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フラットライン-対勇者戦線-  作者: 伏桜 アルト
第一章・死神/The Reaper
14/57

不用物資・余り物が辿り着く場所

 クロードは一人、森の中を駆けていた。

 肩には袋を下げている。

 ざくざくと枯れ葉を踏み砕き、夜の静寂を掻き乱し、先を行く人族の兵士たちを視界に収めた。

 槍を杖代わりにして歩く者、兜や鎧を捨て呆然とついて行く者、倒れて力尽きる者、様々だ。

 ただ一様に、敗戦した痛々しい見た目は共通する。

 彼らさきほどの激戦から運よく離脱することができた数少ない者たちだ。

 そんな彼らにクロードは些細な贈り物を用意していた。

 彼らの中の一人が振り向く。


「勇者殿、なぜです。なぜ私たちを裏切ったのですか」

「理由は一つだ、俺の計画を邪魔した。それだけだ」


 冷たく言い切ると肩の袋を下ろした。

 紐をほどけば、中には包帯や消毒液、乾燥肉が詰められている。

 それらを取り出しながら、


「今のうちに傷を消毒しておけ。どうせ明日の朝まで魔族どもは動かない」

「そうやって我々を油断させて全滅させるつもりですか」

「いいや、生きて帰ってもらう」


 兵士は意外な顔をした。

 戦闘があれば、勝っても負けても相手に情報を持って帰らせないようにするのが基本である。

 だというのにそれをやれと言っているのだから。


「帰って総指揮官伝えろ、俺は魔王軍に入り込んで内側から掻き乱す。それにまだ魔王は生きている、来たるべき時に備えて準備しろと」

「…………っ」


 包帯などの治療具を半分だけ取り、兵士たちはまた移動を始めた。

 残ったものは再び袋にしまい込む。

 そして聞こえない声で呟いた。


「ちゃんと伝えてくれよ、相反する情報は混乱のもとだからな」


 黒い笑みを浮かべながら、来た道を走る。

 行く先は村だ。

 持ってきた物が余り、そのまま持って帰るのならばあの村の者たちに渡してやろうという考えだ。

 夜の森は静かだ。ここがついさきほどまで人族に支配されていたこともあってなのか、魔族や魔物、その支配下にない野良の魔物すらいないからだろう。

 静かすぎる暗い空間は、本能的な恐怖を誘うのだが、クロードの場合はそういうことがなかった。

 何もいないのなら恐れる必要は無いと、本能的な部分までもがはっきりと理解しているからだ。

 四半刻ほどして、ちらほらと揺らめく炎の明かりが見えた。

 村では家を壊された者や、ケガをした者たちが寄り合って、中央の開けた場所で話し合っていた。


「おい、薬は足りてるか?」


 クロードが片手に袋を持ち上げながら話しかけると数人が寄ってきた。

 顔が狼である者や、四本腕の者、様々だ。


「おお、あんたのお蔭で邪魔な人族がいなくなったよ」

「なんで感謝する? 俺はとくに何もしていないが」

「何言ってんだい、あんたが人族を後ろから攻撃したところはみんながばっちし見てっからよ」

「まさかとは思うが……」


 クロードは矢を投げる際に、上空後方から変な視線を感じていた。

 とくに害意あるものではなかったために放っておいたのだが。


「魔法で見てたのか?」

「ああそうさ。あんたが井戸に毒を入れさせたのは、まあ大目に見るって村長も言ってたしな」


 四本腕がバシバシ肩を叩いてくる。

 太い腕の一撃はまるでハンマーで叩かれるかのように重い。


「分かった分かった! だからやめてくれ。それより、食料と薬がある、必要なやつに分けてやってくれ」

「おうよ」


 袋を押し付け、なぜか村人の見送りを受けながら魔王城への帰路を急いだ。

 距離はかなりあるが、空を飛びはしない。

 もう一度、夜間ではあるが地形をしっかりと確認しておきたいからだ。

 人族がいない、魔族もいない、魔物もいないこの状況だからこそ、警戒せずに走り回れる。

 大まかな地形を確認しつつ、重力場を操る自身特有の能力をソナー代わりに水脈を探知する。

 井戸を使えなくした手前、新しく掘らなければならないため、当分枯れることのない水脈を探し当てておく必要があるのだ。

 警戒の必要がない、それだけ索敵に回していた能力を探知に回すことができる。

 音波を発するでも探知するでもなく、力場の乱れを感じ取り、水を探し当てるのだ。

 そして、少しばかり地形が斜めになっている場所まで来た。


「この辺で掘ってみるか。反応的にも空隙があるし、帯水層だったら儲けもんだ」


 空中を基点に、岩盤の少し上あたりから地層を纏めて引きずり上げる。

 スゴァッ!! 直系にして三十センチ程度の穴が出来上がり、上空に飛び散った土や石が周囲に降り注ぐ。

 少しして、地の底から低い音が聞こえ、水があふれ出た。

 しかしそれは水分を含み、崩れた地層によって即座に止まってしまう。


「ま、位置を確認できただけでよしとするか」


 目印とするため、遠くから見ても分かるように地形を陥没させ、その場を後にした。

 やろうと思えば大陸ごと海の藻屑としてしまえるクロードにとっては簡単なことだ。


 1


 魔王城に帰るなり、クロードは熱烈な歓迎を受けた。

 もはや魔王シェスタの言う事も聞かない者たち。

 まず、魔術師たちによる遠距離からの魔法攻撃に始まり、近づいてからはテリオスら近衛の突進、躱しつつ城内に入ればシェスタの猛抗議の嵐。

