天城之冒険・異世界の青年と異世界の少女
「…………!?」
天城海斗は驚いていた。
千夏拓真を騙して道に迷わせた後、国に帰り、討滅の証として魔剣を差し出し、それなりに豪華な部屋で一晩過ごした後、突然こんなことを言われたのだ。
「魔王軍に姫が攫われたから救出してほしい」
攫うも何も、犯人は誰も知らないがクロードである。
姫の部屋にあったという置き手紙には「姫は貰い受けた。魔王軍より」と書かれていたとか。
責任丸投げで攫ったという事が伺える。
そして超過労働を強いられる気は毛頭ないので、武器として魔剣を持ち出して、追手の部隊を壊滅させて逃走を続ける毎日。
いくら勇者と言っても派遣契約のようなものだ。
仕事内容は詳しく教えられず、派遣先(戦場)で与えられた仕事(主に荒事)をこなし、実労働時間に対しての報酬しかもらえないのだから。この場合は報酬すらないが。
そして野宿をしながら野盗を襲って金品と食料を得ながら逃亡すること数週間。
今に至る。
もうすぐ国境を越える、というところで空からなにか落ちてきたのだ。
「いったたたぁ……」
土煙の中から聞こえてくるのは可憐な少女の声。
しかしながら、空から落ちてこれほどの惨事を引き起こしたにも関わらず、平気そうな声を出している時点で魔物の類と疑ったほうがいい。
「な、なんだぁ!?」
とりあえず魔剣を構えはするが、驚きの方が強い。
しばらくすると茶色に塗れた少女が土煙から姿を現した。
「まったくもうっ! ……誰だよスライムなんか空に撃ち上げたの……くそぅ」
土色の中に、青味を帯びたローションのようにぬらぬらした液体がある。
それが頭から足先までぬっとりと。
「ああもう気持ち悪い……弱き水流」
少女が初級魔術を詠唱した。
小さな水球が出現し、少女の真上で弾けてザバァと水がかかる。
土汚れが綺麗に洗い落とされたその姿は、美少女と言って差し支えなかった。
光をきらりと反射する、腰まで届く白い髪。
宝石のような、それでいて力強さも備えた紅の瞳。
服装は白い長袖Tシャツに砂色のカーゴパンツという男性の格好だ。
胸を押し上げるふくらみはほぼないと言ってもいい。
「おぉ……なんちゅー美少女! ついに俺にも女運が巡ってきた!」
「…………、」
対して少女の感想は、第一にうっせーなこいつ、である。
「ふむ、見たところ身長164、トップバスト72、アンダーバスト65、Aカップ……? いや、AAか。それに体重ごじゅごぁっ!?」
認識不可能な速度で突き出された正拳。
一瞬内臓が破裂したかと思えるほどの激痛が走り、すぐに脳が信号を遮断したのか痛みが麻痺に変わった。
「……空の彼方まで片道で送ってあげようか?」
さらに付け加えられた物騒な言葉を聞きながら天城は崩れ落ちた。
「お、おお、おじょーさん……かれんなあな、たが、そ、んな、ぶっそーなこと、し、ちゃ、いけ、ない」
これに対する少女の第二の感想は、このアルビノで真っ白な姿を見て第一声が気味が悪いじゃないやつは久しぶりだな、だ。
「…………。」
哀れな豚を見るような目で見降ろされても天城は折れなかった。
「そ、れに、おれ、これで、も、ゆうしゃな、んすよ」
「で?」
「俺と一発やりませんか! 勇者の嫁ともなればいい身分に」
「貫く雷鳴」
「ずぉあっ!?」
雷そのものの轟音が、晴天の下に轟く。
気付いたときには視界に紫電の残像が焼き付いていた。
「ぅぉぉぉぉああああっ! 痺れるぅ!」
「化け物……一〇億ボルトに五〇万アンペアなのに……」
「はっはぁー! なんせ勇者だから、物理は効かないのだ!」
いや、さっき正拳突き効いていただろ、そんな突っ込みは抑えてほしい。
「さあさ、可憐なお嬢さん。俺が手とり足とり優しくリードしてあげるからそこの木陰でさっそ――」
「春光の電撃」
明るい桃色の電撃が放たれた。
雷に精神汚染を混ぜ込んだ危険な魔術だ。
「うぉうっ!? と、今度は避けた」
「……、」
「そんなに恥ずかしがらないでさぁ」
「いきなり出会って即、行為を迫るバカがあるかぁ! つか、あ、ちょ、さわる……揉むな変態!」
少女に払いのけられながらも、さらに手を伸ばす天城。
「んのぉ」
嫌がる少女を掴み、ただでさえ人通りの少ない国境付近で、確実に人目の付かない木陰に引きずり込もうとする腐れ外道な勇者がここにいた。
少女も目いっぱい抵抗を試みるが、もとから相手は男、それも勇者だけあってチートな怪力が加わった化け物ステータスを誇るものだ。
この場合はやたら強い現行犯レイプ魔とも言う。
