天城之目論・凡人勇者と良家の跡継ぎ
夜の街並み。
人々が行き交い、わいわいと賑わう通り。
国境を越えた変態勇者はそこを歩いていた。
背の低い城壁の内側は明かりで照らされている。
「あぁー、にぎやかだねー」
呑気に言いながら、腰に物騒なモノをぶら下げて歩いているのが原因か誰も近寄ってこない。
辺りを見れば獣耳の獣人、背中に翼のある竜人、その他魔族と人族。
相容れない両者が入り混じっているのは、ここが別の”国”だからか。
異種族が互いに言葉を交わし、通じないならば身振り手振りでなんとか意思の疎通をしている。
それだけでも、あの召喚された国に比べれば驚くべきことだ。
だが変態勇者こと天城海斗はきょろきょろとまわりを見回していた。
お目当ては件の白い少女だ。
犬並みの嗅覚の鋭さで……ではなく、魔術を使用して”におい”を辿ってきた。
努力の方向を間違えたストーカー勇者である。
一応言っておく。
このバカに技術技能は確かにある、知識もある。
だが有効に活用されることは無いだろう。
使っている技は世界を救い得るが、変態が紳士になるようなことは無い。
変態勇者は変態の世界という残念なフィールドでしか考えを広げられないのだ。
とんとんと肩を叩かれる。
「ねえねえお兄さん、ここははじめて? よかったら案内していいこともしてあげるけど、どう?」
振り返れば腰まで伸ばした長い髪の美女がいた。
豊かな胸が強調され、マゼンダの扇情的な衣装を着てぐいっと迫ってくる。
平常時の天城ならば即座に近場の宿に連れ込んだだろう。
だが今日は違った。
「うーん、今人探ししててな。そういうの、いらねえや」
「あらそう」
「白い髪の女の子を見なかったか?」
「白い髪……」
女は首を傾げて少し考え込んだ。
「その子なら、確かその先の酒場にいたはずよ。白い髪なんてあまり見ないから間違いないわ」
お礼に盗賊から奪い取った金品を渡した。
女はそれを受け取ると、少し驚いた表情をしながらも手を振って人ごみに消えた。
天城はそれを見送ると変な笑みを浮かべて酒場に直行。
道中なぜか道行く者たちは天城を避けて通ったという。
そして酒場の前に着けば、路上に倒れ伏す人族、魔族、その他多数。
「それ以上は目立ちますって!」
「大丈夫大丈夫。次で百人目だからそれでやめる」
倒れ伏す九九人の中心には白い少女とミコト。
さらに外の野次馬は賭博をしている。
「さぁさぁ、挑戦料は銀貨一枚。勝てばなんでも欲しい物を! 誰でもかかってこーい」
どうやら単独で路上バトルを繰り広げているらしい。
両腕につけた真っ赤なガントレットで殴り倒したのか、いずれも倒れている者は打撲痕が目立つ。
そこに天城が入った。
「欲しい物って、君の処女もありなのか?」
「…………。」
場が凍り付いた。
周囲の観戦者たちは冷たい眼差しで天城を眺め、少女二人は引きつった顔になっている。
「こ、こんな変態の挑戦うけませんよね?」
「……月までぶっ飛ばす!」
「それは不味いですって」
ガツンとガントレットを打ち鳴らして白い少女が進み出る。
街の明かりを爛々と反射する赤い瞳は、闘志に満ちて、華奢な身体からは赤色の魔力が溢れ出す。風も吹いていないのに、魔力に押されて髪やシャツが舞い上がり、闘志が漲ってゆく。
そして何気ない動作で手を差し出した。
「ん、なに?」
「挑戦料、銀貨一枚」
言われて天城は懐を探る。
探せど探せど銀貨は出てこない。
出て来るのは盗賊から奪った銅貨や金貨や宝石類。
確かに銀貨以上の価値はあるが、白い少女が指定したのは銀貨だ。
「あ、わりぃ、銀貨ねえから金貨でいい?」
「……仕方ない。近くに両替屋はいないか」
呼びかけるとすぐに、賭博に参加してがっぽり儲けたらしい、太った男が出てきた。
抱える袋にはじゃらじゃらと音の鳴るほどに硬貨が詰まっている。
両替をすませた少女は、釣り銭を天城に渡すことなくミコトに託して構える。
左手を貫手の形にして顔の前に、右手を握りしめて腰の横に。
「これって、俺も素手でいいの?」
「何使ってもいいよ、何を使っても、ね」
「そんじゃ」
腰の剣を勢いよく引き抜くと、
「フェアに行こうか」
地面に突き立て、拳を構える。
天城はボクシングのファイティングポーズだ。
「いつでも来い」
「よっし、んじゃ行きますぜ!」
そして天城は、姿勢を一瞬で前倒しにすると右拳を振り被って突進した。
拳の狙う先は少女の胸。
勝ち負け以前に公衆の面前で辱める気満々。
むしろそれで顔を真っ赤にして叫びをあげたところを、近くの宿に引きずり込んでそのまま……なんて算段でもある。
自分は勇者。
本気を出せば負けない。
何をしてもいい、許される。民家に押し入って壁の袋を漁ってタンスを勝手に開けて樽や壺を気分のままに投げ飛ばしてもお咎め無し。
なんてことを考えている、残念な思考の塊だ。
少女の方もその邪悪だけの思惑に気付いたのか、一瞬たじろぐ。
「はっ、その胸もらったぁ!」
叫んだその瞬間。
ドッ!! と。
全く躊躇なく。
全く容赦なく。
完全に殺す気で。
真横から。
大きく振り上げた足で、天城の側頭部を薙ぎ払った。
それは人が発する音ではなかった。
それは人が倒れる動きではなかった。
大型車の正面衝突のような轟音。
地面に立てた棒切れを叩き折るようなイメージ。
衝撃と共に天城の首が、一瞬曲がってはいけない真後ろに行ったように見えたが……そんなことはどうでもいいか。
それでなお意識が途切れない化け物が天城。
すぐに立ち上がってふらつく足取りを確かなものとする。
「つぅ……なんて硬さ」
むしろ蹴った少女の方が痛がっている。
「は、ははっ、可愛げなお嬢さん。あんたも勇者だったりすんの?」
「さあねえ? ま、卑怯だなんて言うなよ」
言いながら白い少女は両の手を上げて、軽く振り下ろした。
その十の指から眩く輝く剣が現れる。
長さにして一メートルほど。
「魔術? もしかして貴族のお嬢さんだったりすんの!? それでそっちのかわい子ちゃんはお付の侍女だったり!?」
人族の中で”実戦で使える”魔術を扱えるのは、きちんとした学校に通い、魔術師の師に教えを乞える者だけだ。
生活に役立つ魔術を扱える者はたくさんいる。中には独力で実践レベルを使えるようになるものもいるが、それは極少数。
「うんうんいいねそのシュチュエーションっ! 一人旅の途中で勇者と、とかさぁ!」
「……シチュエィションな。それと貴族かどうかならレイシス家の跡継ぎ候補第一位だから」
「俄然もっとヤル気出るな!」
「…………、」
ヤルの意味が別の方向であることはすぐに理解できた。
だから少女も「こんな状況でもまだ言うか」と後ろに一歩後退る。
「うひひひひっ」
「こ、この、変態がぁ!」
異世界から来た勇者と、白い少女の激突が始まった。




