最悪勇者・XXXXXXXX
「くろーどさぁん、もっとなでてえぇ」←(より激しくパタパタ尻尾を振っているエクリア)
「…………、」←(ガタガタ震えるメイ)
(あれ? なんでこうなってるんだっけ?)
クロードは思い出す。
とんでもないことをしてしまったという顔のシェスタがとりあえず解散を宣言。
ぞろぞろと門をくぐって、城の中へと戻っていく魔族や魔物たち。
メイに目を向けはするが、すぐ近くにこれぞ本職のThe悪魔がいるためか誰も手出しはしなかった。
そしてそうして見られるのが怖かったためか、生まれてすぐの小鹿のようにぷるぷる震えながらクロードに抱き付いてきたメイ。
先の余韻が再びアップしてきたエクリアが子犬のようにクロードにすり寄ってくる。
双方を全力で引きはがそうとしたが、思いのほかしっかりと腕をホールドされ、重力操作を使おうにも自分をまきこむために使えない状態だった。
そしてぶるぶる震える左腕、すりすりされる右腕。
何をどうやったら解放されるのか?
その答えを求め試行錯誤、瞬間的に数百通りのパターンをシミュレートした末に右側は撫で続けて一線を越えるまで撫で続け、ヘヴン状態のその上にいかせてしまえばしばらくは大丈夫だろうな。
などと考えた故に撫でたのだが……。
「はうぅん」
足下に恥ずかしい水溜りが出来ても全然気にしてない、考えてない、考えられない。
(…………え? なにこれ? 気持ち良すぎてもっと、みたいな感じだよ? そうかこれがあれか、書物庫の中にあったやつでイヌ系の獣人を撫でるべからずの理由か! おい、本書いたやつちゃんと理由まで書いとけよ!)
心の中で叫びつつもすでに屋外となった、爽やかな風が吹き抜ける城の屋上スペースでシェスタと話し合う。
マルチタスクはお手の物。人間本来はシングルタスクで精一杯なのに。
「なんてことしてくれたんですか!」
シェスタは二つの意味で顔を真っ赤にしていた。一つはついさっきのことに対しての怒り、もう一つは目の前の痴情。
「俺は適当なこと言って、煽って従わせるのは得意だからな」
悪びれもせずに答える。
「これまでもクソな上官の命令を適当なこと言ってさらっと流してきたからな」
「…………。」
シェスタは呆れて何も言えなくなる。
この男はどこまで自分勝手なのだ。
「ま、さっきはテキトーに言ったがあれであってるよな?」
「は、はい。でも、できれば人族とは仲良くしたいですし……」
「そんなことできると思ってんの? 魔物魔族と見ればすぐに斬りかかるやつらだぞ」
「それはそうですけど……」
「それに今ここに俺みたいなのがいる時点で、人間側には手を取り合う気がまったくない証拠だ」
「でも」
「でももなにもない。お前だって分かってるだろ、このままだと次の攻撃で魔族が全滅することくらい。話し合いの余地はどこにも残ってないんだよ」
此度、たった一度の勇者の侵略で領土は荒れ果て、領民は討ち取られ(クロード以外に)、そして戦える者は城の戦いで大半が殺された(クロード以外に)。
「…………。」
シェスタはどうしたらよいかを考える。
だがクロードはその暇を与えない。
この少女、見た目は金髪で、緋色の瞳の内から漏れるわずかな魔王の気配だけが歪な女の子。
その気配を感じ取れる者は少ないだろう、そして普通に見たのなら気の弱そうな女の子という評価が妥当だ。
押しに弱そう、強引に迫れば拒否できなさそうともいえる。
そしてそういうところに付け込むのがこの悪魔である。
「まぁそのへんのりゆーはどーでもいー。なんにせよお前には人間の領地攻めるための道具になってもらうし、俺が帰るために必要な転移系と、今後の戦闘に有利になるように召喚系を習得してもらう」
「そんな勝手な……」
「返事は!」
ビクッと肩が震えたシェスタ。
深層意識の洗脳はまず逆らえないことを、恐怖を、恐れを、勝てないという意識を刷り込んで、簡単なところからどういうことでもいいから自ら認めさせることである。
「へ・ん・じ・は?」
「は、はいぃ!」
