りだが遅くなってな……正面から戻ったらそのまま説教確定なもんでな」

「へぇ、俺はちょうど逃げてきたところだ。もう捕まりたくねえよ」

「ははっ、だろうな。説教長いもんな」


 いい感じに誤解してくれたようだ。

 このまま合わせ続けられるだろうか。


「……それにしても寒いな」

「俺はそうでもないが」


 それはそうだ。

 ポケットには没収されなかった魔石が入っているのだから。

 天城だけはぽかぽかの暖気フィールドに包まれている。


「そうかい……。と、見張りはもう行ったな……?」

「ああ、音が聞こえないから近くにはいないだろ」

「よし、それじゃ俺はもう行く。お前も空き部屋に隠れるなりしとかないと凍死するぞ」


 言うとエマープは静かに飛び出して、篝火の明かりが薄いところを縫うように進んでいった。

 天城としてもここでじっとしているわけにはいかず、かといって行く先もないためエマープの後をつけて行く。

 一人で歩くと迷子確定の迷路のような作りだ、確実に迷子になる。

 実際、攻め入られたときのことを想定して建築しているのだろうが、ここを警備する者たちは良く迷わないものだ。

 後をつけているうちにやがて塀がなくなり、背の低い柵ばかりの場所になってきた。

 そこから外は地面がない。

 ちょっと見下ろしてみれば背筋が凍り付くような寒さと底の見えない谷があるだけだ。

 落ちたらまず上がってこられない巨大クレバスのようにも見える。


「うわー……」


 落ちないと分かっていても怖い。

 ただそこに危険なものがあると知ってしまっただけでやけに緊張するのだ。

 そうして柵沿いに行くと、空中に掛けられたなんの支えもない長い廊下があった。

 エマープはそこを歩いている。

 もう行く先に篝火はなく、見張りらしき者たちも見えない。

 天城は一定の距離を取り、身を伏せながらその後を歩く。

 消音スキルは中々のものだ。ストーカーの為のスニーキングスキルが変なところで活用されてしまっている。これをまともな敵地潜入などで使えばまだいいのだが……。

 しかし前を行くエマープは振り返ってきた。

 天城は廊下の手すりを飛び越えて、落ちるかもしれないが気力で耐えながら廊下の縁に掴まる。

 足元はギリギリ結界の範囲外なのか、冷たいを通り越して痛みを感じる。


「何やってんだ……?」


 真上から見下ろされる。

 もう、思い切り気づかれていた。

 それでもエマープは、変態天城を放置して歩いて行った。


「……助かった?」


 長い長い廊下を超えると、等間隔に部屋の並ぶ場所に着いた。

 どの部屋も明かりはついておらず、戸はきっちりと閉められている。


「なんだここ……」


 足音を殺しながら歩き、そっと近くの引き戸を少しだけ開けて中を覗く。

 そこには布団を敷いて寝ている誰かがいた。

 頭にはぴょこんと付いている獣耳。

 獣人、あまり音を出したりすればすぐに気づかれる。

 天城はそっと引き戸を閉めてさらに奥に進んだ。

 するとある一部屋から呻き声のようなものが聞こえた。

 なにかと気になってそっと開けてみれば、悪夢にうなされている様子の少女がいた。

 それがただの少女ならば天城も通り過ぎただろう。

 だがそこにいたのは天城の局部にソバットを撃ち込んだ白い少女だ。


「う……うぅー……」


 苦しいのかなんなのか、うなされている少女がいる部屋に天城は入り込んだ。

 そしてふと思い当たった。

 領主の特徴は長い髪に紅い瞳。

 この少女はどうだろうか?

