天城之狼狽・テルフィードの裸を……ビヘッドされる天城
「ん……ふあぁぁーー……」
朝だ。
目を開けるとそこらの宿よりも良い造りの部屋が見える。
なんせここは領主の城だ。
ベッドの上で布団を被ったままの天城は体のだるさを感じていた。
「うー…………」
すっきりとした目覚めではない。
むしろ真逆の目覚めだ。
明らかに昨晩の酒が抜けていないのと、騒動のお蔭で怒られて寝たりない。
起き上がらず、そのまま耳を澄ませてみるとバタバタと朝から仕事をする者たちの足音が聞こえる。
鳥たちの鳴き声は聞こえず、窓から差し込む日もまだまだ低い。
ベッドから出るにはまだ早い。
そう思って布団を被り直し、ごろんと寝返りをうった。すると間近から誰かの寝息が聞こえ、手を伸ばしてみると。
むにゅ。
「……………………?」
妙な柔らかさがある。
昨日寝る前に見かけた猫だろうか。
だがそれにしてはやけに……。
もう一度触ってみる。
むにゅ、むにゅ。
(これはおっぱい!!??)
一気に意識の覚醒した天城は布団を蹴り飛ばした。
「うわおっ!?」
なんとそこには、
「なによ~……まだ起きる時間には早いわぁぁ……んん、すぅ」
「………………。」
見事な裸体があった。
「ホワッツッ!?」
いくら好色な天城と言えど、こういうことには驚く。
なんせ勇者の力まで使って一瞬にして部屋の入り口まで後退したのだから。
「う、うぅん…………なによぉ……寒いじゃない」
一糸纏わぬ、生まれたままのテルフィードが寝ぼけ声で呟く。
ふらふらと動かされる手は、天城が蹴り飛ばした布団を探しているようだった。
「まだね~む~いぃ~」
「あ? れ? え? 俺昨日やっちゃったの?」
天城はかなり混乱していた。
出会って一日の美人と同じ布団に。
しかもそれは朝起きたら、であり、相手が裸。
テルフィードの肌はよく手入れされており、触らずとも分かるほどに滑らかで、胸元のたわわに実った二つの果実はゆっくりと呼吸に合わせて揺れる。
「んん~、ふとん、おふとんどこぉ~」
もぞもぞと動くたびに、すらりとした体が艶めかしく動く。
特に視線がお尻のあたりに……。
「お、おおおお、落ちちちつぅぅぅけ、俺っ!」
パシッと両手で顔を叩いて喝を入れる。
「ふぅ……。ふむ、さっきまでこのぼでーが俺のさいどにみっちゃ……夜這い!? ネエ夜這イナノコレ!? いやいや、常識で考えろ! であって数時間でそりゃねえぜ!」
再びパシッと両手で、岩くらいなら壊せる威力の平手を打つ。
「…………。そうだよ、昨日ヤってたなら布団がえれーことになってるはずだ。だからヤってない」
天城がやっと冷静さを取り戻した時には、そのままテルフィード二度目の睡眠に入っていた。
「いやまて、据え膳食わぬは……ってちゃうわ!」
なんだか妙なところをエレクトさせながら、その裸体から目を離せない。
見てはいけないと分かっているが、離せない馬鹿は離せない。
「て、テルちゃんなんでこんなとこいんのっ!?」
「う、んーん、まだ早いんだからいいじゃないカイトくーん……」
なにがいいのか。
そしてその答えはなく、ぱたり。
「おいおいおいおいおい!! ここで寝てちゃダメでしょ!? 変な誤解とかあったら俺が困るから、ねえ!!」
ほんとは揺さぶってでもして強引に起こしたいところだが、意図して触れたという事実が残るのは不味い。
色々と不味い。
「んん……すぅ……」
さっきから大声を上げているはずなのに、誰も来ない。
それの原因はすぐ隣がテルフィードの部屋であり、この一角は使用人たちがあまり入ってこないからだ。
なぜ天城がそんな絶対にあってはいけない配置の部屋になったかと言えば、お隣だったら変なことしても黒焦げにできるから、だそうだ。
