初戦開幕・明確なる敵対行動
「立てるか、エクリア?」
嗚咽を漏らすエクリアを見下ろす。
ふるふると首が横に振られると、肩に手を回して立たせ、近くの空き部屋に移動した。
この部屋も、戦いの余波からは逃げきれていなかったようだ。
窓ガラスは砕け散り、壁際の棚は倒れている。
イスやテーブルは幸い無事だったのでとりあえず座らせる。
ひょっこりついてきていたメイは入口のあたりで縮こまっている。
「とりあえず、経験談からなんだが。賊は基本的に統率するものがいなくなると大抵はバラバラになる。ほとんどは働き口なんてないからまた賊になるだろう。そして極一部はまっとうに生きるかもしれない。もし、賊を続けたとしたら次は死ぬぞ、俺みたいに気絶させて捕らえるなんて器用なことができるやつはいないだろうからな」
うつむいたままのエクリアを見ながら続ける。
「ま、そういうことがあったとしても、俺もうこれ以上生易しい対応はしないから」
それは次、襲ってきたならば容赦なく葬り去るということ。そもそも今回の対応のどこが優しいのやら謎ではあるが。
「お前も気が済んだら適当に消えろ」
すぐさま振り向き、部屋を出る。
メイが出ようと動きを見せるときには、バンッと強くドアが閉められた。
ついてくるな、そう言いたそうだった。
今までの経験からしてみれば、他人との縁はいい結果を齎さない。
「…………はぁ」
部屋を出てすぐ、曲がり角からちょこんとこちらを覗く目があった。
そちらに睨みを効かせるとすぐに引っ込んだが、これではいつ後ろから襲われるか分からない。そして先ほどの宣言通りに殺すことになるかも。
さんざん最悪なことをしたのは自分であるためその報いという事になる。
しかし、先に仕掛けてきたのは賊たちのほうであるためクロードの心には負い目は全くない。
その後もスニーキングは続いた。
賊であるためか、その技術は足音を完全に消し去り視線も感じさせないほどであった。
それでも重力を操るクロードしては、近くに何かがあれば力場の乱れとして感じ取れてしまう。ただ、これに引っかからないのはかつての戦友たち。戦えばクロードの勝率は半分未満だ。
(うぜぇ……)
ポケットに手を突っ込んだままの前傾姿勢。
どうみてもガラの悪い青年風味で歩いていると、前方にテリオスが見えた。
「おい、テリオス!」
「は、はひぃっ!」
声を発した瞬間に、ほかの魔族や魔物が逃げる。
一部は気の毒にと視線を向けながら去る者までいた。
「ちょっと頼まれごとしてくんねぇかなぁ」
「な、なんんでぇえ……ございましょうか」
「そこの角に隠れてる連中に仕事を与えて俺に近づけるな、そんでもって痺れ薬を一瓶もってこい」
「へ、へい」
腰を下げたまま歩き去っていくテリオスを目で追いかける。
角を曲がったところで軽い悲鳴が響いた。
恐らくはあの賊たちのモノだろう。
ここは魔王の城。
賊は問答無用でどのようにしたところでお咎めはなし。
そこらへんが関係したのだろう、賊たちの命乞いのようなものまで聞こえ始める始末。
「しーらね」
クロードはそのまま城門まで歩いて行った。
1
(さて、一応まだ人間側では勇者扱いな俺なわけだが……このまま潜り込んで破壊工作して……。くくっ、いろいろやった後で変な噂を流せば戦意喪失、士気低迷。俺をかってに召喚したアホどもの絶望した顔はどんなんだろうなぁ)
それなりに黒いことを考えつつ、待つこと十分。
なにやら毒々しい色の毒そのものが入った小瓶を受け取る。
もう説明も何もなく、瓶にドクロが描かれた、見ればまんま毒であると分かる一品であった。
「ご苦労テリオス」
すでに格下扱い。
「ついでだ、もう一ついいか?」
「どうぞ」
こちらもこちらですでに逆らおうという気すらない。
戦って負けた。