 聞き流しながら人気のない場所まで来るが、それでも、少女とは思えないほどの罵詈雑言は止まらない。

 どれもこれも自業自得。

 少しずれたら即死する方法でシェスタに矢文を送り、テリオスには脳天直撃させた報いだ。


「クロードさん、当てなくてもいいじゃないですかっ!」

「いや、当てないとバレるだろ?」

「なにがですか!? ともかく私のフードはこの有様です、どうしてくれるんですか!」


 大きな穴の開いたフードをひらひらさせながら涙目で抗議するシェスタ。

 背中にかけても服の生地が裂けている。

 本当に少しでもずれたら脊髄貫通もあり得た”ギリギリ”の攻撃だ。

 足が震えているのは、死の恐怖が未だに引いていないからなのか。


「縫えばいいだろ」

「…………ぅぅ」

「出来ないのか?」

「…………はい」

「仕方ない、かせ」

「えっ」

「脱げ」


 普通なら言わないことを素で言う。そもそも男女入り交じった傭兵部隊での生活のおかげで、男女間の遠慮という部分が抜け落ちている。


「ええぇぇぇぇっ!」

「誰も見てないだろ、三分で仕上げるから脱げ」


 いきなりのことに一歩下がったシェスタから、強引に衣服を剥ぎ取るクロード。元いた世界の常識に照らし合わせれば犯罪確定だ。

 下はなんの飾り気もない、白のキャミソールとズロース。

 女性としてよりも、まだまだ子供、女の子という風に見える印象が強い。

 そして身体を抱くようにして縮こまっているシェスタに見向きもせず、どこから用意したのか、当て布と針と糸を使い、超高速で縫い上げてゆく。

 かなり細かい針目で、且つ針目が表側に出ないようにする技は、素人ではないことをうかがわせる。……そもそもがあの頃の暮らしでなんでもかんでも一通りはこなせるように、いろんな仲間たちに仕込まれた。

 破れた個所を修繕し、ところどころほつれている箇所も直し、とりあえず傍から見た分には元通りだ。


「ほら、できたぞ」

「うぅー……」


 下着姿を見られることに抵抗があるためか、腕で身体を隠すようにしながら服を取り、着る。

 身だしなみを整え、袖やフードをさっと確認する。

 修復不可能かと思われた傷は、外側からは完全に分からないほどに直されていた。

 針目が全く出ていないところなど、専門の職人と思えるほどのものだ。


「なんでできるんですか」


 ふてくされた口調で、口をとがらせて小声で言った。


「そりゃ、人形作ったりしてたからな」


 ただしニードル爆弾入りの危険なものなどに限る。


「ぷぷっ……その見た目からは想像できませんね」

「よく言われたよ。ほかのヤツラにも大笑いされたし」


 思い出しながら自身も苦笑する。

 確かに勇者とは思えない、路地裏のチンピラ風味な見た目からすると考えられないことだ。

 性格も悪いというかひねくれているというか。


「と、まあそんなことはどうでもいい。ちょうど誰もいないことだし……俺もやりたいことが溜まっているからなんとかしたいわけで」


 唐突に立ち上がったクロードはシェスタの腕を掴み、ずいずい引っ張る。

 そのままさらに人気のない、明かりのない方向に行く。


「あ、あの、どこに」

「どこって、邪魔するものはいない、静か、俺とシェスタ、やることは?」

「ま、まさか私の体を!?」


 言ったシェスタの頭をぽこんと叩く。


「アホか、静かで集中できると言えば勉強だろうが。お前には一月以内に召喚魔法を初級でいいから使えるようになってもらう」

「あれは一年かけて……」


 言いかけたところで無言の重圧をかけてゆく。

 人間(と言っても魔王ですが)誰でも精神的に追い詰められれば最高スペックを発揮するもの。


「…………やれ」

「は、はぃ……」


 本棚が倒れ、書物が散乱した部屋に着く。シェスタを押し込むとまわりの石壁を歪ませて完全封鎖。

 手早くテーブルとイスを配置しなおし、クロードが教師として勉強が始まった。

 魔法は一切使えないが、理論だけなら以前いた世界のものと半年の間に学んだもので十分にカバーできる。

 魔法は一切使えない、けれど魔法には詳しい。

 そして魔法の作り方を知っていれば当然壊し方も知っている。


「いいか、召喚にも種類がある。代表的なモノと言えば呼び寄せる召喚だ。別の場所から――――」


 長い長い勉強(一方的な詰込み型)は寝る間を与えず、翌日、太陽が顔を出し始めてもなお続いた。


 2


「魔王様ー! 魔王様どこですかー!」


 城にシェスタを探す魔族たちの声が響く。

 すでに昼過ぎだというのに、休憩すら挟まずにクロードの詰め込みは続いていた。

 シェスタが読んでいた『召喚魔法-超初級編・異世界から召喚しましょ♪』も、夜通し続けたお蔭で半分ほど終わったところだ。

 シェスタの目元にはクマができ、目も潰れかけている。

 もう限界が近い。


「クロー……ドさん、そろそ……ろやめ、ましょうよ」

「ん、もう朝か」

「お昼ですよぉ……」

「そうか、じゃあ魔法陣について簡単に説明したら終わろうか」


 そう言ってチョークでノートサイズの黒板に円陣を書く。


「まず、術者を中心に展開される魔法陣には大きく分けて二種類。自分に対しては守護陣として、敵に対してはダメージの増幅としての効果をもつものが――――」


 そして簡単に説明すると言っておきながら三時のおやつ時まで続くのだった……。

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