人工知能・遥かなる未来/過去、そこで待つもの
「あっ、あそこに明かりがある」
暗闇に濡れた空間を歩き続け、ついに二人は明かりを見つけた。
それは四角い窓枠から漏れる白い光だった。
警戒しつつゆっくりと近づくと、有り合わせで作られた小屋が見えた。
屋根はぼろぼろのトタンを幾重にも積み重ね、壁は鉄筋を重ね合わせた上に瓦礫で隙間を埋めてある。
そんな小屋がいくつか行き止まりとなっている崖に沿って連なっているのだ。
上を見上げれば登れそうにない絶壁。ネズミ返しのように途中で沿っている為、クライミング道具がなければ登れそうに無い。
「入ってみるか」
扉になっている部分を横に押しのけ、中に入ると驚くべき光景がそこにあった。
「擬装か……」
外からでは単なるボロ小屋にしか見えない。
だというのに内部はしっかりとしたコンクリート構造。
磁力の走査波を放出すればすべて吸収拡散するほどの多重壁。
まるでEMP攻撃から逃れるために作りましたとでも言わんばかりのものだ。
「なんなのこれ? 白い石?」
「コンクリートっつってな……って説明してもなぁ……」
今、この時代に存在するはずのないモノを説明するのは難しい。
早急に説明をほっぽりだしたクロードは奥へと足を運んだ。
しっかりとした鋼鉄の扉。
扉の中央にはバルブがあり、回すとあっさりと開いた。サビか埃が落ちるようなことも無く、軋む音が出ることも無い。
「錆びてない……」
誰かが手入れをしなければ、いくらなんでも錆びつくはずだ。
警戒レベルを引き上げながらさらに進む。
「ここってなんなの……こんなの見たことないよ」
「俺は見たことはある」
次の扉を開けた。
「くっ……」
その瞬間、鋭い痛みが頭に走った。
「どうしたの?」
「なんでもない、ちょっと頭痛が……!?」
目を開いてまっすぐに部屋の壁を見つめる。
そこには赤い文字でこう書かれていた。
『おかえり、クロード』
「誰だ! 誰がここにいる!」
「ちょっと、どうしたのクロード?」
「壁の文字が見えないのか?」
「壁……なにも書かれてないけど」
「はっ? そんなわけ」
もう一度視線を向けると赤い文字は綺麗になくなっていた。
駆け寄って壁を触ってみてもなにもない。
凹みがある訳でも、壁がディスプレイな訳でも、投影されていた訳でもない。
(幻術? いや、それはないな)
振り返り、部屋を確認する。
入り口から見て左側に次の扉がある。
それ以外はコンクリートの壁面がむき出しの壁だけだ。
天井の隅に監視カメラがあったりはしない。
「ねえ、ほんとにどうしたのクロード?」
クロードはかるく首を振った。
「少し気になることがある」
次の部屋へ続く扉を開けた。
その部屋にはいくつもの棚が置かれていた。
棚には黒いアタッシュケースが並べられ、カギはない。
「この箱は、何?」
「触るなよ、爆発するかもしれないからな。……隅のはクレイモアかよ」
忠告を受けたエクリアがさっと手を引っ込めた。
こんな閉鎖空間で爆発が起きたなら確実に人生が終わる。
クロードは箱の中身を、能力を使って確認したのち、床に降ろした。
アタッシュケースを開いた。内部には上蓋が閉じないようにするための支えがあったため、しっかりと固定する。
よくあるアタッシュケース。少々大きめではあるが、本来ならば様々な携行品を入れるのだろうが、その中に入っていたのは書類や電子機器の類ではない。
強力なテープでぐるっと巻かれた黒くて丸いものが、卵のパックのように並んでいた。
「手榴弾かニードルとフラグメンテーション……エクリア、絶対に触るなよ」
釘を刺したところで、別の棚に向かう。
二〇〇センチほどの黒いケースを引き摺り下ろす。
留め金を外して上蓋を開ければ、ずらりと並べられたマガジンと弾薬の入った紙箱、そして替えの銃身。
銃本体は半分解状態で上蓋にバンドで固定されていた。
