遺跡探索・道がなければ作ればいい
迷うことおよそ……かなり長い時間。
「地下遺跡っておい。どんだけ広いんだよ!」
直角に曲がる角がいくつもあり、そのすべてが部屋と部屋とを繋ぐ通路。
明らかに侵入者を迷わせるための構造だ。
ある部屋にはベッドが、ある部屋には浴場が、ある部屋には調理場が。
明らかに居住性を考えた作りだ。
磁力を操って周囲を力任せに走査する。
すると、どうやらクロードたちがいるのは地下遺跡ではなく、地下迷宮と言って差し支えのない規模の地下建造物だった。
広さにして床面積は軽く二〇〇〇平方キロメートル(クロードの能力で測っても端まで分からなかったのでおよそ)。
「どんだけ深いんだよ!」
水平方向もさることながら、垂直方向にもかなり深い迷宮だ。
ところどころに下層への階段が設けられてはいるが、通気口が見当たらない。
これでは空気が悪くなるはずなのだが……。
「何か……臭うね」
「獣臭いな。多分、魔物が集まっているんだろう」
通路を進み、角を曲がろうとしたところでクロードは足を止め、エクリアは耳をぴょこんと動かした。
角から顔を覗かせれば、先に大きな部屋が見える。
部屋の中には二足歩行の豚……とでも表現するのがちょうどいいような魔物がいた。
上半身は何もつけず、下は腰巻きを付け、鉄鎧すらも潰せそうな棍棒を持っている。
そんなものがうじゃうじゃといるのだ。
「あれって……オーク?」
「だろうな。俺も何度か見たことあるけど」
漂ってくる酒気と腐敗臭のような鼻を突きさす臭いを我慢しながら、クロードは走査を始めた。
磁力を操り、部屋全体の構造、配置を頭の中に映し出す。
数は軽く一〇〇を超える。部屋の隅の方にはボスらしき個体も存在し、それだけは立派な武具を身に着けていた。
「エクリア、魔術は使えるか?」
「使えないよ。あたしは学校にも行けなかったから」
「そうか……」
再び走査に意識を戻す。
「ねえ、あれ……突破するの?」
「もちろんそのつもりだ。エクリアは出てくるなよ」
「あたしだってアレとは戦いたくないけど……一人じゃ……」
「ちときついが、やるしかあるまい」
オークたちは見れば見るほどに大きい。
小さな個体ならば一三〇センチ程度だが、大きな個体となると三〇〇センチ越えのものまでいる。
(まるで小さい山だな……それに脂肪の塊みたいなものなら刃物はダメか……。それに――)
部屋への入り口は一か所。
飛び込んだ後、どうやって陣形を崩しつつ全滅させるか。
下手をすれば取り囲まれてサンドバッグならぬマンバッグにされるのが落ちだ。
「オークって、いろんな種族のメスを襲って生殖行動をするってホントか?」
本で読んだことを思い出したクロードが何気なく訊ねた。
エクリアは少し顔に影を落としながらも答える。
「本当、だよ。あたし、襲われてる魔族を見たことがあるから」
「なるほど……。だったら助けないと不味いか」
「えっ?」
「シェスタとメイが何でか知らないがあそこにいる」
ボスがいるのとは別の隅のほう。
抵抗しながらも衣服を剥ぎ取られた少女二人の姿があった。
壁際に追い詰められ、もう後には引けない状況だ。裸で首輪を付けられ、引っ張られて……。
「あっ、ならあたしが」
「やれそうか?」
「うん」
自信のある頷きに、任せてもいいかと思う。
「なら頼む。俺が引き付けておくから連れ出せ」
クロードが駆けだした。
部屋に飛び込み、オークに近づくと生理的に受け付けない醜さがよりはっきりと知れた。
でっぷりと脂肪の詰まった腹、口から洩れる妙な色の息。
部屋全体を満たす、鼻を突く悪臭と強力なむせ返るほどの性臭と嫌な薬の霧。
これでは強制的に発情状態にされてもおかしくはないとクロードは思った。
そしてこの状況下よく耐えているな、とも。