たかが人間に、だったのならば違っただろうがこれは人の皮を被った悪魔。
本物の悪魔でさえ恐れを抱くほどの災厄。
「さようなら、俺は人間側のほうに行く。攻めてきたら残ってる全兵力でぶつかれよ」
そしてトンっと軽く地面が蹴られた音がした時には、クロードは空高くに舞い上がっていた。
とても繊細で細やかな重力制御。
体全体に負の加重を掛けつつも、末端に行くに連れて弱く、且つ空気抵抗を考慮して逐次強さを変える。
一歩間違えば体がバラバラになるという可能性も否定はできない、さらに力加減を間違えたなら数秒で大気圏外まで逆バンジー(片道)を行いかねない。
それだけの速度を出そうと思えば出せる。ちなみに片道の理由は、空気摩擦によって燃え尽きてしまうから。
最寄りの、人間たちが制圧した地域までは指呼の中と言えてしまった。
高速でぼやけたまま過ぎ去る眼下の木々。
本来人間は空を飛ぶことには適応していない。
だというのになぜここまでスムーズに飛行できるのか。
肉眼だけでなく、薄く展開した重力場をレーダー代わりに使っているからだ。
(そろそろか……)
遠くに人の姿を確認すると、ギリギリ見られない位置まで飛んで真下に落ちた。
木の中に突っ込む。
目を閉じたまま感覚だけを頼りに枝を掴み、勢いを少し殺して跳躍、枯葉の積もる地面に降り立った。本来ならばこうなのだ、失敗して全身穴だらけになんてならない。
「よし」
ガサガサと落ち葉を踏み砕き、森の中を駆けた。
木々の間を縫うように、風のように走り、森の終わりを告げる茂みを抜け人間の兵士の後ろ姿を捉える。
「おい」
声をかけるとその兵士はビクリと震え、反射的に槍を構えながら振り返った。
「誰だ!?」
「クロード・クライス。まさかあんたら、召喚した勇者のことを忘れたんじゃないだろうな」
「め、滅相もございません」
その場に武器を突き立て、跪く兵士を見下ろしながら話す。
「他の二人は先に帰ったか?」
「はい。ついさきほど、魔王の遺品である魔剣を抱え」
「そうか……」
少し考え込むフリをする。
「ここに泊っていってもいいか? 色々と見ておきたい」
兵士に連れられ、制圧された村へとたどり着く。
周囲に畑、その内側に石の壁が築かれている。
高さは飛び越えられる程度か。
井戸を中心に、囲むように木造の素朴な家が立ち並ぶ。
クロードはその中でも一番大きな家に通された。
どうやら村長の家だったらしく、村の中では唯一の二階建てだ。
案内は外で待機し、中には指揮官らしき男と魔族の女たちがいた。
首輪をつけられ、奴隷として。
「おお、勇者殿。このような場所によくお越しくださいました」
体面は好意的に接してきた男。
とりあえず、まだ騒ぎを起こすつもりはないのでこちらも適当に対応して話を済ませる。
クロードは二階にある部屋を提供された。
質素なベッドとイスに机の置かれた部屋だった。
窓からは光が差し込み、外の様子を見渡せる。
「さて……」
窓際へと歩く。
そこから見えるのはこちらを見上げる兵士。
家から食料や住人を引きずり出す兵士。
畑を荒らし、縛り上げた魔族をいたぶる兵士。
「まあ、助ける気もないが……」
小瓶を揺らしながらニィッとほくそ笑む。
(やるのは明日の晩にするか……)
ドンっとベッドに倒れこむ。
「あー、疲れた」
しばらくの間何も考えず、何も喋らず動かずにそうしていた。
そして数刻ばかり時間が流れる。
外は暗く、ところどころで篝火があげられて、魔族の悲鳴が響いていた。
人族も魔族もやることに変わりはない。
領地を奪う。
村を奪う。
奪ったら物資を掻っ攫い、住人をいたぶって遊ぶ。
結局のところ、この世界では言語は共通、やることも似通っている。
だが種が違うというだけで互いを排斥する。
どちらにつこうともやることは同じだけだろう。
「ふぅっ」
