天城之出会・酔っ払いと勘違いの果てに
とある街があった。
その街にはなぜかクレーターがあった。
その街にはなぜか大事な機能をロストした青年がいた。
その街にはなぜか顔を真っ赤にしながら水浴びをする少女がいた。
そんな変な街の片隅にある、飲み屋の店先にあるカウンター席に座っている青年がいる。
心地よい、寒くもなく暑くもない夜風に当たりながら葡萄酒を煽り、安い肴を齧る。
「……あぁ」
気付けば持っていた金品は殆どがなくなっており、贅沢などできないほどの銅貨しか残っていなかった。だからこその安いつまみに安酒という訳である。
まだ身包みがそのまま残っているだけでも、追い剥いでいった少女たちは優しいほうだ。
「……はぁ」
青年はつい先ほど大事なところにクリティカルキックを受けたばかりだ。
あまりの痛撃で完全に神経が麻痺してしまっている。
「……月が綺麗だな」
空を仰げば青く光る月が浮かんでいる。
この世界には赤い月と青い月があり、青い月は興奮を鎮めるとも言われている。
「うぃ~……ひっく、こーんひっく、ぶあんぶぁ~……ひっく」
すでにいい感じを通り越して悪いくらいに出来上がった男が近づいてきた。
「らっしゃい。中は満席なんで、外の席にどーぞー」
「あーっす、なぁかは満席かぁ……うひぃっく」
酷く酔っ払い、どれほど梯子してきたのか分からない男が、ふらふらと千鳥足で天城のほうに近づいていく。
もう酔いすぎて視界もぐわぁんぐわぁんに揺れているのだろう。
「うぉっとぉ?」
そして、案の定というか、席に着こうとしたところでよろけ、葡萄酒を飲もうとしていた天城に直撃した。
「うわっぷ!? 何してくれんだ……」
「ごめんよー、あーんちゃん」
「気ぃつけろよ。他人に迷惑かけるくらい飲むな」
「ひっく、わりーわりー、ほんとーにひっく、すまなんだぁー」
「…………、」
なけなしの銅貨で注文した葡萄酒と肴が……。
いくら安かったとはいえ貴重な食事だった。
天城は赤ら顔でぐでんぐでんに酔った男を睨みつける。
「んのぁーひっく、いやはやぁ……わーっかったなぁ……おわびにおごっかーさぁー……ゆるしてぇー」
「言ったな? 今奢るって言ったな!?」
「うぃー言ったよぉ?」
「よし」
すると天城はメニューの一覧を手に取り、
「おーい、おっちゃん」
「はーい! なんだ!」
店の奥から怒鳴り声で返ってきた。
これくらいでないと、店内の喧騒で声が呑まれてしまう。
「この店でいっちゃんいい酒もてこーい! んでつまみも一番いいもんから五つ!!」
とんでもなく高い注文をした。
それで酔っ払いが気分を低くするかと思えば。
「とーりあーえず、にっほんねぇー!」
「あいよー!」
「うぉいっ!?」
まさかこのまま押し付けて最後に逃げるとかいうんじゃなかろうな、そう思い驚く。
だが酔っ払いの兄ちゃんはさらに注文する。
「あーとねーえ、けくっ、ドラゴンフィッシュのあぶりとぉー、てきとーにいーやつふたさらずつぅー」
「へいっ! ちょっと待ってくんな!」
とてつもなく高価なものを、何のためらいもなく注文し終わると、よろけた足取りで天城の隣に腰をおろし、そのままバタンッ。
「あはははぁ……よくいわれんだぁー。さけはのんでも! のまれんなぁー! って」
「もう思いっっっっきり! 飲まれてるよねぇ!?」
「ひぃっく……あははははっ、なははははっ」
「……………………、」
この男、本当に大丈夫なのか? と頭のてっぺんから足の先までを見た。
特に腰に下げている巾着の大きさはよく観察する。
ぐでんぐでんに酔った男の服を触れば、一般庶民が着ているものよりも随分と手触りが良く、何気なく金が入っているであろう巾着に当たってみればじゃらりと。
いざとなればこれでなんとかなる、そう分かった天城は遠慮なく飲むことに決めた。どうもこの地方では酒に年齢制限がないらしい。