「なんでこんなに良い状態で残ってる……それに若干使用した感じもあるし……」
立ち上がり、他のケースも開けていく。
小さなケースには整備道具。
中くらいのケースにはハンドガンやサブマシンガン。
大きなケースにはアサルトライフルやバトルライフル、果てはAMライフルまで。
きっちり整備され、弾薬も十分に揃っている。
すぐにでもマガジンに詰め込んで、銃に差し込んで装填すれば使える状態だ。
最後に残った大きなケースを開ける。
「…………、」
クロードは首を振った。
そこにあるものが、認めたくない事実を突きつけるものだったからだ。
「セントラ製……レーザー……ライフル?」
上蓋にライフルタイプのものと、そのバッテリーが。
下にはハンドガンタイプのものが。
「……ここが未来だって?」
少し考えた末、まずは片づけることにした。
不意のことで暴発などした暁には、よくて鼓膜破裂、悪ければ跳弾が首に当たって大怪我だ。
一つ一つ開け放したケースを閉じては棚に戻していく。
そんな中、エクリアがハンドガンを手に取っていた。
「これ……なに?」
「銃って言ってな。武器だ」
「こんなものが? どうやって使うの?」
「弾を込めて撃ちだすのさ」
「魔術で?」
「火薬の爆発でだ」
「危なくない? そんなことしたらこれも壊れるんじゃないの?」
「後で見せてやる」
エクリアが持っているもの以外を戻し終え、エクリアが持っていたものを受け取る。
「ベレッタベース……これもセントラがサルベージして再開発したモデルか」
なぜか差しっぱなしだったマガジンを落とし、スライドを引いて念のため残弾確認。
その後手早く分解して内部機構を確認して組み立てなおす。
入っていたケースを見れば三種類の弾薬が入っていた。
とりあえず無難な九パラを詰め込んでおく。
「ったく、何年経っても規格が変わらないのはいいな」
ぽつりと言いながら、スライドを引いて給填し、セフティーを掛けてベルトに差す。
この銃は少々手荒に扱ったところで暴発しないのが売りだ。
「さて、次のへ……?」
扉に手を掛けたところでざらついた感触が伝わった。
その扉は錆びついていてまったく動かない。
「ふんっ……んん!」
ギチチチチィ……
軋みはすれど、まるで錆びた扉の舞台セットのようにびくともしない。
蹴りを入れてみればカァーンと音が跳ね返る。
向こう側は壁だ。
「ええい、ここにも擬装か。いったい何のために……」
「もう進めないの?」
「進めないな」
少し考え、
「引き返すぞ」
そう決断した。
振り返り、入ってきた扉の向こうに目をやれば、部屋が変わっていた。
「はいっ?」
その部屋には大量の筐体が並べられていた。
小さな板状のものがいくつも差しこまれたコンピューター。
すべてが動いているのか、LEDランプが常に明滅し、ハードドライブの唸りが響く。
「なんだこの設備は」
エクリアが怖がって部屋の入り口で立ち止まる中、クロードは操作席に座り込んで作業を始めた。
手をかざせば空中に結像するキーボードとディスプレイ。
これだけの設備があるのならどこかに発電設備があるはず、そしてそれを整備する誰かがいるはず。
検索をかけようとするが、
「ダメか……なにも受け付けねえ」
いくらキーボードに指を走らせようが、エラーを吐き出すばかり。
分かったのはまるで何かをシミュレートしているかのような重処理を行っているという事。
動作からわずかに発生する電磁波を読み取ってのことだが、これ以上は分からない。
せめて今が”何年”でここが”どこ”なのかさえ分かれば、それすら叶わない。
操作席から立ち上がったクロードは筐体に近づいた。
「ブレードサーバー……にしては数が多すぎるだろ」
極端に小型化されたブレードは一〇センチ×五センチほどだ。
それがびっしりと差しこまれている。