ベッドから起き上がるとちょうどドアが叩かれた。
「お食事の用意ができました」
響いてきたのは女の声、ドアを開けて姿を見ればさきほどの魔族だった。
クロードは廊下にでて、さっと兵士がいないことを確認する。
「あんた、井戸には近づけるか」
聞かれた女は訳が分からないといった風で返答に困った。
そこに再度、小瓶をチラつかせて言う。
「これは見て分かる通り毒だ。あの井戸は今後も使うだろうが、今はあの兵士たちが使ってるよな」
「は、はい……」
「井戸はまた別の場所で掘ればいい。あの井戸はここの兵士を倒すために汚させてほしい」
真摯に見える態度で軽く頭を下げた。
「あの、あなたは」
「なに、単なる人間嫌いの人間さ」
女の手に小瓶を握らせ、階段を下りて行った。
2
翌日、太陽が空の彼方に消えたころ。
真ん丸の月が高く上り、煌々と黒く濡れた世界を照らす。
夕時までの間にすべての兵士が井戸水を飲むか、それを使った料理などを食べたのを確認している。
無論、怪しまれないようにクロードもそれを飲み食いしているが至って平気だ。
この悪魔を殺すのならば、そもそも人間程度に効果が見られる毒を使うところから間違っている。
「では、夜襲をかけると?」
「ああそうだ。魔族の残党はごく少数だったが、俺が残って確認した限りでは二百ほど」
「そうですか、それであなただけが遅れていたわけですか……。それにしても、その数ならば勇者様もいることですし、我々で掃討できますな」
多数の嘘を交えて指揮官を煽る。
人間の標準的装備(中世の下っ端戦士のようなもの)で一人あたり戦力一として。
実際のところ、この場にいる戦力は五〇〇。
対する魔王側は、人間たちは魔王が討滅されたものと思い込んでいるが生きているため戦力換算(クロードの個人的見積り)で一〇〇。それくらいやってもらわないと先が困る。
それに合わせて貧弱装備の魔族が戦力換算で三〇〇。数は多いが装備が頼りない。
そこに魔物とテリオスを混ぜれば総戦力七〇〇程度にはなるのではないだろうか。
仮に、仮にだがここにいる両勢力が完全な連携をとれるという条件の下でクロードに挑んだとしよう。
テリオスを除いて三分以内に撃滅される程度でしかないのだ。
「では指揮は勇者様が」
「いや、俺はお前たちの戦いを見ておきたい。どうせ魔王を倒したら隣国を攻めるんだろ?」
平和になれば次に起こるのはまた戦、戦、戦の連続だ。
「え、ええそうですが……」
「だったらそのときの為に動きを知りたい。どう動くのが一番効率的か知っておけば、色々やりやすいからな」
色々、それは弱点をついて陣形を素早く崩壊させる方法など……。
その後も陣形や、兵の配置。
使える魔法や戦術を聞き出せるだけ聞き出した。
そして月が空の頂点に達したころ。
「出撃!」
方形陣を組んだ兵士たちが村を発った。
外側に大きなタワーシールドと長槍を持った兵。
その内側に盾を上方向に掲げる兵。
庇護下に魔術兵たちが備える。
柔軟性や機動性に欠けるが防御力は高く、前面の兵士が攻撃を受け止めつつ後列の魔術兵や弓兵が死の雨を降らせる戦い方を行うようだ。
クロードはその陣の後方にいた。
両隣は上級兵ががっちりと固め、護衛と称した魔術師までついている。
(……薬は効いているようだな)
後ろからのんびりと眺めていたからこそ分かったが、兵たちの動きが若干鈍い。
本人たちですら気づかないほどの小さな異常。
それが戦いでは命取りになる。
躓くはずのない石ころで転倒し、思った通りに剣が振るえず、狙った通りに矢を放てない。
そんなことになればいくら数をそろえたところで意味がない。
クロードの狙いはそこにある。
誰も気づかないほどの弱体化。
そこを弱小魔王軍が返り討ちにする。
そうすれば人間側の士気は下がり、魔王軍は十分に勝てると思い込み士気が上がる。