「お待ち―!」
注文したものが運ばれてくると、男は注ぎもせずに瓶のまま口をつけた。
二本あるから別に文句を言うことは無いのだが、普通の人はしない飲み方だ。
「むゅんむゅん、うまいなーはは、うひぃっく」
「そんな飲み方をしてよく味が分かるな」
「うまーなもんはうめーの、けくっ。ほーらほーれ、のみねーのみねぇ」
進められるままに呑む。
しかし、いざ注文したものを見るとこの男の手持ちでどうにかなるのか。
それが気になってすぐに頭の奥が冷める。
「たーいしょーじゃーんもってきてなぁー! うひゅぃっく、かねはおれもちなんだしー、たーのしもーじゃねーの?」
「……もしかしてあんた金持ちか?」
「うー? ききたーい?」
「念のため」
覚えておいて後で何かの役にでも立ってくれればという、黒い魂胆だ。
「おーれはぁー、ぜぶれーんでーす」
「ぶふっ!? それはここの領主の名前だろうが!」
「えー? おれがりょーしゅですよーお!」
「……不敬罪でいますぐにでも首を落とされそうなもんだがな」
「いーじゃないのーじゃねーの。ひっく、とっころで、きみの名前はぁ?」
「……、」
言っていいものか。
こんな偽の名前を酔っていても平気で騙る不審人物に。
だが酔っている。
ならば忘れる可能性は限りなく高い。
「天城だ。天城海斗」
「あまぎねー、あーちゃんか。うんいーね、あーちゃん」
「天城だ!!」
「よっしくねぇあーちゃん」
馴れ馴れしく名前を呼ばれ、挙げ句肩に手を回して酒瓶を口に押し込んでくる始末。
「うぐぅっ!? げはっ、てめっなにしやがる!」
「あはははふぁぁ……」
「くっせぇ! これライター近づけたら火吹けるんじゃねえの!?」
未だかつて経験したことのない酒の臭気に、反射的に押し退けた。
これだけ飲んでもまだ意識がある、それが不思議に思えるほどだ。
「にゃーにゃー、あーちゃんはなにしてるひとぉー?」
「うわぁ……もっと酷くなってる」
「なーしてーひとぉ?」
「……聞き取るのが困難だよな。字幕が欲しいよ。……ふぅ、これでも勇者やってますが?」
「ゆーしゃぁ? たしか、となりの国がよんだーとかゆー?」
「そうだよ。まあ、仕事終わったら報酬なしとかさぁ。もう嫌んなんぜ?」
「うっひゃーそーらひでーのなー、おれんとこもさー、東のほーのがすーんごくてーへんでさー。いーまもけっこーきーびしないくさしちょっとよー」
「どこの方言だこれ……」
「でーきびしっからー、ひとでたりんとよー。んじゃからあーちゃん」
どん、と両肩を抑えられた。
この体勢は何かと不味い。
逃げられない。
「ゆーしゃっちゅーなら、つよーてよなぁ?」
「つ、強いけど?」
「だーたらさー。うちでたたかってくーんない? んでおわったーなら、なんでもほしいもんもってけー!」
「……なんかデジャブが」
「なんらなーおれのかわいーむすめたちでもどーお?」
「マジでデジャブが! これ受けちゃあかんやつ!」
「あーそーそー。――断るなら酒代全部あーちゃん持ちね☆」
「なんでそこだけちゃんとしてるの!? ねぇ!?」
そう言った感じで天城が叫んでいると、人ごみを掻き分けて一人の可愛い娘が姿を見せた。
「お父さん、またこんなんなるまで飲んでー。もう帰るよー! そっちの人、ごめんねぇ、迷惑かけちゃって」
「おぉ……」
それは絶句するほど、とはいかないまでも、市井のものからすれば十分に美人と言えるほどであった。
「やーやぁーちょとまとーよ、てるちゃん」
「何よ」
「そこのひとー、うちでたたかってくれるっていったからぁひくっ、屋敷のへひぃぃ……」
そのままぱたりと倒れて完全に潰れてしまった。
悪酔いしすぎた親父である。
「「………………、」」
二人揃ってぽかーんとしていると、店の主が出てきた。
「お客さん、困りますよ」
「あ、すみません。お金は私が」