そういうことを言うからには、つまるところ、下手に手出しすればいくら勇者といえど命の危険があると考えていいかもしれない。
「テルちゃんっ! 早く起きてとにかく何か来てさっさと俺の部屋から出て!! ねえ早く!」
「……ん~、うるさい……」
「テルフィードっ!! 起きろ!!」
身体から変な汗が出ている。
もしだれか来たら、もし昨日の護衛の誰かが来たら、もし領主が来たら……。
そんな心配の元、テルフィードに触れるギリギリの位置から、耳元で叫んだ。
「いい加減起きやがれぇっ!!」
するとさすがに効いたのか、ビクッと体を震わせて上半身を起こした。
「あら? カイトくんなんで私のおへやにぃ?」
「俺の部屋だ!」
それでもって、起きたというのに隠そうとしたり恥ずかしがったりしないのはなぜだろうか。
疑問である。最大の疑問である。
「…………。」
「……………………?」
「? じゃないよ、なんで俺の隣に潜り込んでたんだよ!」
「うーん……? ひょっとして、おふろあがってからぁ、おへやまちがえちゃった、テヘ」
「……部屋間違えるまではもうこの際いいとしよう。だけどそのまま他人のベッドに潜り込むか!? 普通さあ! そこで気付くよなぁ!」
「だってぇお風呂上りってぽかぽかーってしてるじゃない? だから~そのまま」
「寝ぼけてたからってそれは無いよ。それはぁ!!」
両手で頭を抱えて悩み始めた天城は、難題解決を放棄してリセットを掛けた。
最初の疑問に戻ろう。
「いやもういいよ。じゃせめてなんで裸なの? 服着ろよ」
「だって寝苦しいじゃない。裸にならないと眠れないのよ、それにわたしたちの服って重くて肩こるしぃー」
確かに高い身分のものが着用する服は豪華だ。
「カイトくんは裸じゃないのぉ?」
「ならねえよ! てかじゃあ服はどこっ!?」
きょろきょろとあたりを見回すがある訳はない。
風呂に、という事はその時までの服は洗濯中、着替えはお隣の部屋に。
「うん? つまりテルちゃん風呂場からここまで裸で……?」
「そうだけど?」
「えぇぇぇ……」
家臣に見られることを心配していないのか……。
いや、半分寝た状態でそこまで思考が及んでいなかったのかもしれない。
「よいしょっと」
テルフィードは裸のままで起き上がった。
なんだか禁断の領域まではっきりと見えてしまっている。
「それじゃあ、私のお部屋に戻るわね」
「いやちょっと待って。なんかもう足音し始めてるから。今出て行ったら俺が逝っちゃうから!!」
「なんでぇ?」
「なんでじゃない! 不味いでしょ! 領主の娘と不審な男が! しかも裸でその部屋からとか!! ねぇ!」
「私は気にしないけど」
「俺が気にするの!」
やることやってもないのに、やったとか言われたら。
もし出た瞬間に領主に見られたら、護衛に見られたら。
……それがもし問答無用の極刑に繋がるとしたら。
天城の脳内で現実と全く変わりない音と光景と感覚がシミュレートされた。
スパッ、ジャシュッ、ボトッ。
「ひっ……さすがにそれは不味い」
もしかしたら斬られるのは首ではなく、股間の息子の首かも知れない。
それを想像してしまうとエレクトしていたものは一気に引っ込んだ。
「何が不味いの?」
「なにがってねえ、そりゃ」
「もーいいじゃないの」
部屋から出て行こうとするテルフィードを止めようとして、それでも触る訳にはいかず止められず。
部屋から出たときには運悪くというか、予想が当たったというか。
「お姉ちゃん? そこお姉ちゃんのお部屋じゃないよね?」
外にはテルフィードによくにた同じ年くらいの別の女の子が。
どう見ても妹である。
どう見ても天城の未来線が一本を除いて闇に沈んだ瞬間でもある。
天城の脳内では、未来への懸け橋がぼろぼろと深淵に崩れ落ちていく絵が鮮明に描かれていた。