心の奥底の闇のふかーいところで、にやりとほくそ笑んだクロード。
「つーわけで――――さっそく攻めようか、人間の領地」
さらっと爽やかに言った。ビシッと立てられた親指。きらりと光る歯。
さらっとさっきまで味方だった? 人間を裏切るといった。
さらっとさっきまで自分が勇者? だったことを否定した。
「いきなりすぎませんか?」
「よく考えてみぃ、魔族側に時間なんざねえ」
ポケットから黄ばんだ紙切れとぼろぼろの鉛筆を取り出す。
飛ばされる前に持っていたものだ。
「まずこれ」
さらっと地図を描いた。
大まかな説明のため、形は綺麗とは言えない。
そしてその端に線を引いて(……いや、むしろ点か?)『魔族領』と書く。
そしてそれ以外に人間の領地と書く。
面積比で言うのならばユーラシア大陸とその中にあるちっぽけな村。
当然ながら魔族領は村のほうだ。
「この状態だが、俺ら勇者組があっちゅう間に制圧している範囲で、もう魔族も魔物もいない。んでもってこれが物資とかの大まかな予測」
余白にさらさらっと書き出されたのは武器の質や食料。
魔族側がほとんど革製防具で金属は武器の刃だけという状態。
それに対して人間側は鎧から武具の柄にわたるまですべて金属製。
食料についてもすでに補給路が確立している。
攻め込まれれば一日もかからず、半日とも言わずに一掃されてもおかしくはない差。
「これを見て思うことは?」
「え、えと……なんですぐに攻めてこないんですか?」
「良い質問だ、他二人の勇者はさっき帰ったが俺はまだここに残っていることになっている。つまりは残りは俺が全部片づけただろうとかなんとか考えてるからだ。そもそも最初の大被害は俺の蹴り一発だったしな」
「…………」
黙る以外になにもない。
「まーそんなこんなで、あの玉座のやつ魔王とか思ったバカ二人が魔王倒しましたーとか言ってる間に、実は魔王は別のところにいてその魔王に俺がやられた、という噂を流せ」
「な、なんでですか?」
「そうすれば勇者の信用はガタ落ち、さらに勇者を倒す魔王がいるという事で人間側に不安と絶望を持たせる。そもそも勇者三人の中で俺は一番強かったわけで……そこんとこ、分かるよな?」
ここにもとより信用など欠片も心配しない勇者がいる。
希望が打ち砕かれた時の絶望感はとても強い。
「……それで、もしそうならずに人族が手を取って一気に攻めてきたらどうするんですか?」
「ん? そうなったらお前ら縛り上げて真っ先にトンズラするに決まってんじゃん」
シェスタがごくりと喉をならす。
心の中の声はこうだ、「この人、最悪すぎます」となっているだろう。
「つってもだな、自分たちが呼び出した勇者が敵対しましたー、なんてことが広まるようになったら困るから手を取り合うってことはない……と、思う」
「希望的な観測ですね……」
「まあそうだな」
かなり危ない話をしている隣でクロードに抱き付いたままのメイ。
未だにぽわぁ~んとした様子……ヘブンリーワールドにイき続けて帰ってこられない状態で、撫でられ続けるエクリア。
それがいい加減に面倒になってきたクロードは話を終わらせる方向にシフトした。
「とりあえず、戦闘は俺ができる。だから俺にできない継続的制圧を、お前ら魔族にはやってもらう」
「は、はぁ?」
「一人でできることなんか殲滅くらいだ。征服なんざできやしねえ」
「そうですか……クロードさんなら一人でもできそうですけど」
「つーかお前らに目立つところ任せておけばほんとに危なくなった時に『魔王主導でやってまして、俺はそれを止めるために中に入り込んでましたー』って言えるからな」
「最低ですねっ!!」
「さらに言えば俺がかき回したから勝手に自滅したし、俺けっこう働いたよね? って感じにも言えるからな」
「もっと最低ですっ!!」
「と、いうわけでお前はとりあえず噂を流す準備しとけ。俺はこれから遊んでくる」
さらっと言い放った。
面倒事は全部任せると。
美女二人を連れてクロードは場内へと姿を消した。