「おうおう、嫌な兄さんを持ったねえ」
「お父さんです」
「うぇえっ!? えっ! いや、この若さっ!? え、ええ!」
店主がかなり驚いている。
なんせこの酔っ払い男、もといぐでんぐでんに潰れているお兄さんは若い見た目だ。
とても子持ちとは思えないほどに。
とても親子には見えないほどに。
とりあえず代金を支払い、食べきれなかったつまみは包んでもらった。
そして完全に潰れた男を娘が背負えるわけもなく、天城が軽々と米俵でも担ぐように肩に引っ掻けている。
「すみませんねえ。お父さんってばいつもこんなんで」
「いえいえ! 俺もおいしいものが食えましたし」
やけにテンション(緊張の度合い)が上がっているのは、となりに美人がいるからなのだろう。
少しばかり鼻の下を伸ばしているとも言える。
人ごみを抜け、暗い夜道に出ると後は畑のところどころから民家の明かりがわずかに漏れるばかり。
遠くには領主の屋敷……でななく城と言ったほうがいいか、それが煌々と煌めいて見える。
「ところでお嬢さん、お名前を伺っても?」
「ええ。ゼブレイン・テルフィードです」
「……はい? いやいや、この人もゼブレインって言ったけど、嘘だろ? 領主とその娘がほいほいこんなとこまで出て来るわけ」
「あるんですよ」
「ないよな」
「あるんです」
「ない」
「あります」
「」
「現実を見ませんか?」
次は言う前に封じられた。
「…………えぇーーー!!??」
「なにをそんなに驚くんですか」
「いやだってさ、偉い人って基本さ、こう、たくさんのガードに囲まれてるもんじゃないの!?」
極一部に例外はいるが基本そうである。
どこかの誰かみたいにスキーのためにノーガードでバスに乗ったりするのはいないだろう。
「うふふ、ここは領土の中央ですよ。外からの侵入者もここまではこれませんから」
「確かにそうでしょうねえ。でもな、野盗とか気にしないのかよ!」
「私、こう見えても戦えますよ」
そっと掲げられた手の平には、ゆらゆら揺らめく火の玉が作りだされていた。
詠唱もなしに魔術を行使できるものは少ない。
ただ、少ないと言っても一人いればそこから広まるので、自然と一定の範囲に限って探せばすぐに見つかるということはある。
しかしだ、詠唱を省略できるということは魔力のある限り魔術攻撃を連続できるという事であり、魔術師が苦手とする近距離戦にも対応できるということだ。
「な、なるほど」
「ですから、もしここであなたが襲ってきたとし・て・も。黒焦げにできますよ♪」
「その笑顔が怖いんだが……」
実際戦えば黒焦げにはなるだろう。
勇者特権の化け物じみた防御力で服が焦げて煤が付くだけだろうが。
「あ。ところであなたの名前は?」
「天城だ、天城海斗」
「聞かない名前ねえ。ま、よろしくねカイト君」
「はいっ!」
――ついてるなぁ……美少女たちのフラグがどんどん立つぜ。
そんなことを思いながら夜道を歩いているときだった。
ちょうど民家がなくなってきたころに、突然篝火に囲まれた。
当然篝火だけがあるわけではない。
その下には草木を身にまとい、姿を隠していた者たちが。
「賊か」
そう言った時にはすでに腰の魔剣を構えた天城。
肩に担いでいたものはどさりと落とす。
囲む側は揃って鉄槍を天城に向けて突き出す。
「何者だ!」
「賊に教える名前はないってな」
大きく一歩踏み込んで、剣の腹でフルスイング。
後ろにいる美人に血飛沫を見せないためにこうしたのだが、ちらっと振り返ってみれば、なぜか彼女を護るように布陣を整えた者たちが。
「あれ? もしかして狙われてるのって俺?」
「貴様以外にあるか! 領主様とお嬢様をどうするつもりだった?」
「……え、いやこれってもしかして護衛の人たち!?」
「そうですよ、カイト君」
こうして、一騒動起こして屋敷で……いや、城で一泊することになった天城だった。