そしてその勢いを利用して、勢いだけで世界征服いってみよー……という考えだ。
(さて、どう出てくる。魔王軍)
四半刻ほど進軍を続け、篝火に照らされた城が見えてきた。
その全容は遠くからでもわかるほどに……ボロかった。
クロードが城の最上部を破壊したうえ、少々やりすぎな一撃で城全体をわずかに傾けたためだ。
と、そのとき、ブォォォォォォォン――――角笛の音が響き渡った。
音の出どころは城の方角。森の中から魔族や、赤く光る目が恐怖を誘う魔物たちが現れる。
大鉈を肩に担ぐものがいれば剣を持つものもいる。
装備は革製の防具が目立ち、見るからに人間たちよりも弱そうに見える。
また図体の大きなものは戦斧だけを持ち、防具は一切付けていないというものまでいる。
武装はまるで統一されていない、陣形さえも整っていない。
「突撃!」
方形陣に規則的な隙間が開けられ、戦士たちが飛び出す。
武装は皆、金属製の鎧と兜、盾に剣。
対する魔族と魔物も喚声を響かせ、腹を空かせた狼のように襲い掛かる。
兵士たちも押し返すように声を響かせ迎え撃つ。
クロードはその様子をじっと観察していた。
魔族が兵士を倒そうとすれば、すかさず魔術兵が支援する。間に合わないようならば他の兵士が援護に回る。
やがて、ジリジリと兵士たちはわざと後退を始める。
そして魔族たちを十分に引き付けたところで一斉に方形陣の中に入り込む。
タワーシールドにわずかな隙間を開け、ぎっしりと並べる。
その隙間から長槍で突いて応戦、後方の弓兵が矢を射かける。
魔族たちが下がり、盾を構えた密集陣形をところどころで組めば魔術兵の砲撃が叩き込まれる。
(……ダメだこいつら。弱す――?)
左右で兵士たちの隊列が崩れた。
片方は巨大な戦斧を振り回す巨大な悪鬼。
片方は煌々と燃え上がる炎の柱。生み出したのはシェスタだ。城の一番高い場所で魔導書片手に一生懸命魔法陣を組み上げている様子がうかがえる。
「第一線、後退!」
兵士たちが崩れた戦列を埋めながら下がる。
剣や槍を振り回し、牽制しつつさがるがテリオスの進撃を止めることはかなわない。
「クロード殿、このまま五〇〇歩ほど下がり、別働隊を仕掛けます」
「分かった。それと俺に矢をくれないか?」
「弓を扱えるのですか?」
「いいや、弓は要らない。矢だけでいい」
後退しつつ弓兵から矢筒ごと貰い受ける。
縦弓用の矢で、長さは一〇〇センチほどもある。
一本を取り出して、紙を括り付ける。
「どうするのです?」
「あそこ、城のうえに影が見えるか」
上級兵が目を凝らして城を見る、その上に月に照らされた何者かが見えた。
「まさか……あそこまで届かせるおつもりですか?」
「ああ」
クロードは矢を持ち、やり投げの構えになる。
さっと助走をつけて投擲。
ヒュインッ――――
風切りの音を響かせて漆黒の夜空に矢が舞い上がった。
鏃が月明かりを反射し、矢の位置はかつかつ認識できる。
距離は軽く見積もっても九〇〇メートル。
投げて届くような距離ではない。
普通に投げて届く距離では、ない。
その矢は不自然な歪みを纏っていた。
「まさか……」
「さあて、届くぞ」
月明かりを浴び、空から落ちる矢が見える。
まっすぐに狙いすましたかのように矢は落ちた。
城の上に立つ人影に突き刺さり、それは倒れた。
「おっし!」
「随分と高度な魔術の腕前で」
隣で見ていた魔術師が感嘆の声を漏らす。
これは魔術ではなく、クロード個人の異能ともいえる重力操作なのだが。
「このまま後退します」
陣形を維持しつつ、ぞろぞろと後退してゆく。
戦いの最中、敵が逃げれば追いかけるのは基本。
そしてそれで勢いがついてしまえば止めるのは至難の業であり、そうして伸び切った隊列に攻撃を仕掛ける。
その予定だったのだが。
「報告! 別働隊が撃破されました!」