「ちょっと、やめっ、この」
「さあさあ、恥ずかしがらずに俺と気持ちいいこと」
連れ込む寸前、背後から攻撃が放たれた。
「雷撃!」
完全に不意を突いた認識外からの攻撃。
それは当ててはいけない急所に直撃した。
「ぬおあああああああああっ!! 俺の大事なところがぁぁっ!! xxxがああああああっ!!」
その隙に少女は手を振りほどいて、雷撃を放った者の方へと逃げた。
「さすが命」
「なんですかあの変態!?」
叫ぶ少女は黒髪のくせっ毛だ。
白い少女よりも背は低い。
「自称勇者のレイプ未遂犯」
「……焼いちゃっていいですか?」
「うん、いいと思う」
そんな会話の外側で、ビリビリと帯電した未遂犯は。
「うぉぉぉ!? 俺の大事な部分が超エレクトしちゃってるよ!」
それを見て少女たちは後ろを向いた。
「……同じ日本人としてどう思う? ミコト」
「いや……あれもう変態でいいんじゃないですか。日本人として見たくないですよ。今すぐに私たちの高圧電流で黒焦げにしましょう!」
「それ結構難しいよ? 焦げる前に破裂するし」
「うーん、じゃあ……」
「…………?」
妙な気配を感じて二人の少女が振り返ると、空中に人型のまま浮かぶ衣服。
そしてルパンダイブを敢行してくる変態勇者。
「ぃやっほーい!」
局部を惜しげもなく見せつけようとするあたり本気で襲うつもりだ。
「いやぁぁあぁぁぁあああああっ!!」
「いっぺん三途の川にダイブして来い!」
白い少女がミコトを突き飛ばし、反動で自分も回避。
そのまま回転して局部を狙ってソバット!
1
「…………、」
「…………串刺しにして焼いていいですか?」
冗談抜きで、局部にクリティカルキックを食らった天城は、泡を吹きながら撃沈していた。
それもどこから用意したのか分からない、長い長いロープで簀巻き状態にされて木の上から逆さ吊りにされるという状態で。
しかもその真下ではミコトが焚火を始め、白い少女が赤い植物の実をくべている。
もうもうと立ち昇る煙には常人では耐えるのがきつい刺激がたっぷりと……。
「それにしても転移の気配を追ってきてみたら、こんな残念なやつだとは……」
「もうここで殺しちゃいましょうよ」
「う~ん、さすがに気配だけで判断して始末なんてのは……」
「いいじゃないですか。ていうか置いて行かれた私のことも考えてくださいよ」
「それは集合時間に遅れたミコトが悪いんじゃ?」
「……一分くらい待ってくれてもいいじゃないですかぁ」
「あいつら時間にムチャクチャ厳しいから、そんな要求通らないと思うけども」
「厳しすぎますよ! そもそもスコールとホノカに伝えてたのに、なのに置いて行くなんて」
「あの性根から腐ったのに頼む方が悪いよ……」
「ですよねー……」
パチパチと火が弾け、やけに赤い色をした煙が上がり始めた頃。
「うっ? ……んんん!? かはっ、うぁほっ。喉がぁ! 焼ける、焼ける、てか誰? 俺を縛り上げて火炙りげほっになんおへっしてんのがほっ」
「起きたか。ミコト、もっと唐辛子追加」
「えぇーやりすぎると私たちまで巻き添え食らっちゃいますって。ほらぁ風向きとか急に変わるし」
「ふぅん、ならこのままにしていこうか」
「あっ、だったら薪をもうちょっと増やしませんか? こう、ギリギリ顔だけを焼いてロープを焼き切らない程度に」
「ん、んん? なんかそれスコールに影響されてない? あいつと同じでかなり酷いよ」
「いいんですよぉ! こんな変態は世の中の女の子のためにここで消却すべきです!」
「焼却じゃなくて消却って聞こえた気がするんだけど?」
「もう、いいじゃないですか。そもそも一番の被害者がそんなんでどうするんですか」
「いやあれまだいいほうだと思うよ? この前盗賊に掴まって服脱がされてやられる寸前までいったし……さすがにパイプフレームのベッドに縛り付けられたのはやばかったけど」
「なんで平気なんですか!?」
「だって魔力が回復しさえすれば逃げられるし」
「その前に大事なもの奪われますって!」
「べつに破られたって魔術で治せるよ?」
「いやそういう事じゃなくてですね……ってああもういいですよ! 行きましょう」
「うん、行こう行こう」
こうして木に吊るされた変態紳士ならぬ変態勇者は放置された。
降りることができたのは、少女たちが立ち去ってから数分後。
新たに追加された薪から延焼して、吊り下げられていた木が燃えて、ロープに引火したころである。
もちろん真下は真っ赤に赤熱した炭の海。
全身大火傷は回避のしようがなかった。




