逃亡生活・辺境の指揮官
2017/4/30/22:18/改稿/誤字修正
なんだかんだで一日目が終わり、それぞれが寝室に入っていくがクロードだけは寝間着に着替えもせず自分の服のままで、それもしっかりと武装してベッドに寝転がることはなく壁に背を預けて寝ていた。
ほかの二人はどうかは知らないが、クロードは平和ボケした場所で生きてきた訳ではない。つい昨日まではエースパイロットとして泥沼の戦場で幾多の敵機を撃墜し、血みどろの殺し合いの中を駆け抜けてきたのだ。
こんな得体の知れない場所にいきなり引き摺り込まれて警戒しないという選択肢はない。
現にクロードの睡眠状態はなにかあればすぐに起きるほどに浅い。翌日に疲れは残るが、一度寝たらそのまま訳も分からず人生終了にならないようにするためだ。
(……足音……上、三、哨戒。下、二、哨戒。もう一つ? ……近づいてくるか、数は一……あの女か)
短いスパンで睡眠と覚醒を交互しながら、そのたびに音を頼りに周辺状況を確認して睡眠に入る。そして異常があればそれ相応の動きをする。
共に過ごし、戦いの中で散っていった彼/彼女たちに教えてもらったことはこの上なく役に立つ。
(金属の音……なんだ? 剣? いや、銃? ……ぱっと見の技術レベルで銃がありそうじゃないが……)
昼間の一件があるとはいえ、まさかいきなり勇者として召喚した者を襲いには来ないだろう。そう考えもせず、すっと立ち上がると音もなく窓を開けて外に身を乗り出すと、手足を掛けられそうな場所を探して飛び出す。
雲一つない夜空には青い月が満月となって浮かんでいる。月明りだけでもかなり明るいが、黒一色のクロードは離れたところからでは見えづらい。そういうこともあってか、松明を持った哨戒兵に見つかることもなく屋根の上に上がりきった。
「……で、何がしたいんだあの女は」
屋根を伝って反対側から身を乗り出して廊下の窓から覗き込めば、網とロープにそれを打ち出すための装置のようなものと足枷に鉄球。
大方予想はできる、寝ている間かもしくは朝一でとっ捕まえて講義を受けさせようという魂胆なのだろう。
なんだか思い出してみれば最初の説明の時に裏方からお付の魔術師としていい指導ができればいい場所に、できなければどこか遠くに飛ばされるとかなんとかいうのが聞こえたような気がしないでもない。
だが、
「知ったことか」
一切合切他人の事情なんてどうでもいい上にまったく気にしてやるつもりもないクロードは静かに屋根の上で睡眠モードに入った。
1
「なんでこうなってる?」
疲れが出たのか、うっかり熟睡して目を覚ましてみればなぜか逆さ吊りでぷらーんと。
「…………、」
上を見ればなんかこういい感じに足に絡まった鎖に繋がれた鉄球が庇に引っかかってギリギリ落ちてない状況。下を見れば捲れ上がったスカートの中の純白の生地……ではなく怖さから漏らしたか少し濡れているそれがばっちりと見えていた。
「……で? お前はいったい何がしたかった訳?」
「……っ……ぅぅ」
「……寝ている間に俺を縛り上げようとして落ちたな」
「…………しゅん」
「じゃあな」
腹筋で上半身を持ち上げ鎖を掴むと自分だけ上っていく。
助ける? いったい何のために?
