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フラットライン-対勇者戦線-  作者: 伏桜 アルト
第一章・死神/The Reaper
16/57

地盤崩落・喧嘩の代償は両膝の骨

 エアプランツ(空気中に浮かんでいる植物系モンスターのほう)、が大量に生息する荒地を進む集団があった。

 それは絶賛引っ越し中の魔王軍である。

 すでに軍というよりは大隊規模の人数もいないのが、その脆弱さを示しているのだろう。

 と言っても、それは異世界から来訪した規格外ゆうしゃにやられたためであり、規格外が現れるという事がなければこの引っ越しは無かっただろう。

 しかしまあ、何の皮肉か。

 現状魔王軍の一番の戦力は勇者(の裏切者)であり、表面的には魔王シェスタに従う形だが、実際は勇者 (の裏切者)が従えている形だ。

 事実、兵卒の戦闘訓練(と、言う名の喧嘩)や経費処理(中枢を握って支配するため)など、重要な部分は勇者(の裏切者)が行っているため、気づきながらも反感を示す(ことができる)者は少ない。


 1


「シェスタ、これを見ておけ」


 一団の真ん中、一番安全(であり、一番危険)な場所でクロードは荷袋から丁寧に折りたたんだ紙を取り出した。何が危険かと言えば爆弾クロードがあるからだ。

 未だ製紙技術が発達していないこの世界では、魔法で紙を作り出しているところがほとんどである。

 だから魔法が使えないものにとっては貴重品であり、そしてまた武器である。

 紙は文字じょうほうを伝える媒体だからだ。


「……なん、ですかこれ?」

「とりあえず兵士に与える給料と、階級制にして指揮の効率化を図った場合。食料や薪とかを金額に換算したもんだ」


 他にも荷物運搬用の小型の龍の餌代に医薬品、他雑貨に加え備品の修理費、階級制に変更するための手間でかかる費用までも加えられている。

 その金額の多さにシェスタの肩が震える。


「ク、クロードさん……いままでだってこんなにかかったことなかったですよ?」

「そりゃそうだろ。魔王軍全盛期は襲った村から略奪して、そこらへんの報告を誤魔化していた阿呆がいたからな」


 瞬く間に魔族領を蹴散らした頃にちょっと見ていたのだ。


「えっ? 私そんなこと許してませんけど」

「超超遠まわしにシェスタの管理能力がダメすぎるつってんだがな」

「酷いですねっ!」

「開き直るか!」


 そんな感じで小競り合いが行われ、兵士たちが巻き添えをくらうまいと距離を取る。

 逃げないのは三人だけだ。

 内訳はクロード相手に一応戦えたテリオス、ここ数週間で魔族恐怖症が和らいできたメイ、獣人族種別・狼犬族のエクリア。


「くそっ、魔王トップのダメさを徹底的にアピールして下の連中を煽る。最終的には命すら惜しまず差し出す人形に仕立て上げる。そんな計画のためなんだ、大人しく認めろ!」

「どこまでもクロードさんは最低ですねっっ!!」


 そんなクロードを「やはりここで首を落とした方が明るい未来のため」と手に斧を持ちながら見るテリオスの姿があった。


「手っ取り早く目標を達成しつつ俺に一切の怨嗟が向かない用にするためならば手段は問わん!」

「そこで開き直らないでください!」


 ドシンッとテリオスが足を踏み鳴らした。


「魔王様、やはりその男、ここで始末すべきです」

「へぇやろうってか三下ザコ

人族如き(かとうせいぶつ)がほざくな!」


 今このときに置いて、テリオスに恐怖心は無かった。

 明るい魔王軍の未来のため、ここでこの疫病神を叩き伏せてしまおうという考えで満たされている。


「ふ、二人ともやめなさい!」

「魔王様、今回ばかりは従えませんな」

「そうだシェスタ、お前は引っ込んでろ」

「なんでこんなときに喧嘩するんですか!」

「「こいつが目障りだからだ!」」


 テリオスの巨大な斧が振り下ろされ、それをクロードは斥力の刃で受け止める。

 反発する力で慣性質量は相殺され、腕にかかる負担は直接つながっているわけではないため全くない。

 近場で眺めていたメイは恐ろしさで後ずさり、エクリアはすぐに援護に入れるよう腰の曲剣に手をかける。


「テリオス様! 援護します!」


 勇気と無謀を履き違えた兵士たちが数名駆けだす。