「なに!? 一体どうやって」
「遠距離からの魔術攻撃と思われます、さらに敵軍が先ほどと変わって陣を組み始めました」
後退し、小高い丘の上から見下ろせば逆三角形の陣形が出来上がっていた。
真正面からぶつかり、中央突破を仕掛ける陣。
そのまま分断して左右を各個撃破するつもりだろうか。
「クロード殿」
「なんだ?」
「さきほどのように、敵の指揮官を狙い撃ちにできませんか?」
「…………」
少しばかり考え込む。
予定から外れてしまうが……。
「いいだろう。その変わりありったけの矢を持って来い。んでもって集中したいから丘の下で抑えはできるか?」
今度は兵士のほうが考え込んだ。
数名の敵を倒すために兵に無理を強いるか。
しかし倒すのは指揮官クラス、それがいなくなるだけでも随分と有利になる。
「分かりました、やりましょう」
陣形が瞬く間に組変わる。
ファランクス。
さきほどよりもさらに密度を高めた陣形。
機動性がないが、防御するため関係はなくなる。
中央突破を狙った突撃にもかなり耐えられるだろう。
そしてクロードは、また紙を括り付けて矢を投擲した。
狙う先はテリオス。
「せぇっ、のっ!」
ほぼ真上に向かって投げられた矢は、放物線を描き、頂点で不自然なくらいに綺麗にカーブして落ちた。
ヒュオンッ――――
風切りの音を鳴らし、脳天に突き刺さる。
「お見事!」
テリオスは体勢を崩しかけるが耐えた。
頭に刺さった矢を抜き、捨てようとしたところで紙に気付く。
解き、広げてみれば「敵の指揮官潰すから突っ込みやがれ」と汚い字で殴り書きされていた。
一瞬なんの嫌がらせだこれは? と、思いはしたが、言い知れない恐怖が伝わってきた。
その方向を見れば確かにこちらに視線を向けるThe悪魔。
人間側の方に行くと言っておきながらこんなことをするあたり、完全に人間の敵になる気なのだろうとテリオスは考えた。
しかもクロードの背後に無数に浮いている鏃の先には人族の指揮官らしき者がいる。
「しぶといですね」
「だろぉ? あれを倒すのは苦労したんだから」
「はっ?」
まるで狩人……人の魂を狩り取る死神のような顔を向けられた兵士が間抜けな声を上げ、それが最後の声になった。
音もなく、気づけば喉を強かに打つ石。
クロードの近くにいた兵士たちは次々と倒れてゆく。
「さあ、始めようか」
右腕を夜空に掲げる。
視線を走らせ、指示を飛ばしているような兵士に狙いを定め、
「ジ・エンド」
振り下ろす。
恐ろしい速度で射出された矢は的確に兵士たちの皮膚と鎧とのわずかな隙間を貫いて地に縛り付けた。
今の攻撃で血は一滴も飛び散っていない。
あくまでも自分ではやらない。
最後の最後に危なくなった時に「全部あいつらがやりました」と言えるようにするために。
3
戦の流れが一気に変わった。
その流れをシェスタもテリオスも見逃さなかった。
淡々とした口調で、しかしどこか震えながらシェスタは魔術兵に指示をだす。
被っていたであろうフードには大きな穴と裂傷が生じている。
丘の麓ではテリオスが激を飛ばして陣形を気にせず攻めに転じた。
人族の兵たちは、各々の隊長や指揮官を封じられたためか満足に動くことができず、数分で瓦解。
戦えば押し返せるというのに、一部の負けから伝播した敗北の気配に盾や槍を捨て、身軽になりながら逃走に移る。
味方に押され、よろめき、遅れた者から討ち取られていく。
碌な反撃もできないままに終わるかと思えたが、立ち止まり応戦の構えを見せる者もいた。
ただ、そういったものは背後から飛来した矢に縫いとめられ、四方から切り刻まれた。
いつしか魔族が正面から、足の速い魔物が後ろに回り込み、退路を封じていた。
数人だけが逃げおおせ、残りは死か降伏か。その二択しか用意されていなかった。