さっと右手を伸ばし、一番近くのオークに狙いを定める。
「初めて使うが、実験体にはちょうどいい!」
重力操作。
一言にそう言ってもやれることはとても多く、使い方を変えれば大抵のことはできる。
(磁力線形成、空気分子から電子を剥離、加速、加速、加速……)
一瞬にしてクロードの周囲に、バチバチと嫌な音を散らす円環が幾重にも創りだされた。
(電磁的斥力を中和……亜光速まで加速……完了)
円環から放たれる光が強くなる。
だんだんと音が聞こえなくなった。亜光速まで加速したお蔭で安定化したのか。
「シュート」
ズバチィッ!! と凄まじい音を響かせ、眼球を焼き焦がすような光の線を一瞬だけ見せた。
射線上にいたすべてのオークと、部屋の壁をどこまでも突き抜けた攻撃。
破壊力は抜群だが、
「エネルギーロストがでかいな……まだまだ練習する必要はあるか。んでもって名前は……そのまんま荷電粒子砲、いや、レプトンディスチャージなんていいか」
本人はその程度では満足していない。
光子と同じように、波と粒子、二つの性質を持つ電子を操るだけでもそうとう高難度の荒業であっても、思い付きで使える形にまで昇華させてしまう。
だがそれでも、まだこれは物理法則に”一応は”従った形のものだ。
まだまだ魔術、物理法則を完全に無視できるものには勝てない、と思いさらなる高みを目指す。
「エクリア! 行け!」
横薙ぎに腕を振るう。
瞬間的に生成された光、そこから光線が放たれる。もう慣れた、加速を円環を生成せずに行える。
まるで赤くなるまで熱したナイフでバターを切るように、脂肪の塊を切り裂き、壁を溶解させる。
エクリアが狼が走るような低い格好で駆け抜ける。
オークたちがエクリアに向かい、良ければ瞬間で真っ二つ。死体が残る。
悪ければ抵抗にぶつかった光線がその場で崩壊し、エネルギーをまき散らせば瞬間的に周辺に圧倒的な熱をまき散らし、蒸発させる。
それでもなお、オークたちは仲間を殺される怒りを出しはしなかった。
小さい個体は食料が入って来たとばかりに群がり、大きな個体は、
「ブヒャヒィィィィィィィィィ!」
異様に興奮した声を上げながらメイやシェスタに迫り、エクリアの身体に舐めまわすかのように視線を這わせる。
こちらは食料などではなく、メスが入ってきた、犯せという様子だ。
「チィッ、目の前で女を襲われて黙ってる俺じゃねえぞ!」
生成に慣れてきたのか、それもたったの数回で。
かなりの数を同時に、それも天井に沿わせるように光を創り出して死の線を落とす。
床に接触する寸前で磁力のレールを捻じ曲げて、予測できない角度からオークを薙ぎ払う。
瞬く間に部屋にいたオークの大半は死に絶えた。
「っと、来たか」
前方にばかり集中している間に、なぜか後ろの通路側からオークが接近していた。
能力のリソースは現在あの光線にほとんど費やしている。
今発動できるのは小規模な斥力の剣程度か。
「ブガァァァァァァ!!」
「せやぁっ!」
しかしそれでも十分。逆袈裟に振り上げた剣で、オークのでっぷりと膨れた腹を切りつけた。
感覚的にはかなり深く切り裂いたつもりだ。
だがバッサリ斬ったというに、傷の大きさに見合うだけの血は流れ出ない。
見えるのは黄ばんだ分厚い脂肪。
「こりゃロングソードでも一回でダメになるな……」
あれだけの厚い脂肪ならば、どれだけ切れ味の良い刃物でも浅い傷しかつけられないだろう。
そしてべっとりとこびり付く脂肪で使い物にならなくなるのが落ちだ。
振り上げた体勢から斥力の剣を解除し、虚空に再度作り出してオークの頭を撥ねる。
別に手の延長線上にしか発動できないという訳ではない。
自分が認識できる座標上ならばどこにでも創りだせるのだ。
ただ手の延長に作るよりも創り辛いだけで。