 刹那、ヒュインと風切りの音を響かせて長く太い矢が射放たれた。

 それは兵士たちの鎧の隙間を縫うように、摩擦による火傷程度の傷しか負わせない威嚇。

 脳天を狙って直撃させるよりも難しいその攻撃は、近づけば確実に殺傷すると言っているも同義だ。


「貴様ら下がっておれ!」


 テリオスに叱責され下がろうとするも、鎧を突き抜けた長い矢は兵士たちを地面に縫い付けている。

 引き抜こうにもびくともしない。

 クロードとテリオスは、鍔迫り合いでは膠着状態が続くと判断し、双方ともが後ろに飛び退った。


「不死だかなんだか知らねーが心臓潰しゃ終えだろ」

「貴様とて脳漿ぶちまけてしまえばそれで死ぬだろう」

「さてどうかな」


 実際問題、その程度では条件次第で復活できてしまうクロードだ。

 殺そうと思うのならばマグマに放り込むくらいしなければならない。

 それも能力を使えない状態にしたうえで。


「来いよ悪魔」


 巨大な斧が振り上げられる。


「散れ、死神!」


 クロードの両の手刀の延長に揺らぎが発生する。相対座標上の空気分子を高速振動させた、ハイフリケンシーブレード。

 発生する超音波で自身の耳をも傷つけるようなものだが、そんなものは遮断できるためクロードは平気で扱う。魔法ではなく異能なのだが、傍から見ている魔術師たちには、高度な魔術に見えてしまうのが何ともいえない。

 そして周囲で見ている者にとっては、キィィーーンと高い音が響き、頭痛を引き起こす。

 とくにエクリアなど、獣人系の魔族にとっては致命的な攻撃となり得る。


「ぬぅん!」


 振り下ろされた斧を左のブレードで防ぐ。

 高速振動によって連続的に真っ赤な火花が弾け飛ぶ。


「下ががら空きだ!」


 右のブレードを横一閃に振るう。

 バチュっと水っぽい音と共に血飛沫が舞った。

 体勢を崩したテリオスに対し、更なる追撃を行うため斧を上に弾き上げる。


「覚悟しろよぉ、心臓を壊さなきゃ死なねぇってんなら、心臓だけ丸く刳り貫いたらどうなるんだろぉなぁ」


 両手のブレードを突き刺そうとする。

 テリオスは高位の悪魔でありながら本能的な恐怖を覚えた。

 もう醜態を晒してもいい、風の魔術で爆発を起こし、後ろに自ら吹き飛ぶ。

 その瞬間、ズグォと変な音を立ててクロードの後ろに斧が落ちた。


(あれ? この音はアレか、下が空洞か)


 なんて思った直後、奈落へ誘う亀裂がバシィィィッと広がり始める。


「ってま――――」


 まずい、それを言う前に足元が崩落した。

 咄嗟の重力操作と、身体に刻み込んだ反射的な動きでまだ崩れていない場所を掴む。


「クロード!」


 一番近くにいたエクリアが駆け寄ってくる。

 すぐにここも崩れる、そしてクロードならば生き埋めでも一応は大丈夫だということには思考が及んでいないらしい。


「大丈夫だ、来る――うおぁっ!?」


 掴んでいた箇所が崩れ、さらに亀裂が広がる。


「ちょっ、心配かけないでよ」

「何やってんだ。放っておいても全然大丈夫なのに」


 クロードが次の掴めそうな場所に腕を伸ばすと、タイミングが良いのか悪いのかエクリアの手が掴み取った。


「今、引き上げるから」

「バカが! さっさと離れ――――!」


 今度は広範囲が揺れた。

 地下深くから岩盤の崩れるような重い音が響く。

 その音は一気に大きくなり、一際大きく雷鳴のような轟音と共に亀裂を広げる。

 あまりの揺れに地上に立つものはその場に倒れ、逃げるという選択を取り上げられてしまう。。


「きゃあぁぁっ!?」


 エクリアの足元が崩れ、クロードもろとも奈落の底へ……落ちはしない。

 器用にエクリアの体を支え、重力操作で浮かぶ。


「おっ、意外に軽い」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、早く上がらないと」

「はいは……!」


 いきなり視界が暗くなった。その原因は蓋をするように崩れ落ちてきた地面だ。

 手の延長に生成した、強力な磁場のフィールドで払いのければ、運悪くその上から地中に埋まっていた巨大な岩が落ちてきていた。

 さらにその上には崩落に巻き込まれたシェスタやメイ、その他の兵士たち。


(仕方ないか。この場合の優先順位はシェスタ、エクリア、メイ、雑魚どもだな)