そして十分ほどした頃だろうか。
気付けば広い庭、縁側の前に天城は正座していた。
敷かれているのは藁で編んだと思われる、このまま罪人を簀巻きにして燃やしてしまってもいいようなもの。
目の前には低い台に置かれたやけに鋭い短刀。
斜め後ろには鋭く研がれたカッツバルゲルを持つ介錯人らしきものが。
カッツバルゲル、キャッツェバルゲン。
『猫』と『皮を剥ぐ』をという意味のその剣は、子猫が気ままに遊ぶように無邪気に人の命を体から剥ぎ取るには持って来いの剣だ。
少し上を見上げてみれば、昨日ベロンベロンに酔っぱらっていたお兄さん。
その隣では「やめてー」と叫ぶテルフィード。
「あ、あのー」
「貴様」
「はい?」
「我が城に忍び込むだけでなく、娘にも手を出すとは。万死に値する! しかしすぐに殺しては意味がない。まずはそのハラワタ引きずり出して見せよ」
「いやちょっと、覚えてねえんかい! あんた昨日だいぶ飲んでたよねえ! 酒を飲むどころかアルコールに意識を飲(呑)まれてたよねえ!」
「知らん。そのようなことは記憶にない」
「ダメだこれ。全国のみなさーん! 酔っ払いには気をつけましょー!!」
「黙らせよ」
背後の介錯人が剣の腹を振り下ろし、それが天城の頭に当たってパキンッと折れた。
どうも素の防御力が物理法則を無視し始めたようだ。
「お父さん、昨日のことほんとに覚えてないの」
「うむ、覚えておらん」
「もう。昨日街で潰れたお父さんを親切にここまで運んでくれた人だよ」
「まことか?」
「私のことを信じられないの? もうお父さんなんて嫌い」
その一言が効いたのか、カチンと一瞬にして固まりきってしまった。
「テ、テル。そんなことを言わないでおくれよ」
「なによ、お父さんってばいつもそんなんじゃない」
「お父さんが悪かった。どーかこの通り」
その場で方向を変えて頭を床にドスンと落とす。
介錯人や側で待機していた者たちが「またか……」といった表情で生温かく見守っていた。
「でも、テルに手を出したからには」
「あ、あれは私が部屋を間違えて……むぅ」
「分かった分かった。信じよう。この男は何も悪くない。そういうことなんだろう? な? な?」
という領主の面目丸潰れという一幕が朝っぱらからあった後。
「昨日あんたが言っていた東のやつって?」
「ネージュ家だ。最近急に勢力を増してきてな」
「で、そこの領主を亡き者にしてしまえばいいと」
「そういうことだ。話が早くて助かる」
「で、そいつの特徴は」
天城は紙を取り出して鋭く削った炭を用意する。
「ほう、紙を持っているか」
「どうでもいいから、早く」
「うむ。長い髪に紅い瞳の女だ」
女だ、その一言で天城の中で策略が瞬間的に構築された。
亡き者にしてしまえばいい。そんなのはもったいない。ならば考え方を変えよう。亡き者に、つまり死んだことにして表舞台から消してしまえばいい。それでもって自分のものにしてしまえばぐふふふ……。
というものだ。
「んでそこの戦力は?」
「今は我が軍勢が南東の平原で戦っている。恐らく本城の護りは最近雇ったという白夜叉くらいだろう」
「なんだそれ」
「なんでも片刃とやらを使う、海を越えた先の東の方にある国から来たらしい」
「刀、ね。まさか日本の江戸時代みたいなのが……」
「もっとも、一刀のもと、砦を切り崩したなどと馬鹿げた噂まである。だから形だけの剣士だろうと思っている」
「ふーん。まあどんなやつでも倒すけどね。それより、地図ねえの?」
「用意させよう」
そして二日後の朝。
天城は腰に裸の魔剣を下げ、地図を書き写した紙をポケットに入れて走り始めた。
馬を抜き、襲い掛かってくる犬系の魔物を置き去りにするその脚力は小さなクレーターを残したという。




