都合主義・一人の暴走
2016/11/20/22:19/追記/冒頭部分三行追加
五番目の世界。
世界を創りだした者たちがすでに去った世界。
かつて人間と悪魔が激戦を繰り広げた末に、人類の敗北によって異なる歴史を歩み始めた世界。
◆
「よくぞ来てくださった、勇者殿!」
ついさきほどまで部屋でゲームをしていたはずの少年、千夏拓真。
ついさきほどまで学校の屋上でサボタージュしていた生徒、天城海斗。
ついさきほど転移魔法を使って自分の世界に帰ろうとしたところで、転移に横槍を入れられた黒尽くめ、クロード・クライス。
彼ら三人はそれぞれが黒い穴に呑まれたと思った次の瞬間、そんな声に出迎えられた。
声の主は王座らしき豪奢な椅子の前で立っている初老の男性。
「勇者殿にお越しいただいたのはほかでもない、魔王が復活したのです」
千夏と天城はぽかーんと話を聞き入っている。
だが一人、冷静すぎるクロードはさっと部屋の形を覚え、周りの兵士たちの配置を確認した。
一目見てそこが一般家庭などでないと分かる。
石造りの内壁には精密な彫刻が施され、床には長い絨毯が敷かれている。
そして絨毯を挟む形で、ピシッと並ぶ、鎧に身を包んだ屈強な男たち。
どこか中世を思わせる国の城。その謁見の間だろうか。
「魔王を討滅した暁には儂の一人娘を嫁に出そう。さあ、剣を取り世界に平和を――」
そこまで言ったところでクロードが口をはさんだ。
「おい、じじい! 三つ聞きたいことがある」
「無礼者!」
一瞬で振り下ろされた兵士の拳、それをクロードは直接見ることもせず、片手で受け止めたうえで捻り上げて兵士を倒した。
他の兵士が一歩下がる。
「よ、よい、申してみよ」
「じゃあまず一つ。召喚はあんたらがやったのか?」
随分と殺気のこもった声で尋ねられ、初老の男性は恐怖を覚えた。
高位の立場であるというのに、権力を恐れもせず平気で殺気を向け、兵士を瞬間的に倒した勇者に恐れを抱く。
「そうじゃ」
「二つ、あんた娘の同意はとってんの? それ勝手にやるってんなら人間として最低の部類だぞ」
「ぬぐ、ぐぅ……」
どうやらそういうことらしい。
この王様風味は魔王討伐の報酬として自分の娘を餌にしたようだ。
「三つ、三人も呼んだ理由は? まさか数撃ちゃ魔王も倒せるとかいう打算だったら今からこの国壊すぞ」
「なっ! 勇者殿、そ、そんなことは考えておらぬとも。儂らはただ一人だけを呼んですべて任せるよりも三人いたほうが楽じゃろうと思ったのだ。ほ、ほら、三人寄れば文殊の知恵というじゃろ?」
完全にクロードの威圧に押され、口調が早口でおかしくなる王様風情。
兵士たちもどう手出しをしてよいか分からずに固まったままである。
クロードはクロードで知恵なんざいらねえと思うのであった。
「そもそも魔王が復活したんならなんで城に兵士いんの? さっさと最前線に送れよ。そしてなんでそんなに慌ててねえの? 魔王復活したんならもっと慌てててもおかしくないだろ」
いろいろ言うだけ言ってクロードは深く深く息を吐いた。まるで呆れの感情をすべて吐き出すように。
次いで大きく息を吸い込む。
「こちとら便利屋じゃねーんだよ、まだ余裕ありそうな段階で呼ぶんじゃねーよ。なんだ? もしかして訓練だなんだして呑気にレベルアップしてからいざ魔王討伐ってか? いっそ魔王がここまできてから呼べってんだ、んな雑魚そうなやつ瞬殺してやっから!」
「し、しかし世界の危機……」
「ど・こ・が! 兵士の顔見てもまだまだ魔王が力つけてない雑魚状態レベ1ってとこだろうが! いっそ今のうちに定番の魔王一人にパーティ四人で戦うとかじゃなくて数の暴力で圧殺しちまえよ!」
「ですが勇者殿……」
「そもそも世界の危機だあ? この世界よりさっきまで俺がいた世界のほうがよっぽど危機だったわ! 殺人ナノマシンだのスリーF核爆弾だの人を道具として培養して道具として使いつぶすだの!」
「なんのましん? すりぃえふ? なんの……」
「つーかなに、これから魔王討伐ってのに話だけで金渡してあとよろしくとかそういうんだったら魔王倒したあとであんたら全員月まで吹っ飛ばすよ? ついでに娘を嫁に”出す”ってことは国の権力は渡さないとかってことだろ? なにそれ? 英雄という名の消耗品か、俺は?」
「あ、いや、それは……」
かなり焦っているところをみるにそういうことらしい。
某RPGのように城に呼んでわずかばかりのゴールドを渡して旅に出させるつもりのようだった。
その後も一方的な展開で王様らしき男性は攻め続けられ、ついに折れてしまった。
極度のストレス。
長年安全な玉座で政務を行い、前線に指揮をするだけであった王のような存在は直接的な殺気や圧力に……弱かった。
この日はそれぞれに部屋が与えれられ、個別に宮廷魔術師がつき、説明が行われた。
最低限必要なこの世界の知識、魔法という存在、魔王の居場所や魔物についてなどなど。
当然クロードは必要な部分だけを、それ以外をしょっ引いて聞き出した後、書物庫にこもった。
いちいち聞くよりも自分で調べたほうが早いと判断したためだ。
本を開けば見慣れない文字……という訳でもなく、見たことのある文字がずらり。なぜ? なんて思いはしたが気にせずに読み始めていく。
「クロード・クライス! いますぐにここを開けなさい!」
外からは割り当てられた宮廷魔術師、という肩書の実際のところ技工士がバンバンとドアを叩いている。
一目見て”違う”という印象を抱いた。ぱっと見はこの世界の存在として違和感がないが、どこか”違う”という雰囲気がある。
相も変わらず無視し続けているとそれでなおも叩き続けてくる。講義を無視するなとかなんとかわーわーきゃーきゃー聞こえてくるが、意識的に完全にシャットアウトして本に没入してしまうクロードであった。