 危機に陥った状況で脳のリミッターが外れたのか、やけに視界がゆっくりに見える。

 その状態でクロードは素早く照準を合わせ、能力を発動した。

 それぞれを包み込む斥力の殻。

 これならば落ちてもエアポケットの確保はでき、土砂に押し潰されるまでの猶予時間も確保できる。

 本来こういう時にこそ頑張ってもらいたい魔術師や魔王であるシェスタは落下の恐怖からなのか一切詠唱ができるような状態ではない。

 もともと戦闘中であっても前衛、中衛と二重の盾の後ろで集中して詠唱するのだ、こんな状況で使えるような魔術師は接近戦を好む異端しかありえないのだ。


「ってとぉ、これは――――あっっだぁぁっ!」


 ゴツン、聞きたくもない重たい音が脳を揺さぶった。

 なぜかやけに尖った岩が額に直撃した。

 いままでの行いに対する天罰だったのだろうか。

 運がなかったとしかいいようがない。もしくは自業自得か。

 久々の不意の激痛で揺らぐ意識。

 碌な抵抗ができないまま土砂と岩の雨に埋もれて行った。


 2


 クロードが目を覚ました時、すでに揺れも崩落も収まっていた。

 視界は完全な闇、という訳ではなかった。

 わずかに開いた隙間からぼんやりとした明かりがこの場所にだけ届いていた。

 完全に目が闇に慣れてしまえば他の場所も見えるようにはなるのだろう。

 身体中が鈍い痛みを訴える。

 痺れているのか明確な感覚はないが、なにか柔らかいものを下に庇っているような感覚だ。

 あれほどの崩落の中でもまだ体が原型を保っているだけで儲けものだ。

 もし潰れていたり、千切れていたりすれば、再生に時間がかかりすぎる。

 四肢に力を入れる。すると足が動かない。視線を向ければ巨大な岩が膝辺りから下を押さえつけていた。


「チッ、こりゃどうしろと」


 悪態をつくと、下に庇っていた何かが声を出した。


「う……んん…………」

「おいエクリア」

「ん……クロー、ド? え、あれ私……え、ちょ、これどうなってるの?」


 クロードの下でもぞもぞと体を動かすエクリア。


「動けるならさっさと下から出ろ」

「う、うん」


 エクリアが体を捩らせ、抜け出すとクロードの足に目が行った。


「あっ、クロード足が……」

「ほっとけ。お前だけで脱出しろ、俺は大丈夫だから」

「でも、それ一人じゃ無理でしょ」

「無理だな。二人でも無理だな、だからお前だけで行け」


 さすがのクロードでもこれは少々難しい。

 一応ながら干渉する物体の全体像の把握は必要になる。

 別に一部分だけでもできはするのだが、そうなるとかける力が加速度的に増大する。

 ただ一人の場合であったならば、マイクロブラックホールを使った大爆発で簡単に抜け出せるのだが、どこにシェスタがいるのか分からないため使えない。

 うっかり巻き込んで死なせてしまうことはできない。

 今のところこの世界からもといた世界へ帰るための唯一のカギだからだ。


「放っておけないよ!」

「だったらそこで耳を塞いでろ。爆破する」


 それを「魔術で爆破する」という意味で受け取ったエクリアは離れられるだけ離れて両のイヌ耳を塞いだ。


(さて、俺の足ごと吹き飛ばすのが一番手っ取り早いかな)


 こういう場合に限り、自分のこととなると、とにかく安全第二、効率第一となるクロードだ。

 うまいことやれば切れた足が粉々にならず、爆切(指向性のある爆破で切断する)程度で済むだろうと考えている。

 ある程度形が残っていれば再生のための時間も痛みも少量で済む。

 そんなわけでクロードは実行した。


(座標……俺の膝上五〇センチで高圧縮、エネルギー解放方向・上下)


 ズゴアッ! と凄まじい音が鳴り響いた。

 内部に引っ張られた時点で岩にヒビが入り、そのエネルギーが上下方向に解放されたお蔭で、上下の端で跳ね返ったエネルギーが岩を散弾のように細かな破片にして、またも運悪く顔面直撃コース。

 運が良かったのは膝の粉砕骨折で済んだことくらいか……。


「ずぁ……!!」


 これはこれで痛かったらしく(当たり前だが)、両膝を押さえながら数分間(再生が終わるまで)転がり回った。

 そしてその姿を本当に心配そうに見つめるエクリアの姿もあった。

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