強制転移・それぞれのはじまり
四番目の世界。
世界を創りだした者たちがすでに去った世界。
見た目はごく普通の地球がある世界。
平行世界、もしくは本当の世界のコピーとでもいったらいいような世界。
◆
日本・某県某市某町のとある何の変哲もないマンションの一部屋で。
休日だというのに学校指定ジャージを着たままの少年がいる。
ごちゃごちゃとコード類が繋がったパソコンの前で座椅子に腰掛けたままピクリとも動かない。
「あー、やっとボスこうりゃーく!」
突然大きな声を出す。
ゲームに没入していた少年はヘッドマウントディスプレイを付けたまま大きく身体を伸ばした。
休日だからこそゲーム、というのではなく、彼はゲームゲームとそっちばかりに走っているうちに一緒にリアルで遊べるような友達がいなくなってしまった可哀相な人間だ。
「おつかれしたーっと」
画面に視線を走らせ、共に戦った戦友たちに別れを告げる。
もともとは入力補助デバイスとして開発された脳波アシストデバイスや視線ポインタを、キーボードやマウスを使わずに入力するためのデバイスとして扱い、より直感的な操作を可能とした仮想現実ゲーム。
休日だったこともあり、朝から昼過ぎの今までずっと没入していたゲームからログアウトする。
「腹減ったぁー」
いつものように、何の気なしに冷蔵庫を開けていつものように作り置きの料理で空腹を満たす。
この間わずか二分。
少年は学業よりも食事よりも睡眠よりもゲームに没頭している。
最速で食事を済ませた少年は再びパソコンの前に座り、ヘッドマウントディスプレイを装着する。
ゲームを起動するため、ショートカットアイコンに視線を向けようとしたところで気が付いた。
メールボックスがピコピコ点滅している。
「なんだろう?」
メールボックスを開くと二件の着信。
片方はどう見ても胡散くさいことが丸わかりの「必見!一斉値下げでパソコンがお買い得!」というもの。
そしてもう一件、「オリエンスへの参加権」という題名の少年には心当たりがないメールだった。
「オリエンス……? 新しいゲームかな? もしかしてテスターに選ばれた!?」
呑気な思いで、まったく警戒せずにそのメールを表示する。
『第一回勇者抽選会にあなたは当選しました!
今日からあなたも勇者として世界を救いに冒険しましょう!』
そんな文章の下にhttp://で始まらない見たこともないリンクが張られていた。
もしかしてゲームサーバーへの直通だろうか?
そう思った少年は、そのリンクへと視線を移し、視線ポインタを使ってクリックした。
『ようこそ、勇者様』
突如ウィンドウを無視して表示された文章。
画面が、視界が黒く染まり、何かに引きずり込まれ始める。
「な、なんだよ! なんなんだよぉ!」
その日、その部屋で一人の少年が失踪した。
1
「ふあぁ、ぁ……」
中途半端に終わったあくびを噛み殺しながらその男子学生は校舎の屋上からグラウンドを眺めている。
空はすがすがしく、馬鹿正直に晴れ渡って日差しを降り注がせる。
下からはかすかに声が聞こえてくる。
退屈な授業の教師たちの声。
現在は絶賛サボタージュ中、授業をエスケープしたところで気にしないのがこの生徒だ。
「退屈なんだよなぁ」
別段、勉強が嫌いな訳でも苦手な訳でもない。
かといって好きな訳でも得意な訳でもない。
運動はそこそこできるし、一度やり方を見れば宙返りだってできてしまう。
勉強だって教科書をさらっと流し読みするだけで成績がトップ一〇に入るほどには記憶力があり知識もある。
要するに、今のこの人生が学生の時点でありながらイージーすぎて、あまりに簡単すぎてやるきがないのである。
適度な障害がなければなんだってそれはもう退屈な作業でしかないのだから。