 白く長い髪に紅の双眸。

 条件に合致してしまう。


「ふっ、なんにせよ無理やりやってしまえばこっちのもの」


 唐突に変な方向に思考パターンがシフトした天城は、完全に気配を殺して近づいた。

 そっと布団をめくり取ると、下着姿も同然の単衣を身に着けているだけ。

 しかも汗によってしっとりと湿って若干透けて見える。

 そこから花のような、無意識に引き寄せられてしまうそうな微かな甘い匂いがふわりと散る。

 はだけた胸元に視線が引き寄せられたが、そこで少女が目を覚ました。


「ん……誰か……いる?」

「やあお嬢さん、俺たちの初夜はこれからだ」


 なにやら口調だけが紳士的になっているが、やろうとしていることの思考配列は野獣だ。


「…………なんでここに?」

「暗殺以来を受けたからな。それで君を俺のものにして表舞台から引き摺り下ろして……げへへ」

「変態丸出し……」


 そう言われると、天城は豪快に且つ超早業で服を脱ぎ捨て全裸となる。


「なに脱いで」

「ささっ、邪魔は入らないから蜜月の夜を」

「蜜月の意味分かってる?」


 裸を見ても全く動じず、それどころか言葉のおかしなところを指摘するという始末。

 さすがにこういう反応をされるとは天城も思っていなかったようだ。


「んなのはどーでもいーんだよ!」


 天城は素早く少女の上に跨がると、強引に薄い単衣を脱がせ始めた。


「ちょっ」


 いきなりの行動に素っ頓狂な声を放つ少女と、それを気にせずに脱がす作業を続行する天城。

 シンプルな衣服はいとも簡単にはだけさせられていく。

 少女の方も無抵抗だったわけではない。

 だが、それなりの抵抗では勇者の化け物ステータスには敵わない。


「脱がせやすいなぁ」

「やめっ」


 抵抗する少女も本気で抵抗しているわけではなさそうだ。

 もしそうならば、その細い指で目つぶしでも急所を殴るでもすればすぐなのだから。

 天城は軽い抵抗をする少女を押さえつけ、これからやろうとしている行為に興奮を覚えている。


「うぅぅ……やめ、ろ」

「やめない」


 脱がせてみると上の下着はなく、下は純白の布一枚。

 その上から指でなぞってみるとなにか固いものが。

 布の下に指をすべり込ませてみれば綿のような手触りがある。


「……生理中か」

「だからやめろって……痛いし辛いし……うぅ」

「ふっ、その程度で止めると思うなよ。たとえ生理中、だろうが俺はやる!」

「うわっ……」


 女性にとって大変な時であっても一切の気遣いなしのようだ。

 この外道勇者は。


「あぁ……こんなときじゃなかったら……」


 恐らく天城は一瞬で蹴り飛ばされて今度こそ、一時的にではなく永久に大事な部分をロストさせられるだろう。

 それも女性という女性に恐怖心を抱くほどにまで。

 だがそんなことは全く考えず、か弱い状態の白い少女に魔の手を伸ばした。


「あぁっ、さぁわぁるなあ」

「嫌なら本気で抵抗しろよ」

「この……!」


 半分涙目で、本気の抵抗ができないのが悔しいのか、どうなのか。

 天城は嫌がる少女の足を押し開き、可憐なクレバスを眺める。毛はなく膜もなく。


「くぅっ……なんでいっつもこんな目に……」

「処女じゃねえのか」


 いっつも、その意味を天城は考えることもしなかった。


「まあいい。げへへぇ、さあ始めようか」

「やられてなるか」

「お? 抵抗する?」


 その次の瞬間、少女の手の中に小さな炎の珠が作りだされた。

 これは天城も知っている。爆竹より少し大きい音を鳴らすための魔術だ。


「おっと、そんなものは使わせねえ」


 腕を伸ばして、それを掴んで封ずる。

 だがそれがいけなかった、いや、少女にとっては大変都合がよかった。

 体勢の崩れた天城に弱い、それでも精一杯の蹴りを入れて一気に引き剥がし、単衣をさっと纏いながら立ち上がる。


「つぅっ……この程度でも痛い……」


 少女は下腹部を抑えながら、ぽたりと血の雫を落とした。

 いきなり蹴られたことでひっくり返っていた天城は、すぐに起き上がって少女に襲い掛かろうとしたが、少女の方が早かった。


小さな光(パルムルミニス)