その中の一枚、留め爪を開いて抜き取る。
見かけは銀色のカードだ。
隅のほうには製造元なんて刻印されていない。
のっぺらぼうと呼ばれる出どころ不明のもの。
ナイフを使って、わずかな隙間に切先を刺し込んで分解すれば裏面に刻印されていた。
『AS.VIRGO』
「AS? アーク社……いや、ヴァルゴならアカモートシステムの……」
べちゃっ
背後から何か聞こえた瞬間にエクリアが抱き付いてきた。
「あ、ああああれっ! あれぇぇぇええええ!!」
「お、落ち着けエクリア。なにがそん……!?」
涙目で押し当てられる、胸の柔らかな感触など味わう暇はなかった。
床の上でうねうねと動く毒々しい緑色をした……。
「不定形生物?」
ぐじゅるるぐじゅる
「う……」
「なっ、なっ、なんなの!?」
見ているうちにそれはうねうねと体を捩らせると、絵の具の緑と赤の混ぜ始めのような状態に変わっていった。
さすがにこれは気持ち悪すぎるのか、さすがのクロードですら引いている。
まるでR18指定のグロテスクな映画から、規制対象部分のエキスだけを搾り取って濃縮したような、どうとも言えない形容し難い物体だ。
これはもうモザイクを掛けてもいいかもしれない。
その物体はものの数秒で、さらに脈動を始めながら次なる部屋に続く扉の隙間に消えていった。
「おおう……」
「ク、クロードォ?」
「こ、ここでまってろよ。ちょっと見てくる」
万が一にもあの先に、地上への脱出路があった場合はまっこうからの戦闘が避けられないだろう。
重力操作が満足に使えず、手元の武器はナイフと銃のみ。
そんなものであの物体にダメージを与えられるか?
(は、ははっ、あんなものが何だってんだ。まだアイツの方が怖い。だから平気だ、平気なんだよ)
自分に言い聞かせながら扉を開く。
丸い白い部屋だった。
中央だけ少し灰色がかった円があるが、それ以外はとくに目立ったものはない。
目立ったものは。
「どこ行った……?」
一歩、二歩と部屋に踏み入る。
ぐるりと回って確認するが何もいない。
そんなことをしているうちに、エクリアは怖くなったのかクロードのもとへと近寄ってきた。
「いない?」
「ああ、見当たらない。確かにこの部屋に……!」
ガコンッ!
扉が勝手に閉じ、キュイ、キュイとバルブが回ってロックされる。
そして扉に注視していると背後から、部屋の中央部からぐちゃりと気色悪い音が響いた。
「「……………………。」」
先ほどよりも体積を増した物体。
先ほどと違い、じゅくじゅくと泡立つ物体。
先ほどよりも生物的な脈動をする物体。
「エ、エクリア……どうする」
「どうするって……」
閉じ込められた。
目の前には未確認生物。
武器はナイフと拳銃。
その心は?
「ヤるか」
「それ……しかないよね」
そう言ったとき、ボコンッと物体が泡を破裂させ、そこからさらに体積を増しながら、
「ウブボゴォァアアアア」
どうやったら出せるのか分からないような声(?)を出した。
「ひぃっ!」
「っ!?」
エクリアはクロードの腕に抱き付きつつ、背中に隠れる。
妙な温かさが……。
「ごめん……」
「いや、この状態じゃチビッても仕方ない」
「ご、ごめんなさいぃ…………」
涙声になりながら謝る。
そろそろ本格的に限界が近いエクリアに、さらなる追い打ちが。
グロテスクな未確認物体が大きな脈動を始めたのだ。
軟体生物が這いずり回るような悪寒が走る。
「ああくそ、まずいな」
咄嗟にナイフに手を掛けようとしたが、アレに近接戦を挑んでどうする? と、思いとどまり銃を抜いた。
だがその手はカタカタと震えていた。
(なにビビってんだよ俺! あの悪魔どもに比べたら雑魚に変わりねえだろうが!)
だが、それでも引き金に掛けた指は動かない。
(こんな意味不明なものにやられるなんて笑えねえよ……。よ、よし、少しでも近づいたら撃つ。撃つったら撃つ!)