「まだ来るかよ……」
天井に照準し加重、通路を潰す。
ガラガラと崩れ落ちる石に混じって水が流れ落ちてきた。
どうやら上の部屋(もしかしたら通路)には水路でも、もしかしたら浴場か貯水池かがあったのだろう。
だがその量も大したものではなく、土に染み込んでほとんどはなくなり、小さな水溜まりを作るにとどまっている。
脅威にはならないと判断して振り返れば、メイとシェスタを連れてくるエクリアが見えた。
背後には腰巻きを取り払ったオークが三人の少女に迫りくる。
「クロード!」
「チィッ、伏せろ!」
エクリアが二人を押し倒し、射線上から外れた瞬間、クロードの手の先から光線が撃ち出された。
横に薙ぎ、後ろから迫っていたオークどもを脂肪の塊に切り分けた。
後には脂肪の焼ける嫌な臭いが混じり、さらに強烈になった悪臭だけが残る。
とりあえず脅威を消し去ったところで、今の攻撃で反対側の通路への出口が崩れ落ちたのが見えた……。
あれだけぶっ放して壁を溶かしたのだ、崩落しなかっただけでもいい方だと言えるのではないだろうか。
しかしここで新たな問題。
後方には進めない。
前方にも進めない。
「あちゃー……」
やりすぎてしまったな、と頭をポリポリかきながら打開策を考え始めたのだが、
「クロードさまぁぁぁ」
「クロードさぁぁぁん」
ついさっきまで襲われ中だった二人がすがりついてきた。しかも生まれたままの姿に首輪付き。
人間、魔族、関わらずに切迫した状況から解放されると近くの安心できる存在に近寄りたがるようだ。
それが現状、この世界で最も危険な存在だとしても。
「や・め・い!」
このままだと閉じ込められたまま餓死……の前に窒息死するかもしれないので、脱出方法を考えたいクロード(と言っても冗談抜きで死なないの)だが、金髪のお姫様と金髪の魔王な女の子にすがりつかれたままでは鬱陶しくて考えがまとまらない。
こんな状況でも劣情がまったく沸き上がってこないクロードは、二人の体を見てよく似てるなー、髪下ろしたらそっくりじゃねえか、なんて思っていた。
「は・な・れ・ろ!」
と、少々強めに言っても泣きながらより一層くっついてくる。女の子らしい柔らかさがよく感じられる。
(さすがについさっき強姦されかけてたから分からんでもないが…………鬱陶しい! こうなりゃ)
クロードは空いた両の手で、二人のかわいいお尻をもにゅっと鷲掴みにした。そしてわざわざいやらしい手つきで撫でて、女の子大事なところに指を沿わせて。
最低な人ですね! という感じで離れるだろうと思ってのことだ。
「ふぁあんっ」
が、どうも変な方向にスイッチしそうだったのですぐにやめた。
これで効果がないという……いったいどれほどクロードを信じているのやら……。
「……なあ、エクリア。これからどうする?」
もうどうしようもないので、鋼の精神通り越して、虚無の精神で無視を決めた。
「どうするって、まずはその二人の服をなんとかしなくちゃ」
「だよな……はぁ。とりあえず残骸を拾ってきてくれ。俺が直すから」
「うん。でも、できるの?」
「出来る出来ないより、やるっきゃないだろ、これは」
ポケットから針と糸を取り出し、針孔に糸を通して玉どめ。
それを数本用意すると、ポケットから待ち針の入ったケースを取り出した。
クロードの穿いているズボンは一応は戦闘用の服だ。
外側には多数のポケットやマガジンを刺し込む部分があり、本来のズボンのポケットとは異なり、内側のポケットも大きく、そして仕切られていてたくさんの収納を可能としている。ここにはサバイバルキットの中から使いそうなものだけを詰めてある。どう考えても使わないものまで所持しておく必要はない。
「クロード。集めてきたけど……」