 少女の前に光の珠が出現し、バァンッ! と閃光音響手榴弾フラッシュバンのように激しい光と音を散らした。

 本来この魔術にそこまでの威力はないはずなのだが。

 しかし、そんなことよりもこれほどの音を出せば当然周囲の部屋の者たちが起きてくる。

 一瞬の合間もなく周りの部屋からどたばたと音が鳴り始め、気づけば少女の周りには、少女を護るかのように青白い鬼火がいくつも揺蕩っていた。

 一つ一つが天城に対して怨念のような気配を向け、威嚇するようにぼわっと火を向ける。


「何があった!」

「ベイン、そいつ」


 真っ先に飛び込んできたのはさきほどのエマープ。

 白い少女にはベインと呼ばれたところからして、偽名か、エマープがファミリーネームなのか。


「あんたさっきのエマープ!」

「そういうお前はさっきの……なるほど、刺客だったか。俺ももう少し疑うべきかな」

「バレたからには仕方ねえ」


 腰に手を伸ばし、魔剣が没収されたままだったことに気付く。

 しかしこれでも勇者。

 そこらの者よりも遥かに素の能力は高い。


「下がってろ」

「……頼む」


 白い少女が後ろに下がる。

 開け放たれた引き戸からは他の者たちが武器を構えながら覗いている。


「うちの大将を直接狙いに来るとはな、それも調子の悪い時に」

「はっ、戦争ってのはいつだってそういうもんだろ? どんな戦いもトップを潰せばそれまでだ」

「だろう。だがそれは少数で敵地のど真ん中に入り込むのと変わりがないことくらい分かるよな?」

「ああ、分かってる、よっ!」


 思い切りのいい一歩を踏み出して拳を突き出す。

 真っ白な雪が見えた。肌に突き刺すような冷たさが伝わる。

 何が起きたのかすら、その過程プロセスを認識できなかった。

 今あるのは結果のみ。

 そして首裏にそっと乗せられたヒヤリとする白い刃。

 視線だけを動かせば、雪原で負けた侍がそこにいた。


「ベイン、俺を蹴り飛ばした理由は?」

「悪い悪い。転移したらいきなり変なのがいたから」

「…………。」


 小さな小さな舌打ちが聞こえた。


「まあとりあえず、そいつを天空牢にぶち込んどいてくれ。俺はちょいと……」


 後ろをちらっと見れば、床にぺたんと座り込む白い少女がいる。

 ベインはそちらに向かい、残った侍が鞘ごと構え。


「骨折しても文句言うなよ」

「へ? なになに、なんで牢に入れるだけで、えええぇぇぇぇっ!?」


 刀の鞘を背中と服の間に差しこまれ、そのままゴルフスイング。

 すぽーーーーんっ、と夜の空に投げ上げられた天城は、上昇途中に別の建造物を見た。

 それはすべてが鉄格子で組まれ、中には凍結乾燥した死体らしきものが。


「いや、マジっすかぁぁっ!!」


 綺麗に夜空に撃ちあがった人間は、頂点で一瞬だけ無重力を体験してすぐに自由落下を開始した。

 落ちる先は天空の牢獄の一室。

 がっしゃぁぁあんっ、と落ちると何もなかった天井に、黒い霧のようなものが集まって瞬く間に鉄格子を作りだして塞いでしまった。

 前後左右上下。どこをみても完全に綺麗に溶接されたような鉄の檻。いや、鉄ならば極端に冷やせば打撃で割れる、それを知っていて試してカァーンといい金属音が響くあたり、これも魔術で創り出した物なのだろう。

 周りの部屋に腐敗臭なんてしないほどにまで凍ってカラカラになった死体があるところからしても、ここから出されることは無いと思ったほうがいい。


「いや、ねえ、これって主人公の扱い違うよね、ねぇ!!」


 虚しい叫びは肌を切り裂く旋風に掻き消され、誰にも届くことは無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