「はぁ……」
成績はいい。だから教師陣に睨まれない程度且つ、単位をもらえる程度に授業は出ておけばいいだろうという馬鹿な方向の戦略だ。
「あーっと、次は体育か。だるい、寝よう」
誰も来ない屋上で、自分のためだけに自分で掃除してあるベンチに寝そべる。
だが、一つ問題があった。
体育の授業の騒がしい声が響いてきて寝るどころではない。
「仕方ない、ゲームでもして時間潰すか」
ポケットからスマートフォンを取り出す。
校内規則では持ち込みは原則禁止。
それでも持ち込む場合は許可証を発行してもらったうえで電源を切り、鞄の中へ……が基本なのだがばれなければいい精神なのだ。
スリープモードを解除して何か面白いものはないかと探し始めたとき。
メールの着信を知らせる音がなり、ランプが点滅する。
「どっからだ?」
メールアプリを立ち上げ、メールを確認する。
題名は「世界の危機を救えるのはあなたです、今すぐに剣と魔法の世界へ!」というものだった。
なんともありきたりなゲームの宣伝メール。
それでもちょうど暇を潰す手段を探していた彼はメールを開き、GO! というボタンをタップした。
その瞬間、彼の周囲に黒い斑点が現れ始め、ものの数秒で黒い塊となり彼を飲み込んだ。
誰にも知られることもなく、その日、その学校の屋上で一人の男子生徒が失踪した。
2
アジア某所、スールー海洋上にある誰にも知られていない都市で。
「本当に帰れるんだろうな……おい」
黒いパーカー、黒いTシャツ、黒いズボンに黒い靴。
黒髪の黒一色の青年はぼやいていた。
傍らには先ほどまで着ていたであろう、どこかの部隊の軍服と階級章、そしてドックタグ。
少し離れた場所には黒煙を上げる戦闘機。
この都市は本来ならばここに存在しないはずの都市。
かつて箱舟、もしくはアカモートと呼ばれ、別の世界の大空を飛んでいた浮遊都市。
ここは航空機、船舶、すべての航路から外れた空隙。
海流、気流の影響もあってゴミすらも流れてこないエリア。
世界の空白地帯。
地図には載っているがただの海として、ただそこにあるだけで誰も近寄ろうとはしない海域。
「ああ……ここでの戦争は終わったさ。中尉、あんたの願いは悪いけどまだ叶えられない。俺の戦いはまだ場外からの復帰途中なんだよ」
誰に言うでもなく空を見上げて呟く。
青年の後ろには少女が一人。
その髪色は染めたのか、透き通るような青色だ。
「ここで暮らす気はないの? 食料だって後何年かは持つよ」
「ないさ、それに最初に言ったろ? 俺はどんな手段を使ってでも帰る。そしてヤツを殺す」
「そう……それじゃ」
「行く。可哀想だが、シルフィには黙っててくれよ。これは俺のわがままな戦いだから巻き込みたくはないし、隊長の娘さんだから危険な目にあわせる訳にはいかない」
「うん、わかった。じゃあ、いってらっしゃい、また会える日を待ってるから」
「ああ」
青年は立ち上がった。
もうここに帰ってくることはないと覚悟したうえで。
透き通るような空を眺め、一度深呼吸。
そして振り返った。
「頼む」
「片道だよ、失敗したら二度目はない。それでもいいの?」
「構わん」
少女が腕を振るう。
それに合わせるように鮮やかな青色の光が舞い、青年を青い何かが包み始める。
「じゃあな、もう会うこともないだろうが」
「うん、それでもまた会いたいな。私、ずっと待ってるからね」
そして突如、青色が黒に呑まれた。
優しく包み込むようだった青は、荒れ狂う嵐のような黒になり、青年を飲み込んだ。
その日、少女以外は誰もいない、誰もたどり着くことがない都市で一人の青年が消えた。
他に二作品書き進めていて一作品は進まずに消したんだから書くな!
そう自分に言ってやりたい今日このごろ。