それを素で言い放ってさようなら。これがクロードの基本だ。
「ん、んーーーーっ」
大きく伸びをしてストンと屋根に座り込む。
「なんつーか……全然新鮮味がねえな」
もう別世界の体験なんて飽きた、そう言いたげな表情で片手を空に向け。
「リンク・オン……没入」
ぽつりと言って、そして何も起こらない。
「ははっ……いつでもどこでも繋がってるって言っても、さすがにこんなところじゃあな……」
仕方ないか、と。
立ち上がって空を仰げばよく晴れていて、少し肌寒いといったところか。中庭を見下ろせば周囲を丈の高い木で飾り付け、花壇と長椅子、中心に噴水が置かれている。もっと向こう側を見渡せば高い壁と監視塔で囲まれていて先は見えないが、北の方から緩い風が壁を越えて吹いてくる。
その少し手前には別の中庭があるはずだが、そこではあの二人が魔術の練習でもしているのだろう、妙な陽炎や煙が上がっている。
「上だ! 上に上がれ!」
「まったくあの女は何を考えているのだ」
「梯子を持ってこい!」
下が騒がしくなってきたことでクロードも逃げるかと動き始めた。ちょうど下には木が在る、飛び降りて枝をうまいこと使えば、そう考えたが。
「づっ……!」
急な頭痛に足元が揺れる。
ふらついた体を何とかしようと一歩動けば、つるっと滑ってそのまま屋根を滑り落ちていく。
暗くゆがみ、黒く濁っていく視界の中で、足に絡みついたままの鎖を掴もうと手を伸ばせば触れた瞬間に溶けてしまう。
中空に放り出され眼下に捉えるのは木。なぜだかやけにその枝が鋭く感じられ、異様な速度で突っ込めば体中を細い枝が貫通している。零れ落ちる生暖かい血は地面を汚すことなく珠となってクロードの周りに漂う。
「また、か……」
力の暴走。
今までにも何度かあったが、魔術とは別系統ということだけが分かっている。周囲には適当な説明で誤魔化しはしているが、時折何かをトリガーにでもしたかのように暴発する。
「うふふ……見つけた」
「誰だ、お前」
意識が混濁していく中、目の前に半透明の人形が見えたかと思えば、ボギッと嫌な音を立てて木の太枝が根元からバリバリと裂けていく。何もできないままに地面に叩きつけられ、べしゃりと音を立てると庭師の悲鳴が聞こえた。
「ぅっ……ぁ、ぐ」
しばらく呻いて丸まっていると、どたばたと駆け寄ってくる治癒術師たち。
なにやら詠唱が聞こえてくるが、それが魔術となってクロードに触れると同時に厄介なことが起こった。
暴走した力が魔術を捉え、破壊しその反動で治癒術師たちを昏倒させていく。
青い破片が散らばる中で映像を逆再生するようにクロードの傷が塞がり消える。
2
「いつつ……よくもまあ死ななかったな」
騒ぎが大きくなる前に現場から逃走したクロードは、針と糸を使って穴だらけの服を修繕していた。
「はぁぁ。まったくなんでこうも運がないかねぇ」
壁の上の通路から訓練風景を眺めていると、どうもあの二人は早くも火炎弾を飛ばす程度のことはでき始めているようだった。
「無駄な……。収束と振動に移動系? 直接振動系で加熱した方が良くねえ……か?」
あれ? っと。気づけば周囲に青い球体が無数に浮かんでいた。これには大変見覚えがある。
「何のつもりか知らんが」
静かに立ち上がると術者に片腕を向け、それと同時に氷結の魔術があたりに展開した。青い球体が炸裂し白い凍気で六角形の結晶が描かれる。
冷気が溢れ出した。
結晶から解放された膨大な凍気が、壁の上を這うようにしてクロードに迫り、すべてを凍結させながら空へ向かって凄まじい氷の槍を突き出していく。
ただその勢いは、クロードを完全に避けて突き抜けて、そして青く輝いて破壊された。ガラスが砕ける音を発し、すべての氷が氷の粒となって飛び散り、白い冷気となって風に溶けて霧散した。
「殺すぞ、テメェ」
「な、なぜっ。別界の人間は魔術に反応できないはず」
「こちとら戦闘のプロなんでな。どんな状況にでも対応しなきゃなんねぇんだよ!」
講義を受けないならば戦闘訓練だけでも、そう思ってどれほど自分が弱いかを思い知らせるために仕掛けたのだが、予想に反して思った以上にやる。そして目が本気でヤる気になっているあたり、仕掛けた女の方が危ない。
「くっ、師匠。どうか私にお力添えを」
腰に下げた、ロングソードに魔道具を取り付けた愛用の武器。
自作であるために同じものは予備のものが一つしか存在しないものであり、他の兵士からは使いづらそうな武器という評判だ。しかし魔力を込めるだけで即座に術が発動するという利点はある。
見た目にしてもリボルバーとロングソードを組み合わせて柄はショットガンのもの……というしかないものだ。
「……なんでこう、見たことあるものが出てくるかな」
軽く分からせてやるために仕掛けたはず……なのに、
「まあいいか、潰すぞ」
「ひぃっ。だ、ダメです、こんなことくらいで。し、師匠の方がまだ怖い……」
やろうと思えば国一つ軽くぶっ潰せるクロードが本気でヤる気になり、割と危ない戦闘訓練? が始まった。
3
そして半年後。
二人の勇者、千夏と天城は剣と魔法を難なく扱えるようになり、クロードに関しては”最初から”魔法は重力操作系以外はからっきしだった(と、いうことにしてだ)が、すべての武器を扱い、一対多数で兵士たちを圧倒していた。無論すべての講義は逃げ続けて。
初日のあの光景があったからなのか、勇者は二人と一人だ。
千夏&天城とクロードという感じに別れ、双方間ではまったくと言っていいほどに会話が交わされることはなかった。
なによりも怖いらしい。
巷では勇者として間違って召喚された悪魔がいるらしいという噂まで流れるほどだ。