プラシーボで精神を安定させることを試みる。
クロードとエクリアがビビっている間にも、物体はぼこぼこと泡立ち、べちゃりと飛び散っては一つの形に収束していく。
「ほ、捕食の準備?」
「嫌なことを言うな……」
しっかりと銃を構え、照星の先に物体を収める。
少しでも近づいたら、襲う素振りを見せたら撃つ。そう行動パターンを決めたクロードの前で、物体は姿を変え、色を変え、気色悪い動きも止まり……。
「「……………………?」」
首をひねった二人の前で体操を始めた。
動くたびに人間らしい動きになり、肌の色がより忠実に構成されていく。
それはクロードにとっては見覚えがあるモノで……。
「お……」
「どうしました? クロード」
「お前かああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! ヴァルゴォォォッ!!」
相手が未確認の化け物的物体ではないと分かった瞬間、込み上げてきたのは別の感情。
クロードは容赦なくトリガーを引いた。
計一五回、スライドが往復し、一五回の発砲音とそれを突き抜けた弾丸が壁を叩く音が響いた。
全弾吐き出し終わり、スライドが下がりきった銃を捨て、床を思い切り蹴って飛び蹴りを放つ。
だがクロードの身体はそれに触れることなく反対側に通り抜けた。
「何をするのですか」
「…………どういう進化をしたらあんな意味不明な状態になる!?」
「私はアカモート、並びに白き乙女専属の自己進化型むぐっ」
「余計な説明は要らねえんだ。そのボディはどうせ自己修復・進化機能搭載の生体素子だろ」
片手で人型になったそれを、容赦なく釣り上げながら言う。
目の前の人型は確かに女性の姿でその声だ。
だが、どこか人とは違う雰囲気を持っている。
「クロード・クライス。まずは落ち着きなさい」
「……はぁ」
クロードは女性をゆっくりと下ろした。
「んでぇ? なんでたかが人工知能《AI》がそんなことになってんだ。そもそもどうやっ」
「考えてみれば分かります」
「…………あ、管理AIってことは」
「はい、そういうことです。人類が滅びた後、各地の使用可能な資材を集め、生産ラインを制御し、動けない筐体の中ではなく、動き回れるこの生体素子を作りました」
説明された中で最初の言葉が引っかかった。
「人類が滅びた?」
「ええ、ほとんど滅びました。もうあれから……少なくとも一万年は過ぎているでしょうか」
「…………一つ聞く。ここはどこだ? どこの大陸だ?」
「分かりません。長い時の中で、もうあの頃の形は全く残っていません。残っているのはこのような地下遺跡とでも呼ぶべき場所です」
「……………………。」
少しの沈黙。
クロードは高速で結論を出した。
「タイムマシンってある?」
「ありません」
至極まっとうな答えが返ってきた。
確かに異世界転移かと思いきや、遥か未来に飛ばされたのならば考えそうなことではあるが。
「ただ、この場所と地上とでは時間の流れが異なります」
「で?」
「ここに長く留まると、地上に帰る頃には――――浦島です」
「それを先に言わんかーいっ!」
クロードの繰り出した右ストレートを軽く躱しながら続ける。
「地上へと出る道はありませんが、迷宮機構への転送装置はあります」
「迷宮って、上の石造りのあれか?」
「そうです」
「それに転移装置って、人類そんなもん発明しちゃってたの?」
「量子通信が普及していましたので、開発にはあまり苦労していなかったようです」
「ちょっと待て。量子ネットワークでデータのやり取りならわかる。なんで物質までいけちゃうわけ?」
「そこ――は――」
人の姿がブレル。
形を失って崩れ始めた。
「かつ――う――げんか――す」
「おいちょっと待てよ」
再び不定形生物状態になった。
しかしこんどの色は薄黄緑色だ。
まるで液体酸素のような。
そのためか生理的に受け付けないような悪寒はない。
「転送装置ってどこにあるかだけは教えろよ!」
そう。
一番肝心な脱出手段を教えてもらっていない。
クロードが呼びかけ続けると、不定形生物は体を分裂させて文字を作った。
『へやのまんなかにたて』
「……………………エクリア、行こうか」
「…………う、うん」
こうしてよく分からないホラー体験は幕を閉じた。