エクリアがかき集めてきた服の亡骸……を見る。
「……これ、直せるの?」
「……と、とりあえずやれるだけやってみようか」
一般的な考えで行くならば、もう新しく買いなおすべき状態だが、生憎そんなことはできないので修理をやってみる。
そもそも製紙技術がなければ縫製技術もない。
まだまだ大量生産形態には行き着いていないため、注文したところで多額の費用とかなりの時間を要する。
チクチクと残骸と化している布を待ち針で固定し、縫合していく。
もはや元通りにはならないだろう。
特に下着は……。
「まったく、器用貧乏というかなんというか……中途半端だな」
大抵のことはそつなくこなせるが、どれも及第点で完璧までは届かない。
武器の扱いで言うなら、ハンドガン、アサルトライフル、マシンガン。ロケットランチャー、ミサイルランチャー、サテライトレーザーの照準などに始まり、爆弾各種、果ては粒子砲まで扱えていたがどれもこれも本職には届かないようなものか。
とても分かり辛いがこのような感じだ。そもそも敵地で撃墜されて、白兵戦などと言うことがよくあったから仕方ないのだが。
1
ある程度の間を置き、服の修復(下着類除く)が終わり二人も落ち着いた? 若干もじもじしていて顔が赤いのは仕方が無い。片手で胸元を押さえて、もう片方の手で股をしっかり押さえて。
「んで、これからどうする?」
現在この場は、それなりに広い密室。
外から救助が来ることは確実にありえない。
あの崩落でほかのものたちも生き埋めになっているだろう。
なによりこれだけ時間が立っているのだ、生きているという可能性すら低い。
「まずここから出ないといけないんだけど」
ちらっとシェスタの方を見る。
クロードのアレでは、今度こそ生き埋めになるだろう。さっきのあれである程度練習はしたが、出力制御はまだ厳しい。
だからこそシェスタの魔術が頼りだ。
「おい、シェスタ、なにかいい魔術はあるか」
「私……まだ魔導書がないと……」
「使えんのかい! 魔王なら無詠唱で使うくらいできるようになっとけよ」
「だったらクロードさんのさっきの魔術で瓦礫を吹き飛ばしてくださいよ!」
「その代償は全員の生き埋めだがな!」
「…………。」
「…………。」
少しの沈黙の後、クロードは立ち上がった。
「仕方がない……このまま餓死か窒息死なら、一か八かやってやる」
両手を前に出し、磁力のレールを敷く。
空気を両手のちょうど真ん中あたりに高圧縮。
やがて溶接光のような眩い閃光が弾けはじめる。
なにが出来たかと言えば――――電離気体だ。
空気は圧縮されることで熱を持つ。
強引な、それもブラックホールを作りだせるほどの重力で圧縮された空気は、原子を強引に分解される。
そしてプラズマは進路上のもっとも抵抗が少ない場所を突き進み、即座にエネルギーを分散させてしまうのだが、磁力線でそれを強引に強制し、拡散を防ぐ。
温度は千を通り越して万。
直撃すればすべてが瞬間的に蒸発する。
「狙い通り、さっきの崩落で空気穴が出来てたな」
部屋内の気圧が低下しなかったのはそのため。
強烈な悪臭の排除も兼てのことだ。
「ク、クロードさん? なんなんですかその魔術は」
「魔術じゃねえよ、異能だ」
その瞬間、クロードの前方がカッッ!! と光り、一瞬にしてブラックアウトした。
すべてを焼き焦がすほどの光だ、そんなものを受けてしまえばクロードはともかく、他の三人がただでは済まない。
そのため領域に対して、光だけに作用する斥力を発生させた。殺人的な反射光をすべて跳ね返す。
「クロード様……すごい力ですね……」
「なん、なのいったい」
「……………………。」
少女たちが驚いている最中、光の動きが元に戻った通路の先にクロードは見た。
黒髪の勇者を。




